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堅い話、、と考えないで今、一度目を通してくだされば。
少し前の記事ですが、韓国のイラク派兵記事です.
韓国軍2等兵が、休暇中にイラク派兵反対を訴え、断食ろう城に突入したました。その兵士が、盧武鉉大統領に送る手紙を発表しまた。
統一ニュース11.21付け
カン・チョルミン二等兵の手紙(全文)
大邱の山奥の田舎者として生まれ、山や野原や、村の山の頂上から裾野まで駆け回りながら、雨が降れば雨に濡れ、雪が降れば雪に濡れながら歩き回っていた私を見て、村の大人たちがオクス郡のターザンと呼んでくれました。オクス郡のターザンというのも、考えてみれば滑稽なあだ名です。オクス郡のターザンと呼ばれていた私が、その年になれば当然、行かなければならない軍隊という所で、自分ができるのは運転の他にないので、運転兵として入隊することになりました。
真夏の刺すような太陽と激しい夕立に濡れながら軍事訓練を終え、また運転訓練を終えて、全羅道チャンソンにあるサンムデ(尚武台)という所に自動車部隊として配置されました。そのように当然のように軍隊という所に入隊した私が、こうして大統領に手紙を書くことは想像もできなかったことです。私がこうして大統領に手紙を書くわけは、二等兵である私が考えても、イラク派兵という決定が間違っていると考えるからです。もちろん、大統領におかれても少なくない苦悩のすえに、そうした決定を下しただろうと思います。しかし、そうした判断は、われわれの軍隊の将校はもちろんのこと、兵士まで死に追いやるものだと考えます。軍人として、そうした死を恐れるからではなく、どんな名分も道徳もない第2ベトナム戦に、われわれの軍隊が派兵され、イラク国民を殺し、あるいは死んでゆくなら、それは明らかに間違った決定だと考えます。 大統領におかれても軍隊に行って来られたから、侵略戦争に反対し世界平和に寄与するという、わが軍の役割を充分に知っておられると思います。自国の軍隊が自国の国土と自国の国民を保護するのではなく、侵略戦争の道具として使われたなら、それは二等兵である私ではなく、どこの誰が見ても間違った決定だと考えます。まだ学ばなければならない未熟な軍人である私が、このように軍に関する問題を慎重に、最高統帥権者である大統領に述べるのは、もう一度、イラク派兵という重大な問題を自主国防の原則に合うように考えてくださればという願いからです。
昨日は、こうした私の考えを家族と向き合って話しました。ひと言ひと言申し上げるごとに、心配に満ちた目でこちらを見る父母の瞳が私の胸を打ちました。しかし、こうした派兵決定が現実になれば、息子を失ったすべての父母の瞳が私の胸を打つでしょう。こうした苦悩を感じ取られたのか、ついには私の意見に、もうそれ以上、反対しようとはしませんでした。そして、頑張れと激励してくれた弟のひと言が、私に多くの力となりました。私は本当に不孝者です。 私はイラク戦争派兵を反対します。ここにお集まりのすべての方はもちろん、すべての国民もまた私と同じ考えでしょう。そのために、まだまだ軍生活期間が残っている韓国軍の一員として、侵略戦争であるイラク派兵に反対し、こうした状況が派兵撤回に変わる時まで、苦悩に苦悩したろう城を始めようと思います。
急に寒くなった冬、すべての方の健康と平和を祈願します。
1981年11月22日、大邱にて出生。
大邱カトリック大学校 哲学科 00学番(2000年度入学生)
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