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訃報 (株)○○○○専務取締役、○○○が薬石の効無く、1月4日、享年80歳で永眠いたしました。 ここに生前のご厚誼を深謝し、謹んでご通知申し上げます。 なお、通夜及び告別式を下記の通り相営む次第となりましたので、併せて お知らせ致します。 記 告別式 : 1月7日(月) 11時から12時半 場所: 喪主: ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 先週、最愛のオモニム(母が)が・・・・・。 このブログで出会った多くの友人からの激励のメールや電話、電報、ありがとうございました。 御礼の挨拶が遅れ申し訳ありません。 12月の26日に容態が急に悪化し、母も必死にがんばり、家族に負担をかけまいと、 最後の力を振り絞って、周りの家族を気遣ってくれました。 最後まで、 【うちのオモニは、すごい「人」でした。】 食べれない、飲めない、寝れない、持病の全身性リュウマチまでもが悪化し、体にも触れない状況になりました。 それでも正月、元旦の朝、姉と3人で6階の東の生駒の山並みから昇るご来光を見ることが出来ました。 「キレイやな〜」 と話した母の言葉。そしてこの言葉、輝くご来光はヌナ(姉)と私の”魂の思い出”となりました。 「救急車を呼ぼう、」と言う私に、 「正月早々から縁起が悪い、あんたらに恥ずかしい思いをさせたくないから」と、 最後の力を振り絞って話すオモニでした。 私の息子や、甥っ子にサポートされ、車椅子をワンボックスに乗せ、急患で病院にかけつけました。 そして翌日の夕方が最後の「元気」だったのでしょうか? 頬ずりをしながら 「最高の母親やな、ほんで最高の息子やな」と話すと、
「フン!」と笑い返し、最後に、「アホか」と話し周りを笑わせました。
この言葉が母の最期の言葉でした。 「せいぜい持っても後2時間、」と医師に言われながらも14時間、脈も無いのに頑張った母、 最後の最後まで人としての「生き様」を見せてくれました。 泣き疲れベッド周りに居た孫たちが、「別れの言葉と決意」を次々に述べました。 最後の瞬間は、 「ありがとう!ありがとう!お疲れ様!お疲れさま!」と感謝の言葉を述べて拍手で見送りました。 告知後、母の最後の晴れ舞台を"詩吟の発表と自分史の本の発表"で飾ろうと思っていましたが、 それも「叶わぬ夢」と思った瞬間、息子や甥っ子たちが 「それなら家族史の本は棺に入れて天国でハラボジ(おじいちゃん)と コーヒーでも飲みながら読んでもらおう」と、 連日、寝ずに頑張り、式の一時間前には完成、棺に入れる事が出来ました。 この本は、講演会で知り合った立教大学大学院の韓国人の留学生 李玲京さんが家族の様に付き添い、介護しながら年末の12/24から口述で母が語った歴史の思い出話を24時間、付きっ切りで文字お越しをし、 家族が母に宛てた手紙をスキャナーで取り込んで作り上げた感謝の思いがぎっしり詰まった温かい本です。そして、本の中の母の似顔絵の挿絵は12/27に3時間をかけて友人の高宮 良子さんが描いてくれました。 「心が重くて鉛筆が走らない。けど必死に笑顔で対応してくれるお母さんの姿に感動してしまいました。」とのコメントに又、涙しながら使わせてもらいました。 式の中で何枚かの写真を映像で流すと言う式場側の決まりきった中身を断り、 「自分たちの手で手作りの式を挙げよう。それが最後に出来る恩返し」と徹夜で15分モノの 作品をパワーポイントで作り上げ、式中で参列者に見てもらいました。 回葬御礼の礼状も既成のものは嫌だと、東急ハンズで紙を買い、手ずくりで仕上げ、徹夜で300枚を印刷しました。 最期の出棺の時は、12月の22日、ベッドの上で最期の力をふり絞って歌った詩吟「勧詠詩」をPCプレーヤーで映像付きで流しました。 一人の業者の手も借りず、家族だけで、孫たちが祖母の最後を自分達の手ずくりの葬儀をと努めました。 その映像を流すモニターも、母が術後購入し、皆で韓国ドラマを見た部屋のTVを持ち込み流しました。 葬儀では母の友人で音楽大学出身の方が弔辞の中で 「千の風になって」 を唄い、甥が思いを込めて祖母との思い出や決意を語り約300人の参列者の涙を誘いました。 生きてる人間の建前、見栄ではなく、「母の為の葬儀」、それだけを目指しました。母の最期の晴れ舞台になれたと信じています。 母が生きていれば、そうしたであろう「葬儀」だけを目指しました。 韓国国籍で日本に生まれ、異国の地で土に返る。そんな母だからこそ、 母が仕切った父の葬儀の時と同じく、韓国式の麻の喪服で韓国式の儀式は完璧に儒教式で行いました。 決して、アイデンティーや民族性を強調したわけではありません。 母が父の時にやった通りの式を繰り返しただけです。 「人として生まれ、人として土に返る」 それだけの事です。 葬儀の最中、天気予報には無かった「雨」が突然降り出しました。 参列者の皆さんは 「お母さんを慕う人の涙雨や」と話してくれました。 これからは一年、朝、昼、晩、家族と同じ食事をお膳に陰膳としてあげ、毎月の朔望日(月の満ち欠けの日)、1日と15日の朝には法要を行い、一年間喪に服します。 苦労の連続。心臓発作で急患で走った毎日。そして40年間のリューマチとの戦い。母に教わった商い。 そして人としての生き方を踏襲して行くだけです。 この年まで母のそばで親孝行らしき真似事をさせてくれた事に感謝するだけです。 最愛のオモニムに感謝と敬愛、 そして ありがとう、お疲れ様、拍手! 黙祷 fwapy 拝 この詩は済州島の叔父からの弔辞詩です 小さな巨人 小さな体 天を支え 小さな体 回りを温かく この世を包み込み 毎日休み無く働き続け 何事にも一心不乱に取り組む生き様を 家族や社会の隅々に残し 磨り減った足の裏は故郷のいたるところにその足跡を残したる |

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ファピーさん、本当にあたたかいお別れの式だったということが文面からもよく伝わってきます。オモニもあたたかい人だったんですね。そんなオモニからファピーさんは生まれ育てられてここまで来たのですね。「アホか」というのが最後の一言、なんてあったかいんでしょう!千の風になって…ファピーさんを包んでいることでしょう。
2008/1/15(火) 午後 7:46
心からご冥福をお祈り致します。親を亡くした先輩として一言。
今はただ悲しんでいてかまいません。泣くことは恥ではありません。親を亡くしたことがある人なら、だれもがそう思っています。
2008/1/16(水) 午後 6:13
starさん、「千の風になって」の歌詞の最後がまさしく、オモニムを送るのにふさわしい内容でした。韓国人だからではありませんが、親をどう祀るか?「喪に服す」の意味を未だ、毎時間考えています。
2008/1/16(水) 午後 9:20
いわれひこさん、ありがとうございます。私にとってこのブログの場は、真面目な場所です。手術前、皆さんからの激励メールをオモニムの前で読んで「ありがとう、皆さんに宜しく伝えてね。頑張るわ」と話していました。オモニムに代わって御礼、感謝します。
2008/1/16(水) 午後 9:23
長年の病との闘いの中で、生き切ったお姿が、残された遺族の皆様を、反対に励ましておられます。
自己中心的な私を省みますと、本当に頭が下がります。
fwapyさんが、ご母堂に捧げた心づかいに強い感銘をいただきました。
ご冥福をお祈りいたします。
2008/1/18(金) 午前 4:32 [ - ]
ご母堂様のご冥福をお祈りします。
人は肉体の死によって亡くなりません。
心の死によって亡くなるのです。
あなたが生きている限り母上は生きつづけます。
あなたの心の中で
あなたの直ぐ側であなたを見守っています。
南無阿弥陀仏・・・合掌
2008/1/18(金) 午後 2:25 [ - ]
仲村さん。ありがとうございました。
2008/1/22(火) 午後 11:33
秩父雲竜さん。コメントありがとうございます。父母恩重経を母の膳前で毎日詠んでいます。・・合唱
2008/1/22(火) 午後 11:37
つつしんでお悔やみを申し上げます。既に母を亡くしたものとして涙がこみ上げて参りました。一方で、ブログの再開を心から喜んでおります(申し訳ありません)。
2008/1/25(金) 午後 7:09
お母上のご逝去を心からお悔やみ申し上げます。よき生活人として最期まで立派な人生を送られたお母上に、敬意を表します。
2008/1/28(月) 午後 7:22
「生きざま」と「人として生まれ、人として土に返る」
この言葉に涙が止まりません。
何もできなかった私は恥じ入るばかりです。。。
生きた証は、多くの人たちの中に在ることを私は確信しています。
ファピーさんもその事実の中で、生き抜いてください。
これからも様々な交流が積み重ねられていくことを願ってやみません。
2008/1/30(水) 午後 10:08 [ - ]
私も少し放心状態で、ここに来るのが遅れました。私には反省・後悔がありますが、最期までファピーさんはよくやったと思います。「お母さんを慕う人の涙雨」があがった後、玄界灘には美しい虹が架かったことでしょう。もう少し待っていて下さい。堀端さんを道案内にw、出向きますから☆
2008/2/7(木) 午前 1:15
banquoさん、res遅れました。これからも色々とお教えください。
2008/3/1(土) 午前 0:44
うそどしさん。「人の目」から「天の目」になった母、今まで以上に気を引き締めて歩こうと心しています。
2008/3/1(土) 午前 0:46
GENDAIさん、何度も書きましたがこのブログで出会った皆さんからの心温まる激励のメールの数々、オモニムが涙ながらに感謝していました。皆さんの真心、決して忘れません。これからも色々とお教えください。感謝!
2008/3/1(土) 午前 0:50
TOCKAさん、皆さんにも気の重い目をさせてしまいました。お許しください。お会い出来る日を心待ちにしています。私が東京に出向くべきでしょうが、そちらに出かけては日帰りで帰っています。喪が明けるまでは家を空けないようにしています。是非、線香をあげに来てやってください。感謝!
2008/3/1(土) 午前 0:54
内緒コメントさん。薬草の数々、感謝しています。心が通えるチングが居て心強いです。本はチェックし、編集し直して何部か刷る予定で進めています。出来たらお送りしますね。パワーポイントの15分作は先に送りますね。母の一生、生き様を見てやってください。
2008/3/1(土) 午前 0:58
ランダムからです 失礼いたします。
お母上のご逝去を心からお悔やみ申し上げます
詩を読ませていただいて泣いてしまいました。
2008/3/1(土) 午前 8:35 [ kyo-do ]
jj3xkbさん、ご来訪ありがとうございます。ただただ、感謝!感謝!です。
2008/3/4(火) 午後 10:36
ご母堂のご冥福を心からお祈り申し上げます。合掌。
2008/4/5(土) 午後 6:11 [ かんしん ]