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日本国の名誉のために『竹島=独島問題入門』出版 日本国の名誉のために『竹島=独島問題入門』と題する本を内藤正中教授が出版されました。この本は副題に「日本外務省『竹島』批判」とあることからわかるように、外務省のパンフレット『竹島、10のポイント』の問題点を指摘するものです。 内藤教授は、日本国の名誉のために出版した動機を次のように記しました。 『竹島=独島問題入門』あとがき 外務省の『竹島』パンフレットを読んでの率直な感想は、「これはひどい、ひどすぎる」の一語に尽きる。 過去の歴史と真正面から向き合おうとせず、歴史の一部をご都合主義でつまみ食いをして、その一方で、自分の主張と相容れない事実は無視して顧みないという内容である。それにもかかわらず、これが日本政府の基本的立場であるといって主張されるのでは、日本国民を惑わすことにもなるのであるから、黙って見過ごすわけにはゆかないのである。加えて韓国語版、英語版も同時に刊行され、全世界に発信されるということは、この間題に対する日本政府の不勉強ぶりを世界にさらけだすことでも ある。 私は歴史を研究している日本人として、何よりも歴史の事実を尊重すべきことを訴えたい。竹島の問題は、歴史的事実にもとづいて解決の筋道が明らかになるのである。外務省の主張のように、史実とかけ離れたところで勝手な議論をしているようでは、問題は解決されないと言わなければならない。私は日本国の名誉のために、史実に基づいて歴史を解明する意図から本書を執筆した。 『竹島』パンフレットにおける最大の問題点は、竹島をわが国固有の領土、わが国の領土・領域であるといいながら、そのことを史実に基づいて証明していないことである。詳細は本書のなかで記したところであるが、いま一度ここで確認しておく。 第一は、幕府が松島(現竹島)の存在を初めて知ったのは、1696年1月の鳥取藩とのやり取りの中である。そうである以上、それ以前の時期になる17世紀半ばに現竹島の領有権を確立したなどといえるはずはない。 第二に、幕府は1695年12月から1696年1月にかけての鳥取藩とのやり取りのなかで、竹島(鬱陵島)と松島(現竹島)が、鳥取藩に属する島ではないことを確認した上で、幕府としても日本領ではないとする結論を出して、1696年1月に日本人の竹島渡海を禁止したのである。 第三に、1877年に明治政府の太政官は、島根県が竹島外一島(現竹島)の取り扱いについて質問を受け、政府としての調査を行った上で「竹島外一島本邦無関係」と決定した。 第四に、1905年の領土編入を領有権の再確認という主張は誤りである。幕府も明治政府も現竹島についての領有を主張したことはなく、逆に1696年と1877年の2度にわたって日本領ではないことを明らかにした。領土編入の閣議決定にあるのは、無主地であることを確認して領土編入したということである。無主地であるという以上、固有領土とはいえなくなる。問題は、その当時、現竹島は無主地であったかどうか である。 日本政府が竹島を「わが国の領土」と、その領有権を主張するためには、以上の問題点について明確に解明されなければならない。そのために必要な論証の作業を怠っていたからこそ、『竹島』パンフレットのような杜撰な内容のものが刊行されるのである。 竹島問題にかかわる新しい史料も出されている。しかも現在では、関係資料を日韓両国で共有するという状況がつくられている。したがって共通の土俵に上がって歴史認識の共有を図ることが課題となっているといってよい。そして両国政府は、史実に基づく研究の成果を正しく受け止めてくれればよいのである。さしあたって私は、この間違いだらけの外務省パンフレットに振り回されて、日本国民が恥をかくことだけは避けたいと願うものである。 (以下略) 『竹島=独島問題入門』発行所 有限会社 新幹社(電話 03−5689−4070) 定価:本体価格800円+税 著者紹介 内藤正中(ないとう・せいちゅう) 1929年生。京都大学経済学部卒業。島根大学名誉教授。 〈主要著書〉 『竹島(鬱陵島)をめぐる日朝関係史』(2000年、多賀出版) 『竹島=独島論争』(2007年、新幹社、朴炳渉と共著) 『史的検証 竹島・独島』(2007年、岩波書店、金柄烈と共著) ほか多数。 以上 半月城
[zainichi-MLより転載]
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2008年10月05日
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