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【平和憲法を守るのは在日の使命=故 金敬得弁護士の遺言】 在日を見れば日本の今が見える!

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【韓国政府も傍観した責任」 米議会で慰安婦映画上映したキム・デシル監督】
中央日報

在米同胞女性映画監督キム・デシル氏(62)が製作した従軍慰安婦記録映画「沈黙の声(Silence Broken)」が21日、韓米日関係者100人余が参加した中、米議会下院ビルで上映された。
この映画は、第2次世界大戦当時に日本軍の従軍慰安婦として連行された故キム・ハンスンさんなど被害者らと日本軍の募兵官の証言が含まれている。 映画は2000年に公営放送PBSを通じて放映され、ジョージタウンなど米国の数カ所の大学では紹介されたが、議会で上映されたのは初めて。
90分を20分分量にしたこの映画で、キム・ハンスンさんが「(当時)一日の間にも何度も死のうと考えたが、日本の蛮行を必ず後世の歴史として残すという精神で生きてきた」と話すと、観客の中には目に涙を浮かべる人もいた。
映画の上映は、13日の下院国際関係委員会で従軍慰安婦決議案759号の採択を主導したレイン・エバンズ議員(民主)が、全体会議通過を目的に同僚議員らの協調を求めるために用意した。

キム監督はあいさつの言葉で「従軍慰安婦徴発は道徳的な罪だっただけでなく、日本政府によって合法的に行なわれた犯罪だっただけに、日本政府が文書を通じて謝罪しなければならない」と主張した。 キム氏はまた「その間、慰安婦問題を傍観してきた韓国政府に最も大きな責任がある」とも述べた。

エバンズ議員はパーキンソン病で体が不自由であるにもかかわらず、映画上映と討論会が進行された1時間半の間、席に座り続けた。 エバンズ議員は「20万人の幼い韓国女性が日本軍に連行されて性の奴隷となり、拷問を受けるなど、言葉では言い表せないほどの苦痛を受けたが、日本は公式謝罪をしていない」と非難した。

日系のマイク・ホンダ下院議員(民主)は「日本軍は誰もが怒りを抱くような蛮行をした」とし「下院は決議案を通過させ、日本政府に強力なメッセージを伝える義務がある」と述べた。

徐玉子(ソ・オクジャ)ワシントン挺身隊問題対策委員会会長は参加者らに対し、「決議案が11月7日の中間選挙以前に通過するよう議員らに手紙を送り、電話もかけてほしい」と注文した。

ワシントン=李相逸(イ・サンイル)特派員 <leesi@joongang.co.kr>

沖縄県民として、この記事を最初に目にしたときは非常なショックを受けました。

産経新聞社の取材に対して、戦後の琉球政府で軍人・軍属や遺族の援護業務に携わった
照屋昇雄さんという方が、沖縄戦の際、渡嘉敷島で起きた住民の集団自決について、
実際は軍による命令はなく、

「遺族たちに戦傷病者戦没者遺族等援護法を適用するため、軍による命令ということにし、
自分たちで書類を作った。当時、軍命令とする住民は1人もいなかった」

と証言されたのです。
終戦直後の困窮を極めた島民生活を救うためだったとはいえ、事実であれば非常に残念な思いがします。
この証言の内容の真偽については、残念ながら私には確認する手段はありませんが、
そうである以上、照屋氏の証言を事実として重く受け止めようと考えています。

ところで、この証言についての記事をあちこちのブログで見かけました。
そこで気になるのは、この証言が出たことで、どういうわけか旧日本軍の蛮行がすべて「虚偽」
であるかのような論調の記事が多く見受けられることです。

「おいおい、それは違うでしょ!」と、突っ込みの一つも入れたくなるのですが。。

たとえ、この証言が事実であり、正式な「軍命令」がなかったとしても、
味方の軍隊が駐屯する地域で、非戦闘員(住民)の集団自決という悲劇が起こった
ということは確かなのです。
本来守られるべきはずの住民が死を選ばざるをえない状況に追い込まれ、
守る立場であるべき「無敵皇軍の神兵」たちが生き残る。
こんな無責任な話があるでしょうか。

軍命令の有無にかかわらず、その点は厳しく糾弾されてしかるべきではないでしょうか。

住民はなぜ自決しなければならなかったのですか?
家族を殺して自分も死ぬ。このような異常な状況に追いこまれたのはなぜですか?
軍はなぜ、住民を守らず自決するがままにまかせたのですか?

ノー天気に「やっぱ、無敵皇軍の神兵がそんなデタラメな命令を出すわけないよね!」
なんて喜んでいる場合ではないと思うのですが。。
しかも、この件に直接関係ないアジア各国での蛮行についても、「眉唾ものだ」と都合よく解釈する神経って
いったいどこがどうなっているのでしょうね?
(つか、なぜか「やっぱりアジアの解放のための戦争だったんだね!」ということになってるし。。)

産経新聞の取材記事には、「村歴史民俗資料館には、赤松元大尉が陸軍士官学校卒業時に受け取った
恩賜の銀時計も飾られている。」という記述もあります。
「恩賜」というのは、士官学校等を特に優秀な成績で卒業した人物に天皇陛下から
特別に下賜される品のことを意味します。

それをもって、「優秀な人物」だったという内容の記事やコメントもちらほらと見かけます。
「はぁ?」と思っちゃいますね。
決して、その当事者の大尉個人に対してではなく。。
ようするに、恩賜組のエリートたちが指導したあの戦争の無様な結果。
現場をしらず、敵味方の状況も把握せず、マヌケな作戦を次々と立案して多数の将兵を死地に追いやった
どうしようもない「秀才」たち。
兵力の逐次投入。情報の軽視。補給の軽視。人命の軽視。
そんな人たちが優秀なのですかね?
(まぁ、国語や算数は良くできたのかも知れませんが。。)

毎年6月23日には、沖縄平和祈念公園で慰霊祭が行われます。
この証言でハシャいでいる方々は是非、沖縄の人間にもあなた方の「喜び」を伝えてあげてください。

やぁ!沖縄の皆さん、お元気ですか?
先の聖戦では酷い目に遭いましたね!
集団自決をされた方、お悔やみ申し上げます。
軍命令ではなく、自らの信念で敵の捕虜となることを潔しとせず、
祖国に殉ずるという選択を行ったことについて、ニッポン人として誇らしく思います。

それにしても、皆さん、無敵皇軍に守ってもらってよかったですね!
もし、皇軍が命がけであなた方を守らなかったら、犠牲者は10万人ぽっちではすまなかったはずですよ!
鬼畜な米兵どもに女は全員強姦され、男はまとめて皆殺しにされたはずです!
皆さん、ほんとラッキーでしたね!
オマケに、国家から生活保障やら振興策やらを引き出せて、羨ましい限りですよ。
ゆめゆめ、皆様を命がけで守った皇軍将兵や帝国政府に恨み言を言ってはいけませんよ。
罰当たりにもほどがありますからね。

それから、皇軍にあらぬスパイ容疑で虐殺されたとか、皇軍兵士が防空壕から住民を追い出したとか、
あらぬ妄言虚言も飛び交っているようですが、照屋氏の証言が出てきたことでも明らかなように、
すべて、皇軍をおとしいれるための悪意に満ちた風説だということが理解できたと思います。
そのような「非国民」の「サヨク的」「ジギャク的」な思想に感化されることなく、
一等国であるニッポン人としての誇りを胸に、皆様を守るために亡くなられた英霊に恥じぬよう
生きて行きましょう!
大日本帝国、万歳!

思想的な右翼ではなく、まぁ、いわゆるアレな方の口からよく耳にする言葉ですね。

戦後の一般的な呼称である「太平洋戦争」を用いずに、なぜ「大東亜戦争」という呼称に固執するのか。
おそらく、「大東亜共栄圏」設立のための「聖戦」であり、侵略戦争ではなく自衛戦争だ!
ということを強調したいがため、その呼称を用いているのでしょうか。
(ちなみに、戦中は「大東亜戦争」が正式呼称だったみたいです。)

いわゆる、アレな方々はよく口にします。

曰く、「日本はアジア諸国の解放のために、大東亜戦争を戦った。」
曰く、「大東亜戦争に侵略性はなく、まったくの自衛戦争だ!」

どこをどう考えれば、そんなたわ言がほざけるのでしょうか?
つか、彼らは一体なにを「擁護」したいのでしょうか?

あの、くそまぬけな戦争(太平洋戦争)は、「どのように戦争を導き、どのようにして終わらせるのか?」
という「戦争計画(戦略)」すら持たずに国家の命運をかけた「戦争」という行為をおっぱじめたという、
史上例をみない、お間抜け戦争でした。

そもそも、大きな原因の一つとなった日中戦争(支那事変)にしても、なにがしかの戦略的意図をもった
戦争ではなく、ただ、「戦争してたくさん武勲をあげたいなぁ」くらいの気持ちで軍部が独走した結果、
最終的に国家を破滅させる戦争にまで発展したという、本当に情けない戦争だったのです。
(そのときに軍部が用いた常套文句が「ここで戦いをやめたら、戦死した『英霊』に申し訳がたたない」
という小泉さんや安部さんが聞いたら涙を流して同調しそうなせりふでした。)

「統帥権の干犯」やら「日本の生命線」やらのくだらない屁理屈をこね回し、
中央政府の意向まで無視して暴走する姿は、現在の、いわゆるアレな方々の思考とダブって見えて、
「あぁ、なるほど」と妙に納得させられる部分もありますが。。

中国に対して、自国の国力を消耗させるという以外に何の意味も持たない戦争をふっかけたことは、
アメリカとの関係に決定的な悪影響を及ぼしました。
日本による中国市場の独占を阻止するためさまざまな圧力(経済制裁)をかけ、
ついには石油の全面禁輸という手段に踏み切らせるに至ったのです。

石油が入ってこなければ、近代国家はおしまいです。
追い詰められた日本はついに、アメリカとの戦争を覚悟し、国力比で11:1といわれたアメリカに対して
「戦略なき戦争」を仕掛けることになりました。
(単純に考えれば、11人の相手にやみくもにケンカを吹っかけるようなもんですかね。
素人でも「おいおい!」とツッコミたくなるようなお間抜けぶりです)

アメリカにとっては、まさにラッキー!「おいおい、マジ?『どっきり』か何かじゃないの?」
と思うくらい外交戦略がうまくハマったというところでしょうか。

まず、ナチスドイツの嵐が吹き荒れるヨーロッパ戦線に介入する口実ができました。
絶対に負けることはない小国日本をたたきのめし、中国をはじめアジアに対する影響力を拡大する
きっかけが転がり込んできました。
つまり、「思うツボ」にまんまとハマってしまったのです。

おまけに、伝統的にクソの役にも立たない人間の巣窟である外務省の致命的なミス
(やつらはなんと、「宣戦布告文書」を相手に渡すのが遅れた、という信じられないミスを
犯してしまったのです。)により、真珠湾奇襲は宣戦布告前の攻撃となってしまい、アメリカ人に
「ジャップの卑怯な攻撃」というイメージを植え付け、「リメンバー・パールハーバー」として
日本人に対する憎悪と戦意高揚に「貢献」する!といった、犯罪的な無能ぶりを発揮するという
オマケまでつきました。
おかげで、いまだに日本人は「卑怯者」のレッテルを完全に払拭することができません。

さて、そのクソマヌケ戦争・・じゃなくて「大東亜戦争」は「国家戦略なき戦争」と記述しましたが、
さすがに概要レベルではいくつかの案がありました。

短期決戦案:開戦劈頭にアメリカの軍事力に大打撃を与え、ハワイから西海岸に進撃、アメリカ国民の戦意を喪失させ早期講和を目指す。

長期持久戦案:南方資源地帯(インドネシアあたり)を占領し長期持久体勢を築く。

などの案です。
いずれにしても、資源(特に石油)なしでは戦争は遂行できません。
南方資源地帯の奪取は第一段作戦の作戦目標として実施され、日本は次々とそれらの地域を占領していきました。
つまり、東亜(東アジア)への進出は、石油をはじめとする戦略物資が欲しかった日本の勝手な都合だったわけです。

ちなみに、太平洋戦争の開戦前に日本がアメリカ、イギリス、オランダに対して、
「アジアの植民地を解放すべきだ!でなきゃ日本はそれらの国々と手を携えて戦うぞ!」
みたいな姿勢をしめしたという話は聞いたこともありません。
「大東亜戦争」という言葉がいかにインチキくさいか。

すみません、話が長くなってしまいました。。

つまり、いわゆるアレな方々は本当に何を「誰を」擁護したいのでしょう?
中長期的な戦略的思考もなく、やみくもに戦線を拡大しついに国家の破滅に導いた大陸派遣軍(関東軍)?
暴走する軍部をとめられず、国家が破滅の道に突き進むのを手をこまねいてみていた政治家?
アジア各国で蛮行を重ね、沖縄や満州では自国民まで見捨てた「無敵皇軍」の将兵?
世界一の戦闘機ゼロ戦?無敵の戦艦大和?怪獣をやっつけるウルトラマン?

いわゆるアレな方々はこうも言いますね。
東京裁判における「A級戦犯」はデッチアゲだ。神の国、美しい国日本にA級戦犯なんていない!
これについては、まったく同意します。
東京裁判はただの茶番です。
マヌケな作戦指導で、無意味に死地に追いやられた一般の兵士や、沖縄や満州で見捨てられた方々、
その他国内の罹災者、そして、アジア各地の占領地で日本兵により様々な被害にあわれた方々。。
かれらに裁く権利を与えたら、裁かれるべき人間の数はいかほどになることか。。

でも、現実はそれらの罪人どもは何の罪にも問われず、なんの責任も取らず、
戦後も何食わぬ顔で権力の座に居座り続けています。そして彼らの子孫も。。(ねっ!安部さん!)

実は私は思想的には若干「右」かな?と思っています。
(それについては、おいおい書くこともあるかと思いますが。。)
でも、あの15年戦争および、それにいたるまでの数々の事件や政府の対応について、
まったく共感できる部分がありません。

いわゆるアレな人たちがよく主張する「当時の国際情勢」うんぬんについても、
言い訳にもならないと思っています。
もう少し政治家が有能だったら、中国・韓国をはじめとするアジアの国々からこれほど恨まれることもなく、
対中国問題をもっと賢く対処していればアメリカとの戦争も回避できたかもしれない。
満州・中国に対する米英の権益を保障すれば、それだけで「当初の目的(戦略)」である
対ロシア(ソ連)の満州方面への進出の抑止力になったはずだし、
国共内戦の仲介役としてうまく立ち回れば、無意味な戦争で国力と人名を濫費することも
避けられたかもしれません。

つまり、「当時の国際情勢」うんぬんを勘案したとしても、日本がもっとうまく立ち回る余地は
十分にあったと思うのです。
それを、「神の国」だの「一等国」だの「無敵皇軍」だのとのぼせ上がった政治家、役人、軍部、
そして一部のいわゆるアレな国民がこの国の鼻面を引き回し、
日本全土を焦土とさせることになる、「大東亜戦争」への道へと引きずり込んだのです。
まぁ、「神の国」だの「英霊」だのを持ち出されて、治安維持法等により、がんじがらめに
言論を統制された当時の日本にあって、アホな政府や軍部には文句の言いようも無かったのでしょうね。
少しでも反戦的あるいは反政府(反軍部)的は発言をしようものなら「非国民」だの「アカ」だのレッテルを貼られ、特別高等警察にしょっぴかれ拷問を受け。。
これじゃあ、マヌケな戦争にも反対のしようがありませんね。

だからこそ、現在の政府も「共謀罪」やら「盗聴法」やらの成立に躍起になるのでしょうね。
これほど「美しい国」を創るのに便利な道具はないですから。。

そうか、わかった!
いわゆるアレな方々というのは、今の世の中ではクソの役にも立たず、いつも他人の後塵を拝む、
つか、それすらできない人間なので、「治安維持法」でも復活しようものなら、こぞって「密告屋」に
変身して自分達が「虐げられてた」ことへの復習を果たしたいんだ!!

わーっ、こわい!
ボクも密告されるかも!
いわゆるアレな方々!お願いだから、ウチに放火したりボクを刺したりしないでね!

転載元転載元: 沖縄出張所

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少し凹んでます。。

他のブログでお付き合いさせていただいている方の記事で
私的にかなりショックな内容のFLASH動画を見ました。。

その件については、別のブログで私の意見を掲載し、
その方々の理解を得ることができました。
(ありがたいことに、今も仲良くお付き合いさせていただいています。)

でも、このYahooブログでも、あちこちでそのFLASH動画を見かけるので、
内容はかぶりますが、ここでも私の認識というか意見を書かせていただきます。。

その内容というのは、あの名曲『島唄』の歌詞の意味を
沖縄戦になぞらえたものでした。

概要を説明すると。。

日本はアジアの国の独立のために戦争を始めた。
そしてアジアの国々を独立させた。
でも、極悪非道の米軍の攻撃の前にたたきのめされ、
アジアの国々から撤退。
そしてついに、米軍は沖縄にやってきた。
沖縄では、軍民協力して米軍と戦ったが、劣勢は如何ともしがたく、
「世界一強い」戦艦大和の出撃、および神風特別攻撃隊の奮闘も及ばず、
軍人、民間人ともに多大な犠牲をはらったあげく、敗れ去った。
劣勢にもかかわらず、勇敢に戦った英霊たちは靖国神社に祀られています。

と、そんな感じの内容です。
なにがおかしいのか解らない人、やっぱり多いのでしょうか。。

内容が、あまりにもあの戦争を美化しすぎているということ。
沖縄戦も軍隊と住民が共に団結して戦ったかのように表現されていること。
些細なことでは、「戦艦大和」が世界一強いと書いていること。
神風特別攻撃隊の現実。。
そしてそれを、名曲『島唄』の歌詞になぞらえて表現していること。

かなり、めまいがしてくる内容だと思うのですが。
どうでしょうか?(私だけなのかな。。)

もし、本当にあの唄がそういう意味で作られたのだとしたら。。。
何か大事なものに裏切られた。そう思えるくらいショックです。。

まずひとつは、太平洋戦争の開戦理由。

日本は、昭和16年12月8日に開戦した太平洋戦争のまえに、
すでに、中国で戦争を始めていました。(日中戦争)

そもそもは、帝政ロシア(後のソ連)に対する防衛意識から
中国北東部(いわゆる満州)を「国防の生命線」と位置づけ、
軍隊の進駐、そして満州事変(ま、戦争です。)を仕掛け
「満州国」なる傀儡国家を建国しました。

その後、何の意味があるのか良くわからない軍部の暴走により、
日華事変(日中戦争)が勃発します。

当初の目的であった、対ロシア(ソ連)戦用の戦略物資を消費しつつ。。

もちろん、太平洋および中国の市場を狙っている欧米各国(特にアメリカ)は
面白くありません。
当時の国際連盟(現在の国連とは違います)を通して、
日本に中国市場の開放および、中国全土からの撤兵の要求等、
さまざまな圧力をかけてきました。

しかし、軍の影響力が強かった当時の日本では、
外交で問題を解決する能力がなく、だんだん国際社会から孤立し、
「今の北朝鮮」みたいな立場に立たされたのです。
(その象徴が、国際連盟からの脱退。)

結果、アメリカを始めとする各国から経済制裁(ABCD包囲網)を受け、
ついには石油の禁輸措置をとられたため、
やむを得ず、アメリカとの開戦を決意、ハワイ真珠湾を攻撃したのです。
(勝算どころか、どうやって戦争の決着をつけるのかという戦略もないまま)

開戦の直前まで、日本陸軍は中国での戦いに精一杯で、
「アジアの国々」どころではありませんでした。
また海軍でも、南方資源地帯(いわゆるアジアの国々)を占領し、
長期持久戦を戦うという考えと、太平洋を進撃しハワイを占領、
そしてアメリカの戦意を挫いて、早期講和を図る短期決戦の考えがまとまらず、
最終的に国力の限界を超えた、同時作戦が進められることになりました。

つまり、「アジアの国々」に進出したのは、
石油をはじめとする資源が欲しかった
日本の勝手な都合だったわけです。

もちろん、それらの国の中には「同じアジア人」として、
日本の進出を歓迎する人々もいましたが。。
(本当に「解放」してくれるものと信じて。)
でも、決して、「アジアの国々のために戦う」ための戦争ではありませんでした。

そして、沖縄戦について。。

沖縄では、米軍が来襲するまえから、飛行場や陣地の建築、
そのたの作業で民間人が徴用されていました。
土地は接収され、成人男性は「郷土防衛隊」として、少年は「鉄血勤皇隊」、
少女は「ひめゆり隊」「白梅隊」等の看護隊として、強制的に召集されました。
それらの人の中には、当時の皇民化教育の影響で、より「日本人らしく」
生きなければならないと、純粋な思いで参加した方も多かったと聞きます。
そして、彼ら彼女らは激しい戦闘に巻き込まれ、
多くの犠牲者を出すことになりました。

さらに悲劇的だったのは、そのほかの一般住民です。
適切な指導もなく、ただ軍隊を信じて共に逃げ惑い、
挙句、「方言」をしゃべると、「わけのわからない言葉をしゃべった」
ということでスパイ容疑で処刑され。。
防空壕に隠れていると、「ここはこれからわが部隊が使用する」と、
激しい砲爆撃の中を強制的に追い出され、その壕の半径200m以内は、
遺体だらけになったという話とか。。
沖縄の戦争体験者の話では、「米軍よりも友軍(日本軍)が怖かった」
という話も多く聞きます。
日本軍とともに立てこもった壕内で、赤ん坊が泣き止まず、
「うるさい、敵に見つかる、これ以上泣かすと殺すぞ」と脅され、
赤ん坊お口を布でふさいだという話もよく聞きます。
食べ物もミルクもない状況で、腕の中で衰弱死した赤ん坊について、
泣きながら語るご婦人の話。
戦闘に巻き込まれ亡くなった母親の背中で泣いている赤ん坊の話。
目の前で撃たれた兄弟を助けられず、悔し涙を流すおじいさんの話。

そもそも、軍隊というのは自国を、つまり自国民を守るのが最優先の
任務であるはずです。
であれば、米軍上陸前に住民を北部方面に疎開させるとか、
戦闘に巻き込まれないよう、きちんと指導するとか、
そういうことをまずやるべきで、住民まで巻き込んで戦うというのは
あまりにも無責任ではないでしょうか。
(レジスタンスやパルチザンなどの例はまた別ですが。。)
まして、壕から追い出したり食料を奪ったりなど、もってのほかです。

また、沖縄戦の前にフィリピンが陥落していますが、
その時点で、南方資源地帯からの資源の輸入が完全に停止し、
日本には一切、資源が入らない状態になっていました。

つまり、沖縄戦の以前に太平洋戦争の勝敗は決定していたのです。
(資源がないと、戦争なんてできない。素人の私でもわかる。)

沖縄戦自体、軍隊と政府のくだらないメンツのために
なんの目的もなく実施された、「無意味な戦闘(つか、虐殺)」
だったのです。

よく言われるように、戦争は人を狂気に駆り立てます。
沖縄で戦った軍人たちも、絶望的な状況の中「国」のため
必死で戦ったことでしょう。
そして、「国」のため忠実に戦い、戦死された方々を
なんらかの方法で祀るのは当然過ぎるとこだと思います。

ただ、これまで書いてきたいろいろな事情があります。
中国や韓国、そしてアジアの国々に限らず、国内にも「靖国神社」問題に
敏感に反応する人々がいるのは、決して理由のないことではなく、
日本政府が「歴史」では教えようとしない、様々な事情があるからなのです。
(中国・韓国については、半分以上外交の道具として利用していますが。。)

どこに過ちがあり、何が悲劇で悲惨だったのか、
時々じっくりと考えてみるのもいいのではないでしょうか。

すみません。長々とエラそうなことを書いてしました。。
若干感情的になった部分もあり、読んでいて不愉快な思いをされた箇所もあるかも知れません。
申し訳ありません。。

転載元転載元: 沖縄出張所

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9.11犠牲者を追悼

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/51/47/tocka_jikkoi/folder/1078840/img_1078840_41489025_2?20060912011014

◇「心に平和の灯を」

01年の米同時多発テロから丸5年となる11日、市民団体「ストーンウォークコリア準備会」が、午後7時から中央区天神2の警固公園で「ピース・キャンドル・ナイト」を開く。9・11の犠牲者を追悼し、戦争やテロによる犠牲者を二度と出さない世界の実現を願う。

同会は、戦争やテロの犠牲者追悼のため「戦争で犠牲になった無名の市民」と英文で刻まれた1トンの石を歩いて運ぶ「ストーンウオーク」を韓国で実施しようと活動している。昨年、長崎から広島まで運んだメンバーが中心で、今回の催しは昨年のウオークに参加した9・11犠牲者遺族の思いを忘れずに共有し、平和への願いを込めようと企画した。

当日は「ディオラ〜平和への歩み」を全員で歌った後、世界最古の木管楽器ディジュリドゥ奏者の演奏やゴスペルなどがある。同会は「花や折り鶴など平和をイメージするものを1点ずつ持参して。実際にキャンドルはともせないが、心に平和のキャンドルをともしましょう」と呼びかけている。(毎日新聞9.9)
【全文】http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060909-00000179-mailo-l40
【ビデオ塾】http://www.jca.apc.org/~h_takasu/index.html?_startPage=6

9.11テロ5周年を迎えようとしている。日本の運動圏では追悼イベントが少ないというか、最初から米国の犠牲者への同情すら薄い気がする。当時私は、米国によるアフガン空爆に反対しても、テロを弾劾しないデモへの参加を拒否した。

「テロはいけない。しかし〜」と語ることで、テロリストを免罪していないか。さらに「テロという言葉を安易に使うな。抵抗権の行使という考え方もある」「米国による謀略の可能性もある」「アメリカ帝国主義による新植民地主義的支配の現実を見よ」とも言われる。確かに、その通りだ。

しかし、タリバン政権やフセイン独裁体制や「ホロコーストは無かった」という現イラン大統領を、どう評価するのか。さらに、北朝鮮による拉致に対する長年の無関心を、いかに反省し今後どう解決していくのか。実践的にも思想的にも、解決すべき課題は数多くある。

「9.11以後の世界」は語られても、9.11自体は正面から論じられることがない。

転載元転載元: ロシア・CIS・チェチェン

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