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慰安婦強制示す調書、東京裁判に各国検察提出
歴史Field work
[ イエスちゃん ]
2013/10/9(水) 午前 4:40
日本の原発奴隷(上) 調査報告/原子力発電所における秘密(長文ですが是非一読を)
国内時事 사회시사
[ iwa*ima*u*a1949 ]
2013/9/9(月) 午後 0:20
被差別部落を差別する麻生氏を総理大臣にすることは許されない!
国内時事 사회시사
[ イエスちゃん ]
2013/8/28(水) 午後 8:39
日本1930年当時、日本に朝鮮人・台湾人の参政権はあった
在日歴史 재일역사
[ re**u*g*2*0l ]
2013/8/15(木) 午後 5:00
在日朝鮮人のすばらしい「誇りと愛国心」
・ 強制連行されてきた外国人のはずだが祖国に帰らせろとは言わない。
・ 祖国は日本よりすばらしいと言うくせに帰ろうとはしない。徴兵も無視。
・ 帰る祖国が存在するのに帰る場所はないと言う。
・ 日の丸を見るのも嫌な外国人のくせに、日本から出て行こうとはしない。
・ 立派な朝鮮人名を名乗らず屈辱なはずの日本人名を自らの意思で名乗る。
・ 大嫌いなはずの日本人にリアルでもネット上でも成りすます。
・ 外国でトラブルに遭うと祖国の大使館ではなく日本の大使館に泣きつく。
・ 祖国に帰れば参政権があるのになぜか先に日本での参政権を要求する。
・ 祖国を良くするための諫言はしないが日本には内政干渉をする。
日本1930年当時、日本に朝鮮人・台湾人の参政権はあった
在日歴史 재일역사
[ イエスちゃん ]
2013/8/15(木) 午後 0:09
●『畏るべき昭和天皇』松本健一著新潮文庫¥629円を読みました。
昭和天皇は、戦後も靖国神社を参拝していました。
それは、靖国神社は<天皇陛下が参拝するからこそ意味がある>からです。
1975年8月15日に、弱小派閥の三木武夫首相が参拝し大問題になった<その年でさえも、その3ヶ月後の11月に、昭和天皇は参拝して>います。
しかし、1966年から、10年あまり保留にされていたA級戦犯が合祀されたので、
それ以降、靖国神社参拝は<ご自分の意志で>止めました。
昭和天皇のご発言のメモ「富田メモ」で
「だから 私(は)あれ以来参拝していない それが私の心だ」。
今上天皇も、この昭和天皇の遺訓を守り、在位25年間、一度も参拝していません。今後永久に天皇は靖国神社に参拝しないでしょう。
昭和天皇ご自身のお心を考えるべきと思います。
日本1930年当時、日本に朝鮮人・台湾人の参政権はあった
在日歴史 재일역사
[ マリジャンヌ ]
2013/8/14(水) 午前 11:45
アメリカ在住の日本人です。
アメリカであなたのおっしゃる「市民権」を得るためには、
-アメリカ合衆国憲法への忠誠の誓い
-以前保持したすべての外国への忠誠の放棄の誓い
-国内外の敵からアメリカ合衆国憲法を守る誓い
-法律が定めた場合、兵役に従事する約束
-国家の大事の際、法律が定めた市民としての義務を果たす約束
を宣誓式で誓わなければなりません。
在日の方の多くが、日本へ帰化せず、もとの国籍を維持されています。
日本の市民権を得るために、あなたがたの「祖国」への忠誠を捨て、日本への忠誠を誓えますか?
まあ、日本へ帰化するために必要なのは書類だけで、アメリカの市民権を得る時のように、日本へ忠誠を誓わせることなどありませんけどね。日本人としては、どうしてアメリカのようなプロセスを経ないで日本人になれてしまうのか本当に不思議です。
私は日本への忠誠を捨てることはできませんし、アメリカの市民権は取りませんけどね。
そのために選挙権がなくても、文句は言えません。
外国人犯罪は作られる!統計による「定住外国人と来日外国人」のトリックについて
国内時事 사회시사
[ イエスちゃん ]
2013/7/26(金) 午前 3:50
長編記録映画『月下の侵略者―文禄・慶長の役と「耳塚」』の京都・大阪上映会
映画音楽 음악영화
[ 中国韓国の原発リスク ]
2013/7/13(土) 午前 10:42
朝鮮出兵の朝鮮側の資料である「宣祖実録」には次のように書かれている。
「人心怨叛し、倭と同心」「斬る所の首級半ば皆朝鮮の民」
朝鮮の民衆は既に王や大臣を見限り、日本軍に加担する者が続出した。
また、明の朝鮮支援軍が駆けつけてみると、辺りに散らばる首の殆どが朝鮮の民であった。
と書かれているのだ。
実際、王が首都漢陽から逃げ延びるとき二人の王子は民衆によって捕らえられて日本軍に引き渡されている。
漢陽死守を願う民衆を見捨てて、王や大臣たちがとっと逃げだしたのだから、朝鮮民衆も彼らのために命を投げ出して日本軍と戦う気が起きるわけがない。
また、景福宮などの焼失に関し、
李恒福の「白沙集」によれば、秀吉軍の入城前にはすでに灰燼となっていた。
それは、民衆が兵乱と聞けばすぐに蜂起して、宮廷を襲い略奪したからだ。
ことに奴婢は、秀吉軍を解放軍として迎え、奴婢の身分台帳を保管していた掌隷院に火を放った。





