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小泉・元首相はCIA工作員=2007年04月20日
2000年7月16日付琉球新報によると、1968年11月に行われた沖縄の日本「返還」後初の沖縄知事選挙(当時は主席公選と呼んだ)において、米国 CIAが自民党の知事候補に選挙資金を援助し、自民党を勝たせるように裏工作していた事実が報道されている。この記事では、米国大使館から出された、自民党にCIA資金を選挙の裏金として渡すように指示した、 68年8月16日付の電文がスクープされている。 なお、この沖縄知事選挙で自民党幹部職員として選挙を担当していた金尚氏によると、CIAの代理人として沖縄でCIA資金2000万円の授受を担当していたのは、小泉純一郎・元首相である。 ・・週刊文春2002年8月15日22日合併号。 CIA日本工作員=スパイ・・日本独立のための第19章 次期総裁候補の麻生外相も・・・2007年04月25日'''
1945年、第2次世界大戦に敗北した日本に米軍が上陸して来ると、日本の政治は米軍の命令通りに行われ米軍の指揮下に入る。日本の総理大臣を毎日呼び付け、連日細かい指示を与えたのがCIA日本支局長ポール・ブルームであった。 ブルームが2007年現在の日本の出発点を決めていた。 ブルームは1898年、日本の横浜に生まれた。 世界の金塊GOLD、ダイアモンドを独占支配する南アフリカのオッペンハイマー一族にブルームは 属していた。 父母は横浜で貴金属商を営み、中国に金塊を輸出していた。 [続きはここから] 当時、日本は中国へ軍隊を送り込み侵略戦争を行っていた。 日本の軍隊に必要な武器、弾薬、ジープ、戦車等の購入費用に困った日本政府は、中国で麻薬、アヘンの密売を命令し、その利益で武器を購入していた。 当時、中国は国家が崩壊状態であり、国の印刷する紙幣というものが無かった。 日本政府の麻薬密売と武器購入は金塊で支払いが行われていた。 ブルーム一族はその金塊を提供していた。 中国での戦争が拡大すればするほど、武器はたくさん必要となり、支払いのための金塊もたくさん必要となった。 貴金属商のブルーム=オッペンハイマーにとって、戦争によって商売が拡大した。 オッペンハイマー一族は、商売の拡大と共に優秀な営業マンを必要とした。 オッペンハイマー一族が目を付けたのが、日本育ちのポール・ブルームである。 中学卒業と同時に、ブルームは本家のオッペンハイマーに呼び寄せられ、ジュネーブのハイスクールに入学する。 その時ブルームは、米国のCIAヨーロッパ支局長アレン・ダレスの下で諜報員(スパイ)としての訓練を開始する。 現在のブッシュ大統領一族は、オッペンハイマーのカナダ支部であるバリックゴールド社の経営者であり、オッペンハイマーの提供するダイアモンドを使ったドリル製造会社ドレッサー社の経営者である。 石油を掘り出しダイアモンドを鉱山から掘り出すためのダイアモンド・ドリルのメーカーである。 ブッシュ大統領一族は、オッペンハイマー一族の下請け人一族であり、CIAの創立資金を提供していたのが、このブッシュ大統領一族であった。 オッペンハイマーの優秀な営業マンとしての教育を、オッペンハイマーの下請け人ブッシュ一族=CIAが請け負った事になる。 当時、ヨーロッパではナチス・ドイツ=アドルフ・ヒトラーがユダヤ人を大量に殺害しその財産を奪っていた。 ヒトラーがユダヤ人から奪った貴金属、金塊の販売を担当していたのが、ブッシュ一族の経営するユニオン銀行であり、ユニオン銀行のヨーロッパ支店長が後にCIA長官になるアレン・ダレスであった。 ブッシュ一族のユニオン銀行のヨーロッパ支店長ダレスが、そのままCIAのヨーロッパ支局長であった点にブッシュ=オッペンハイマー一族とCIAの一体化が読み取れる。 ブルームはこのダレスによって育てられ、後にCIA日本支局長となる。 こうして見ると、CIAがブッシュ=オッペンハイマー一族の「私的」な情報収集組織=スパイ組織として発足している事が分かる。 当時、CIAヨーロッパ支局長のダレスの下には、ブルームの他に同じオッペンハイマー一族のヘンリー・キッシンジャーがいた。 ブルームは日本へのCIA工作員=スパイであり、キッシンジャーはソ連(ロシア)に対するCIA工作員(スパイ)であった。 同じダレスの部下として、同じオッペンハイマー一族として、ブルームとキッシンジャーはジュネーブの地で、しばしば共に食事や個人的交友をしたであろう事が想像される。 (資料が残っていないため、この点は想像である。) スパイを養成するには子供の頃から訓練しなければならない事は、高校時代からダレスに教育されたブルームが一番知っていた。 1945年、CIA日本支局長となったブルームは、日本人のCIA工作員(スパイ)となる人材を探し始める。 ブルームは、当時日本の吉田茂首相を毎日呼び付け、日本の政治に様々な命令を下していた。 ブルームはしばしば吉田茂の自宅を訪問もし、深夜まで吉田首相と会談した。 その時ブルームが目を付けたのが吉田茂首相の孫であった。
ブルームは吉田首相の孫を自分の家に引き取り、子供の頃から工作員(スパイ)として徹底的に教育し育て上げる。 この吉田首相の孫が、2007年現在の麻生太郎外務大臣・本人であり、日本の次期首相候補の最有力者である。 |
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可能性は ない訳じゃあ ないと思うけれどね、でも 知らず知らず そうなっている人も多いからね
2007/5/1(火) 午前 5:07 [ 建築や ]
う〜〜ん、なんとなく信じられます。
2007/5/2(水) 午前 9:52
htkm4122さん、麻生外相の部分を付け加えました。ご一読ください。
2007/5/2(水) 午後 11:25
たっきさん、以前、私が「大きな政治の裏社会があります。」と話したのはこの記事です。私は信憑性を持って愛読しています。
2007/5/2(水) 午後 11:26
コイズミにアホウ害相…。『悪』はつるむのがお好きですな。アホウが野中先生に師事していたのはスパイ行為だったのか?
2007/5/12(土) 午後 8:19
念願のトラックバックの追加に成功しました(ノ_<。)ビェェン。。。
2007/5/28(月) 午前 9:47
TBありがとうございました。私も先日、オルタナティブ通信を知って彼の経歴からブログの記事が生々しく書かれていてとても驚いています。今後もよろしくお願いします。
2007/5/30(水) 午後 9:29
お久しぶりです。3年前の記事ですがこの記事を始めて読んだときはびっくりでしたが、オルタナティブさんの記事は今でも私の重要な情報源です。最近は有料になってとても残念です。
2010/7/6(火) 午後 6:29
CIAコ−ドをうたれた【児玉誉志夫が稲川会の原初のボス】です。
この児玉誉志夫が【全国の暴力団を右翼へ統合】させました。
広域指定暴力団【稲川会】博徒が【小泉家の選対部長】を歴任しています。
岸信介と盟友児玉誉志夫、両者がCIAコ−ドをうたれていますが
どこぞの【ウマの骨を天皇の地位】へ就けた【天皇皇室家インナーサークル】の
【吉田茂も岸信介も】、彼らの孫を【CIA洗脳機関へは預けなかった!】のですね。
ところが【稲川会博徒が選対無精である小泉家】を狙ぃ
•テキ屋小泉又次郎の妾の一人娘の【朝鮮人婿養子の長男】を
•1967年二ヶ月間【松沢病院へ強制措置入院】させ
•凄まじぃ【洗脳教育】を体験させた____と、私は体験的に
見ています。
.
2011/3/26(土) 午後 9:37
CIA自民党の【OSS→CIA吉田や岸】らが、保身と暴利のために意図的に、
日本を売却し、傀儡へ堕ちていったのとは別に、
小泉純一郎氏は【本来の人格を破壊され、精神を分裂させられ】
新たに【CIA人格を移植された】と考えられます。
したがいまして
小泉氏の行動や政治判断に、自覚がまったく伴わなぃものと、私は
推察しております。
私は、小泉氏の、その境界線へ対面していると、覚えます。
.
2011/3/26(土) 午後 9:37
1967年から小泉純一郎氏はCIAコードネームをもつCIA諜報部員
____________________________<然り!
そのコードネームはプレスリーかも。
1967年迄の当時の名称【都立精神病院松沢病院】において
【小泉純一郎】氏は
【国内初!】の実験的【様々な薬物投与、脳内電流投与他】によって
日本版!
【スタンフォード大学 SRIスタンフォード・リサ ーチ・インスティテュート】法の
【マインド・コントロール.人格の矯正教育】がなされた___と
私は確信いたします。
.
2011/11/13(日) 午前 10:11
1965年末、突然、私が「小泉記憶喪失」となったことも
まんざら偶然のことではないでしょぅ。
___________________________と。
1966年、小泉記憶喪失となっていた私は
同年3月、大菩薩峠登山へ同行した小泉純一郎氏が
私の真正面ボックスシートへ数時間座っていても
当時の私は、彼を認識できませんでした。
また、この大菩薩峠下山中、
▼私だけが【突如として、垂直に宙へ高くたかく飛び上がりました】
(この後、ゆっくり落下しましたが、私の身体は打撲も発生せず無事)。
1)1966年のこの【不可解】と、
2)2001年から私へ開始された【遠隔操作による電流投与】と
3)2003年、自宅にいながら安全な状態でPCをうつ私の左手親指の爪が
【自動的に、水平に剥離】したこと、と。
▼【爪が剥けた】は、【初デートにおける小泉発言】でしたが、
▼上記、主に三点の現実の【外的要因】により、
▼2003年、【私の小泉記憶喪失は断片的に回復】しました。
.
2011/11/13(日) 午前 10:29
1965〜6年、既に
私は、
【遠隔操作による脳内電流投与、および、人為の電磁波等による空中浮上】を
実験的に体験させられた?可能性について、今、私は考えます。
1965年、遠隔操作による「電流投与」を、私は体験し、
2001年〜2011年まで、その電流投与を、私は被害体験し
その途上の2003年、断片的に小泉記憶が、私へ回復し
2009年、局部記憶喪失症であった【小泉記憶は完全に私へ回復】しました。
一度として思い出した事の無い、一度として口外したことのない記憶は
実に不思議な事に、隅々迄、鮮明に蘇っていました。
私は、38年後の2003年、時間は飛んで【1965年のつづき】に立っていました。
私は、心理的には【1965年の京浜東北線の品川駅に立ち】、
2001年〜、物理的には【遠隔操作の最新のスキル】によりありとあらゆる攻撃を受け
【戦地に立って】いました。
この【矛盾】と【高電流投与】により、
私は【心身】ともに患ぃ、歩行困難へ陥りました。
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2011/11/13(日) 午前 10:47
この人為操作による記憶喪失?の可能性は、
後年の、
連続的、人為操作による「遠隔操作電流投与」によって、
副作用を伴わず、
寧ろ、正確に、私へ記憶を蘇らせた可能性、があった、と、
今考えます。
.
2011/11/13(日) 午前 10:56
キッシンジャーがTPPについて事前に来日し、野田氏と会談
___________________________
SRIのプロ達による【キッシンジャー】への
様々な薬物投与、すさまじい拷問等の結果、
【キッシンジャ-がソ連のスパイ組織NKVD】のスパイであること、
そのNKVDの「スパイ教育課程」でこと【キッシンジャーの思考能力が破壊】され、
【人格が分裂症状気味】になっていること
そのため一見、
無能で行動力の弱い夢遊病患者状態になり
【自動車の運転手程度にしか使い道の無ぃ人間】 になっていること
_____<等が判明したと、
_____<当時のOSS防諜局長ジェームズ・ジーザス・アングルトンは
_____<報告書で述べています。
.
2011/11/13(日) 午前 11:02
第二次世界大戦中から、
米国政府とOSS(CIA)は、
麻薬と脳の切開手術等で人間の思考を強制的に変更する
マインド・コントロール技術の研究施設を持っていました。
そのマインド・コントロール研究と人格の矯正手術の中心地が、
かの “アップルのジョブズ氏が2004〜5年、
膵臓ガン摘出手術→スピーチ→肝臓移植”した【スタンフォード大学】 の、
SRIスタンフォード・リサ ーチ・インスティテュートでした。
▼【キッシンジャー】は、そこへ送り込まれました。
クライン将軍の命令で逮捕され、SRIで、すさまじい洗脳教育を受け、
ソ連のスパイでありながら、同時に米国OSS:CIAのスパイであるといぅ
【さまよえるニ重スパイ】となった【 ヘンリー.キッシンジャー】の ▼【スパイコード・ネームは「ボーア(さまよぅ民)」】でした.
.
2011/11/13(日) 午前 11:05
ロックフェラー家の政策大番頭であり
多極主義派の代理人であるユダヤ人のキッシンジャー
核兵器原料のウラン鉱山を多数経営していた
南アフリカのオッペンハイマー一族を親類に持つキッシンジャーは
密輸組織と 南アとの重要なパイプ役!
__________________________
▼陰の世界政府:ロックフェラー総帥が、国連にあてた書簡
_________<『終わりの始まり』と題されたその書簡とは。
破壊と暴力を根本とする「大量掃討作戦」によって益々混乱し、
米・英・中国が崩壊、
やがて世界統一政府が樹立される、と記されます。
キッシンジャーが
2011年11月11日、野田氏と会談したことは
【もっとも新しぃカタチの核戦争が、アジアに近ぃ】ことを知らせています。
.
2011/11/13(日) 午前 11:13
1967年
麻生太郎と小泉純一郎差し替え!
松沢病院で
キッシンジャーが受けたSRI教育を
国内初として約三ヶ月間も
「小泉純一郎」氏が体験。
薬物及び脳内電流操作を受けた!と。
2011/12/18(日) 午後 6:50