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知恵は宝石にまさり、あなたがたの望むすべての物は、これと比べるにたりない。(聖書 『箴言』 8.11)

〔教育〕 いきる

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生きるためには、誕生してすぐの育、育児から、保育、教育がたいせつです。
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『シータヒーリング』(ヴァイアナ・スタイバル著、山形聖訳、ナチュラルスピリット)に、

拒否、怒り、後悔という、感情に関連するパターンを、
著者のヴァイアナ氏は、三大障害(3つのR)と呼んでいると述べています。
拒否(Rejection)
怒り(Resentment)
後悔(Regret)
 です。
これらは潜在意識に形成された思い込みのパターンで、いつもは本人が意識するようなことがほとんどありません。

「拒否」は、「私は(ある人、ある状況)に拒否されている」という思い込みで、たとえば、母親、あるいは父親から拒絶、排除、冷たく扱われたことなどによって形成されやすい思い込みです。
また、世の中を生きていくためには、競争して勝たなくてはならない、生存闘争という考えとも関連があるようのも思われます。

「怒り」は、「私は(ある人)に怒りを感じている」という思い込みで、思うようにならないことが生じたとき、自分の周囲の人(両親、兄弟、・・・)の所為で、失敗や損害を被ったというような思い込みで、被害者意識、責任転嫁、恨み、報復などと関連しているように思います。

「後悔」は、「私は(こういう状況になったこと)を後悔しています」という思い込みで、結婚や、職業、人生、投資、事業などで失敗した、選択や決断で誤ったという思い込みで、普段は「後悔」したくないという思いが強く、直前まで決断や選択を延ばしたり、避けたりするようになるようです。

菅直人首相は、この三大障害を持っていると思われます。彼とよく似たような行動パターンのをする人は、潜在意識の思い込みに三大障害を抱えているかもしれませんね。

著者のヴァイアナ氏が述べているように、この3つのRの思い込みのパターンは、次のパターンと置き換えると、生きることが楽になり、楽しくなるようです(私の経験からそう思います)。

「拒否」は、
「私は、自分自身を受け入れます。
 私は拒否されることなく生きるのがどのような感じなのかを理解しています」


「怒り」は、
「私は怒りを解放します。
 私は怒りを感じることなく生きるのがどのような感じなのかを理解しています」


「後悔」は、
「私には何の後悔もありません。
 私は後悔することなく生きるのがどのような感じなのかを理解しています」


潜在意識に存在する思い込みですから、簡単には置き換えることができません。
一つの方法は、シータヒーリングを行うヒーラーにお願いして、やってもらうことでしょう。
ヒーラーが信頼できる人かということも重要なことになるかと思います。

シータヒーリングについては

シータヒーリングの効果って?
http://ameblo.jp/bestofbest/entry-10530648425.html
アクエリーナ
http://new-blog.aquarina.net/?eid=130
などに詳しく説明されています。

私が試みた方法は、
ヘミシンク」を用いました。

「ヘミシンク」については、
アクアビジョン・アカデミー
http://www.aqu-aca.com/contents/whats-hemi-sync/about-hemi-sync.html
http://www.aqu-aca.com/contents/whats-hemi-sync/hemi-sync-cd.html
などに詳しく説明されています。

用いたのは、
「家庭学習シリーズ(ゲートウェイ・エクスペリエンス)Gateway Experience
 〜 自宅でヘミシンクを本格的に学習したい方に 〜」

という、瞑想ツールといったようなもので、その中の、
「ゲートウェイ・エクスペリエンス」
 「ウェープ II - スレッショルド<境界点>」
  「スレッショルド#2 問題解決」
あるいは、
 「ウェーブ V - エクスプロアリング<探索>」
  「エクスプロアリング#1 フォーカス12上級」
または、
 「ウェーブ V - エクスプロアリング<探索>」
  「エクスプロアリング#5 ミッション15、創造と具現化」
です。

瞑想に習熟していない人や、このような瞑想ツールに拒否反応を起こす人、それぞれの人の考え方や、知識などが異なり、各人各様ですから、誰でもうまくいくとは限らないと思います。

私の場合は、思い込みのパターンを置き換えることができました。
興味のある方は、自己責任で、試してみてはいかがでしょうか?

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人に話を聞いてもらうには、

その前に、相手の気持ち(心情)を理解し、気持ちを共有(共感)することがたいせつです。

自分の言いたいことを言うだけで、相手の話を聞こうとしない人がいますね。
「聞いてあげる」から「聞いてもらえる」のです。
「あげる(GIVE)」の方が先です。

「人に与え、与えられるのが人生」(モホーク族の格言『アマリカ・インディアンの書物よりも賢い言葉』エリコ・ロウ著 扶桑社)

同じ本の中に、次の言葉も載っています。

「話し合いでは、聞き合うことも忘れない」

例えば、
「学校なんか大嫌いだ。もう学校なんか行かない」という子供に、
「学校へ行かないでどうするのだ。人生の落ちこぼれになるぞ。将来後悔するぞ」などと、子供の言いたいことも十分に聞かずに、非難や批判をする。すると、子供は、反抗的になるか、話すのを止めます。
子供は、自分が理解されていないと感じ、親の言うことを聞こうとしなくなるのです。

料亭やレストランなどで、美味しい料理を味わっているときには、話がはずみますね。
料理が美味しいという気持ちを共有(共感)しているからだと思います。
先ほどの本の中に、

「食べている子供に語れば、
 親が去った後にも
 その記憶は残る」(ネズパース族の格言)

家族全員で食卓を囲む「家族団欒」あるいは「一家団欒」は、お互いの気持ちを分かり合うため、あるいは子供の教育やしつけのためにはたいせつかもしれませんね。
しかし、最近では、残業や、勤務時間の違いなどでできにくくなったようです。
家族がいながら一人で食事をする「孤食」と言う言葉もあるようですね。

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生きるためには、何がたいせつでしょうか?

英語の生きるという言葉「LIVE」に、その秘密が隠されています。

LIVEという言葉の最初の文字LをGに置き換えると、GIVEになります。
すなわち、生きる(LIVE)ためには与える(GIVE)ことがたいせつ。
「ひとに与え、与えられるのが人生」(モホーク族の格言)。

では、何を与えるのでしょうか?
LIVEという言葉の2番目の文字IをOに置き換えると、LOVEです。
愛(LOVE)を与える(GIVE)こと。

LOVE(愛)とは、どのようなものでしょうか?

それは、太陽の光(LIGHT)のようなもの。
誰にでも、あらゆるものに、等しく、
それでいて、見返りを求めることもなく、与え、与えられるもの。

なまけ者よ、蟻のところへ行き、
そのやり方を見て、知恵を得よ。
蟻には、首領もつかさも支配者もいないが、
夏のうちに食物を確保し、
刈り入れの時に、食糧を集める。
なまけ者よ、いつまで寝ているのか、
いつ目をさまして起きるのか。
しばらく眠り、しばらくまどろみ、
しばらく手をこまねいて、また休む。
だから、あなたの貧しさは浮浪者のように、
あなたの乏しさは、横着者のようにやって来る。
よこしまな者や不法の者は、
曲がったことを言って歩き回り、
目でめくばせし、足で合図をし、指でさし、
そのねじれた心は、いつも悪を計り、
争いをまき散らす。
それゆえ、災害は、突然やって来て、
彼はたちまち滅ぼされ、いやされることはない。
(箴言6章6〜15節)。

蟻には、首領もつかさも支配者もいないが、
夏のうちに食物を確保し、刈り入れの時に、食糧を集める。

とあります.
首領もつかさも支配者もいない」といっていますが、ほとんどの蟻に「女王蟻」がいるではないかと思うかもしれません.
しかし、「女王蟻」は、首領でも、つかさでも、支配者でもありません。
卵を産むという役割を担っている蟻です。

首領やつかさや支配者の蟻に命令されてやるのではなく、
それぞれの蟻が、集団のために自律的に自らの役割を果たしているように思われます。
食物(富)を独り占めするとか、争いをまき散らすような、よこしまな者や、不法者はいません。

一方、人間は、
よこしまな者や不法の者は、
曲がったことを言って歩き回り、
目でめくばせし、足で合図をし、指でさし、
そのねじれた心は、いつも悪を計り、
争いをまき散らす。

というようなことをする者がいます。

なまけ者よ、蟻のところへ行き、
そのやり方を見て、知恵を得よ。

とは、
蟻のように、怠けずに働きなさい!といっているのではありません。
蟻の集団には、よこしまな者や不法な者はいません、
食料を蓄えるために、毎日忙しく働くことも大切でしょうが、
それよりももっと重要なことは、よこしまな者や不法な者がいない社会、よりよい社会を築くことです。
そのために、蟻の社会を見て、そこから知恵を得なさいといっているのです。

そのような為すべき重要なことをせずに、
なまけ者よ、いつまで寝ているのか、
いつ目をさまして起きるのか。
しばらく眠り、しばらくまどろみ、
しばらく手をこまねいて、また休む。


だから、あなたの貧しさは浮浪者のように、
あなたの乏しさは、横着者のようにやって来る。

のです。

例えば、国会議員や官僚は、
首領やつかさや支配者」と言うべき人たちですが、
彼らのなかには、
曲がったことを言って歩き回り、
目でめくばせし、足で合図をし、指でさし、
そのねじれた心は、いつも悪を計り、
争いをまき散らす
」ような人たちがいるのです。

国債発行(借金)、消費税増税、天下り、派閥・政党間争い、権力争い、・・・

それゆえ、災害は、突然やって来て、
彼はたちまち滅ぼされ、いやされることはない。


財政破綻、戦争、災害、事故、事件、疫病、破産、自殺、・・・・

『アセンションへの道 惑星連合からのメッセージ』(ジーナ・レイク著 中村留美子訳 ナチュラルスピリット1998年)のなかで、われわれ地球人が地球で何をしているか、人生とは何かに関して、次のように述べています。

みなさんは今「進化の旅」の途上にあり、それは地球にいるすべての種族にあてはまることです。
みなさんは学習を続けながら進化をとげつつあります。
彼ら(ETたち)もまた、みなさんとの関わり合いを通じて学習しているわけで、そのこと自体については誰も責めることができません。
というのも、学びながら徐々に経験を積んでいくというプロセスこそが、進化にほかならないからです。
間違いや過ちを犯したからといって、誰も邪悪であったり不正を働く者であるわけではありません。
間違いとは必ず起こすもので、遅かれ早かれ間違いを犯した者は、二度と同じ間違いを犯さないようになるのです。この進化の過程を免除される者は誰ひとりとしていないのです!
私たちが願っていることは、過去、みなさんの祖先に害を与えたETたちに対し、みなさんの全員がふかいあわれみの情をもってくださることです。そう、かつてみなさん自身が過ちを犯したことがあるように、彼らもまた過去において過ちを犯したのです。
私たちはすべて進化に向けて成長を続けています。
そして成長の先にあるのは、燦然と輝く「光」なのです!


『論語』に
過ちて改むるに憚ることなかれ
過ちて改めざる、これを過ちと謂う

という孔子の言葉があります。
上記の「惑星連合からのメッセージ」から、この孔子の言葉の深い意味が理解できます。

間違いことで学ぶことも、
恐れない。
   (『アメリカ・インディアンの書物よりも賢い言葉』(エリコ・ロウ著 扶桑社)

子どもたちも間違いや過ちを経験することで学び、成長していくのです。
少子化に伴って、親たちが子供を過保護に育てるようになり、
子どものかわりに、親が何でも決め、教えた通りにやらせようとする親が多くなっています。
学校教育も、先生たちが教えた通りの内容を記憶するように訓練しています。学習内容に関する実践的な経験が伴っていません。受験勉強がこのことをなおいっそうひどくしています。
子どもに選択の自由を与え、自らの間違いから学ぶという人生にとってたいせつな機会を奪っているのです。
そして、子どもたちに自分の望むものを自由にやらせ、その結果に対する責任を負わせるという、自己責任の意識を育てる訓練もできないのです。

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