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埼玉県平和資料館・南京大虐殺「隠蔽」のなか、運営協議会開催 --------------------------------------------------------------------------------------- 南京大虐殺事件研究の第一人者が、これまでの文献にもとづく研究の蓄積に立って、自ら被害者を訪ね、自ら中国語で聞き取った証言集!
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南京事件否定派はなぜ「現代歴史学と南京事件」を10ヶ月無視し続けるのか? |
歴史Field work
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今日は朝鮮戦争が休戦状態に入って54年目を迎える アメリカの付き合いで行かざるをえなかったとされるアフガン派兵が民間人の人質、殺害と言う結果、その原因が当事者や韓国政府のみならず、世界の警察を自認するアメリカに起因するのは誰の目にも明らかです。 国民一人ひとりが歴史を学び、政治を監視する事を怠らない事が唯一、国家や政治の「暴走を」食い止められる手立てだと、暖めて思う複雑な54年目の記念日です。 今、行われている6カ国会談は、この時に行われた休戦協定が平和条約でない故、アメリカが攻撃を仕掛ける可能性を条約上留保してるのが要因でもあります。休戦協定から54年たった今日、未だに朝鮮半島は朝鮮戦争の影の部分を背負っています。 ================================================================ 休戦協定の調印に国連軍、中国軍、北の金日成、軍の金日のサインはあるが韓国大統領李承晩のサインは無い=韓国軍の統帥権をアメリカに渡したのが半世紀以上たった今日の韓国軍の派兵にも微妙に影響している。
1953年(昭和26年4月11日)、国連軍最高司令官、当時日本の占領軍、GHQのトップだったダグラス・マッカーサー(将軍)は、アメリカ大統領トルーマンによって解任されました。 前年の1950年(昭和25年)6月25日に始まった【朝鮮戦争】における大統領との軍事行動の違いだとされています。 この解任でアメリカに凱旋したパレードでの演説が有名な「老兵は死なず、ただ去り行くのみ。」の言葉です。 北朝鮮軍が、南下してきて開始されたとされる【朝鮮戦争】は、最初韓国軍が劣勢で、1950年(昭和25年の9月には朝鮮半島の南端の韓国第二の都市、釜山付近にまで追い詰められていました。 その後、韓国軍を支援するアメリカを中心とした国連軍が攻勢に転じて、北朝鮮軍を追い詰め平壌を占領しました。 すると、今度は中国人民義勇軍が参戦、18万人とも50万人ともいわれる軍隊の支援を受けた北朝鮮軍は、1950年(昭和25年)12月に平壌を奪回して、1951年(昭和26年)の1月にソウルを再占領してしまいました。
しかし、北朝鮮軍・中国人民義勇軍の勢いもここまでで、それ以後は、国連軍が優位に戦いをすすめて、3月にソウルを奪い返しています。 そして、38度線まで押し返して、マッカサーは『停戦』を呼びかけ、応じなければ中国本土を爆撃する(原爆の使用をも匂わせる。)と脅しました。 マッカサー将軍は、この発言によって、戦争拡大を望まないトルーマン大統領に解任されます。 『朝鮮戦争』は、その後、7月になって停戦、休戦交渉が開始されました。 そして、この交渉は長引いて、昭和28年の7月、やっと板門店での休戦協定となりました。 おびただしい数の死傷者を出した戦争でしたが、日本にとっては、戦後復興のきっかけとなる出来事であったのは事実です。 第二次世界大戦によって壊滅的な打撃を受けて、破滅状態にあった日本経済が、この【『朝鮮戦争】』の特別需要で、蘇るきっかけを与えられました。 綿布・歯ブラシ・石鹸・鋼材・トラックなどの購入、戦車・船舶・車両の修理や基地の建設など、日本経済の隅々にまで、その恩恵は行き渡りました。 |
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【6月15日 AFP】いわゆる従軍慰安婦問題をめぐり、日本の国会議員らが14日付のワシントン・ポスト(Washington Post)紙に、「第2次世界大戦中に日本軍によって強制的に従軍慰安婦にされたことを示す歴史文書は存在しない」と訴える全面広告を出した。 「事実(THE FACTS)」と題された同広告は、「米国民と真実を共有する」ことを目的に掲載されたもので、「歴史学者や研究機関の調査では、女性が意に反して、日本軍によって売春を強要されたことを示す文書は発見されていない。慰安婦は、『性奴隷』ではなく、当時の世界では一般的だった公娼(こうしょう)制度(政府による売春管理制度)のもとで行われていた」としている。さらに「慰安婦の女性の多くは、将官よりも多くの収入を得ていた」と付け加える。 一方、同広告は「規律の乱れ」が存在したことも認め、「実際に起こったことに対する批判は、謙虚に受け入れるべき」としているが、「根拠のない誹謗中傷に対する謝罪は、社会に歴史的事実に対する誤った認識を持たせるだけでなく、日米間の友好関係にも悪影響を及ぼしかねない」と指摘する。 同広告には、自由民主党(Liberal Democratic Party、LPD)議員29人、民主党(Democratic Party of Japan、DPJ)議員13人、無所属議員2人のほか、教授、ジャーナリスト、政治評論家が名を連ねている。 従軍慰安婦問題をめぐっては、安倍晋三(Shinzo Abe)首相が3月に「第2次世界大戦中に旧日本軍がアジア各国で強制的に女性を連行した証拠はない」と語り、物議をかもしている。同首相はその後、従軍慰安婦問題について謝罪した1993年の「河野内閣官房長官談話」を継承する立場を強調。4月後半の訪米時には、元慰安婦の女性らに対し「心から同情する」と 語った。(c)AFP ************************************** ■「慰安婦強制の文書ない」 日本の国会議員ら米紙に広告(有写真) (朝日新聞、2007年06月15日) http://www.asahi.com/politics/update/0615/TKY200706150143.html ■慰安婦問題で意見広告 櫻井氏ら 米紙に「事実」論証 (産経新聞、2007年6月15日) http://news.goo.ne.jp/article/sankei/world/m20070615023.html ■2007年6月14日 ワシントンポスト紙 従軍慰安婦(性奴隷)強制文書否定広告 署名国会議員名簿 (「村野瀬玲奈の秘書課広報室」ブログ、2007年6月15日) http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-266.html 《国会議員合計44名》 【自民党】(29名) 愛知和男 自民 衆議院 東京都(比) 赤池誠章 自民 衆議院 南関東,(比)南関東 稲田朋美 自民 衆議院 北陸信越(福井1) 江藤拓 自民 衆議院 九州(宮崎2) 大塚高司 自民 衆議院 近畿(大阪8) 岡部英明 自民 衆議院 北関東(比) 小川友一 自民 衆議院 東京都(東京21) 鍵田忠兵衛 自民 衆議院 近畿,(比) 亀岡偉民 自民 衆議院 東北(福島1) 木原稔 自民 衆議院 九州(比) 木挽司 自民 衆議院 近畿(兵庫6) 坂井学 自民 衆議院 南関東(神奈川5) 島村宜伸 自民 衆議院 東京都(東京16) 杉田元司 自民 衆議院 東海(比) 鈴木馨祐 自民 衆議院 南関東(比) 薗浦健太郎 自民 衆議院 南関東(千葉5) 平将明 自民 衆議院 東京都(東京4) 土井亨 自民 衆議院 東北(宮城1) 土井真樹 自民 衆議院 東海(比) 戸井田とおる自民 衆議院 近畿(兵庫11) 西本勝子 自民 衆議院 四国(比) 林潤 自民 衆議院 南関東(神奈川4) 古川禎久 自民 衆議院 九州(宮崎3) 松本文明 自民 衆議院 東京都(東京7) 松本洋平 自民 衆議院 東京都(東京19) 武藤容治 自民 衆議院 東海(岐阜3) 山本ともひろ 自民 衆議院 近畿(比) 渡部篤 自民 衆議院 東北(比) 中川義雄 自民 参議院 北海道 【民主党】(13名) 石関貴史 民主 衆議院 北関東 泉健太 民主 衆議院 近畿(京都3) 河村たかし 民主 衆議院 東海(愛知1) 北神圭朗 民主 衆議院 近畿(比) 神風英男 民主 衆議院 北関東(比) 田村謙治 民主 衆議院 東海(比) 牧義夫 民主 衆議院 東海(愛知4) 松木謙公 民主 衆議院 北海道(比) 松原仁 民主 衆議院 東京都(比) 吉田泉 民主 衆議院 東北(比) 笠浩史 民主 衆議院 南関東(比) 鷲尾英一郎 民主 衆議院 北陸信越(比) 松下新平 民主 参議院, 九州(宮崎) 【無所属】(2名) 西村真悟 無 衆議院 近畿(比) 旧民主党 平沼赳夫 無 衆議院 中国(岡山3) 旧自民党 【その他】 屋山太郎 政治評論家 桜井よしこ ジャーナリスト 岡崎久彦 元駐タイ大使 国会議員新聞広告〜ホンダ「世界が皆知っている嘘」と激怒 朝鮮日報 2007-06-15
<社説> 日本の知識人の道徳水準を公開した慰安婦広告 日本の議員45名と教授・政治評論家・言論人14名が、日本軍慰安婦の動員に日本の政府や軍隊が介入しなかったと主張する全面広告を14日米国のワシントン・ポストに出した。 彼らは、米下院に繋留されている「日本軍が若い女性たち性奴隷を強要したことは、20世紀最大の人身売買だ」という決議案が、「真実(truth)でなく信念(faith)に基づいた歪曲だ」と主張した。 広告で日本の議員たちは、反論資料として「慰安婦募集時の拉致や強制を禁じる」という日本軍の文書を提示し、「女性たちを満州で誘拐した悪徳ブローカーたちを、日本警察が処罰した」という1939年8月の韓国のある新聞記事をその証拠としてあげた。 しかし、このブローカーたちは売春街に女性を連れていったのであり、日本軍慰安婦とは何の関連もない。 日本の議員たちは、インドネシアに駐屯していた日本軍がオランダ女性を慰安婦として連行して いったという事実は認めた。裁判記録をはじめとする証拠資料がオランダ文書保管所にあるためだが、欧米国の人なので、ヨーロッパ国家の世論悪化を憂慮して自白したのだ。 そのような彼らが、慰安婦強制動員の最大の被害者である韓国・中国・インドネシア・フィリピンなどのアジア諸国の名前は皆外してしまった。 そして、「これら日本軍が重罰を受けた」とし、軍の方針と違って、処罰されたように強調した。 しかし、彼らを法廷に立たしたのは、日本軍でなく、連合軍であったという点はこっそり省いている。 インドネシアで日本軍が道を歩いていた現地女性をやみくもに捕らえた事実にも、全く言及していない。 日本は、総理・外相など不道徳な政府の上、不道徳な国会議員に続いて、知識人までが、犯罪の歴史を埋葬しようとやっきだが、そうすればするほど地に埋もれるのは、日本国民の名誉だという事実を知るべきだ。 ************************ [国民日報 2007-06-15] <社説> 日本の議員らの「慰安婦広告」を傍観できない 日本の国会議員45名人が、教授、政治評論家、言論人などと共同で、14日米国のワシントン・ポスト の全面広告を通して、「慰安婦動員に日本の政府や軍隊の強圧はなかった」と主張した。 彼らは、「事実(THE FACTS)」という題名の広告で、「日本軍が女性たちを性奴隷にしたという米下院決議案は故意的な事実歪曲だ」と強弁している。 米下院外交委員会に慰安婦決議案(HR121)を発議したマイク・ホンダ議員室のダニエル・コンススポークスマンが広告の直後に明らかにしたように、こういう主張は日本の右翼たちが、「数十年にわたって繰り返してきた嘘」であり、論評する価値もないものだ。 しかし、注目すべきことは、決議案通過阻止のために日本の右翼勢力が展開してきた水面下のロビーイングが、水面に浮上したという点だ。 今回の広告を見ると、日本が米国人の歓心を買うために、相当な部分で牽強付会を企てたり、読者を幻惑していることが分かる。 「慰安婦たちは許可を受けて売春行為をし、彼らの大多数の収入は日本軍将校より、さらに将軍よりも多かった」とか、「日本政府が根拠がない中傷と名誉毀損に対して謝ることは、大衆に誤った印象を与えて、米・日親善関係にも悪影響を及ぼす」などと、米国の読者接近する方法が非常に巧妙だ。 慰安婦動員に日本の政府と軍が介入したという証拠は数えきれない程多く、各国お慰安婦被害者の恨(ハン)のこもった証言は、作りあげられない真実ということに、多くの世界の人たちが共感している。 それでも証拠がないと言って、日本政府が1年8ヶ月間の調査を経て、1993年河野洋平官房長官名前で発表した談話の趣旨まで覆そうとする日本の議員たちの卑劣な態度を、そのまま放置してはならない。 韓国の国会と人権団体は、米議会と各国人権団体を相手に、人類の歴史上最も低劣な日本軍の慰安婦強制動員に関する世論を拡散させるために、体系的な努力を展開しなければならない。
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「ニューズウィーク」に安倍首相は「慰安婦」強制性認めた?
安倍晋三首相は米ブッシュ大統領と面会し、旧日本軍のいわゆる「従軍慰安婦」について改めて謝罪した。日本政府に謝罪を求める決議案が米下院に提案されたことに、安倍首相が「強制性はなかった」などと発言し、米メディアの報道が過熱していた。今回、安倍首相が謝罪して、米メディアの批判的報道は沈静化したかにも見える。 しかし、米メディアに安倍首相がインタビューで「慰安婦の強制性に責任がある」と発言したかのような英訳記事が掲載され、「従軍慰安婦=旧日本軍の強制」、つまり女性を「強制連行」して売春を強要した、と解釈されるのではないかと心配される状況だ。 「強制された」という言葉、日本メディアは報道せず、安倍首相は2007年4月27日、ブッシュ大統領とワシントン近郊のキャンプデービッドで会談し、「人間として首相として心から同情する。 慰安婦の方々がそういう状況になったことに対して申し訳ない思いだ」と従軍慰安婦について謝罪を表明。大統領もこれを受け入れる、とした。しかし、この安倍首相の謝罪をめぐっては、「誤訳」とも思える「謝罪」が海外メディアによって報道されている。
4月27日のBBC(インターナショナル)は安倍首相の発言について、
「極めて痛ましい状況に慰安婦の方々が強制的に置かれたことについて大変申し訳なく思う(I feel deeply sorry that they were forced to be placed in such extremely painful situations.)」と英訳して報じている。この「強制された(forced)」という言葉は、日本メディアは総じて報道しておらず、安倍首相の発言を英訳する際の「誤訳」の可能性も十分にある。しかし、この「強制」という言葉がこのように報じられるのは、海外メディアでは今回に限ったことではないようだ。
今回の訪米に先立って安倍首相のインタビュー記事を掲載した米週刊誌『ニューズウィーク』4月30日号は、安倍首相の発言を次のように紹介している。
「私たちは、戦時下の環境において、従軍慰安婦として苦難や苦痛を受けることを強制された方々に責任を感じている(We feel responsible for having forced these women to go through that hardship and pain as comfort women under the circumstances at the time.)」「いったん罪を認めたら、終わりである」
安倍首相は当初、「狭義の意味では強制ではなかった」として、旧日本軍が組織的かつ強制的に従軍慰安婦を連行したとの見方を否定していたが、この英訳を見る限り「狭義の意味での強制」さえも認め、1993年に日本政府が出した「河野談話」以上の謝罪を行ったと解釈されてしまう危険がある。
「これは痴漢の疑いで逮捕された容疑者が、『正直に認めないと家に帰れないぞ』と脅されて『自白』したようなものだ。いったん罪を認めたら、終わりである。植草一秀被告のように、後になっていくら『やってない』と主張して、大がかりな弁護団を組んでも無駄だ。世界史にも『日本軍が20万人の女性に性奴隷を強要した』という、とんでもない『史実』が残ることになるだろう」
NHKディレクター出身で現在、上武大学大学院教授を務める池田信夫さんは『ニューズウィーク』の記事に「強制」という言葉が入っていることを先んじて自身のブログで指摘。「これで日本政府は『有罪』を自白したことになる」とした上で、
J-CASTニュース / 提供元一覧
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九条の改悪が論議される今こそ、60年安保の原点を
韓国の民主化運動を時折、とりあげてますが。半世紀前、日本でも若者がこの国を思い命を賭けて闘った歴史がありました。決して「60年安保は昔の話」ではありません。 今、有事立法が成立し、日本丸は何処へ?「何でもあり。長年に渡る憲法の拡大解釈、そして「何処からでも、いつでもかかって来い。」と言わんばかりの政権トップの姿勢すら伺えます。 そして、他国と戦争が出来る「普通の国」にしようという勇ましい流れに対して、庶民はまったく抵抗力を失い、無関心を装い催眠術にかけられた羊の群れのように従順についていく様にしか見えません。 改憲に対しても、世論調査では賛成が反対を上回っている状態では、もはや憲法9条は危機的状況です。 60年安保で亡くなった東大生、樺 美智子さんの死と遺志を書きとめようと思います。 私が樺 美智子(かんばら)さんに対して、60年安保以外で関心を持ったのは樺さんと、関東大震災で麹町憲兵分隊連行され虐殺された社会主義者の大杉 栄(1885〜1923)が、時代を超えて奇しくも「エスペラント語」で繋がっていたと言う共通点でした。 ============================================================================== 1960年6月15日,安保条約反対を叫ぶ全学連主流派が国会に突人,警官隊と激しく衝突し,東京大学文学部国史学科の学生樺(かんば)美智子さん(22)が警宮隊との衝突のなかで虐殺されました。 この日の午前中,総評・中立系労組111組合580万入が参加した第2波実力行使が行われたが,大きな混乱はおこらなかった。 事態は,タ方になって急展開した。午後5時20分ごろであった。参議院第2通用門付近にいた全学連反主流派と労組,新劇人などのデモ隊に対して,右翼の児玉誉士夫率いる維新行動隊が突人したのである。右翼の行動隊は女性参加者の多いデモ隊をねらって襲いかかった。信じられないことであるが,警官隊は右翼の行動を放任した。右翼は警官隊の目の前で,女性たちに暴行の限りを尽くした。 一方,この日約8,000人を動員して国会へのデモを行っていた全学連主流派は,右翼による暴行事件発生の知らせを国会南通用門付近で聞き激怒,5時50分,国会への突入を開始・・・・・・。''' 歴史の証人として当時の写真が残っています。1960年6月15日の、樺美智子さんが写った2枚の写真が載っています。 「エコノミスト別冊 安保にゆれた日本の記録」 国会デモへと向かう樺さんの最後の姿が写っています。 この写真の時刻は、午後3時。記事によると、樺さんは黄色いカーディガンに濃紺のズボンで、左手に何かを握り締め、右手で男子学生とスクラムを組んでいる姿。 樺さんはそれから4時間後に自分に降りかかる恐ろしい出来事を、まだ知るよしもありません。 もう1つは、「ゆるせない日からの記録」で、午後7時すぎに起きた警官隊とデモ隊の激突の直後、血まみれの学生たちがつぎつぎと国会構内に敷かれた毛布の上に運び出されてくる凄惨な写真。 この写真では、仰向けの形で両手を引きずられている女子学生の姿が、ひときわ凄まじい印象を受けます。 樺さんは、写真手前に横たわる2人の学生の向こう側で、女子学生に左手を抱えられている写真。この時、樺さんはすでに息絶えていたとされています。
樺美智子さんの墓誌に書かれた生前の詩です。
《最後に》 誰かが私を笑っている 向うでも こっちでも 私をあざ笑っている でもかまわないさ 私は自分の道を行く 笑っている連中もやはり 各々の道を行くだろう よく云うじゃないか 「最後に笑うものが最もよく笑うものだ」と でも私は いつまでも笑わないだろう いつまでも笑えないだろう それでいいのだ ただ許されるものなら 最後に 人知れずほほえみたいものだ 1956年作 茅東大学長声明。 この事件で警官の行き過ぎは明らかであり、学生を預かる者として抗議する。学生の行動は切迫した危機感に よるもので、この行動をとらせたのは新安保強行採決で議会主義を危機に追い込み、国会と国民を遊離させた にもかかわらず、政治責任者が国会の機能を回復させる適切な手段を何もとらなかったことにある。 例えば解 散などが行われておれば学生は平穏な方法で意思を表明する機会を与えられ、15日のような行動はしなかっ ただろう。ところが何の措置もとられず、その上アイク(アイゼンハワー大統領)を招こうとしたため、学生に民主主義回復の努力が無 力だという絶望感を与えもので学生だけを責めることはできない。 このような事態では大学は学生教育の任務 を果たすことができないばかりでなく、説得などで学生に平穏な行動を求めても効果ない。この趣旨に基づいて政治責任者が民主主義的責任政治を回復すること以外に解決はなく、その努力をすることを強く要望する。 60年安保闘争にかかわった学生の間で広く口ずさまれた歌『あかしやの雨がやむとき』 作詞:水木かおる 作曲:藤原秀行 唄:西田佐知子 1 アカシアの雨に うたれて このまま死んで しまいたい 夜が明ける 日がのぼる 朝の光の その中で 冷たくなった わたしを見つけて あの人は 涙を流して くれるでしょうか 2 アカシアの雨に 泣いてる 切ない胸は わかるまい 思い出の ペンダント 白い真珠の この肌で 淋しく今日も あたためてるのに あの人は 冷たい瞳(め)をして 何処(どこ)かへ消えた
3 アカシアの雨が 止む時
青空さして 鳩がとぶむらさきの 羽の色 それはベンチの 片隅で 冷たくなった わたしのぬけがら あの人を さがして遙かに 飛び立つ影よ 韓国や日本でも国家権力が守るべき自国民を法遵守の名の元に”武力で鎮圧”すると言う現実は昨今の沖縄や韓国を見れば「これが民主国家?と目を疑いたくなります。【いつか来た道】忌まわしい歴史を繰り返さないためにも国家権力が自国民に刃を向けない事を願うだけです。 |



