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【平和憲法を守るのは在日の使命=故 金敬得弁護士の遺言】 在日を見れば日本の今が見える!

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 今日から4月です。本格的な春の到来、日本の多くの土地が桜の季節であります。
 また、年度替わりの月でもありますので、出会いや未知の体験を初めてしたという想い出のある方々も多いと思います。何分、僕自身は生を受けたのがこの月であり、「人間初体験」の想い出があります。但し、学校では「誕生日はいつ?」という質問を受けたときには、既に過ぎ去っているという(4月生まれ共通の)苦い想い出があります。

 しか〜し、何故に日本人はこんなにも「四」という数字が嫌いなんや(怒)!
 「し」という音が「死」に通ずること等が原因と思われるますが、4月生まれの僕は不愉快なんや(怒)。4月生まれの友人の多くも同様のことを言っています。特に、讀賣球団、「4」を永久欠番に準じる扱いにするのはやめんかい。故黒沢選手に無礼や(怒)!
 亀岡国際秘宝館の最寄りに公立南丹病院という病院がありますが、4階の三桁の部屋番号だけは「5」で始まります。行政がこんな迷信に惑わされててもいいんかい(怒)!殆ど、「怒れるヤマケンさん(注)」状態でっせ!

 暦の迷信で代表的なものが『六輝』又は『六曜』です。
 新村出『広辞苑』岩波書店を引用しますと「暦注の一。先勝・友引・先負・仏滅・仏滅・大安・赤口の六種。中国の小六王が日本に入って変化したもの。江戸後期から一般に使われ、今日最も広く行われている。」とある。こりゃ、ちゃんと迷信と書かんかい!と、言いたいところですが冷静になりましょう。
 「江戸後期から」と記してある点です。「仏滅」とあるので、仏教の「暦」と甚だしい勘違いをしている日本人が多いのです。我が国に仏教が伝来したのは遥か昔の飛鳥時代であり、仏教との関連性に根拠のないものが理解してもらえると思います。
 まだ、この迷信を払拭できない方のために先人の残した言葉をお借りします。

 卜部(吉田)兼好 『吉凶は人の心にありて、日にありず』
 福沢諭吉     『日の吉兆を信ずるものは、無知蒙昧なり。』

 他に、林羅山・新井白石等が、この迷信の誤りを説いています。

 さらに、1872年の改暦ノ詔書並太陽暦頒布(明治五年十一月九日太政官布告第三百三十七号)。これは、太陽暦採用の明治政府の太政官布告です。それに併せて明治政府は「六曜はまったく根拠のない迷信・妄想であり、正しい知識の開発を妨げる。」として、暦にこの迷信の記載禁止をしました。
 しかし、未だに根強く残っています。むしろ、現在の方がこの迷信を信じている日本人が多いのかもわかりません。現状を鑑みると布告に明文化されなかったことが悔やまれます。
 現在、行政はカレンダー等でこの迷信について、根拠のないもとして排除することを呼び掛けていますが遅すぎると思います。(笑わんといて!)また、「仏滅」という表現がある以上は仏教界も取り組んでいただきたい。

 僕は(こんな日が来るか分らんが)結婚式は「仏滅」、告別式は「友引」にすること公約しまっせ!

(注)「怒れるヤマケンさん」

 山本健治さん。ABC「おはようコール」出演。フリー・ライター。元高槻市議。大阪府議。決め台詞は「地獄へ落ちろ!」。著書『ホウキとヤルキ―掃除にドラマあり』三五館、『たかが掃除と言うなかれ―優良企業が凡事を徹底する理由』日本実業出版社、ほか多数。
 もはや、関西人は「ヤマケン節」なくして一週間の仕事に入れない。新しき「関西の秘密兵器」であり、関西以外の方は要チェックです。びっくりしまっせ!

「まったけ日記」1〜50は、こちらまで「http://www.geocities.jp/f4_ttm/index.html

転載元転載元: 『京都・亀岡国際秘宝館』館長のまったけ日記




 麻生太郎外相が、自民党総裁選に立候補を表明しています。麻生外相が自民党総裁に当選することは日本国総理大臣への就任となります。
 かつて、政調会長時代の麻生外相が日本国総理大臣職について「部落差別発言」を行った事実が忘れさられようとしています。このようなことが許されてよいのか非常に憤りを感じます。
 麻生外相の総理大臣就任は日本国民が「部落差別発言」を容認したことにもなりかねません。

 これまで様々な人物や書籍で麻生外相の「部落差別発言」が告発されていますが、日本国民の間に事実が知られているか疑問を感じます。
 よって、この情勢を考慮してこのブログでも麻生太郎外相の「部落差別発言」を角岡伸彦『はじめての部落問題』文藝春秋,2005年から引用して取り上げたいと思います。

                      記

麻生太郎の”就職差別”

 はたして、日本に部落差別はないのだろうか。国政の場であった差別発言を最後に取り上げたい、
 部落出身の元衆議院議員・野中広務の評伝『野中広務 差別と権力』(魚住昭、講談社、2004年)に、野中が政界でどのようにみられていたかが詳述されている。

 永田町ほど差別意識の強い世界はない。彼が政界の出世階段を上がるたびに、それを妬む者たちは陰で野中の出自を問題にした。総裁選(2001年=角岡註)の最中にある有力代義士は私に言った。
「野中というのは総理になれるような種類の人間じゃないんだ」
 自民党代義士の証言によると、総裁選に立候補した元経企庁長官の麻生太郎は党大会の前日に開かれた大勇会(河野グループ)の会合で野中の名前を挙げながら、
「あんな部落出身者を日本の総理にできないわなあ」
 と言い放った。

 麻生事務所は「地元・福岡の炭坑にからむ被差別部落問題についての発言が誤解されて伝わったものだ」と弁明しているが、後に詳しく紹介する野中発言によると、大勇会の議員三人が麻生の差別発言を聞いたと証言しているという。(第十六章 差別の闇)

 2003年9月21日、野中は最後の自民党総務会に臨んだ。議題は党三役人事の承認である。楕円形のテーブルに総裁の小泉や幹事長の山崎拓、政調会長の麻生太郎ら約30人が座っていた。
 午前11時からはじまった総務会は淡々と進み、執行部側から総裁選後の党人事に関する報告が行われた。11時15分、会長の堀内光雄が、「人事権は総裁にありますが、異議はありますか?」
 と発言すると、出席者たちは、
「異議なし!」
 と応じた。堀内の目の前に座っていた野中が、
「総務会長!」
 と甲高い声をあげたのはそのときだった。
「総務会長、この発言は、私の最後の発言と肝に銘じて申し上げます。」
 と断って、山崎拓の女性スキャンダルに触れた後で、政調会長の麻生のほうに顔を向けた。
「総務大臣に予定されておる麻生政調会長。あなたは大勇会の会合で『野中のような部落出身者を日本の総理にできないわなあ』とおっしゃった。そのことを、私は大勇会の三人のメンバーに確認しました。君のような人間がわが党の政策をやり、これから大臣ポストについていく。こんなことで人権啓発なんてできようはずがないんだ。私は絶対に許さん!。」
 野中の激しい言葉に総務会の空気は凍りついた。
麻生は何も答えず、顔を真っ赤にしてうつむいたままだった。 (エピローグ)

 野中が小泉首相も出席した総務会で差別発言を指弾したにもかかわらず、不幸にも、麻生(福岡8区選出)はその直後、部落差別の担当官庁である総務省の大臣に就任した。泥棒が警察官になるようなもので、これほど不適切な大臣登用はない。
 麻生は後に、衆議院総務委員会でこの問題を追及されたとき、「そのような発言をしたことは全くありません」と事実を否定している。ではなぜ、野中に指弾された総務会の席上で「何も答えず、顔を真っ赤にしてうつむいたままだった」のか、不可解である。
 その後、この問題発言は、うやむやになってしまった。しかし、部落出身という理由による総理大臣就任阻止の動きがあったとすれば、未遂ではあるが、有権者の代表である国会議員による”就職差別”である。
 著者の魚住のルポがなければ、麻生の差別発言は公に知られることはなかっただろう。その意味でも部落差別は見えにくい。なくしてきた結果、部落差別は以前より厳しくなった。とはいえ、まだ残っている。それは目をそむける者には、決して見えない。

 (以上、角岡伸彦『はじめての部落問題』文藝春秋,2005年より103ページから106ページを引用)

人の世に熱あれ!人間に光あれ!

 参考文献:魚住昭『野中広務 差別と権力』講談社,2004年
      角岡伸彦『はじめての部落問題』文藝春秋,2005年
      角岡伸彦『被差別部落の青春』講談社,2003年 
      野中広務『私は闘う』文藝春秋,1996年
      野中広務『老兵は死なず 野中広務全回顧録』文藝春秋,2003年
      小林よしのり『ゴーマニズム宣言 差別論スペシャル』解放出版社,1995年
      山下力『被差別部落のわが半生』平凡社,2004年
      川内俊彦、貝原浩『部落差別と人権』現代書館,1992年
      みなみ あめん坊『父さんが、父さんになったわけ』情報センター出版局,1993年
      上原善広『被差別の食卓』新潮社,2005年
      部落解放同盟京都府連合会六区支部『自動車解体共和国』三一書房,1985年    

「まったけ日記」1〜50は、こちらまで「 http://www.geocities.jp/f4_ttm/index.html

転載元転載元: 『京都・亀岡国際秘宝館』館長のまったけ日記

沖縄県民として、この記事を最初に目にしたときは非常なショックを受けました。

産経新聞社の取材に対して、戦後の琉球政府で軍人・軍属や遺族の援護業務に携わった
照屋昇雄さんという方が、沖縄戦の際、渡嘉敷島で起きた住民の集団自決について、
実際は軍による命令はなく、

「遺族たちに戦傷病者戦没者遺族等援護法を適用するため、軍による命令ということにし、
自分たちで書類を作った。当時、軍命令とする住民は1人もいなかった」

と証言されたのです。
終戦直後の困窮を極めた島民生活を救うためだったとはいえ、事実であれば非常に残念な思いがします。
この証言の内容の真偽については、残念ながら私には確認する手段はありませんが、
そうである以上、照屋氏の証言を事実として重く受け止めようと考えています。

ところで、この証言についての記事をあちこちのブログで見かけました。
そこで気になるのは、この証言が出たことで、どういうわけか旧日本軍の蛮行がすべて「虚偽」
であるかのような論調の記事が多く見受けられることです。

「おいおい、それは違うでしょ!」と、突っ込みの一つも入れたくなるのですが。。

たとえ、この証言が事実であり、正式な「軍命令」がなかったとしても、
味方の軍隊が駐屯する地域で、非戦闘員(住民)の集団自決という悲劇が起こった
ということは確かなのです。
本来守られるべきはずの住民が死を選ばざるをえない状況に追い込まれ、
守る立場であるべき「無敵皇軍の神兵」たちが生き残る。
こんな無責任な話があるでしょうか。

軍命令の有無にかかわらず、その点は厳しく糾弾されてしかるべきではないでしょうか。

住民はなぜ自決しなければならなかったのですか?
家族を殺して自分も死ぬ。このような異常な状況に追いこまれたのはなぜですか?
軍はなぜ、住民を守らず自決するがままにまかせたのですか?

ノー天気に「やっぱ、無敵皇軍の神兵がそんなデタラメな命令を出すわけないよね!」
なんて喜んでいる場合ではないと思うのですが。。
しかも、この件に直接関係ないアジア各国での蛮行についても、「眉唾ものだ」と都合よく解釈する神経って
いったいどこがどうなっているのでしょうね?
(つか、なぜか「やっぱりアジアの解放のための戦争だったんだね!」ということになってるし。。)

産経新聞の取材記事には、「村歴史民俗資料館には、赤松元大尉が陸軍士官学校卒業時に受け取った
恩賜の銀時計も飾られている。」という記述もあります。
「恩賜」というのは、士官学校等を特に優秀な成績で卒業した人物に天皇陛下から
特別に下賜される品のことを意味します。

それをもって、「優秀な人物」だったという内容の記事やコメントもちらほらと見かけます。
「はぁ?」と思っちゃいますね。
決して、その当事者の大尉個人に対してではなく。。
ようするに、恩賜組のエリートたちが指導したあの戦争の無様な結果。
現場をしらず、敵味方の状況も把握せず、マヌケな作戦を次々と立案して多数の将兵を死地に追いやった
どうしようもない「秀才」たち。
兵力の逐次投入。情報の軽視。補給の軽視。人命の軽視。
そんな人たちが優秀なのですかね?
(まぁ、国語や算数は良くできたのかも知れませんが。。)

毎年6月23日には、沖縄平和祈念公園で慰霊祭が行われます。
この証言でハシャいでいる方々は是非、沖縄の人間にもあなた方の「喜び」を伝えてあげてください。

やぁ!沖縄の皆さん、お元気ですか?
先の聖戦では酷い目に遭いましたね!
集団自決をされた方、お悔やみ申し上げます。
軍命令ではなく、自らの信念で敵の捕虜となることを潔しとせず、
祖国に殉ずるという選択を行ったことについて、ニッポン人として誇らしく思います。

それにしても、皆さん、無敵皇軍に守ってもらってよかったですね!
もし、皇軍が命がけであなた方を守らなかったら、犠牲者は10万人ぽっちではすまなかったはずですよ!
鬼畜な米兵どもに女は全員強姦され、男はまとめて皆殺しにされたはずです!
皆さん、ほんとラッキーでしたね!
オマケに、国家から生活保障やら振興策やらを引き出せて、羨ましい限りですよ。
ゆめゆめ、皆様を命がけで守った皇軍将兵や帝国政府に恨み言を言ってはいけませんよ。
罰当たりにもほどがありますからね。

それから、皇軍にあらぬスパイ容疑で虐殺されたとか、皇軍兵士が防空壕から住民を追い出したとか、
あらぬ妄言虚言も飛び交っているようですが、照屋氏の証言が出てきたことでも明らかなように、
すべて、皇軍をおとしいれるための悪意に満ちた風説だということが理解できたと思います。
そのような「非国民」の「サヨク的」「ジギャク的」な思想に感化されることなく、
一等国であるニッポン人としての誇りを胸に、皆様を守るために亡くなられた英霊に恥じぬよう
生きて行きましょう!
大日本帝国、万歳!

中央日報
【極と極は通じる…『嫌韓流』『嫌日流』、同じ出版社から出版】

『嫌韓流』を出刊した日本の晋遊舎が韓国の漫画家キム・ソンモ(37)氏の
『嫌日流』を10月末に出版する予定だということで話題を集めている。
キム氏と晋遊舎側は11日、第1版2万部で、この本の日本出版契約を結んだ
。2冊にわたって販売部数60万部を突破した『嫌韓流』を出した出版社が『嫌日流
』を発行するのは意外でもある。

キム氏は「晋遊舎が『嫌日流』を出すことは、まず商業性のため。『嫌韓流』
関連書籍が基本的に日本国内でたくさん出回っている。2番目は『嫌韓流』を出した
後、日本国内で形成された右翼出版社というイメージを払拭させるために正反対の性
格の本を出す」と明らかにした。
キム氏の『嫌日流』は昨年から緻密な準備を経て最近国内でまず出版された。
この本を企画し「感情的対応ではなく十分な資料調査を経て『嫌韓流』に反論する」
と言い放った彼の意図どおり、北朝鮮ミサイル、靖国神社参拝、独島(トクト、日本
名竹島)問題をそれぞれ緻密に扱っている。ただ資料調査に多くの部分を割き、キム
・ソンモ氏特有の魅力ともいえる荒っぽくもコミカルなコードが多少弱くなってしま
う感じもある。
彼は「靖国まで直接探訪するなど準備を徹底的に行っていて『嫌日流』の出版
が遅くなった。この本を出しても、出さない方がましだったという声を聞きたくなか
った」と話した。

一方、晋遊舎は今月末『嫌日流』関連書をもう1冊発行する。

チャン・サンヨン記者
2006.09.13 10:30:34

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