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私には忘れられない22回目の御巣鷹の慰霊の日を迎えました。 沈まぬ太陽〈3〉御巣鷹山篇 (新潮文庫) (文庫) 山崎 豊子 (著)
日本を代表する航空会社の凄まじいまでの腐敗。85年の御巣鷹山事故の衝撃を出発点に、その内実を描いたノンフィクション・ノベル。全5巻の大作ながらベストセラーにななりました。労組活動を「アカ」呼ばわりされ、海外の僻地勤務を命じられた主人公・恩地に、リストラ社会を生きる人々の共感が寄せられたのが一因です。しかし、もっと重要なのは、だれもが知るあの会社をモデルに実在人物をも特定できる形で汚点を書いた「勇気」ではないでしょうかか。たとえ事実と創作が混ざり合ってますが、読み応えのある本です。この事件を風化させないためにも、機会があれば読んでみてください。 |
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【テレビ朝日系→テレメンタリー2007「白のプロパガンダ〜米軍統治下の沖縄宣撫工作を追う」】
※放送時間は各地方局(系列局)で異なる。 日本復帰前、沖縄に「アメリカ陸軍第7心理作戦部隊」という部隊があった。部隊は放送や雑誌を使って作戦を展開。対象はアジアの共産圏の国々と沖縄住民。沖縄では、相次ぐアメリカ軍の事件や事故で、住民の反基地感情が高まり、部隊はそれを鎮めるという役割を担っていた。その方法には直接的に批判・中傷をしない「白のプロパガンダ」という心理作戦がとられた。アメリカ軍の思惑と宣撫工作に関わった沖縄人スタッフの心の動きを追う。 外国を占領するということは、単に土地を占領するだけにとどまりません。その土地に住む人々の心をも占領する必要があります。 そのために必要なのがプロパガンダ(宣伝)です。 ビラやポスター、パンフレット、ラジオ、テレビ、そして今ではインターネットなどの媒体が、銃やミサイルと同様に、支配される人々の心を占領する武器として使われています。 メディア大国であるアメリカは、特にそのプロパガンダに力を注いできた国です。 沖縄が、そのプロパガンダ工作の前線基地であったことを物語るテレビ番組が放送されます。 ※なお、アメリカのプロパガンダ工作が失敗に終わった例があります。イラク戦争を批判するカタールの衛星テレビ「アル・ジャジーラ」に対抗して、米国政府は、「アル・フッラー(自由)というアラビア語の衛生テレビ局を設立し、アメリカの行動を正当化する番組を放送しました。しかし、イラクはもちろん、アラビア語圏の人々からは全く支持されませんでした。米国政府は「失敗であった」と認めざるを得ませんでした。 制作:QAB 琉球朝日放送 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【NHKスペシャル・アンコール放送 「硫黄島 玉砕戦 〜生還者61年目の証言〜」】
7月16日(月) 午後10時〜10時54分放送 太平洋戦争の最激戦地となった硫黄島で何が起きていたのか。戦後61年目にして改めて歴史の光が当たろうとしている。 昭和20年2月から1か月の死闘の末、2万人の日本軍守備隊は援軍や補給を断たれて「玉砕」、その戦いは本土決戦に向けて国民を鼓舞する象徴とされた。しかし兵士たちはどのように玉砕戦を戦い、命を落としていったのか、これまでその詳細が語られることはほとんどなかった。負傷した結果、米軍の捕虜となり、奇跡の生還を遂げた元兵士もいたが、犠牲者への配慮から口をつぐんできたためだ。 今回、捕虜尋問記録をはじめ米軍資料やわずかに残る生還者の証言から浮かび上がった真実。それはいわゆるバンザイ突撃のような玉砕ではなく、兵士一人ひとりが楯となり、米軍の占領を遅らせ皇国に寄与する、という凄まじい持久戦だった。命令系統は崩壊し、水も食料もない中、兵士たちは降伏を拒み孤立した戦いを続けながら壮絶な死を遂げていったのである。 一方、死傷者2万8千人を出す史上最悪の戦闘となったアメリカでは衝撃を受け、空襲を中心とする「味方に犠牲を出さない戦争」へと傾斜を深めていくことになる。 日米双方の兵士の証言、人が住めない島になった硫黄島の現況、新発掘の資料を徹底取材し、近代戦争の転換点と言われる硫黄島の戦闘の真実を明らかにする。
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何をもたらしたか 1959年東京都生まれ。ソウル大学哲学科博士課程単位取得。専門は韓国哲学。 新しいアジア創造への一歩 知識欲を自己啓発…切っても切れぬ隣国と知る
韓流はずっと続くのか。それともいつか終わるのか。数年前から、このような質問を私は多く受けた。いつもこう答えた。「ブームはいつか終わる。しかし韓流は日本で日常化する」と。 日本の中高年女性が韓国の俳優に群がる珍奇な現象は、もうマスコミでは飽きられた。高い視聴率や多くの観客を勝ちとるドラマ・映画が連日報道されるということはなくなった。つまりブームは去った。しかし、日本の新聞やテレビに、キムやイやパクなどといった隣国の人名が頻出しても、誰も不思議には思わない。そういう時代にはなった。つまり、韓流は日本社会の中で日常化したのである。 韓流の最大の功績は、このことだった。韓国や韓国人が、日本社会の中にがっちりと組み込まれた。もう、切っても切り離せない存在になった。欧米の人の名前より、韓国人の名前のほうがかっこいい、すてきだと思う日本人が増えた。 もっと日常化を 先日、リュ・シウォンの熱烈なファンの女性たちと話をした。彼がきっかけとなって日韓のさまざまなことに関わるようになり、まさに生き甲斐を得た、とみなさん語っていた。韓流は、ふつうの日本人に「生きる喜び」を与えた。そしてもっと自分を高め、もっと隣国を知ろうとする。韓流はまさに自己啓発であり、生涯学習なのだ。 しかし、まだ足りない。韓流によってもたらされると期待した成果のうち、まだ実現していないものがたくさんある。韓国や韓国人が、日本の中でもっともっと日常化しなくてはならない。もっとふつうに往き来をし、もっとふつうにつきあい、もっと互いの言葉や文化や歴史を学び合うようになりたい。 このような結果にまだ達しえていない理由は、いろいろある。 暗い面にも目を まず韓流ファンの性格。彼女たちは知的で学習意欲が高く、ITや韓国語を積極的に学び、韓国のことをよく知ろうとしている。この点はいいのだが、もっと貪欲に、歴史の暗い面や「自分にとって心地よくないもの」に対しても心を開いてほしい。もう少しだけ、知的な意味で勇敢になってほしい。 真剣な批判も ふたつめは、韓流に対する真剣な批判が足りないこと。どんな文化でも、本当の力を持つまでには、一級の批評家による強烈な批判を栄養としてきた。韓流にはこれが足りない。よいしょの記事が多すぎるし、ファンもまだ甘すぎる。韓流を本当に愛するのだったら、もっと韓流に厳しくあるべきだ。 学び合う流れ しかし、何といっても、「韓流以前」と「韓流以後」では、日韓関係はずいぶんと変わった。長い目で見ると、この変化は、われわれが「新しいアジア」をつくってゆく第一歩だったといえる。それは、「クリエイティブなアジア」である。欧米からだけ学ぶのではなく、アジアの人びとがアジアから互いに学び合い、文化的・政治的・経済的・学問的に真に創造的な価値をつくりあげてゆく、そういう新しいアジアをつくる。韓流は、それが可能だということを教えてくれた。 (2007.7.4 民団新聞)コラム:幌馬車より
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ブログ仲間,仲村 あきらさんの奥さんが他界されました。
差し出がましいとは思いますが、 もし時間がありましたら、お悔みのコメントを下記のブログにお願いします。 黙祷 |
ボクは韓国人。なんで帰化せなあかんのや昨年まで選手会長を務め、阪神のリーグ優勝に貢献した4番打者、桧山進次郎(34)が突然、自らの国籍が韓国であることを告白した。 1月1日付『統一日報』で、「韓国パワー日本で全開」と題するインタビュー記事に登場した彼は、 「一日一日精一杯がんばりたい。韓国人魂みたいなものをみせたいですよね。(笑) 「日本の野球界は帰化している選手も含め韓国人は多い。(中略)食生活の違いもあって、体がもともと強いって事情もあるんですかね。」 「ちっちゃいころから(食事は)そう(韓国食)だった」 と自分が在日韓国人であることを激白。韓国名が「黄進煥(ファンジンファン)」であることも明かした。 (略) 大阪市立大学の朴ー(パクイル)教授は、この桧山の告白を高く評価する。 「(略) 『統一日報」は、在日メディアの中ではもっとも伝統ある新聞で、毎年、各界で活躍している同胞の人々にアプローチしてきている。いくら社会から差別がなくなってきたといっても、まだまだ偏見をお持ちの方が多い中で、今回、桧山君が勇気をもって決断してくれたことには在日への若い人への励みにもなるし、私も非常に感慨深いですね。」 【出典:『週刊現代1月30日号』講談社,2004年,50ページより抜粋】 意見が分かれたタイガース・ファン 上記の記事は星野仙一前監督の下で、阪神タイガースが18年ぶりの優勝を決めた翌年の2004年に『統一日報』で行われた桧山進次郎選手のインタビュー記事です。
2007年現在、桧山選手は阪神タイガースで生え抜きの選手としては最もベテラン選手である。しかし、ファンに対して笑顔を絶やさないことから「悠久の若虎」と呼ばれている。 『統一日報』と『週刊現代』に記事になった、2004年当時の阪神タイガース公式サイトの掲示板でファンの間で意見が大きく分かれた。 『ひ〜やん、いっちゃった。』、『「韓国魂」なんて、もう桧山とは「猛虎魂」を共感できない。』、『黄が本名なんて、タイガースに入るために生れてきた名前だね。』 正直に、桧山選手を(いわれなき理由で)非難する声も多かったので残念な思いをしていた。 しかし、ひ〜やんは? ひ〜やんは、笑顔をたやさずに甲子園球場でプレーを続けた。
今でも、金本知憲や赤星憲広、今岡誠らの選手より、ひ〜やんが打席に立ったときのほうが盛り上がる。 ひ〜やんは、持ち前の明るさでタイガース・ファンを魅了し続けている。 この一打にかけろ 気合いで降り抜けよ 誰もお前を止められぬ 桧山よ突っ走れ今日の独り言 永遠の南海ホークスファンのF氏にリクエストしても記事にしてもらえませんでした参考サイト*桧舞台桧山進次郎選手公式サイト *■桧山進次郎同盟ファンサイト *桧山進次郎フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 *朝鮮日報 お時間がありましたら…。 *まったけ日記286―「ことりばこ」「コトリバコ」は都市伝説ー ご意見下さい *いわれひこ様BBS *京都亀岡国際秘宝館・本館 |





