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【平和憲法を守るのは在日の使命=故 金敬得弁護士の遺言】 在日を見れば日本の今が見える!

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サポートリボン

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/f5/4d/talvitakki/folder/1470835/img_1470835_21588176_0?20061012090329

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次の記事を読み
サポートリボンをつくってみました。
写真とイラストをもとにして作ってみたものですが
まちがっていたらお知らせいただけますか?

写真1(上から) 完成
写真2     材料(青のリボン(2.3センチ*6センチ)
           赤のリボン(1.3センチ*6センチ)
           安全ピン (小さいサイズ)
写真3     青と赤のリボンを重ねる
写真4     重ねたものを すこしずらして半分にする

もし これでよろしかったら 今すぐに20個ほど作れるようになっています。
御希望の方にお送りいたします。talvitakki@yahoo.co.jpへご連絡ください。

☆☆☆
「子どもの人権・埼玉ネット、朝鮮学校生徒を守るリボンの会」による記事、「朝鮮学校生徒を守るサポートリボンにご協力ください !」からの抜粋、転載です。
http://www.jca.apc.org/jinken-net/suport.html(朝鮮学校生徒を守るサポートリボンにご協力ください !)
詳細は上記のURLおよび次のURLでご確認ください。


『日本は「子どもの権利条約」を批准していますが、日本政府および朝鮮学校が所在する自治体は、在日朝鮮の子どもたちが安心して学ぶ権利を確保すべき措置をとらねばならないにもかかわらず、何ら措置をとっておりません。
「あなた方の味方です。何か困ったっことがあったら助けを求めてください!」というメッセージのサポートリボンを考え、呼びかけを9月20日より始めました。
 
埼玉朝鮮学校、東京朝鮮学校の生徒・保護者・関係者には周知されています。黙っていることは、嫌がらせを容認することになります。どうか黙認せずに、ちょっと勇気を出してリボンを付け子どもたちを守ってください。子どもたちにはなじみの青と赤2色のリボンです。青は「平和」を、赤は「朝鮮民族の誇り、迫害で流した血の色」を表しているとうかがい使っております。青のテープと赤のテープを重ねて2つ折りにし、安全ピンで留めたものですので、ご自分で作られても結構です。

転載元転載元: つくしくらぶ

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               ↑     ↑ 
新聞記事の部分をクリックすれば拡大して字が大きくなります。

 私の家の近所に住んでる方で両親とは幼馴染の方です。今は、毎日が日曜日のような生活をされてます。本人は隠してるつもりでしょうが、こんな新聞記事を偶然見つけたので貼り付けてみました。

 氏の経歴や思想信条はこの場でふれるつもりはありません。いつも書いてるように、私はその人の「人なりき」を重要視します。
 氏の父親は10代の時にチェジュ(済州)島から日本へ来て、20代で一旦、朝鮮半島へ帰郷されました。そしてし、同じ時期に日本の紡績工場で働いていて帰郷した女性(母)と結婚しました。
 再び、二人は夫婦で日本に来て滋賀県で暮らすようになりました。

 後に石川県小松市へ転居しました。そこで、父親は動員徴用され、1941年に横須賀港からサイパンの戦場に連れて行かれます。
 ご承知の通り、サイパンでの日本軍は「玉粋」
します。父親は、身を潜めながら生き残った同僚と水場を求め彷徨っている所をアメリカ軍に捕らえられハワイの捕虜収容所で1年間を過ごす様になります。

 ほぼ同時期に、中国上海の大韓民国臨時政府内での内部分裂により、アメリカに渡った李承晩(戦後の初代韓国大統領)がアメリカ本土で作った朝鮮連盟(終戦後の日本の朝鮮連盟とは別組織)が、すでにアメリカで影響力を持ち、その影響力のお蔭で、日本人収容者と朝鮮人収容者とは別棟になりました。それにより、他の多くの朝鮮人収容者のように日本人からの迫害を受けることはありませんでした。

 父親は収容所生活を終えて復員し、1945年10月に石川県小松市の自宅に帰りますが家族の姿はありませんでした。家族を探し続けて、大阪にある現在の自宅で家族と再会することができました。
 軍事機密を理由として、ただ南洋に行ったとだけ聞かされたいた家族は4年間も音信がなかったために、父が戦死したものと諦めていたので、その驚きようは想像に絶するものがありました。
 しかし、サイパンでの戦闘で被弾していたうえに収容所生活でひどく衰弱していたため、わずか1年足らずしか家族と暮らすことができずに亡くなられました。

 1960年代半ばに、父親の遺骨を持って氏の兄家族ともに母親が、新潟港から北朝鮮に帰国して、ピョンヤン近郊の都市で暮らすようになりました。氏が北朝鮮を訪問した折、帰国後に北朝鮮で亡くなられた母親と一緒に兄が暮す町から見える山の頂上に両親が葬られた墓があると話されてました。

朝鮮半島の最南端、チェジュで生まれ、日本に出稼ぎ、徴用されてサイパンの戦場へ行き負傷して彷徨い、ハワイで捕虜生活をして、日本で復員後に戦傷が癒えずに亡くなり、遺骨のみ北朝鮮に帰国して眠る。
 氏の家族の一例を見ても朝鮮と日本の歴史の中で、一人の人間が風の花の様に時代に翻弄された姿を垣間見る事ができます。


 この新聞記事を見つけてから、私は以前から聞いてた話を思い出して書き綴ってみました。
 日本と朝鮮半島、在日朝鮮人の切っても切れない関係を再確認しました。 日本の都合で朝鮮人を使い捨てにし、日本の戦争責任を棚上げにして、日本人の被害だけを声高に叫んでいる「嫌韓」の人たちに何かを感じとっていただきたい。

 旧日本軍人、軍属、日本人なら恩給、傷痍軍人としてあらゆる補償を受けれるのに、同じく「日本人」、「日本軍人」として徴兵されたうえに戦傷あるいは戦死した朝鮮人や台湾人が、

http://blogs.yahoo.co.jp/fwapy7777/40099439.html

 日本国憲法の施行の前日である1947年5月2日に、天皇の名の下で政府が法律を制定できた最後の勅令によって、日本政府が在日朝鮮人及び台湾人を「外国人とみなす」措置により、在日朝鮮人及び台湾人を日本国籍をはく奪する悪法が制定されました。
 戦後、我々在日KOREA、台湾人に日本国民としての基本的人権を与えられず、「日本国籍をはく奪された外国人」となった経緯を知らず若しくは語らずして、ことある度に『「在日」がなぜ、帰化しないのか?』と、無神経に語るコメントを見るたびに寂しくなる思いが募るばかりです。

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 今日は昼から、京都の宇治にある朝鮮人密集地区『ウトロ』のフールドワークに行ってきました。

「ウトロ」 に関しては、守る会が結成され、十数年間、ウトロの住民を守る運動を続けてきました。色んな問題が複雑に絡んでいて、その内容についてこの場で論じるには、とても無理だと思います。検索で”ウトロ”と入れたら相当数のHPがヒットできます。今日は、知らない人のため、と思い上げてみました。全国には兵庫県、伊丹の中村地区、川崎の多摩地区、広島等々、日本全国に未だ、数箇所の密集地区があり、生存権をかけた強制立ち退き反対運動が繰り広げられています。(スタンスの違いで、色んな意見や考えがあるのは承知してますが、純粋に運動してる方々を揶揄する書き込みはご遠慮ください。)

ウトロの経緯はhttp://www.kin.or.kr/utoro/japan/jpnsub1-1.htm参照ください。

下記の文は”ウトロを守る会”の田川 明子さんがウトロの窮状を訴えにニューヨークに行った時の出来事を書いたものです。ロス暴動を経験した在米KOREAとの出会いもあります。時間があればご一読ください。

ウトロを守る会

               田 川 明 子

  今日は! ウトロを守る会の田川明子です。

 ウトロ町内会とウトロを守る会では、今年3月1日の New York Timesにウトロの窮状を訴え、支援を求めて意見広告を出しました。はじめの1週間で千通を越えるウトロへの支援のお手紙がアメリカ市民から寄せられました。ほぼ同じ数の抗議の手紙が、アメリカ日産と日本政府に寄せられていたはずです。夏には2万通近い手紙になっていました。

 アメリカの人権問題に取り組むいろんな市民団体が、声明文を発表してくれました。そういう方々にお会いして支援のお礼を申しあげることと、新しい運動のネットワ−クを作るために、ウトロの金小道さんと一緒にアメリカに行き、9月13日〜22日の間、ウトロキャンペ−ンをやって参りました。

 今日は、その時のことを中心にお話いたします。一言で申しあげれば、ロスアンゼルス国際空港に到着した瞬間から“私が日本人であること”をつきつけられ、考えさせる1週間であったと思います。そしてそれは今も続いています。

 空港に到着した、とたんに新聞記者に取り囲まれ、「あなたは日本人としてウトロで起っている事を恥ずかしいと思わないのか?」「67才にもなる金小道氏のそばに立っていて、日本人として今、何を感じているのか?」等々、とてもきびしい表情で質問が相つぎます。

 恥ずかしいと思うからこそ、ウトロの人々と一緒に斗っていること、ウトロで起っている事は、ウトロの人々に問題があるのではなく、在日コリアンの存在を無視し続ける日本社会の問題であること、人権を守るために多くの日本人がウトロの運動に参加してきている事などを一生懸命お話しましたが、メディアの人々の ice face はなかなか溶けません。アメリカのメディアの人々は、日本の人権状況にとても関心を持っています。

 私達はアメリカ滞在中に、14回新聞にとりあげられ、テレビやラジオに生番組を含めて10回出演しました。カリフォルニアで60万人、ロスアンゼルスだけでも30万人のコリアンが住んでおり、コリアン向けの放送局がいくつもあります。1時間の生番組に出演中も電話がどんどんかかってきました。

 …今、何をしてほしいか言ってくれ。ぜひ援助したい…日本ではウトロの運動はどうなっているのか?…私の父親は日本の軍隊に連れていかれたきり帰って来ない。探してほしい。

 …田川さんがウトロでの働きには敬意を表するけれども、日本人である田川さんの口から「朝鮮人」という言葉を聞きたくない。かって日本にいた時、自分が朝鮮人と言われる時そこには必ず蔑みの感情があったのを忘れることができないから…

 …日本は元従軍慰安婦の方々が顔をさらし名乗り出るまでその存在すら認めなかったではないか、等、日本人の歴史意識を問うものがほとんどでした。

 アメリカ滞在中の最後の日曜日には、ロス最大のヨンナク教会での礼拝に参加しました。朝7時から6回礼拝がささげられ、計6000人位のコリアンがロス中から集まります。牧師さんが紹介して下さって全員でウトロのために祈りがささげられました。終わった時のことです。私はひとりのおばあさんにひしと抱きしめられて“哀号−かわいそうに。日本は戦争が終わって50年にもなるのにまだあなた方にこんなむごいことをするの−”ときれいな日本語でかきくどかれました。私をウトロの在日朝鮮人だと思い違いをしておられるのです。

 私は抱きしめられながら立ちつくすしかなく、そして頭の中では、ウトロの文光子さんや金君子さんが「ウトロにちょっとでも日本人がいたら地上げなんて目には合わなかったはず。朝鮮人ばっかり固まって暮らしていたから差別したと思います。私はそのことが許せません」とおっしゃったことばがぐるぐるまわっていました。

 私が日本人だと打ち明けると、こんどははじけるように飛びのいて「ごめんなさい」「ごめんなさい」と謝るのです。謝らなければならないのは日本人である私の方。

 私の髪型からか、何度も間違えられ、そんな経験を4回もしました。

出発前にアメリカでは日本人としてきびしい質問も受けるであろうとことは、

自分の頭ではわかっているつもりでおりました。

 日本が、戦中・戦後、何をしてき、何をしなかったのかを、本当に思い知る旅でした。

 アメリカ滞在中に私は親しくなったコリアンの人々に、機会があるごとに、ロスアンゼルス暴動の時どうしていたか、またその後どう思っているのかを質問しました。ウトロ支援委員会のポ−ル・リ−とダニ−・パクのことばが印象的でした。

「暴動の時、恐ろしくて家から3日も出られずにいた。けれどもあの暴動は私たちコリアンに、2つの重要なことをわからせてくれた。 

 一つは、我々がアフリカ系アメリカ人やラテン系アメリカ人に対して持っていた、差別意識と無関心に気付かせてくれたこと。もう一つは、アメリカ社会のマイノリティどうしとして、彼等とこそ手を結んで、人権を求める斗いを一緒にすべきだということ。」

 家を焼かれ、商店は略奪された人々のことばです。今でもロスアンゼルスの町は、復興こそされましたが、日が落ちて暗くなると空にヘリコプタ−が2機飛びまわり、サ−チライトでコリアンタウンやアフリカ系住民の多くが暮らすサウスセントラルを威嚇するように照らしています。その中で学びとった2つのことに私は感動しました。

 そのことばを実証するかのように、ウトロを支援する委員会には、アフリカ系アメリカ人や、アラブ系アメリカ人、フィリピン系アメリカ人、日系アメリカ人、ネイティブアメリカン−インディアンの人々−と様々のグル−プが参加してくれていました。

 合い言葉はただひとつ『人権』。

 ウトロのスライドをフォ−ラムで上映すると、明りがついたとたん参加した人々の目は真っ赤でした。ウトロの子供達の大写しの写真が、自分の子供の頃と重なって見えたのです。小さなウトロという街が、パレスチナの難民キャンプや、ストリ−トチルドレンや、戦争中に強制収容されたマザンナの砂漠の鉄条網の中の思いでや、スラム街で自分の誇りを奪われて生きる子供達と二重写しになり、“我がこと”と感じウトロに思いをはせているようでした。

 6000マイルも離れたウトロの街と、ロスアンゼルスの教会での集会は、参加者がほんとうにひとつになったような気がしました。

 金小道さんが、「たった380人のウトロの住民のため、これだけの人々が心を動かしている。本当にアメリカに来て良かった。我々は決して孤立していないし、希望も与えられた。」としみじみとした表情で話されました。 アメリカのマイノリティ−の人権を回復する運動は、60年代の黒人の公民権運動から学んだ点が沢山在りました。多くのマジョリティの人々がこれはアメリカ社会の問題なのだと認識したことから前進したのです。


 ウトロを守ることは、日本社会への問いかけです。在日の人々の声に耳をかたむけながら、自分の住む地域社会を見つめてゆきたいと思います。

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先日、在日として、私と同じスタンスでプログを開いてる人を探してました。(yahooのみ)そして、ついに見つけました。韓国太郎さんのブログです。
しかし、昨年で記事の掲載が止まっています。是非、コンタクトをとりたいと思っています。

下記の書き込みを見れば、間違いなくNET右翼に嫌気が差したと思われます。
下記にブログ内容を(無断)抜粋して貼り付けます。もし、この転載を見てたら是非連絡下さい。(そして、無断転載をお許しください。) 
http://blogs.yahoo.co.jp/kankokutarou2005/folder/745838.html


世界人権宣言

第一条
 すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である。人間は、理性と良心とを授けられており、互いに同胞の精神をもって行動しなければならない。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/udhr/1b_001.html

新しい日本を考える会というブログの管理人は自らみとめる外国人排他主義者のようです。(自分でそうだと言ってます。以下のURLを参照してください。)
このような考え方の人がいるのはまことに残念なことだと思います。
http://blogs.yahoo.co.jp/rdfh10juy/9381278.html

しかしこのような排他主義をもった人がいる以上は我々在日も自分の考えをしっかりと持って、尊厳を自ら放り出さないようにするべきですね。
祖国に帰る帰らないは私を含めた在日韓国・朝鮮人の自由です。個人の自由であり、人に迷惑をかけない限りは他人にとやかく言われる筋合いはありません。だいたいが大きなお世話です。

私の国籍に関してもそうです。わたしが日本国籍を取ろうと取るまいと私の勝手であり赤の他人にとやかく言われる筋合いはありませんし、とやかく言う人は他人の自由を侵そうとしているのです。人は誰でも自分の個人的な政治的立場を自由に選び、かつ文化的、経済的、社会的な発展を追及する権利がある。それが国際人権規約の基本理念です。国連が言っているからというだけではない、この国際人権規約の考え方は普遍的な人間の権利をあらわしています。

この国際人権規約に反する考え、排他主義を持った人のような国籍による排他主義、差別主義は人間としての原理原則に反するものであり非道徳的です。個人の自由に抵触し、日本から出て行けとか国籍を変えろなどという人の人格を私は疑います。民族論でもなければ国籍論でもない、それ以前に人格の問題なのです。
悲しいことに私は他人の考え方や態度まで自由に操ることはできません。差別主義、排他主義など人間としての原理原則に反する思考を直ちにやめさせる力は私にはありません。しかしその差別主義に対し自分の人格や尊厳を保ち続けることはできる。だから私は祖国に帰ることもなければおそらく帰科することもしないでしょう。


国際人権規約と在日韓国人の権利

国際人権規約は、世界人権宣言の内容を基礎として、これを条約化したものであり、人権諸条約の中で最も基本的かつ包括的なものです。

A規約 第一部 第一条

1 すべての人民は、自決の権利を有する。この権利に基づき、すべての人民は、その政治的地位を自由に決定し並びにその経済的、社会的及び文化的発展を自由に追求する。

2 すべて人民は、互恵の原則に基づく国際的経済協力から生ずる義務及び国際法上の義務に違反しない限り、自己のためにその天然の富及び資源を自由に処分することができる。人民は、いかなる場合にも、その生存のための手段を奪われることはない。

3 この規約の締約国(非自治地域及び信託統治地域の施政の責任を有する国を含む。)は、国際連合憲章の規定に従い、自決の権利が実現されることを促進し及び自決の権利を尊重する。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kiyaku/

在日韓国人も、当然これらの自決権を個々にもっています。
在日に関してはやたらと国籍条項が問題になることが多い(多かった)ですが、日本政府としては、あらゆる権利は日本国籍取得によって得ることができるんだから日本籍を取りなさいという態度を取られることが多かったですね。しかしそれは国際人権規約上の「自決権」に違反した考え方だと思います。
 
国際人権規約を批准している以上は、日本政府は、国籍を保持したいという在日韓国人の自決権を尊重し、かつ在日韓国人の経済的、社会的及び文化的発展を自由に追求する権利も尊重しなければならない。

まあそれを尊重してくれたからか、在日の声が大きかったからかわかりませんが、今までもあらゆる国籍差別条項が撤廃されてきて、現在は法的な差別問題は数えるほどしか残ってないですけどね。(軍人年金問題、国民年金問題など)

確実と思われることだけ書き出してます。
新しいことを勉強するごとに書き加えていきます。
誤りがある場合は指摘してもらえるとありがたいです。
まだまだ勉強中です。いろいろ教えていただければありがたいです。

今なお、在日韓国人に対する偏見は残っているといわれていますが、
そのような偏見を持つ日本人にはどのような眼鏡がかけられているのでしょうか。

在日韓国人選挙権で決議案 韓国国会に提出
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050829-00000071-kyodo-int

相互主義の精神が日本にも生きているなら大いに期待できます。

韓国で外国人に地方参政権を付与する国会決議

韓国では、永住権を持った外国人に地方選挙権を付与することが国会で可決されました。

http://mindan.org/sidemenu/sm_sansei_view.php?newsid=5200&page=1&subpage=70&sselect=&skey=

2005年の6月30日のことです。比較的新しい出来事ですね。
外国国籍の者に地方参政権を付与するのは韓国がアジア初だそうです。

私は地方参政権は国籍に関係なくすべての人間にあってしかるべきものと個人的に考えていますが、韓国で外国人の地方選挙権を与えたということから、相互主義的な意味からも、日本に住む永住権をもった在日韓国人に地方参政権を付与すべきと考えます。

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https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/6f/ed/f4_ttm/folder/1485645/img_1485645_19959039_0?20060918004032

 僕は、『まったけ日記76ー未来志向の日韓関係への想いー』『まったけ日記82ー歴史認識問題、結構ダンゲロスー』『まったけ日記110ーネットを捨てよ、現地へ出ようー』、[http://blogs.yahoo.co.jp/f4_ttm/19708736.html 『まったけ日記
144−小林よしのりを疑え!まったけをも疑え!−』]と、何度も歴史認識問題を記事にすることにこだわって来ました。

 その理由の一つに、戦後民主主義の歴史観の潮流である大塚久雄(1907-1996)の築いた『大塚史学』で歴史学を学んだものとして『自由主義史観』に代表される歴史修正主義者(リヴィジョニスト)の台頭に対する反発があるのは否定しません。
 しかし、中華人民共和国(以下:中国)や大韓民国(以下:韓国)、朝鮮民主主義人民共和国(以下:北朝鮮)を「反日教育」が行われている「反日国家」とする考え方に対する認識についても疑問視しているからです。

『まったけ日記76ー未来志向の日韓関係への想いー』において、僕は「韓国では「反日教育」が行われているということを自分自身の目で確認もせずに、風聞や一部の書籍による知識で認識していることです。」と記し、このことは今でも変わりありません。
 今回、トラックバックさせていただいたのも、その懸念の典型となる記事です。
 他にも、中国や韓国、北朝鮮を「反日国家三兄弟」等という記事も見ました。

 僕には中国及び韓国を母国とする友人がいます。
 中国には、親を山東省にある大学の教授とする留学生を始めとして多くの留学生と話をする友人になり、話をする機会を得ました。
 韓国には、日本の大学での留学経験を持ち、日本の要人が訪韓する際に通訳を行う者をはじめとする友人がいます。また、大学時代の先輩で韓国・ソウルの大学で日本語講師をする者もいます。
 僕は、嫌がれるのを承知で彼等に「反日教育」なるものを何度も質しました。

 そして、僕は写真にあるとおり韓国(『石渡延男(監訳)、三橋広夫(共訳)『入門 韓国の歴史ー国定韓国中学校国史教科書』明石書店,1998年,全430ページ 以下:『韓国教科書』)と北朝鮮の歴史教科書(李東一(編訳)『北朝鮮の歴史教科書』徳間書店,2003年,全197ページ 以下:『北朝鮮教科書』)の日本語訳も入手し読みました。

 『韓国教科書』は、国定の中学校国史の教科書になります。文章表現の中には、「日本に伝えてあげました。(71ページ)」等とあるのは確かで不快感を持たれる方がいるものとは思いました。しかし、内容について国史という韓国側の立場を考慮して読めば、「反日教育」と思われる記事は全く見つけることができませんでした。
 例えば、豊臣秀吉による『壬辰倭乱(文禄の役・慶長の役)』は、197から199ページにかけてのわずか3ページです。
 伊藤博文を暗殺した安重根については、318から319ページのわずか2ページにふれられているのみで資料も遺墨と肖像の写真のみです。また、伊藤博文については、321から312ページにかけての「学習の手引」というコラムに『張志淵の「是日也放声大哭」』という史料が掲載されていますが、原文ママに「伊藤侯爵」と爵位のある敬称'''であり捏造等はないものと知ることができます。
 「日帝」という表現も僕のミスがなければ、312から366ページまでで僅かしか登場しません(このブログをお読みの方で、ぜひ検証をお願いします。)。

 『韓国教科書』で感心したのは、「歴史と歴史学習」と題して、11から15ページにかけて「歴史の意味」や「歴史学習」、「郷土史学習」の意味を説明しています。特に「歴史の意味」では、「歴」と「史」の意味から始まる中学生にとって易しい説明をしています。
 これは、問題となった西尾幹二ほか13名『[市販本]新しい歴史教科書』扶桑社,2001年』における「序章 歴史への招待(5から18ページ)」の説明と非常に似たものであると説明すればご理解していただけるものと思います。

 『北朝鮮教科書』は、「はじめに」で説明のあるとおり、歴史とは異なる教科である「革命歴史」という教科の教科書です。この教科は「高等中学校の課程で初めて登場するが、6年間に金日成の誕生から死去に至るまで異なる教科書でニ度繰り返し学ぶ(『北朝鮮教科書』3ページから引用)」ものだそうです。『北朝鮮教科書』は、「高等学校の最終学年で学ぶ「革命歴史」(『北朝鮮教科書』3ページから引用)」」です。
 『北朝鮮教科書』には、訳者による「はじめに」及びテリー伊藤氏による「解説」を除くと「日本」は全く登場しません。おそらく、一般の「歴史」では登場するものと思われますが、どのように記載されいるかは不明としか言いようがありません。
 なお、この『北朝鮮歴史教科書』については、ハングルも併せて掲載されており、このブログを読んでいただいた方の中で、北朝鮮のハングルが読んでいただける方に検証を是非ともお願いしたいと思います。
 僕の「ハングル学習」は、韓国のものであり、北朝鮮のハングルを理解するまでの語学力もありません。また、韓国のハングルでも歌「サランへ」を理解する程度でしかなく、『北朝鮮歴史教科書』がハングル学習にどの程度まで役に立つのかすら理解できません。

 以上が、僕の所謂「反日国家」の歴史教育に係る歴史教育の理解です。

 なお、中国の歴史教科書も明石書店から出版されています。できれば、中国の歴史に詳しい方にお読みいただき検証をお願いしたいものと考えております。
 僕が「大塚史学」を学んだ大学のゼミナールは、基本的には「西洋経済史」を主題にいており、僕自身も本来の研究テーマは「近代ロシア経済史」です。しかし、在日コリアン・ジャパニーズのゼミ長を含めて韓国・朝鮮史を研究テーマにしており、ゼミナールで議論をしました。さらに、僕自身も興味を持って私的に研究しました。 
 しかし、中国史を研究テーマとしたゼミ生はおりませんでしたので、ここで書くまでの知識がありません。

 また、この度、紹介しました『韓国教科書』及び『北朝鮮教科書』についてはオンライン書店等でも購入者によるレビューもありますので参考にして下さい。

 なお、改めて申し上げますが、このブログを読むに辺りまして僕(=まったけ)を疑うことをお忘れなくお読みいただきたいと思います。

※「まったけ日記」1〜50は、こちらまでhttp://www.geocities.jp/f4_ttm/index.html

転載元転載元: 『京都・亀岡国際秘宝館』館長のまったけ日記


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