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【ノサモの会の追悼文より】
貴方が居た大韓民国は美しく
清らかで幸せでした...
このように見送らなければならないのがあまりに切なく残念です。
貴方は大統領である前に、あまりにも暖かい大韓民国の国民でした
誰よりもこの国を愛し心配してたのに...
より大きくなる自分を自ら低くし、
権威を振りかざさず身近で接してくださり
己が話す前に人の話に耳を傾けてくださった私が愛する前に喜びをくださり 表に出ず、陰で一生懸命がんばられたし 貴方にはいつも感謝し続けていました、昨日もそしてこれからも、いつまでも慕い続けるでしょう どうか...
天国で心穏やかに幸せに過ごされる.....
貴方は私たちにとって一番大きな"贈り物"でした 注: ノサモとは、大韓民国の前大統領で16代大統領、盧武鉉の支持団体の名称ですあ。 ノ=盧 サ=サラン(愛する) モ=モイム(集まり)と言う直訳を頭文字を集めた呼称です。 盧武鉉を支持する勝手連的なインターネットを中心に組織した集団です。 大統領候補ですらなかった2000年に、地域対立解消を掲げながらも国会議員選挙で落選を覚悟で出馬を繰り返した盧武鉉をパポ(馬鹿なノムヒョン)と愛称で呼びながら共感した支持者によって結成された個人支持組織です。これは韓国の政治家として初めてのインターネット上のファンクラブであり、大統領候補の党内予備選でも苦戦を強いられていた盧武鉉を支え続けnetを中心に若者達が支持を拡大するにつれ、ノサモが社会的に認知されるようになりました。 2002年の第16代大統領選挙ではこのノサモによる活動が大きく影響したといわれています。立候補表明していた鄭夢準との候補一本化は世論調査を通じて行われたが、僅差で競り合う鄭夢準との差を決定付けたのはノサモによる市民への呼びかけであったといわれています。また投票日前日に鄭夢準は盧武鉉への支持を撤回したが、そのダメージを撥ね退けたのも、やはりノサモの投票呼びかけでした。 このようにインターネット時代の新しい形の選挙活動として注目された、半透明プラスチック製の豚型貯金箱を市民から募るカンパが数十億ウォンに達し、まさにアメリカのオバマ政権誕生と同じで、無名の新人候補が若者を中心としたノサモの会が原動力となって大統領選挙の一大旋風を引き起こしたといえるでしょう。 インターネットを使う386世代と呼ばれる「実年齢が30代での80年代大学卒業組で 60年代生まれの人々」若い層が構成員の中心であり、対立する陣営から盧武鉉の紅衛兵と手厳しく批判された事もありました。ハンギョレやオーマイニュース等の新興の進歩的マスコミを支持する一方で、朝鮮日報、東亜日報等、盧武鉉と対立する保守系の老舗マスコミに対する不買運動等も展開しており、特に反朝鮮日報運動は構成員の一人が朝鮮日報の印刷工場に放火する事態に及んだこともありました。 ただし、ウェブを用いた支持獲得法自体は対立陣営からも注目を集め、第16代大統領選挙では対立候補の李会昌陣営も「チャンサラン」という同様のコンセプトのウェブサイトを開設した。この流れは後にハンナラ党党首となった朴槿恵の支持団体、「サランヘ」に受け継がれています。
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2009年05月26日
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