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激しい乱闘のせいで、辺りはほこりが舞っている。裕也はゆっくりと一樹に歩み寄った。
「唇を怪我してるじゃない」
一樹の顔を見やると、唇が、こぶしで殴られたときに切れてしまったのだろうか、少し腫れた唇から出血しているのに気がついた。ポケットから取り出したハンカチを、そっと優しく創傷部に当てる。
「大丈夫なの?」
傷は浅く、たいしたことではないと分かっていたけれど、やはり好きな人がケガをしている姿を見ると心配といたわりの気持ちが湧きあがる。
それに、柱の陰でビクビクと震えていただけで、なにも手助けできなかった自分が一樹に対して申し訳なくて、普段以上に気を使ってしまう。また、そんな自分が嫌になる。
こころなしか、いつもの威勢のよい一樹のオーラに疲労感が漂っている。
折り目の入った黒いスーツが、うっすらと白いほこりで汚れているし、いつもならきっちりと隙間なく着こなしているシャツも、しわになっていてしまりがない。
三人の男を相手にしていたのだ。いくら一樹が喧嘩に強いとはいえ、それなりのダメージはあるはず。
それなのに、俺ときたら、柱の陰に隠れて震えていたなんて……
「…ごめん」
裕也が暗く、ぼそりとつぶやくと、一樹は不思議そうに顔を傾けた。
「なぜ、謝る?」
「だって俺、いつも一樹のこと、手伝ってやれないんだもん。いつもそばにいるだけで、なにもしてやれない」
一樹は、ふっと顔を緩ませた。
「ばか。俺は、裕也がそばにいるだけで幸せなんだ。それだけで、充分だ。そんなこと、考えるんじゃない。それに」
「で、でも……」
「それに俺は、裕也を守ることに使命感をもっている。悪いやつらには、指一本触れさせやしないさ」
話しかけようとしたけれど、それを遮るように一樹が言葉を継がせた。
すっきりとせず、もやる気持ちで立ち尽くす裕也に、一樹は「気にするな」と言って、額にキスをした。
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36/50話
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