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14歳、今から20数年前、この『人間失格』を読み、大ショックを感じました。 「恥の多い生涯を送ってきました」 3枚の奇怪な写真とともに渡された睡眠薬中毒の半生がえがかれている。 無邪気さを装いながら、周囲を欺いていた少年時代。 次々と女性と関係しながら、薬物におぼれていくその姿。 『人間失格』は、太宰の自伝であり、遺書であった。 今回、もう一冊買いなおしたのは、集英社文庫で新しいカバーになり、また売れ ているというニュースを知ったから。 デスノートの小畑健氏が表紙を書かれているそうで。 最初「イメージじゃあないな」と思ったけど。 なんか、買って家で、みたいたらだんだんなじんできた。 今回の集英社文庫では、『鑑賞』として、娘さんであり作家の太田治子さんが、この作品に関するもの、父親に対する愛情があふれています。 税込みで269円でした。
や、安い・・・・。 |
太宰治
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『申しあげます。 申しあげます。 あの人は、酷い。酷い。 厭な奴です。・・・・』 キリストの弟子ユダの迫るような、独白ではじまり、まくしたてるように終わる一遍。 そこに描かれているのは、ユダが作品の中で『美しい人』と表現する、イエス・キリストにへの、屈曲 した憧憬である。 ユダが卑屈になればなるほど、キリストの純粋性が高まる仕掛けになって、いっきに読める短編だ。 『純粋』なものを、憧憬しつつも、ユダ的な立場でしか生きられなかった太宰の哀しみも伝わってくる る。 そして、ワタシ自身の中の「ユダ的なも」を、指摘されたようで怖い。 「私の家で一緒に(キリストと)と、暮したい・・・・ 桃の花がさいている・・・・」 ユダが夢想する情景が哀しく印象に残る。 新潮文庫『走れメロス』収録
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昭和19年 「少女の友」掲載 |
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昭和23年3月、太宰晩年の短編。 本当に短い短編であるが、読むものを痛切にせつない気分にさせる。 『眉山』とは、ある飲み屋で働く少女につけられたあだ名。 主人公は、作家である『私』である。 ほぼ、太宰本人のイメージと合わせていいと思う。 『眉山』と、あだ名をつけられた少女の働く店はつけもきく。 『私』にとって、待遇のいい店だった。 『眉山』さえ、いなければ・・・。 『眉山』と、あだ名をつけられた少女トシちゃんは、とにかく作家のお客の話に入りたがる。 「文学がめしより好き・・・」 と、言っているのに、何もわかちゃいない。 『私』は自分の文学をけなされたようで、腹立たしさを覚える。 加えて、『眉山』トシちゃんには、もう一つ欠点があった。 ご不浄の使い方である。 ・『眉山の大海』といって、ご不浄が汚れていることがある。 ・ ギリギリまで、作家の客の話に割り込み尿意をがまんする。 バタバタと、足音をたてて、ご不浄にかけこむ。 配給のミソを踏んづけ、その足でミソまみれになりながら、ご不浄に駆け込む。 ある時、あの店にもう『眉山』トシちゃんはいなくなったことを知る。 末期の腎臓結核で、手の施しようがなく、田舎に返されたのだ。 腎臓結核で、 ご不浄が汚れるほど、おしょうすいが多かったことや、尿意が近かったことが始めてわかる。 『少しでも、作家の客達と一緒にいたい』 その気持で、トシちゃんは、尿意に我慢に我慢を重ねていたのだ。 「いつでも、ハイっといっていい子でしたね」 小説の終わり頃、トシちゃんはこう表現される。 不器用で教養も高くなく、たぶん器量にも恵まれてなかったと思われる少女。 ご不浄の件でや文学通ぶることで、滑稽であり俗物として表現される。 そのぶん、トシちゃんという少女の心の美しさが、きわだつ。 文学少女ぶっていた私にとって、『眉山』のトシちゃんは、短編ながら、大きな存在感で、心の中に生きて いる。 |
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太宰の作品、初期と後期で、『麻』の着物について 『死のうと思っていた。 ことしの正月、よそから着物を一反もらった。お年玉としてである。着物の 布地は麻であった。 鼠色のこまかい縞目が織りこまれていた。これは夏に着る着物だろう。夏まで生 きていようと思った。』 新潮文庫 晩年P1
主人公、和子の弟直治の遺書
『結局、僕の死は、自然死です。人は思想だけでは、死ねるものではないんですから。
それから、一つ、とてもてれくさいお願いがあります。ママのかたみの麻の着物。 あれを姉さんが直治が来年の夏に着るようにと縫い直して下さったでしょう。あの着物を、僕の棺にいれて下さい。 僕、着たかったんです。』 角川文庫 斜陽P161 この2編を読んだ時は、中学生だった。『葉』を読み、、 「この人は、大人なのにお年玉を貰って恥ずかしくないのか?」 と、まず思った。 そういう、私も30代にして、今年お年玉を貰ってしまった。 この時太宰25歳。 微妙ですね。 死を思う前の人間にして、清潔な明るさがある。本当に死ぬ気があったのか?とも思うが。 一反の布が、ひとつの命を新しい季節までつないだのだろう。 『斜陽』を読み、どこかで読んだ表現だな、と思いながらきずかず。 この時、太宰38歳。 直治の年齢が、25歳くらいか。13年も、『麻の着物』は彼にとって、「生」のわずかな象徴だったのだろう。初夏に生まれた太宰ならではの感覚かもしれない。 ふと、麻の着物の臭いが、かいてみたいと思った・・・・・。 私は、消毒薬フェチです。あのにおい、すごく、『生』を感じます。 大江健三郎の『死者の奢り』とかうっとりします。 あなたは、好きなかおりって、ありますか? |



