廊下のむし探検

このブログではマンションの廊下にでてくる「むし」の紹介とカメラを使ったちょっとマニアックな趣味を紹介します

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先日、マンションの廊下をちょっと歩いたときにこんなハエを見つけました。

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写真を撮った時には気が付かなかったのですが、顔の前に口吻が突き出しています。変わったハエがいるなぁと思って、「原色昆虫大図鑑III」の図版を見ていたら、イエバエ科のサシバエの仲間がよく似ていることが分かりました。採集していたので、翌日、「日本のイエバエ科」に載っている検索表で検索してみると、どうやらサシバエ Stomoxys calcitransで間違いなさそうです。このハエは家畜の血を吸うので家畜がいらいらして、乳の出が悪くなるなどの被害が出て、昔から嫌われているハエでした。調べてみると人間の血も吸うようです。こんな太い口吻を突き刺すのだからきっと痛いでしょうね。いったいどんな仕組みで血を吸うのだろうと思って、サシバエの口吻についてちょっと調べてみることにしました。

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これは口吻の先端付近を腹側(上)と背側(下)から撮影したものです。先端に大きな穴が開いているのだろうと思ったのですが、不思議と開いていません。いったいどうなっているのでしょう。それで文献を調べてみました。

H. J. Hansen, "The Mouth-Parts of Glossina and Stomoxys", in E. E. Austen, "A Monograph of the Tsetse-Flies [Genus Glossina, Westwood] based on the Collection in the British Musueum" (London, 1903). (ここから本をダウンロードできます)
C. K. Brain, "Stomoxys calcitrans Linn.", Annals of the Entomological Society of America 5, 421 (1912). (ここからダウンロードできます)

古い論文や本ですが、共にダウンロードができました。ここに口吻の構造が詳しく出ていました。主に、Brainの論文を参考にして上の写真で写っている部分が何なのか調べてみました。

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腹側と背側から写した写真を同じスケールで並べてみました。黒くて固そうな鞘は下唇が変形したもので、溝と書いた部分で左右が固定されています。中には上唇と下咽頭、筋肉などが通っています。下唇は3節に分かれていて、その先端の第III節は固い唇弁になっていて、その中に上唇などが突き刺さっているように見えます。

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口吻の先端部分を拡大したものです。唇弁は左右の手のひらを膨らまして重ねたような形をしています。その膨らみの中に上唇などが入っています。この唇弁は左右に開くことができます。また、先端近くのAの部分は唇弁が開くとナイフの刃のように鋭いエッジになっているようです。下唇の鞘がなくなる部分に少しだけ見えているのは何でしょうね。

この口吻の仕組みについてはBrainの図を引用して説明するとよく分かります。

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Reproduced from C. K. Brain, "Stomoxys calcitrans Linn.", Annals of the Entomological Society of America 5, 421 (1912).

これは口吻の基部に近い部分の断面です。下唇の鞘の内側には筋肉細胞が詰まっています。その中心部分には左右の上唇が合わさって、内部に血液の通るfood canalが出来上がっています。その下側には左右の下咽頭が合わさり、小さなsalivary canalが作られています。この部分には唾液が通ります。下唇の溝は左右から回ってた鞘が重なっている部分でした。

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Reproduced from C. K. Brain, "Stomoxys calcitrans Linn.", Annals of the Entomological Society of America 5, 421 (1912).

これは口吻の先端にある唇弁の内側を描いた図です。右が背側、左が腹側です。背側にはAで示した刃のような部分があり、その内側にはキチン質(クチクラ)できた歯が何本も生えています。(追記2017/12/01:Hansenの記述を読み直しました。「これらの歯と唇弁の膜質の外縁の間には2列の大きくて長く伸びた、かなり薄く、大変鋭いキチン質の刃がある。ナイフの刃とほぼ同じ形をしていて、大きな歯と同じ方向を向いている。」と書かれているので、刃はAと書いた部分ではなく、「キチン質の刃」と書いたいくつも突起を指しているようです。なお、このBrainの論文に載っている絵は、Hansenの描いた絵とほとんど同一のものでした

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この写真は毒瓶に入れておいたサシバエの頭部を腹側から写したものです。生時は前を向いていた口吻が横を向いていました。通常、口吻は上の写真の口肢の間の浅い溝に収められ、前を向いています。口吻の基部は膜状になっていて容易に向きを変えられるようです。

血を吸うときは、前を向いていた口吻を下に向け、体全体を上に持ち上げ勢いをつけて皮膚に口吻を突き刺します。この時、たぶん、先ほどのAの刃の部分が皮膚に突き刺さり、皮膚表面を破ります。口吻が突き刺さると、今度は唇弁を開き、内部の歯で皮膚組織を壊します。

M. M. J. Lavoipierre, "Feeding Mechanism of Blood-sucking Arthropods", Nature 208, 302 (1965). (ここからpdfが直接ダウンロードできます)

吸血する虫には血管に針を刺して吸うタイプ(vessel feeder)と、近傍の血管を破って血液のプールを作り、そこから血を吸うタイプ(pool feeder)があります。上の論文によれば、サシバエはpool feederと書かれていました。ということは、突き刺った口吻の先端にある唇弁で周辺の組織と同時に血管を破り、そこに血液プールを作り、それを上唇のfood canalで吸い取るというのがその機構のようです。たぶん、頭部には蚊や蝶と同様、血液を吸うためのポンプが入っているのではと思います。

一匹の虫でも詳しく調べてみると、いろいろと面白い仕組みが見つけられますね。だからと言って、あまり刺されたくはないですけど・・・。

追記2017/12/01:フロリダ大学のサイトにサシバエについて書かれていたので読んでみました。吸血昆虫にはいろいろいるのですが、通常は雌だけが吸血します。ところが、このサシバエは雄も雌もまったく変わらない口吻をもっていて吸血するそうです。サシバエの属するStomoxys属は全世界に18種いるのですが、人と共に暮らす種はサシバエ S. calcitransただ一種だそうです。人と共に暮らすというのは、農家であったり、家畜施設などに多く発生するのでそういう風に言われています。通常は人には刺さないのですが、フロリダ半島などでは観光客が襲われる被害が出ています。フロリダにある複数の馬の施設で調べたところ、馬から吸血するのは24%、牛が65%、人が10%、犬が2%だったそうです。

牛などの家畜動物は主に脚から吸血します。このサイトには脚にサシバエが20匹ほど止まっている写真が載っていました。人は脚、膝の後ろ、肘が主に刺され、犬や猫は耳が多いそうです。刺されても、特に腫れたり、アレルギー反応を起こしたりということはないのですが、刺されると極端に痛いので、家畜などはこれを追い払おうとしてストレスを受けるため、食事をしなくなり痩せてしまうというような被害が出ています。その被害額は全米で2000億円にも上るそうです。

サシバエは刺すと痛くて、かつ、しつこいのが特徴です。実際、放っておくと5分ほど血を吸い続けるそうです。たぶん、これが英名のstable flyの語源になっているのでしょうね。成虫の寿命は野外では1か月ほどで、雌はこの間に800個の卵を産むそうです。幼虫は通常の蛆の形をしています。こんなところでした

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サシバエについて書いてあるフロリダ大学の記事を読んでみました。なかなか大変なハエみたいです。

2017/12/1(金) 午前 8:08 [ 廊下のむし ]


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