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24時間の「ハンガ−ストライキ」を宣言!
表参道の国連大学前ストライキ牛久収容所(茨城県)に強制収容されているビルマ人の難民申請者一同 インドシナ半島での大量のベトナム難民がボートピープルとして世界中に逃避行をしたのをきっかけに国連が動き、「難民条約」を先進国を各国で批准しました。先進国中、一番最後に日本政府が1981年に難民条約を批准、加盟して早26年になります。
しかし、日本政府が国際基準を満たした難民の受け入れを行なっていないどころか、 庇護を求めて来た難民を「不法入国」「不法滞在」者として入管に収容しつづけています。
昨年の難民認定者数はわずか34人です。申請者は954人(一年間)います。 昨年から今年にかけて、日本の各地の入管に130名前後のビルマ難民が収容されています。 軍事政権下で迫害を受けたり、民主化運動をしていたりしていた人たちがほとんどで、 彼らがビルマに送還されれば、誰が考えても命に危険が及ぶのは間違いありません。 |
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日本国の難民への態度は、実に、信じがたいほどである。そのため、
その実態を書いた冊子をはじめて目にしたのは、もう10年も前で、信頼のおける場所においてあったにもかかわらず、そして、そのあと持ちかえって、時間をかけて読んだにもかかわらず、私は、その現実を自分のものして信じることができなかった。
まったく信じ難い。
とても、今わたしのいる文明社会の現実ではなくて、どこか他の世界の話ではないか、今見ている報告は、どこか誇張しているのではないか、そう思うしかないような気がした。
しかし、去年、友人が深刻な顔で、ある難民の方について、助力を呼びかけてくれた。その人のことから、入管の、困った人をネチネチ虐めているとしか思えないやり口について知ることになった。
。
2007/10/6(土) 午前 7:55
一方で、難民条約を批准して「難民を受け入れますよ」、と世界に宣言しておきながら、しかるに、難民として来られた外国人への扱いは実に意地が悪い、「帰れ」と婉曲に脅しているようなのだ。こんなめにあいたくなければ、「日本から出よ」といびる感じ。
NHKでも時々特集でしています。また、去年、家族を別々にするケースについては、新聞で扱われました。確か、運命が政治的なことで転々としていました。「どうして日本に来たんだよ」みたいな、実情をしらないまま、暴力の発言をする方がおられましたが、実情をきちんと説明せぬままの報道が、間違いの原因だと思います。
その最近の実態を報告した本があるので紹介したいのだが、出てこない。スイマセン。それは、国連の事務所の前で座り込みをしておられる難民の方の話を聞いて、通りかかった大学の先生がビックリの実態を知り、本に著わされたものです。ここにも、慈しみと正義のために勇気をもって働かれる方が、おられてうれしいです。
2007/10/6(土) 午前 8:24
キリスト教国が難民を助けるのは、聖書に「それは、わたしを助けることだ」記されていることがバックボーンにあります。
マザー・テレサもその言葉につき動かされて活動しておられた。
そのような超越的なところから、良心へのうながしがないと、なかなか、ここまでの虐待に対して、保護を訴えることは難しいでしょう。仏教にもお布施の教えがありますが、今の日本は、そのように人間性を導く宗教が見えなくなっているようです。
世界の中で、困った人を助けない国としての定評が、できつつあるようです。戦後、中国は困窮のなかでも、日本の孤児を育ててくれましたが、一方日本では、毎日のように、孤児が餓死していったそうです。カルト信奉の社会=価値観を社会に預ける社会を抜け出す勇気が必要だと思います。
2007/10/6(土) 午前 8:37
困った人を助ける気持ちや行動は宗教ではありません。カソリック宣教師の宗教活動は異分子の排除でした。福者マザー・テレサは宣教師だったのでしょうか。仏教(主に上座部仏教)の場合、施しを受けたものは感謝をしない、施すこと自体が宗教儀礼であって感謝されないところが我が国と微妙に異なります。
独裁も民主主意も関係なく、法は飽くまでも国家の秩序を守るためにあるもので、直接人を守っては呉れない。この難民の問題は、法の不備もさることながら、民衆の無関心がそれ以上に危ない。それが日本人の常識だとすれば、今更どうにもならないでしょう。もう一つの可能性として、彼ら難民の存在を疎んじて徹底的に隠蔽し、異国人に対する法整備を妨げる外圧の存在を危惧します。
WW2における「河豚作戦」の見直しが急務だと思うのですが。何故!?我々は大切な仲間を呼び寄せられず、危険なスパイを追い払えないのでしょう。
2007/10/6(土) 午後 10:15 [ IB ]
トラバさせていただきます。
2007/10/8(月) 午前 5:52 [ - ]
つい先日、仕事で牛久へ行ってきたのですがこの様な事があったのですね。
お恥ずかしい話ですがビルマの歴史について今、学んでおります。
と言っても仕事の合間を利用しての書籍やネットでの学習ですので大したことはありませんが・・・
私達の祖国同様、複雑な歴史をいま垣間見ております。
2007/10/9(火) 午後 4:36 [ mak**yan0* ]
難民支援者の一部とチェチェン支援者とは重なっているので、記事の件もよく聞いています。言い換えれば、最近したのは署名だけで、動いてません。スミマセンm(_ _)m。転載します☆
2007/10/21(日) 午後 6:49
日本は難民には冷たい国です・・・
2007/10/31(水) 午後 1:15
こんにちは。
すいません。話の流れでキリスト教がでてきただけです。
牛久に収監される人々に対して、クリスチャンの教師がかかわっていき、告発『過激』(に受け取られる、しかし事実の)本を書きました。
→(連想)→社会から見捨てられた人々へ(各種の壁を乗り越えて)手を差し伸べたマザーテレサの話、に話がいきました。
別に宗教は必須ではありませんが、強い精神的バックボーンがないと難しいと思います。単なる親切くらいでは、背負えないほど、日常からの分離=『差別』が発生していますから。
2007/11/1(木) 午前 10:37
福者マザーテレサはキリスト教・宣教のために貧者に仕えたわけではない、それははっきり証明されていると思います。
有名な話ですのでご存知かもしれませんが、「死をむかえる人々の家」において、入所される方は、入ったときに、まず「宗教はなんですか」と聞かれます。その方の宗旨のおいのりで送るためです。
《以下、細かいところは違うかもしれませんが)また、カーリー寺院を、その場所として使用する許可が市から出たときに、市民のなかから、宗教的意味合いで大きな反対が持ち上がったそうです。しかし、マザーたちが実際していることを見て、(いわば)宗教の枠を超えた痛切な必要にこたえた行為であることが、理解され、和解したという経緯があったそうです。
2007/11/1(木) 午前 10:43
あと、大航海時代、植民地支配の先鋒としてカトリック宣教修道士たちが、世界各地に派遣され、現地の文化を蔑ろにし、価値観を植えつけていったこと、それ以外を排除していったことについては、まさにそのとおり。
カトリックは、深いラディカルな意味での反省と再生が必要とされています。
その流れの中で、修道会のなかには、本当に貧しい被搾取地や戦場になった村などにはいっていって共に生活しています。このような活動と祈りは、エゴのにおいをはなつ世俗的宗教の対極にあり、真の光をはなっています。
2007/11/1(木) 午前 10:44
【台湾少年工のドキュメンタリー】
台湾高座会会長の李雪峰さんから、台湾少年工の方達のドキュメンタリー「緑的海平線」が11月29日に放映されるので見て欲しいと連絡がありました。
NHKに確かめたところ、
11月29日 21:00 NHK BS-1 「「BS世界のドキュメンタリー」で
放映されるとの事です。
2007/11/26(月) 午後 11:19 [ IB ]