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한나라 생각 신 채 호 나는 네 사랑 너는 네 사랑 두 사랑 사이 칼로 썩 베면 고우나고운 피덩어리가 줄줄줄 흘러 내려 오리니 한주먹 덥썩 그 피를 쥐어 한 나라 땅에 고루 뿌리리 떨어지는 곳마다 꽃이 피어서 봄맞이 하리. ハンナラへの想い わたしは あなたの愛 あなたは わたしの愛 ふたつの愛を 刀で切れば この上なく美しい血しぶきが とうとうち流れ落ちよう 一握りむんずとその血をつかみ ハンナラの地にひとしく蒔こう 落ちたりし地に又、花咲は咲きほこり 春を迎えよう 너 의 것 신 채 호 너의 눈은 해가 되여 여기저기 비치우고지고 님의 나라 밝아지게 너의 피는 꽃이 되여 여기저기 피오지고 님의 나라 고와지게 너의 숨은 바람 되여 여기저기 붙고지고 님의 나라 깨끗하게 너의 말은 불이 되여 여기저기 타고지고 님의 나라 더워지게 살은 썩어 흙이 되고 뼈는 굳어 돌되여라 님나라에 보태지게 ―천진에서― ―天津にて― 中国で亡命生活を送っていた1913年頃に書かれたものです。「ハンナラ」とは当時植民地下の祖国をさしたもものです。こうして今読むと、分断の南北を「ひとつの国」としているようで皮肉なもんです。 君 の も の 君の瞳 太陽となり あたりいちめん照らしだし いとしき人のくに明るく 君の血潮 花となり あたりいちめん咲きほこり いとしき人のくに美しく 君の吐息 風となり あたりいちめん吹きそよぎ いとしき人のくに清らかに 君の言葉 炎となり あたりいちめん燃えあがり いとしき人のくに熱く 肉は腐って土となり 骨はかたまり石となれ いとしきくにへ捧げんと シン・チェホ(1880―1936)号はタンジェ(丹斎)
私が死んだら、私の死体を日本人に踏まれないよう、火葬して遺骨を海に撒いてくれと言っていたタンジェ(丹斎)・シンチェホ(申采浩)。しかし、彼の遺骨の内のひと掴みほどは、故国の清州の高嶺申氏のコドゥミ村に返され、戸籍がなかった彼の遺沢は、庭の一角に作られているため、彼の魂は今も楽になれないと感じる。彼の一生は、果てない孤単の人生で綴られている。大志の翼を持って民族のために歴史の海に発たれた先生。死んでも黄泉の魂で歴史の海をさまようようで、彼の文を、また文学作品を分析するということが、一体どんな意味があるのか、というまた新しい懐疑がおしよせて来る。丹斎は、民族文学の脈を繋ぐ重要な軸を形成している。彼は、漢学に能通し、古典典籍を読みこなして批判し、創造的に発展させることのできた、数少ない人物のひとりだった。彼の文学領域は、漢詩、時調、近代詩、伝、歴史小説など多方面に渡っている。 イタリア建国三傑伝 この本は、19世紀のイタリア統一に献身した三人の英傑についての歴史伝記小説を丹斎・申采浩が翻訳し、1907年10月、ソウル「広学書鋪」から出版したものを、90年ぶりに再び開いた影印本。原著は中国のヤン・ゲチョ(梁啓超)が著述したもので、 1千年余りの間、小国に分立されて来たイタリアが、19世紀に入り、統一を成すのに貢献したこれらの英雄的な愛国活動を小説化したもの。 当時丹斎は、28歳の青年論客として、日帝の侵略を正面から暴露し、批判することができる、国内唯一の新聞であった「大韓毎日申報」の論説記者として従事しており、植民地と変わりない祖国の運命を建て直すために、魂神の力を注いでいた時期だった。日帝は、いわゆる保護条約を強制締結し、統監府を設置して国権を侵奪していたので、朝鮮が独立を奪い取るためには、愛国英雄の出現が社会的に切実に望まれていた。 愛国心を高めることが、祖国独立のために何よりも重要だと考えた丹斎が徹した民族意識と愛国心をもって、イタリア統一のために犠牲的な闘争をした3人の英傑の姿を紹介することで、我国にも国を救う愛国者や救国英雄が現れることを期待する心持で、この小説を訳したのだ。 この小説は、イタリア統一に功の大きいマチニ・ガリバルディー・カブルを主人公とし、構成は、序論と本文の26節と結論の、論文と同じような形式の歴史伝記だ。「皇城新聞」の社長として有名な「是日也放声大哭」という論説を書いた韋庵・チャン・ジヨン(張志淵)が教閲をしており、彼は純漢文で書いた序文に、国民が愛国精神を持ち、我国が東洋のイタリアになるよう、努力してくれることを願った文章を載せている。 この「イタリア建国三傑伝」の小説の始まりは、1830年のフランス第2革命が起き、イタリア半島にも激変の波が押し寄せると、翌年、マチニが青年イタリア党を創設、統一運動の活動に走った時期からだ。この時、マチニは25歳、ガリバルディー23歳、カブル20歳だった。下記の目次では、この小説のだいたいの内容の構想をかいま見ることができる。 朝鮮革命宣言 1923年 部分 シン・チェホ 革命の道は破壊より開拓すべし。然れども破壊の為に破壊するに非ず、建設するが為破壊するものなり。若建設を知らざれば破壊する道も知らず、破壊するを知らざれば建設する道も知る理なし。…… 破壊せむとする目的は 第一異民族統治を破壊するなり。如何となれば、朝鮮と云ふ上に日本と云ふ異民族其のものが専政を行ひ、異民族専政の下に居る朝鮮は固有的朝鮮にあらざるを以て固有的朝鮮を発見する為異民族統治を破壊するものなり。 第二は特権階級を破壊するにあり。何となれば、朝鮮民衆の上に総督だの何だと云ふ強盗団の特権階級が圧迫し居れり。特権階級の圧迫の下に居る朝鮮民衆は自由的朝鮮民衆にあらざるを以て自由的朝鮮民衆を発見する為特権階級を打破すものなり。 第三は経済掠奪制度を破壊するにあり。何となれば、掠奪制度の下にある経済は民衆自己の生活の為に組織したる経済にあらずして、民衆を殺食する強盗を肥やす為組織したる経済なれば、民衆生活を発展せしむる為経済掠奪制度を破壊する所以なり。 第四、社会的不平均を破壊するにあり。何となれば、弱者の上に強者あり、賎者の上に貴者あつて所有不平を抱いて居る社会は互いに掠奪、互いに剥削、互いに嫉妬仇視する社会となりて初めには少数の幸福を計る為多数の民衆を惨害したる結果、畢竟、少数の間にも惨害し、民衆全体の幸福が数字上零となるべし。
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2006年12月05日
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あらすじ
東京湾晴海埠頭の沖合で男性の死体が発見された。検視で首には紐状のものによる圧迫痕、側頭部には擦過打撲傷群を認めたため、所轄の月島東署は殺人事件の可能性が高いと判断。遺体を医大の法医学教室に回すとともに、捜査本部を設置した。指紋照合の結果、被害者は元警視庁巡査部長でジャーナリスト中川一邦と判明。そして司法解剖での所見も頭蓋内損傷及び頸部圧迫による窒息死、殺人を示唆していた。警視庁捜査一課の楠木宗一郎警部補は、一連の経過に不審を抱き、月島東署刑事・菊山エリカ、大都新聞社社会部記者・新城康之らとともに、極秘で事件の再調査を開始した。調べが進むにつれ、楠木らは中川が命をかけてまで追い続けていた衝撃の事実の断片に遭遇する。 それは日本全国を未曾有の大混乱に陥れる重大な機密だった。 追う者と追われる者が錯綜する中、次第に明らかになっていく事件のどす黒く暗い闇。真相の核心にたどり着ついた楠木たちを待ち受けていたのは……!! 元警視庁巡査部長がリアルに描いた本格警察小説。 著者=「臨界点」を書いた理由 元警視庁巡査部長・黒木昭雄
私が現職だったころ、事件現場の聞き込みに回ると、市民からよくこう言われた。 目の前の事件と過去の交通取り締まりが別物だと知ってはいても、とかく人は腹いせを言いたがる。だが、それが治安悪化の始まりなのだ。 検挙率低下の陰には、少なからずこうした「警察アレルギー」が捜査の障壁になっているといってもいい。警視庁を退職し、ジャーナリストに転身した直後の99年秋、神奈川県警の不祥事を皮切りに国民の怒りに火をつける事件が各地で頻発した。 連日のように繰り返される不祥事報道に押され、とうとう「警察刷新会議」なるものが発足した。しかし、国民が期待した「外部監察制度」は警察庁の激しい抵抗にあって立ち消えになる。現状を見る限り刷新会議によって警察が再生したとは言い難い。 むしろ多くを学んだ分、警察の組織的悪事はより一段と巧妙化したとさえいえる。
警視庁警察職員服務規程の第六条にはこう書かれている。 |
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田中宏『在日外国人−法の壁、心の溝』(岩波新書)1995年 『国境を越える労働者』『外国人労働者新時代』を記事にしたので、この本も。。。(^^)。これも基本文献だと思うが、副題の通り、経済ではなく法的整備や人権闘争の経緯を中心に書かれている。 どこかのブログで、「特別永住許可」など剥奪せよという主張を見かけた。多くの国で「国益」を基準に外国人政策がとられているのは、その是非は別として事実なのだが、歴史的経緯にも踏まえた上で議論して欲しい。やや古いが、今こそ読み返すべき本だと思う。
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正義という病=メディアの惨状
ジャーナリストの青木理さんと連名で『月刊現代』12月号にレポートを発表した。題して「共同通信がもみ消した安倍スキャンダル」。
安倍首相の地元秘書が絡んだ不祥事を暴くはずだった記事が、首相の鼻息をうかがう共同通信上層部の指示で配信を差し止められたという内容である。青木さんも私も、かつて共同通信の記者だったので、「差し止め」に関わった幹部たちの人柄や能力をよく知っている。彼らはいずれも有能で良質な記者だった。だからこんなレポートを書くのは忍びないのだが、事実は事実である。権力との対決姿勢をなくした報道機関は自滅するしかない。 取材の過程でひとつだけ嬉しい事実にぶつかった。それは社会部の記者たちがそろって記事差し止めに激しく抗議したことだ。どうかその怒りを失わないでほしい。記者であることの誇りをかけて闘ってほしい。 『月刊現代』の原稿の処理が終わって一息つくまもなく、札幌に飛んだ。宮崎学さんや大谷昭宏さんらが北海道警裏金問題のシンポジウム「北海道はこれでいいのか! 『道政・道警・裏金報道』を考える集い」を開くと聞いたからである。パネリストとして呼ばれたわけでもないのだが、何だか面白そうだったので取材を口実に出かけてしまった。 ご存じと思うが、地元の北海道新聞は道警の裏金作りを暴いて新聞協会賞など各賞を総なめにした。だがその後、道警側の反攻にあって道新上層部が弱腰になり、いま裏金取材班の記者たちは窮地に陥っている。そこで彼らを励まし、道民にジャーナリズムの危機を訴えようと企画された集会だった 。 道新上層部が弱腰になった理由は、元道警釧路方面本部長で「裏金」告発者の原田宏二さんが月刊誌『世界』6月号に書いている。それによれば、道警の道新に対する嫌がらせは執拗だった。事件・事故の発表では関係者の年齢や細かい住所を省略し、道新の記者にだけは補足取材に答えない。道新記者が会見場所にいるのを見つけると「出ていってくれ」と退席を求める。道警本部広報課に記者が顔を出すと「何しに来たんだ」と露骨に言う。その結果、道新には情報が入らなくなり、再三「特オチ」させられるようになった。 決定的だったのは、昨年10月、道新東京支社の元広告部長が営業広告費約500万円を私的に流用していた事実が明るみに出たことだ。道新上層部はこの元広告部長を依願退職にして退職金2000万円を支払っていた。本来支払うべきでない退職金を払ったことで、上層部による特別背任の疑いも浮上した。こうした不手際を道警が見逃すはずはない。道警は道新上層部の事情聴取や役員室などの家宅捜索をちらつかせながら、道新側に圧力をかけていったらしい。 もし道新が道警に屈服してしまえば、もう新聞は警察と闘えなくなる。そんな危機感から、宮崎さん、大谷さんのほか、キャスターの田原総一朗さんや政治学者の山口二郎さん、衆院議員の鈴木宗男さんらが会場に駆けつけた。私もパネリストとして飛び入り参加させてもらった。会場を埋めた約500人の聴衆も熱心に耳を傾けてくれて、シンポジウムは大盛況だった。新聞の奮闘を願う、みんなの声は道新上層部に届いただろうか。 昨年のNHK番組改変問題といい、今回の共同通信のケースといい、メディアの実情は惨憺たるものだ。それでも希望は完全に失われたわけではない。シンポジウムには道新同様、警察の裏金問題を追及している高知新聞の編集局次長ら4人も参加した。彼らは社内で集めた120人分のカンパを携えて来ていた。そのカンパには「道新、頑張れ。記者たちよ、負けるな」という熱いメッセージが込められていたことは言うまでもない。 権力がメディアを支配下に置いて情報をコントロールしようとする動きはこれからますます強まるだろう。それをはねかえすことができるかどうか、正念場はこれからだ。 2006.11.10 魚住取材ノートより転載 |

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