
昨日、小林よしのりについてのブログを書いたところです。
僕にとっては意外であったのですが、数通の熱いメッセージを賜りました。この場をお借りして御礼を申し上げたいと思います。
その中には、僕の知らなかった小林の最近の言動をご教示くださった方がありました。何かと話題の山野車輪『普遊舎ムック マンガ嫌韓流』普遊舎、2005年(以下:『嫌韓流』)に関する以下に紹介する小林の批判です。
「小林よしのりの『嫌韓流』批判」
『嫌韓流』に関しては何も言うまいと思ってたが、そうはいかなくなってきた。朝鮮人差別に結びついているらしい。わしは今の韓国の公は悲しいし、北の独裁者は大嫌いだ。だが朝鮮人差別をする日本人も大っ嫌いなのだ!作者は名乗り出てこのリスクを負わねばならない。わしは匿名は大嫌いだ!(引用:「ゴー宣・暫」SAPIO 2006年6月28日号、小学館)
『嫌韓流』に関しては、僕も最近になって読んだところですが、例えば「日立裁判」について横浜地裁の判決を無視(若しくは読んでいない?)したような恣意的な記述がある等、非常に不快感を拭えないものでした。
どう考えても、この山野車輪なる著者には、韓国や韓国人に対して取材を行って書いた様子は全く窺えることができませんでした。
このような無責任な本が出版された上、支持する人びとが多いことについて日本人「末席」の一人として恥ずかしい限りです。
おそらくこのような駄本を支持するのは、所謂「ヘタレ右翼」でしょう。
そこで、ある真の「右翼」について考えてみたいと思います。その人の名は、野村秋介(1935〜1993年)です。
野村は「民族主義者」を自認し、「右翼」と呼ばれるのを嫌っていたとも言われています。
しかし、近年の「右翼」又は「左翼」と区分する風潮(軽薄俘虜ではありますが…。)を鑑みると、彼は「右翼」であると説明するのが妥当と思います。
野村は「反権力の右翼」としての思想を強く主張し、その批判対象は政財界からマスコミまで及びました。
野村は、1992年の「風の会」を組織して参議院選挙に出馬しましたが、翌年のその活動を風刺した作品を週刊誌に掲載した朝日新聞社に抗議して自決しました。
僕自身は、戦後民主主義の潮流である「大塚史学」を基礎において、学問を学んだ人間でありますから、野村の思想とは一線を画します。
また、彼の最期の行動は非常に早まったものと残念に思っています。それは、野村秋介の「民族主義派右翼」としての今後の言論活動に期待するものがあったからです。
野村は、『万葉集』や『古事記』、『日本書紀』を始めとする日本の古典を知悉し、且つ思想のバックボーンとする「真の右翼」であったと思います。個人的には思想を越えて、万葉歌人としての野村秋介に感銘を受けていました。
活動家としての野村秋介を、最も象徴する出来事は、石原慎太郎(現:東京都知事)による「黒シール差別事件」に対する行動であったと思います。
1983年、衆議院総選挙において東京2区から自由民主党公認で元大蔵官僚である新井将敬氏(1948〜1998年)が出馬しました。
同じ選挙区の石原慎太郎陣営により『1966年に北朝鮮から帰化(注)』という「差別シール」が、新井将敬候補の選挙ポスターに3,000枚も貼られました。
事件は、石原慎太郎候補の公設第一秘書が現行犯逮捕されることによって発覚したという途方もなく重大かつ明白な「差別事件」でした。
その際に、野村秋介は石原慎太郎事務所へ猛抗議を行い、新井氏に対して謝罪をさせました。一説によると、石原に土下座をさせたとも聞き及びます。
このような、野村のような覚悟ある言論や行動をネット上で暗躍する軽薄俘虜な「ヘタレ右翼」に真似できるのか甚だ疑問に感じます。
おそらく、野村が存命しておれば、現在の「ヘタレ右翼」の風潮を一喝していたであろうと想像するとその最期が残念でなりません。
(注)在日コリアンの方に「北朝鮮国籍」の方はいません。
今日の独り言
今朝の朝日新聞朝刊にロシアを中心とする洋書輸入販売やロシア語学習のテキストを手掛けていた出版社のナウカが倒産したとの記事がひっそりとありました。
元ロシア語学習者としては、寂しい限りのニュースでした。
「まったけ日記」1〜50は、こちらまで「
http://www.geocities.jp/f4_ttm/index.html 」