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草木が一面に生える広い丘の上を、甲冑に身を包んだ若い男が日本刀を腰に据えて疾走していた。はぁはぁと息を切らしながらも、鋭い眼光は衰えを知らず前方をしっかりと見据えている。
丘の頂上まで登りつめると、荒い息を飲み込みながら身をかがめ、急な傾斜となっている坂を見下ろした。
眼下に敵の陣営が待機しているのを確認すると、若い男は音をたてず高い草木の中に身を隠して自軍の合図を待つ。
なかなか収まらない荒い息をなんとか静めようと唾を呑みこみ、辺りを伺う。付近には、仲間の兵士たちが若い男と同様に息を呑んでじっと身を潜めている。
出撃を知らせる陣鐘《じんがね》が辺りに鳴り響いた。開戦だ。
遠くで馬に乗った武将が大声で叫ぶ。
「敵は、油断しているぞぉッ! そのまま突っ込めーッ!」
「おおおー!」
周囲の、甲冑を身につけた男たちは一斉に勇ましく大声を張り上げ、急な下り坂を駆け下りて敵陣へ突入していく。若い男も刀の柄をぐっと力を込めて握り締めると、地面を蹴って勇猛果敢《ゆうもうかかん》に敵陣へ向かった。
「うわあああぁ」
敵味方の両軍がなだれるようにして激しくぶつかりあう。
普段は平穏なはずの、山々に囲まれた緑豊かな谷間は修羅場化とし、次々と男たちが刀で切られては殺され、血しぶきを上げて倒れていく。
しかし、若い男は地獄絵図のような光景にもひるむこともなく、見事な剣さばきで敵をなぎたおす。
「ひぃ、わわわ!」
近くにいた味方の一人が悲鳴をあげた。腰を抜かし地面に尻をついている味方の男の前には、大きく刀を振りかざした敵の兵士。今まさにざっくりと切られようとしている。
若い男は味方の兵士を助けるため、躊躇《ちゅうちょ》なく刀を高く上げている敵の腹を切りつけた。
敵兵士は大きく頭上まで上げた刀を落とし、腹から鮮血を噴出しながら絶命する。日焼けした精悍な顔に返り血を浴びるが、若い男はまったく動じる気配はない。
この男、相当のつわものだ。
「信長、助かったぜ」
「気にするな」
ずっと険しい顔だった信長と呼ばれた若い男の表情が緩んだが、戦場では一瞬の気の緩みも命取りとなる。
地べたにしゃがみこんでいる味方の男に気をとられていた信長の刀が、突然現れた敵の兵士によって弾かれてしまった。
「くっ!」
刀は勢いよく飛ばされ、遠くの人ごみのなかへと消えていく。
悔しそうに唇をかみ締める信長に、じりじりと間合いを詰める敵軍の兵士。
刀を失った信長に成す術はない。
もはや、これまでか……。
信長の額に冷たい汗が滴り落ちる。
「きぇいッ!」
兵士は気合いのはいったかけ声とともに、信長の頭上めがけて刀を大きく振りおとした。
時は戦国時代。天下を狙う人々の争いが絶えなかった時代。信長もまた、天下の覇者を目指す男だった。
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