廊下のむし探検

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昆虫の頭の構造

なぜ、昆虫の頭を調べようかと思ったかというと、先日、チャタテムシの頭の各部に名称をつけようとして、文献により名前が違うので困ってしまったからです。

イメージ 1

これはチャタテムシの頭部を斜め上から撮ったものですが、顔の中心にポコッと膨れたものがあります。これが何だろうと思って、いつも重宝している次の論文の図を見てみました。

K. Yoshizawa, "MORPHOLOGY OF PSOCOMORPHA (PSOCODEA: 'PSOCOPTERA')", Insecta Matsumurana 62, 1 (2005). (ここからダウンロードできます)

すると、この部分は頭盾になっています。一応、「新訂原色昆虫大図鑑III」でも確認しておこうと思って調べてみると、今度は後額片となっていて、頭盾は載っていません。本によって違うということはよくあることなので、単なる名前の問題かなと思っていたのですが、文献を調べてみると、チャタテムシの顔の真ん中で膨れている部分の解釈については、過去には額の一部とすべきとする説と頭盾の一部とすべきという説があったと次の論文に載っていました。

K. Yoshizawa and T. Saigusa, "Reinterpretations of clypeus and maxilla in Psocoptera, and their significance in phylogeny of Paraneoptera (Insecta: Neoptera)", Acta Zoologica 84, 33 (2003).

これに対して、著者らはいくつかの根拠から頭盾が妥当だと結論付けていました。この論文に載っている図をまねていろいろな人の意見をまとめてみたものが次の図です。

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膨れている部分だけでなく、その前後の構造についてもいろいろな名称になっています。ここで、最初の4列は論文に載っていたもので原文は英語なのですが、ネットで調べてできるだけ日本語に直してみました.。fronsは前額、epistomal sutureは前額縫合線、frontgenal sutureは前額顎縫合線、cleavage lineは裂隙線、postclypeusは後頭盾、anteclypeusは前頭盾などです。論文に載っていた項目に加えて、次の論文と「新訂原色昆虫大図鑑III」の図の名称も加えてみました。

田中 和夫、「屋内害虫の同定法 : (5) 噛虫(チャタテムシ)目」、家屋害虫 25, 123 (2003). (ここからダウンロードできます)

要は、膨れている部分が頭盾(その一部)か、前額(その一部)かということです。これに対して、上で紹介したYoshizawa and Saigusa (2003)の論文では、頭の骨格、筋肉、神経節の3つの位置を根拠に頭盾であるという結論に至っています。

まず、頭の骨格に関しては、たぶん、上の写真の白矢印で示した辺りにあるのではないかと思うのですが、anterior tentorial pitという孔の位置によって確かめています。しかし、これがなかなか難しい。パッと読んだだけでは、とても理解ができないので、まず、頭の骨格の勉強をしてみようと思いました。昆虫の頭部の構造については次の本に詳しく載っています。

R. E. Snodgrass, "Principles of Insect Morphology", McGraw-Hill Book Co. (1935). (ここからpdfが直接ダウンロードできます)

この本の中の図を参照にしながら、勉強した結果をまとめてみました。本がダウンロードできるということは著作権が切れていることだと思うのですが、著者の亡くなってから50年(国によっては70年かそれ以上)以内が著作権が適用される期間です。Snodgrassが亡くなったのが1962年。単純に計算すると2012年までになるので大丈夫そうですが、念のため図をそのまま転載せずに、イラストを載せることにしました。

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(R. E. Snodgrass, "Principles of Insect Morphology", McGraw-Hill Book Co. (1935).より一部改変)

昆虫の頭部の前面と側面図です。頭部には前額、頭盾などいろいろ構造がありますが、それらは縫合線という線で区切られています。この図で語尾にsがつくのがそれです。昆虫の頭部は薄い膜状の頭蓋(クチクラ)で囲まれています。この頭蓋はいくつかの細かい部分に分かれ、その間は縫合線という線で結合されています。人間の頭蓋骨も縫合されているので同じようなものですね。上記の構造はそれぞれこの縫合線で囲まれた部分の名称になっています。例えば、前額はesとfsというで2本の縫合線で囲まれた部分になっています(略号は後でまとめて意味を書いておきます)。したがって、先ほどのチャタテムシの膨らんだ部分が前額か、頭盾かというのはこの縫合線を探せばよいのです。ところで、この縫合線は表面からはっきり見える場合もありますが、ほとんど見えない場合もあります。それで、図のatと書いた"孔"を探せばよいというので、探すことになります。これが先ほど述べたanterior tentorial pitです。この孔はesという縫合線の上に載っているので、この位置から頭盾かどうかが分かるというわけです。

それではこのanterior tentorial pitとはいったい何なのでしょう。それについては次の図がよく分かります。

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(R. E. Snodgrass, "Principles of Insect Morphology", McGraw-Hill Book Co. (1935). より一部改変)

これは昆虫の頭蓋を描いたものです。頭蓋は頭の周囲を覆っているだけでなく、中心部分に"腕"とか、"橋"と呼ばれるつっかえ棒がついています。ATは前後に対するつっかえ棒、TBは後ろの左右に対するつっかえ棒、それにDTは上下に対するものです。それぞれのつっかえ棒が頭蓋の表面に出る部分に孔(窪み?)ができて、それをpitと呼んでいます。ATについてはat、TBについてはptがそれに対応しています。DTについては書かれて
いなかったので分かりません。縫合線の断面はERと書いた部分で分かりますが、内側に盛り上がってridge(山の尾根という意味)になっています。これを見ると頭盾とその上にある前額を区別しようと思えば、esを探すか、ERを探すか、atを探すか、そのあたりで何とかなりそうです。(追記2017/01/05:DTが頭蓋表面に出るのは縫合線fs上で、その場所では凹みや斑点になり、それをdtと略します。ただし、ここは孔(pit)にはならないようです

at: anterior tentorial pit
pt: posterior tentorial pit

as: antennal suture
cs: coronal suture(冠状縫合線)
es: epistomal suture(前額縫合線)
fs: frontal suture
ocs: occipital suture(後頭縫合線
os: ocular suture
pos: postoccipital suture(後後頭縫合線)
sgs: subgenal suture

AT: anterior tentorial arm
TB: tentorial bridge
DT: dorsal tentorial arm
ER: epistomal ridge
c: secondary anterior articulation of mandible

略号をまとめて書いておきました。できるだけ日本語にしようとネットで探したのですが、訳はほとんど見つかりませんでした。

さて、チャタテムシの場合、表面から見えるatが上の写真の白矢印だとすると、これは膨れた部分の外周を縁取る線の端付近についています。このため、解釈がいろいろと出たようです。これが膨れた部分の下に位置するとすれば、そこから横に走る線が縫合線となるので、その上にある膨れた部分は前額になります。また、これが膨れた部分の外周上に載っているとすると、外周そのものが縫合線になるので、膨れた部分は頭盾ということになるのです。この写真ではat自身がはっきりしないので、何とも言えませんが・・・。Yoshizawa and Saigusa (2003)の論文では、外周線が縫合線esになっているのを、(たぶん、解剖をして)、縫合線es上のridge ERの位置が膨れた部分の上側を走っていることを確かめて頭盾であることを主張しています。

昆虫の前額や頭盾など、写真を撮るとすぐに名前を付けたくなるのですが、それには、こんな頭蓋の縫合線が関係していることを初めて知りました。なかなかいい勉強になりました。そのほか、論文には筋肉や神経節についての記述もあるのですが、そちらはまだ勉強していないのでまた今度にします。

追記2017/01/05:以前撮ったアリの写真にatらしきものが見えているのがありました。

イメージ 5

atはこんな孔になるのですね

閉じる コメント(3)

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昆虫の体の構造、詳しいことは全く知らなかったのですが、このようになっているですね。大変面白く見させて頂きました。

2017/1/10(火) 午後 7:33 [ ほし ]

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あ!
なぜか長いことコメントが書き込めなかったのですが、どういうわけか今回はできました!時々ではありますが、ずっと見させて頂いています。素晴らしい画像と詳しいお話、いつもありがとうございます。

2017/1/10(火) 午後 7:38 [ ほし ]

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ほしさん、お久しぶりです。

私も今回初めて昆虫の頭部の構造について知りました。虫はよく見るのですが、考えてみると知らないことばっかりですね。ときたま本を読んだりするのですが、すぐに内容を忘れてしまうので、ブログに書いておくことにしました。これからもよろしくお願いします。

2017/1/10(火) 午後 8:15 [ 廊下のむし ]


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