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【平和憲法を守るのは在日の使命=故 金敬得弁護士の遺言】 在日を見れば日本の今が見える!

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「みんな日本人」という夢 !日本人がいちばん 力道山を知らない。


『力道山』は、日韓両国の共同製作、プロレスラー・力道山を題材とした映画。韓国では2004年12月に公開され、日本では2006年3月より全国上映され映画です。
主人公はこの作品の役作りのため8Kg体重を増やし、プロレスを学び、韓国俳優が必死で日本語特訓をした日韓合作の力作です。是非、時間がありましたら是非ごらんください。

私事ですが、昔、子供の学級担任が家庭訪に来た世間知らず?の教師が必ず発する言葉に「奥さんは、いつ日本に来られたんですか?日本語お上手ですね、奥さんは入籍されてますか?(日本以外の東アジアは夫婦別姓です)」と、ピント違いな質問をされたり、感心されたりの繰り返しでした。毎度、その誤解を解くのに嫌々、年十年、何十回、同じ事を説明したでしょうか、その度に、「人権教育を声高に叫ぶ教師って、結局、何も勉強してないんだ!」、と思い知らされました。今も、多くの在日外国人が、同じような体験をしてるんだろうな〜と思っています。
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日本に生まれ育ったら日本語ができるのは当然、なのに、この社会は、いともかんたんに「外国人」と決め付けて色分けしてしまう。違いを違いとして受け入れるよりも、完全な異邦人と捉えた方が楽だからでしょうか。

毎日の生活の中でこんな「初歩的」な問題を理解できないか?と思ってた時、8年前に出た『もう一人の力道山』(イスンイル著)と言う本に出会いました。今も私の本棚の片隅にあります。以前から、「日本の」戦後復興のシンボルである力道山が、現在の北朝鮮出身であるというのに興味を持って必死で読みました。


アメリカ大リーグのハンク・アーロンがベーブ・ルースの記録を破る前後、人種差別的な脅迫状に悩まされつづけていたいたという事実は昔ではなく、たかが二十数年前の出来事です。
身辺警備が必要だった当時のハンク・アーロン
http://hochi.yomiuri.co.jp/column/hiruma/news/20060509-OHT1T00504.htm

しかし、アーロンは脅迫状に対して毅然とした態度をマスコミに示して、見事に最多本塁打の記録を達成しました。
そして、今、現役を引退して久しい、ハンク・アーロン氏が、その脅迫状事件のことを「あれは昔の話だ」という言い方では決して語らない事でしょう。彼は、「脅迫手紙が過去のものではなく、これからも我々は人種差別に対して闘っていかなければならない」と明言しているのが印象に残っています。

ところで、「日本の」本塁打王・王貞治は在日中国人であり、そのハンクアーロン氏の記録を日本球界の中華民国国籍を有する王貞治氏が塗り替えたのも、何かの因縁でしょうか。

最多通算安打数を誇る「日本の」安打王・張本勲は在日コリアンであり、彼らが「日本」記録を打ち立てようとしたとき、ハンク・アーロンのような人種差別的な圧力があったのだろうか?もちろん、ないわけがないだろう。

ここでブログをアップして、色んな人間模様を見直すと、自分が気づかなかった、様々な事実に出会ったり、又、いろんな人から教わる話の中から、在日を通して「人として」の人間像を覗けて、毎日学んでいます。

決して、在日だから・・・と強調したり、突っ張ってる考えはありません。それだけはご理解ください。
「スポーツは強ければよい、楽しめればよい、」と言いますが、少なくとも、その主人公である人々は
その違いの中で生きてきたのは事実です。そして、又、今も、その中で生きてるのは事実です。

ただ、ここに日本の裏表があると思います。
多くの日本人たちはこここにあげた、力道山、王貞治、張本勲が「日本の」ヒーローであると素朴に思い応援していたに違いありません。もちろんファンの相当数が、「彼らが日本人でない」ことを知っています。しかし、「そんなことは大きな問題ではない」というのが共通の意識ではなかったでしょうか。これが一見、民族・人種問題に寛容な日本社会の一面であるかの様にも思えます。

しかし別の角度で見れば、王貞治に昔、日本人風の名前を使うような圧力があったり、張本がじっさいに通名に変えざるを得なかった社会的な圧力が存在してたのは事実です。(事実、中途で本名(張勲)宣言を球団に申し入れて却下されています。これが民族・人種問題に不寛容な日本社会の一面です。

この一見相反する態度は、日本社会が「まあまあ、そう目くじら立てずに。力道山も王貞治も張本勲も日本人なんだ」という曖昧さの中に犯罪なまでの日本人への同化意識があると少し辛口で言い放てば反発を買うでしょうか?つまり、日本に住む人間には2種類しか存在しない。日本人か外国人です。そして、力道山、王貞治、張本勲は、本人たちがどう思っていようと、日本人が認めた「日本人」である、という強力な同化意識でしょう。


この本に追加された、「補遺 力道山の鞄」として巻末に納められている証言では、「日本のヒーロー」と祖国統一の夢に引き裂かれていった力道山最後の日々が興味を引きました。

おそらく当時、街頭テレビで力道山の空手チョップに熱狂した人々のほとんどは、彼が朝鮮の出身者であることを知らなかったでしょう。(当時の私もそうでした)
その点では、王貞治や張本勲とは事情が違うし、たとえ知っていたとしても、日本人は彼を「日本人」として受け入れ、声援を送ったでしょう。別の言い方をすれば、力道山が自分の出自にかかわらず、「日本人」というアイデンティティーを受け入れる限りにおいて声援を送ったと思います。

力道山コト金信洛の心は、彼が日本で得た名声によって、ズタズタに引き裂かれていたかも。
あくまでも彼を「日本の」ヒーローとして、つまり、悪役「外人」レスラー VS 正義の「日本人」力道山として活躍させようとする日本プロレス興行界、2つめは、彼の実の兄や娘が暮らす北朝鮮と日本でそれに対応する組織である総聯、3つめは、日本と同じ「西側」である韓国と日本でそれに対応する組織である民団。

(ちなみに、力道山はもともと力士として日本に呼ばれたが、相撲をやめて日本のプロレスを起こしたのは、この本によれば角界の人種差別が原因とのことでしょう。たしかに、高見山、小錦、曙の昇格問題はまだ記憶に新しいでしょう。

力道山が刺殺されたのは、東京オリンピックを間近にひかえ、南北合同選手団を要請する国際オリンピック委員会と、南北別々の選手団を主張する2つの朝鮮が対立していた時期です。(結局、参加したのは韓国選手団だけ)

「日本の」ヒーローとして成功すれば成功するほど、自分の出自を隠さなければならない皮肉、しかも冷戦の激化にともない、2つの祖国に引き裂かれる思い。それが、日本人の決して知ることのなかった力道山の苦悩であり、同時に、今なお残る在日コリアンの苦悩の側面であると、この本に書かれています。
韓国人の視点で見た、それも8年前の本なんで、多少の時代のギャップや認識の違いは否めません。

先ほど、ハンク・アーロンの事に触れましたが、まさに力道山の生き方は、在日コリアンの抱える苦悩を凝集していたという意味なのでしょう。力道山の苦悩も又、「過去のこと」ではないということでしょう。

日本社会の同化意識、つまり、日本人と外国人を峻別して、相手が日本人である限りにおいて「寛容」であり、外国人としての違には拒絶するという意識は、非常に根深いのも日本と言う社会の特徴でしょうか。
アメリカの人種差別のように、問題が先鋭化しない分、かえってタチが悪いとも言えるかもしれません。

聖徳太子の唱えた「和をもって尊しとなす」日本人は、日常生活に「違い」を持ち込まれることを本能的に嫌っている様に思えます。だからほんのかけらでも、民族とか人種とかいった「違い」を持ち込まれると、「そう堅いこと言うなよぉ」と、逃げるのかも知れません。

女性差別にしても、民族や人種の差別にしても、日本社会は「違い」がまったく存在しないという居心地の良い「単民族」のなかに生きて、その夢見心地を破られると、異常に違和感を感じるのが日本人的であると、私の目には思えてなりません。。その”違和感”が「排他」という表現にあらわれている。

日本社会で力道山が戦後復興という「夢」のスターである限りにおいて彼を受け入れ、今も彼の功績を称えていると思います。

しかしその影で、多くの在日コリアンたちが力道山と同様の辛酸をなめていたことを、きれいにスルーしてしまっているのは最初の教員のレベルを見ても判る事実です。

力道山も王貞治も張本勲も、日本人の「夢」の中ではあこがれの「日本の」ヒーローでしょう。
ただそれが「夢」である限りにおいて。

在日外国人に対して「あなた日本語お上手ですね」と言い続ける社会、その「夢」にすっかり慣れてしまい、重要な感覚を完全にマヒさせ、人の痛みが判らなくなってしまった社会ですが、このブログが”知ること”の手がかりのきっかけになってくれたらと、思い続けて”在日”を市民として、個人として"語って行く”つもりです。コツコツト・・

【アメリカ カルフォルニア州の航空博物館所蔵のソビエト軍戦闘機 ポリカルポフ I−16。1939年 日ソの間に起こったノモンハン事件では、日本の戦闘機相手に優勢でしたが、1941年の独ソ戦時には、旧式化し、バタバタ撃墜されました。タラーン攻撃では、最も多く使用された機体と言われています。】

神風(しんぷう)特別攻撃隊。 通称“カミカゼ”。
航空機を利用した自爆攻撃として、有名なのは、皆さんよくご存知でしょう。

しかし、この特別攻撃(以下:特攻)は、日本が世界初ではありません。
実は、世界初の航空機による体当たり攻撃は、1941年の秋、ソビエトで行なわれたのでした。

(筆者注:海外の文献を読むと、ドイツ軍侵攻直後の1941年7月にソビエト機が体当たり攻撃を行なった記録があります。これに関しては、あまり資料がないため、突発的な物と判断し、1941年の秋を最初としました。)

1941年6月、ドイツは、ソビエト侵攻作戦“バルバロッサ”を発動し、怒涛の進撃を開始します。
独ソ戦(ロシアでは、大祖国戦争と呼びます。)の始まりです。

戦車などを中心に急速に突進するドイツ軍得意の電撃戦に加え、ソビエト軍指導部の稚拙な作戦指導も災いして、わずか半年後には、首都モスクワが陥落寸前になります。

近代戦争の常として、まず攻撃は、敵の反撃が及びにくい空爆や砲撃から始まります。
そして、相手にダメージを与えた後、戦車や歩兵などの地上軍が突入し、占領となります。

独ソ戦もその例に漏れず、10月からは、ドイツ軍爆撃機が、地上軍侵攻の露払いとばかりにモスクワに爆撃を行ないました。

この時期、ソビエトの航空機は、新型機への転換期で、持てる航空機の多くは、旧式機でした。
そのため、当時、世界最先端を誇っていたドイツ機に勝るものはわずかで、まともに空中戦で勝つことは難しい状況でした。

そこで、生まれたのが、タラーンと呼ばれる戦法です。
ドイツ軍の爆撃機に主に旧式機で近づき、その後、体当たりすると言うものでした。

特攻と聞くと、一般的には、戦艦や航空母艦などの艦船に体当たりすると言うイメージがありますが、それだけではありません。

日本では、陸軍の戦闘機が、性能的に段違いのアメリカ爆撃機B-29に激突するための特攻隊が組織され、本土上空で死闘を演じました。

ですから、ソビエトのタラーンは、日本陸軍型特攻の先駆けと言えます。

タラーンは、日本軍の様に組織的に運用されたわけではなかったようで、特攻専用部隊は存在しなかった様です。それでも、1000件近い例が記録されています。

ソビエト軍の作戦指導は苛烈で、人命軽視の最たるものでした。
ですから、もしかすると、タラーンを組織的に運用した部隊もあったかもしれません。

その後、史実通り、モスクワは、記録的な寒波に襲われます。
冬将軍とシベリアからの増援で盛り返すソビエト軍の反撃を受け、モスクワまでわずか10数キロまで肉薄したドイツ軍は、後退を余儀なくされます。

結局、この敗戦は、ドイツに大きなダメージを与え、以降は、ソビエト軍の反撃にドイツ軍は、次第にジリジリと後退をしていきます。

戦況が好転したため、タラーン攻撃は、潮が引くように終わりました。

祖国防衛のため、命を散らせたソビエト版特攻部隊。

しかし、組織的に運用されていなかったためか、あまり、知られることもなく、歴史の片隅にわずかな記録が残る程度です。

また、特攻作戦の常で、彼らの遺体は、激突し、四散したのでしょう。大多数が発見されることはありませんでした。

モスクワを守った知られざる英雄たち、その亡骸は、今もロシアの冷たい大地の下に眠っているのかもしれません。

転載元転載元: シルクロードから嫁が来た!!

南京大虐殺:体験伝えることで平和に 生存者・蘇さん講演−−大阪で集会 /大阪

 ◇取材ビデオ上映も
 南京郊外の湖山村で1937年12月、旧日本軍に親族10人を殺された蘇国宝さん(79)の証言集

会「日本国憲法と『南京』の記憶」が9日、大阪市内で開かれた。参加者約90人に、蘇さんは「私の体

験を若い人たちに伝えることが平和につながる」と訴えた。【花岡洋二】

 蘇さんは、おじが木に縛り付けられて刀で首を切り落とされ、続けて村人約20人が次々と刺し殺され

るのを目撃。恐怖のあまり気を失ったが、死体と間違えられ生き残った体験などを話した。市民団体「南

京大虐殺60カ年全国連絡会」の松岡環共同代表は、加害兵を取材した際のビデオを上映。その中で元兵

士が「犬、猫も含めて生きているものは全部殺せと命令されていた。南京では、食料と女を徴発するのが

楽しみやった」などと証言した。

 また大虐殺に関するドキュメンタリー映画制作に携わっている映画監督、ジャン・ユンカーマンさんが

講演。作品は被害者と加害者の証言が中心になっているといい「証言は強烈で、日本も無視できないはず

だ」と説明した。米国では来年公開予定だが、日本では未定。

12月10日朝刊
(毎日新聞) - 12月10日15時1分ーより

この記事は読売新聞には無かった。12月9日、10日、11日は新聞休刊日、12日の読売新聞朝刊を

小さい記事もつぶさに調べたが、一行も読売新聞には載っていなかった。読売新聞は「南京事件」と書い

るから載せ辛かったんだろう。新聞が『自分達の都合が悪い記事は載せない』という情報操作をしている

完全な証拠となる例だから、新聞はTVや週間誌より信用できると思ってる人は、この事実を肝に銘じて

欲しい


いまさら、【南京大虐殺】の記事を書かなければならないのが情けない 。

しかし、卑怯な日本人が「南京事件」と誤魔化してる以上、何億年でも真実を書いていかなくては成ら

ない。何十万人だ、いや、数万人だ・・・・こんな数はどうでもいい。例えば政府がデモをしてる国民を

100人殺したら虐殺だろう。それが1000人になったら大虐殺だろう。中国の30万人に反発してい

る卑怯者の日本人も、2、3万人ということでは一致してるんだから、大虐殺の1000人を大幅に超

ているんだから、大虐殺もいいところだろうが!南京事件といってる卑怯な日本人!!

転載元転載元: 病人ーによる悩み人生相談-と、ブログ

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