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発行:韓国の原爆被害者を救援する市民の会 在韓被爆者が語る被爆50年」<改訂版> −求められる戦後補償 A5版、87ページ) 96年8月1日改訂版(初版95年) 500円 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 今年も、広島の平和記念式のあいさつで【「唯一の被爆国」】という言葉が繰り返された。 この言葉は日本のあらゆる団体、個人が無意識に当然のように使う言葉でもある。しかし、天邪鬼の私は少し違った考えを持ってる。 私たちはどれだけ被爆者の現状を知りえているのでしょうか?
28万人といわれる原爆手帳所持者の中でも、被爆認定を受けているの意は2,200人にも満たず、針の穴を通すくらいの認定者数でしかありません。これが戦後、62年を過ぎた今日の日本の実態でもあります。原爆手帳を持って、月3万円の保証、原爆症認定を受けても135,000円の保障でしかない。手厚く軍人恩給を受ける軍経験者と市民とはこうも差があっていいのであろうか? 在日作家の金時鐘(キムシジョン)氏は「敢えて、誤解を覚悟で話す、」と前置きしながら 「日本は2つの原爆で戦争加害国から戦争被害国に歴史を塗り替えてしまった。」と話されます。 (決して被爆者や原爆による悲惨さを冒涜したり、原爆の罪悪を軽視するのではありません。誤解なきように。) この「唯一の被爆国」と言うフレーズは被害者意識(戦争における)を強調し、日本の侵略国としての歴史と戦争責任を見えにくくしてしまう側面があるのではないでしょうか。 広島、長崎で被爆したのは日本人だけではありません。特に、多くの朝鮮、中国人が直接、間接に被爆することとなった事実を語らずして、「唯一の被爆国」を公言する日本政府は、その当事者である自国の被爆者に対してどのような対応をとってきたのでしょうか?そしてその1割以上に及ぶ朝鮮人、中国人被爆者に対してもそれだけ「誠意を持って」戦後処理に取り組んできたのでしょうか。 広島、長崎では被爆者約7万人の朝鮮人が被爆したと考えられています。生き残った約2万3千人の被爆者が、現在の韓国の地へ帰り、生活基盤のない土地で差別と厳しい社会状況の中で生きてきました。在韓被爆者は、日本の植民地支配、原子爆弾、帰国後の厳しい社会状況による三重の被害者でもありました。 1965年、日本と韓国は国交を回復し、日本の賠償問題は「解決」されたとし、現在まで、日本政府は在韓被爆者からの要求に対して「日韓条約で解決済み」とし、支援を行ったとしても「人道的立場」からで、「国家補償」という形をとろうとはしていません。 在韓被爆者は「せめて日本人並みに」して欲しいと訴えていましたが、その日本人に対する対策も十分ではありません。日本においても被爆後、占領期間を経て1957年までの間、被爆者に対し何ら援助が行われず、日本政府はサンフランシスコ講和条約で連合国に対する損害賠償請求を放棄しました。 「国内でこの惨状だ。外国人にまで・・」と言う言葉もあるが、繰り返された裁判闘争の中で少しずつ改善されては着てるが、海外在住の被爆者の存在を忘れないでほしいと願う今日でした。 先ほども述べましたがk、日本政府は、在外被爆者はおろか、日本の被爆者への対策も積極的に取り組んでません。日本の被爆者行政は決して「誠心誠意」行われてきた訳ではなく、被爆者自身の粘り強い活動と数々の司法の判断によって、ようやっと得た成果です。国は被爆者への対策を社会保障の枠内におさめ、原爆投下に行き着く自らの責任を反省していません。 「唯一の被爆国」と言うならば、何よりもまず被爆者に対してきちんと向き合うべきではないでしょうか。
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