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【機内映画編】
行きは珍しくうとうとを繰り返していて、1本しか観られませんでした。
新作の1本から「タリーと私の秘密の時間」 (原題 Tully)
仕事に家事に育児と何ごとも完璧にこなしてきたマーロだが、
3人目の子供が生まれついに心が折れてしまう。
そんな彼女のもとに夜だけのベビーシッターがやって来る。彼女の名前はタリー。
年上のマーロにタメ口でファッションやメイクもイマドキ女子だが、仕事は完璧。
荒れ放題だった家はたちまち片付き、何よりマーロが笑顔と元気を取り戻し、
夫のドリューも大満足だ。
さらにタリーは、マーロが一人で抱え続けてきた悩みの相談に乗り解決してくれる。
だが、タリーは何があっても夜明け前に姿を消し、自分の身の上は決して語らない。
果たして彼女は、昼間は何をしているのか? (公式HPより)
前半部分は、もう泣けてくる。
自分が育児をしていたころの余裕のなさ、手探り状態が思い出されて、ただつらい。
ひとりで抱え込んで、いっぱいいっぱいで、でもきちんとしたくて。
マーロも3人が生まれて、おまけに1人は発達障害が疑われ、キャパオーバー。
そんなときに夜だけのベビーシッターがやってくる。
それだってお兄さんが提案してくれていたのに、断っていたマーロだが、
やって来たタリーのおかげで、本来の彼女を取り戻していく。
でも、腑に落ちないところがいくつかあって、今回ネタバレを探ってみた。
なんのことはない。私がきちんと観られていなかっただけ。
機内映画は集中できずに見るせいか、もともといい加減に観ているせいか
![]() 少なくとも子育てを経験したことのある人なら、共感できるはず。
仕事に追われた経験のある人にだって、きっとわかる。
そんな作品。
帰りはほとんど映画三昧。
1〜2時間ほど眠っただけでした。
Chappaquiddick (チャパキディック)
ケネディ元大統領の弟ロバートのさらに下の弟エドワード上院議員の実話がもと。
1969年夏、マサチューセッツ州上院議員エドワード・ケネディが交通事故を起こし同乗していた女性が死亡したスキャンダル。
エドワードは、ナンタケット湾チャパキディック島でのホームパーティーに参加後、
兄ロバートの選挙スタッフだったマリー・ジョー・コペクニと会場を抜け出し、
車で別荘に戻ろうとした際に、橋から車ごと転落。
水没しかけた車からエドワードはなんとか脱出したものの、
マリーを置き去りにしてしまい、彼女は死亡。
飲酒運転、不倫も絡む衝撃の事件を、さまざまな観点から描いた作品。
きっと日本でもそのうち公開されますよね〜
実際にあった事件をもとにした映画だそうですが、アメリカ社会がよくわかる。
事実よりも、世論を味方につける手腕があれば何もかもを覆せるとういうか、
アメリカ映画では陪審員裁判でよく見られる光景ですが、
実際にも堂々と、これをやってのけているのかと驚愕。
2006年にYUI主演の日本映画「タイヨウのうた」をハリウッドリメイクへ版。
少しでも太陽光にあたると命に関わる難病・色素性乾皮症(XP)と診断され、
幼い頃から家の外に出ることができなかったヒロインの最初で最後の恋、
17歳の本気の恋を描いた感動のラブストーリー。
いや〜 話は知っているんですけどね、号泣しました。
私、内容はさて置いて、お涙頂戴には素直にお涙頂戴されてしまいます。
主人公のケイティもステキだったし、窓越しに見つけ長い年月思いを寄せていた
チャーリーもまたステキ。
このチャーリー役がアーノルド・シュワルツェネッガーの息子だったとは
![]() 儚い命の映画に、彼の誠実な優しさがプラスされて、なんかよかったな〜
ここからは、珍しく欧州の映画を3本。
La Ch'tite Famille(フランス)
フランス北部が舞台。
金属をスクラップにする賃金請負の労働者の息子である事を認めたくない
人気建築デザイナーValentinは、自分を孤児だと主張しています。
その彼を家族が彼を訪れる事で巻き起こる騒動を描く、フランスのコメディ。
フランス北部の方言を描くのに、日本語訳では東北訛りを使っていました。
そうか〜 そう聞こえるとしたら面白いなぁ。
ただのドタバタ映画なのですが、フランスのコメディ映画ははじめて。
フランス映画というのはいつも、後味が悪くて暗いというイメージが多いので、
なんとなく新鮮でもありました。
いや、「ボンジュール、アン」があったな〜 あれは良かったな〜
女性に参政権がなかった1970年代のスイスが舞台。
参政権を求めて、寒村の主婦たちが立ち上がる。
70年代になってもスイスってこんなに保守的だったのかと驚くが、
小さな勇気と冒険を積み重ねながら、主人公や村の女性たちが大きく変化していく。その様子はとてもスリリング。特に主人公は、控え目だけれど意志の強い女性で、「仕事をしたい」という思いに駆り立てられて一歩ずつ踏み出していく。
ひっつめ髪にスカーフ、長いスカートといった保守的なファッションから、
当時流行の髪型、パンタロンに変わっていくのが象徴的。
「自分らしく生きること」と「社会を変えていくこと」の関係を考えさせてくれる。
1971年までスイスの女性に参政権がなかったということがまず衝撃。
(スイス全土に広がるのは、さらにもっと後)
女性が仕事をするにも夫の許可がなければできないだなんて、日本よりも遅れてる。
参政権というのがいかに大事かということも、改めて考えされられる作品。
TULIPANI: Love, Honour and a Bicycle TRAILER (オランダ)
行ったばかりのオランダと、なによりもマテーラの映像がふんだん!
1980年。若いMontrealer Annaが、人生を変える冒険旅行に出発する。
彼女の母親が亡くなって、遺灰を故郷のイタリアに撒いてほしいと希望したのだ。
Annaの父Gaukeは、オランダの洪水を逃れイタリア・プーリア州に辿り着き、
そこでオランダ式灌漑を広め、チューリップの育成と販売を進める。
その地を訪れたAnnaは、母の古い友人Immacolataから父の顛末も聞くことになる。
オランダのコメディ。
実際にあったオランダの洪水の映像を用いて、そこから話が始まる。
行ったところだからね、興味津々で見ましたよ。
しかも、Annaの父親が自転車をこぎ続けて移住の地を探し求め、
ここだと決めたのがイタリア・プーリア州ときたら釘づけ
![]() 住まいはトゥルッリだけど、町は隣のバジリガータ州にあるマテーラを使ってた。
あの洞窟住居や町が映し出されるのだから、話の内容なんてどうでもいい。
しかも、ムルジャ展望台あたりの洞窟も使われていたと思う。
懐かしいマテーラを見るには、嬉しい作品。
そして、最後まで観られなくて残念だったのが、
海辺の家(原題 Life as A House)
ジョージは、海が見える崖に立つ、古い家に住む変わり者。犬を放し飼いにしたり、崖から海に向かって放尿するなど、近所から煙たく思われている。
ある日、彼は20年来勤めていた建築設計事務所から突然解雇を告げられる。
怒り狂った彼は、自分が長年作った建築モデルを片っ端から壊しオフィスを出るが、外で倒れてしまう。 末期ガンだった。
病院から帰ったジョージは離婚したロビンと息子サムに、この夏はサムと過ごし、
この古い家を立て壊し、新しい家を建てるつもりだと告げる。
ドラッグとパンク音楽が好きなサムは、父の突然の提案に猛烈に反対するが、
ジョージは譲らず無理やり息子と同居を始める。
最初は、ガレージでの生活のを強いられ、諍いの絶えない父子であったが、
ジョージにはどうしても家を建てたい理由があった。 (wikiより) アメリカ映画でよく気になるのが、親子が対等に語り合ったり、
それでいて親が絶対であったりするところ。
この映画では、息子のサムがドラッグをやっていること自体は止めない。
でも、ひと夏を共に過ごすことを拒否するサムは、それでも父の許しがない限り、
黙ってそこを離れるというようなことはしない。
あと10分ほどで終わりだったのに、最後まで観られなかった。
もうちょっとじっくり観たい映画だったな〜
【お土産編】
本当に、たいした買い物はできませんでした。
時間的に受託荷物にできるかどうかわからなかったので、液体類はNG。
クラクフで唯一買ったのがお菓子がこれ。
これもまたワッフルっていうんですかね?
甘いけど、娘には好評。
ナッツ味のチョコレートを包んでいます。
何もないから仕方なく買ったのが、前回案外おいしかったグミ系。
ひとつは娘、もうひとつはまだそのまま。
海外へ行くとつい買うのがタイ米は1kg2.89PLN(90円)と破格の安さ。
なぜかワッフル。まったく甘くないタイプです。
レモンチョコは酸味が美味しい。かなり気に入りました。
現地の人のおススメにあったので、必死で探したのが右の箱。
マシュマロにチョコレートのコーティング。
11.99PLN(360円)で箱2段分入っていて18個×2はお買い得。
ふわっとして美味しい
![]() もうひとつおススメにあったハチミツが入った飴が。(下左)
ハチミツは特産のひとつだからね。3.99PLN(120円)
プラムのチョココーティングは私好み
![]() 9.99PLN(300円)はかなりお得。もっと買えばよかった〜 酪農国なのでチーズの生産量も世界有数ですが、探していたものは見つけられず。
左端のは、露店で焼いて売っていたオスティペックを薄切りにしたような形で、
ゆっくり焼いていくと、中がとろりとして美味しい。
スーパーで買ったオスティペックも薄切りにして焼いて食べています。
ただ、どちらもかなり塩味が濃いです。
Twarogはフレッシュチーズ。カッテージチーズと同類かな?
ブルーチーズはポーランド産かどうか確かめませんでしたが、
欲しいものが見つからないなら、好きなのを買おうという選択の仕方
![]() 最後にヴロツワフ空港で買ったのがこれ。
上のは、現金を使うために選んだ一品。
クッキーというよりパンみたいで、シナモンが効いていて不思議な味でした。
でも、なんとなく美味しい。
下のは、クラクフの広場の露店で見たおうどんみたいなチーズ。
色は白いのですが、すごく濃い塩味。
本当はどうやって食べるか不明ですが、火を通して食べました。
露店で買うよりかなり高くて、21PLN(630円)でした。
あ、肝心なものを忘れていました。
ボレスワヴィエツで買った陶器
![]() ![]() 日本で買うと、20cmのお皿が3,672円というのを調査して行ったのですが、
こちらはもう少し大きめのオーバルのお皿で58.55PLN(1,756円)
![]() ちょうどパスタやカレーにいい感じで、少し深くなっています。
小鉢の方は14.51PLN(435円)
お素麺の薬味を入れたり、お醤油を入れたり、いろいろ試しています。
全部で219.18PLN(6,575円)は大満足のお買い物でした
![]() 事前に欲しい柄を調べたりしたのですが、思ったものはありませんでした。
すべて気に入ったわけではなく、やや妥協して買いましたが、
それでもやっぱり買って帰ってよかったです。
使うたびに旅行のことが思い出せるのが、あとに残るお土産のいいところですね。
裏には、ひとつずつ hand maid の文字と、サインがあります。
手書きのボレスワヴィエツ陶器、大事にします
![]() 以上。ポーランド旅行、すべて終了ですっ
![]() スペイン旅行、なんとかせねば〜
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18.8 ポーランド
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コメント(6)
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今さらなんですがヴロツワフって「Wrocław」と書きます。
どうやってヴロツワフと読むんだろうと思いませんか?
電車の予約をするときに必要だったのですが、ワルシャワと読めそうでしょう?
何度も間違っていないか確かめました。ポーランド語、難しい
![]() ![]() ![]() (ちなみにワルシャワは「Warszawa」英語表記で「Warsaw」)
さて。
最後の難関、ヴロツワフ空港への早朝移動が待っていました。
調べたのはこちら。
6:30のフライトに対して、バスでの到着予定が5:30ぐらい。
受託荷物の締め切りまで20分というスケジュール。
20分あれば間に合いそうなものですが、バスが定刻に来るかもわからないし、
同じように早朝発だったブダペストでは、セキュリティーチェックが長蛇の列でした。
だから、私はかなり心配だったんです。
正直なところ、相棒の性格を鑑みてもタクシーにしておく方がいいと思っていました。
ただ、海外でのタクシー利用は、ハワイでの事前予約しか経験がありません。
なんのために英語の勉強をしているんだと思いつつ、私にはかなり難関なんです。
ホテルでお願いしても、遅れてくることもあると読んだので、
そういった非常事態を招きそうで二の足も三の足も踏みまくり
![]() ![]() ![]() 助かったのは、こちらでバス停の位置までわかったこと。
もうひとつは相棒がバスで大丈夫じゃない?と言ったことにもありました。
クロアチア旅行のとき、ドゥブロヴニクで早朝移動だったので、
バスがその時間ということは、きっと行けるんだろうと思ったのでしょう。
ただ、受託荷物が預けられなくても乗れるように、
スーツケースは機内持ち込みサイズにすることだけは決めました。
早朝4時半ごろのヴロツワフです。
危険な雰囲気はまったくありません。
誰もいないように見えるでしょう?
でも、結構人に会いました。
オールで遊んだ地元民っぽい数人にも会いましたが、
酔っぱらっている雰囲気はまるでなし。
たぶん、手前の街灯の下に青い箱が見えるのですが、それが自動券売機です。
チケットを買ってから30分以内が有効なので、
念のためにもう少しだけ待ってから買うことにします。
先に、バス停を見学に行きました。
まだ4:41を指しています
![]() 私が乗るのは106番バス。
深夜便は206番とどこも200番台になるのですが、ここに表示がないので、
やはり違うルートを通るようです。
バス停近くで、大きなスーツケースを持って慌てているおにーさんがいました。
電話でせわしなく話したり、タクシーを掴まえて
断られてる?まるで私のように、困っている模様。
でも、電話で話せているということは、私に出る幕はないはず。
バス停にも既に2人待っています。
フライト時間に間に合わないのかなぁ。
焦る気持ち、わかるよ〜
![]() さぁ、もうバスのチケットを買ってもいいでしょう。
クレジットカードも使えましたが、現金を使い果たしにかからなくては。
向かいはショッピングセンターRENOMA。
時刻は4:59を指しています。
無事にバスが到着しますように。
乗客予定は、さっきから慌てているおにーさんを含めて5人。
他にも人がいれば安心です。
定刻にやってきました〜
![]() あとは間に合うかどうかだけど、ここまでくれば心配はないでしょう。
バスに乗ったら、車内の機械でチケットを有効化しなければなりません。
ところがこれ、動かないんですよ。
他の人がやっても、どうやら動かない。
既に座っていた若き日のレオナルド・ディカプリオに似たおにーさんが、
使えないから大丈夫、と教えてくれました。
途中の乗降も早朝の割に結構ありました。
慌てていたおにーさんは、ディカプリオ似のおにーさんの向かいに腰を落ち着け、
すっかりリラックスした様子で、恐らく事の顛末を語っていました。
空港到着は5:34。
結局、誰も検札には来ませんでした。チケットを渡すこともなし。
間に合ったので、スーツケースも預けられます。
でも、食器の入っているスーツケースは機内持込みの方が安全なので、
もうひとつのほうだけ預けることにしました。
並んでいるのは、悪名高き超格安LCCのライアンエアーだけ。
でも、身構えて乗ったバーリ行き、特に問題はありませんでしたけどね。
残りの現金でお土産を物色。
さすがに高いけど、気になっていたチーズをGETできました
![]() ポーランドは酪農国なので、本当はもっとチーズが買いたかったのに、
なかなか欲しいチーズには出会えませんでした。
最後に驚かされたのは、機内持ち込み荷物。
ボレスワヴィエツ陶器の入ったスーツケース、
乗る前に取り上げられちゃったんですよ
![]() ほら
あそこで積み込んでるでしょう?持ち込みのスーツケースは、全員乗る前に預けなくちゃいけなかったんですよ。
たぶん、このごろ持込み荷物が多くて、時間がかかるんでしょうね。
丁寧にして〜 上に他のを載せないで〜 頼むよ〜 おにーさーん
念のために、かなり厳重に梱包しておいて良かったです。
プチプチも持って行ってたし、服にもぐるぐる巻きにして包んでおきました。
あ〜 良かった。
それでも、顔を見るまでは心配でしたよ。
空港行のバス停で慌てていたおにーさんもこの飛行機に乗っていました。
それなら間に合うよって言ってあげられたのに〜(←なん〜て、ムリムリ
)私、何度ヨーロッパへ行っても覚えられないんですけど、
今回もフランクフルト空港での乗継で、セキュリティチェックがありませんでした。
あったりなかったり、どーして?
ないんだったら、ヴロツワフの空港で液体のものも買えたのに〜
間違いなくあったという記憶があるのはクロアチアのあと。
と思って調べたら、クロアチアはシェンゲン協定を結んでいなかったのね
![]() ロンドンへ行ったりしていたから、ごっちゃになってしまっていたみたい。
フランクフルト空港での乗継時間は4時間半。
いつものところでビールを飲んで、やっぱりドイツだからソーセージを食べました。
普段は混んでいるので焦って注文するのですが、空いているからよく見ると、
with ポテトサラダってのがあったので頼んでみました。
なかなか美味しかったぞ〜 でも、19.5EUR(2,508円)
![]() 一気に高くなってしまった〜 ポーランドが恋しい〜
というわけで、無事に帰国です。
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旧市街へ戻りましょう。
あのまま先へ行けば、百年記念会館に辿り着けました。
ヴロツワフ大学の近くにあったプレートにも描かれていた世界遺産です。
でも、今回は短い期間に詰め込んでいたので、はじめから断念していました。
クラクフと違い、戦火に晒されたヴロツワフは、
旧市街と言っても、戦後の建物がすぐ隣り合わせです。
それらがあまりにも社会主義のそれに見えたので、そっと何枚か写真を撮りました。
ここなどは、きれいに塗り替えられていて、まだマシなアパートでした。
それでも、1階部分は落書きで荒れた雰囲気が見えます。
続くアパートも、手前は塗り替えられていますが、向こう側はかなり殺風景。
やはり1階部分の柱は落書きや貼り紙で埋め尽くされています。
スマホを向けるにも、ベランダに人がいて諦めたところがいくつかありました。
でも、全体的にはこんな感じの殺伐としたアパートが多かったです。
まさに観光地と隣接しており、ヴロツワフの治安は悪くないと書かれていますが、
落書きのないアパートはないと言ってもいいほどでした。
たぶん心配ないとは思いますが、
観光地からあまりそれない方がいいような気がしますよね。
道を挟めば観光地で、やっぱり小人たちが迎えてくれます。
このギャップ、ヘンな感じです。
お店の前、注文用の窓の前にもいたりします。
売り子さんの役ですね。
昼を回ったぐらいの時間でした。
そうか〜 さっきの食事のときにアルコールがなかったのが盛り上がりに欠けた理由?
ビールでも飲んで帰ろう
![]() 旧市庁舎の地下のビアレストランは、やはり開いていません。
でも、そのすぐ傍にも有名なビアハウス Spiż があります。
外でも飲めますが、中では醸造の様子が見られるそうなので、
中へ入って見ることにしました。
入って階段を降りて地階へ行きます。
店内に入るとすぐ、発酵している様子が見えました。
左側へ行くとレストラン。
感じのよい雰囲気でしたが、まだ早い時間なのでほとんど誰もいませんでした。
私たちはお腹がいっぱいなので、右側の部屋でビールだけにします。
こちらにはビールのタンクがありました。
piwa jasne と piwa pszeniczne
ピルスナーとホワイトビール
前日に見た白ビールのように真っ白な泡のものではありませんでしたが、美味しい。
ただ、添えられて出てきたこれは、パンに塩をまぶしたようなピーナッツが乗っていて、
すごく冷たくて、何とも言えない味で、珍しくまったく受け付けませんでした。
お店を出ると、入れ替わりに日本人の団体客が入って行きました。
日本人にはほとんど会わない旅行だったので、
もしかして、ボレスワヴィエツ陶器祭がお目当てのツアーかもしれませんね〜
そんなわけで、お昼過ぎには観光を終えてしまいました
このあとは、お土産を物色しに回ります。
でも、ポーランド土産って特に何もなくて、スーパーへ行ってもほしいものがなくて困りました。
ホテルへ戻ってワインを開けて休憩したあと、夕方にもまた買い出しに出掛けました。
お腹はいつまでもいっぱいで、 もう外に食べに出られるほどにはなりませんでした。
尻すぼみのポーランド旅行でしたが、充分楽しみました
小人たち、そんなに見つけられませんでしたが、それでもたくさんいてました。
季節が良ければマップを買って探してもきっと楽しいと思います。 |
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大学そばのカフェテリアでブランチを食べてから、
再び市場会館まで戻ってきました。
この日の午前中はとても寒くて、パーカーでは肌寒いぐらい。
オドラ川のクルーズも考えていましたが、曇り空では気分も乗りません。
ヴロツワフで残すはオドラ川の向こう、オストルフ・トゥムスキ地区です。
ここで、目当ての塔に上ることにしていました。
洗礼者ヨハネ大聖堂の塔です。
ここならエレベーターがあるらしい
![]() オストルフ・トゥムスキ地区へは、このキュートな赤い橋を渡って行きます。
クルーズ船はいくつか乗り場があり、ひとつめの島へ渡ったここからも出ています。
左に見えるのは、聖十字架教会。
オストルフ・トゥムスキ地区は、埋め立てられるまでは島だったそうです。
なぜ地図に「オストルフ・トゥムスキ島」と書かれているのか不思議でした。
その昔は水の都として栄えていました。
ここからが島への入口でしょう。
トゥムスキ橋にはお定まりの鍵が、すごーい数でつけられていました。
鍵の売り場まで、そばにありましたよ
![]() 準備不足のカップルにも愛の手を
![]() 聖十字架教会まで来ると、にわか雨が降り始めました。
雨宿りに入ってみましたが、見た目の割に中は質素でイベント会場のようでした。
それならばと、目当ての洗礼者ヨハネ大聖堂へと急ぎました。
雨は一瞬のことで、気になるほどは降っていません。
第2次世界大戦で戦災を受け、1950年代に再建された現在の大聖堂の原型は、
12世紀後半からここにあったロマネスク様式の大聖堂でした。
中央聖壇と身廊、側廊は13世紀から15世紀、
塔と正面入り口上の湾曲部分は15世紀のバロック様式になっています。
ステンドグラスも美しい。
塔を上がるにはお天気もあまりよくないので、諦めることにしました。
4日間の旅の疲れが、涼しいこの日に逆に少し出てしまったような気がします。
大聖堂の側面から外へ出ましたが、中世の佇まいの残る建物でした。
1945年に破壊されましたが、1960年までかけて修復されています。
オストルフ・トゥムスキ地区は、まだ向こうに続きます。
魅力的な雰囲気が気になりましたが、無理せず戻ることにしました。
連日の暑さ。
夏に弱い私は、いつもよりペースダウン
![]() 雨はパラリとしただけで、終わり。
裏には植物園もあったので、柵からちょっと覗きます。
ヴロツワフの中で最も古い地区であるこのあたりは、
もう少しゆっくり回れるとよかったな。
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明日の朝が早いので、ホテルの朝食はつけていませんでした。
そもそも、この外出の目的は、朝ご飯。
ここまできたら、見たかった市場会館もすぐ。
オソリネウム図書館を過ぎると、すぐにSt.Matthew教会があります。
このあたりから、地面にプレートがいくつも埋め込まれていました。
数字はどうやら年号のようなのだけど。
書かれた文字を翻訳してみましたが、わかりませんでした。
下のは ドイツがナポレオンのフランス軍に勝利を収めた1813年のライプツィヒの戦いから
100年目を記念して建てられ世界遺産になっている百年記念会館ですね。
横を見ると教会が見えたので入ってみました。
聖ヴィンセントとジェームズ教会です。
こういう色の柱は見かけませんよね。
教会を出てもまだプレートは続きます。
結局何かわかりませんでしたが、大学のなにかの記念のようでした。
教会を出て目を上げると、道の向こうにお目当ての市場会館が建っていましたが、
市場側から見た教会は思ったよりもずっと立派でした。
市場会館は、当時ドイツ領だった1906〜1908年に建てられています。
日常のポーランドの風景が見られる市場ですが、やたら多いのがお花屋さんでした。
しかも、開店祝いか結婚式か?というような花を、競うように活けていました。
でも、ここで食事をするには、今ひとつな感じ。
ヴロツワフ大学の向かいで10時から開くカフェテリアがあったので、そこまで戻りました。 数学塔のところまで戻ると、ちょうどその向かい。
ガラス張りでちょっと興味がありました。
Lepione は、好きなだけ取って量ってもらいます。
学生さんは20%割引。
あれやこれや入れて、2人分で40.47PLN(1,218円)
3.99PLN/gと書かれていました。
残念だったのは、アルコールがなかったこと。
もしかしたらあったのかも?
でも、朝っぱらだったので、聞く勇気もありませんでした
![]() これだけ色々あってどれも悪くなかったから、ちょっと飲めたらもっと進んだのにな〜
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断られてる?
あそこで積み込んでるでしょう?







