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【平和憲法を守るのは在日の使命=故 金敬得弁護士の遺言】 在日を見れば日本の今が見える!

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読んで不愉快になった本はたくさんありますけれど、不愉快さを通り越して怒りを覚えた本はそうありません。
  クズ本を挙げろと言われたら、真っ先にこの本を挙げます。
 
 「在日の地図〜大韓棄民国物語 山野車輪著 海王社 (2006年10月)
  ISBN-10: 4877243054   ISBN-13: 978-4877243050
 
 韓国・北朝鮮、在日コリア社会に対する無知と偏見に満ちたクズ本「嫌韓流」の作者山野車輪が、『別冊BUBKA』(現在は休刊)連載した日本各地にあるコリアタウンを取材した漫画です。二人の日本人女性が、上野アメ横や大阪鶴橋、宇治のウトロのコリアタウンを旅するものです。一見無害な紀行漫画に見えますけれど、実は「嫌韓流」同様に在日コリアンに対する無知と事実誤認に満ちた漫画です。
 
 たとえば、二人の登場人物が福岡県を旅して、朝鮮人強制連行者慰霊碑について語る場面です。
 
 「うへー。強制連行碑・・・」
 
 「でね、麻生鉱業ストライキっていうのがあったの。解雇と低賃金に抗議して朝鮮人がストをしたの」
 
 「それっておかしくない?強制連行なのに賃金を支払っていたの?」
 
 これを読んで私は、著者の山野はよほどのバカか、読者を騙すために意図的に混同させていると思いました。
 
 私は在日コリアンの炭鉱労働者が戦った麻生鉱業ストライキ(麻生鉱業は麻生太郎外相の祖父が設立した企業。現在の麻生ラファージュセメント)について書いたことがあります。

麻生鉱業ストライキは、1932年8月14日から9月3日にかけて行われました。韓国・朝鮮人の強制連行は、太平洋戦争時の1942年2月の閣議決定「半島労働者活用に関する方策」に基づく警察・行政による強制的な労働者移入から始まりました。(「在日、激動の百年」 金賛汀著 75P 朝日新聞社)

麻生鉱業ストライキに参加した在日コリアン労働者は、強制連行政策が行われる10年前に日本へ働きに来ていた人たちでした。彼らは強制連行で日本に来たのではありません。なのに、この漫画の二人の日本人女性は、強制連行で連れられた朝鮮人がストをしたかのように話しています。
 
本当にこれは歪曲です。「強制連行の被害者がストをするほど日本は自由だった」かのような印象を読者に与えます。
 
 それから、北朝鮮を極悪犯罪国家だとこき下ろしておきながら、25万人の在日コリアン帰国者を受け入れた、と評価してしている場面があります。厄介者を受け入れてくれたから評価していると考えるのが妥当でしょう。
 
 そしてこの漫画では「嫌韓流」と同様に、ヒステリックな表情でわめき散らす在日コリアンの女性と、冷静に理詰めで話す日本人女性の対談を行っています。その中で、つぶらな瞳のに日本人女性が'''「帰化すれば?」'''とこともなげに話す場面があります。
 
 ああ、この山野という人間はどうしようもない奴だ、と私は思いました。帰化という言葉が差別的な意味あいを持つだけではありません。在日コリアンが国籍問題で、日本人とは比べものにならないほど悩まされてきたか、日本国籍を取得したとしても、自殺した自民党議員新井将敬のように、日本人から人種差別的な嫌がらせを受けている元在日コリアンがいることを山野は知らないのでしょうか。
そして様々な事情で日本国籍を取得しない、あるいはできない在日コリアンが大勢いることもです。国籍取得は住所変更とは違うのです。
 
 なお、この漫画の下劣さは表紙にも現れています。表紙には川の上に建つ掘っ立て小屋のカラー写真が載っています。これは1970年代中頃まで、日本各地にあった「朝鮮部落」の家屋の一例です。経済的理由で川の上を不法占拠する形で小屋を建てて住む在日コリアンはかなりいました。
その様子は日本人の嘲笑と蔑視の的でした。このような劣悪な家屋は、住宅改良事業や再開発で1980年代末までには完全に姿を消しました。このような小屋に住む在日コリアンは現在はいません。なのに、わざわざこのような写真を表紙に使っています。在日コリアンに対する蔑視が丸見えです。
 
 漫画の最後は、二人の日本人女性が「コリアタウンにLet's Go!」と叫ぶ場面で終わっています。もしやってきたら、石をぶつけるか、唾を吐きかけてやるのがいいでしょう。
 
 この漫画を書いた山野車輪は日本人の恥です。そしてこの本を出版した海王社と「嫌韓流」を出版した晋遊舎も日本の恥です。私はこの出版社から出た本は絶対に買いません。もちろん山野の著作もです。

                                 [AMLより転載]
 

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눈이 밝아지다

"나이 들어서 좋은 점 말이야.
날이 갈수록 나빠지는 눈 대신 갖게된 거.
그렇지, 바로 마음의 눈이야.
이걸 지혜라고 해도 좋고, 분별력이라고 해도 좋고,
철이 있다, 없다 할 때 그 철이라고 해도 좋아.
한마디로 세상을 보는 눈이
밝아졌단 말이야."

- 양순자의《인생 9단》중에서 -

☆ 육체의 눈은

나이가 들수록 어두워져 갑니다.
그러나 마음의 눈은 다릅니다. 나이가 들수록
더욱 좋아지고 밝아집니다. 모두가 그런 것은 아닙니다.
마음을 어떻게 쓰느냐에 따라 달라집니다.
마음을 잘 닦아내야 나이가 들수록
마음의 눈도 밝아집니다.


目が明るくなる

歳を取るにつけて、よい事と言えば
歳をとると悪くなる目の代わりに、持つようになるもの
そう、すなわち心の目です
これを知恵といってもいいし、分別がついたと言ってもいいでしょう
物心がついた、とか、つかないと言ってもいいかもしれません
一言で、世間を見る目が
「明るくなった」ってわけです。

ーヤン スンジャ<人生9段>の中よりー

☆体の目
歳をとるにつけて暗くなります。
しかし心の目は違います。歳を重ねるほど
もっと良くなり明るくなります。しかし全てがそうではありません。
心をどのように持つかにかかっています。
心を常に磨いてこそ、歳を重ねる程、心の目も明るくなります。

「みんな日本人」という夢 !日本人がいちばん 力道山を知らない。


『力道山』は、日韓両国の共同製作、プロレスラー・力道山を題材とした映画。韓国では2004年12月に公開され、日本では2006年3月より全国上映され映画です。
主人公はこの作品の役作りのため8Kg体重を増やし、プロレスを学び、韓国俳優が必死で日本語特訓をした日韓合作の力作です。是非、時間がありましたら是非ごらんください。

私事ですが、昔、子供の学級担任が家庭訪に来た世間知らず?の教師が必ず発する言葉に「奥さんは、いつ日本に来られたんですか?日本語お上手ですね、奥さんは入籍されてますか?(日本以外の東アジアは夫婦別姓です)」と、ピント違いな質問をされたり、感心されたりの繰り返しでした。毎度、その誤解を解くのに嫌々、年十年、何十回、同じ事を説明したでしょうか、その度に、「人権教育を声高に叫ぶ教師って、結局、何も勉強してないんだ!」、と思い知らされました。今も、多くの在日外国人が、同じような体験をしてるんだろうな〜と思っています。
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日本に生まれ育ったら日本語ができるのは当然、なのに、この社会は、いともかんたんに「外国人」と決め付けて色分けしてしまう。違いを違いとして受け入れるよりも、完全な異邦人と捉えた方が楽だからでしょうか。

毎日の生活の中でこんな「初歩的」な問題を理解できないか?と思ってた時、8年前に出た『もう一人の力道山』(イスンイル著)と言う本に出会いました。今も私の本棚の片隅にあります。以前から、「日本の」戦後復興のシンボルである力道山が、現在の北朝鮮出身であるというのに興味を持って必死で読みました。


アメリカ大リーグのハンク・アーロンがベーブ・ルースの記録を破る前後、人種差別的な脅迫状に悩まされつづけていたいたという事実は昔ではなく、たかが二十数年前の出来事です。
身辺警備が必要だった当時のハンク・アーロン
http://hochi.yomiuri.co.jp/column/hiruma/news/20060509-OHT1T00504.htm

しかし、アーロンは脅迫状に対して毅然とした態度をマスコミに示して、見事に最多本塁打の記録を達成しました。
そして、今、現役を引退して久しい、ハンク・アーロン氏が、その脅迫状事件のことを「あれは昔の話だ」という言い方では決して語らない事でしょう。彼は、「脅迫手紙が過去のものではなく、これからも我々は人種差別に対して闘っていかなければならない」と明言しているのが印象に残っています。

ところで、「日本の」本塁打王・王貞治は在日中国人であり、そのハンクアーロン氏の記録を日本球界の中華民国国籍を有する王貞治氏が塗り替えたのも、何かの因縁でしょうか。

最多通算安打数を誇る「日本の」安打王・張本勲は在日コリアンであり、彼らが「日本」記録を打ち立てようとしたとき、ハンク・アーロンのような人種差別的な圧力があったのだろうか?もちろん、ないわけがないだろう。

ここでブログをアップして、色んな人間模様を見直すと、自分が気づかなかった、様々な事実に出会ったり、又、いろんな人から教わる話の中から、在日を通して「人として」の人間像を覗けて、毎日学んでいます。

決して、在日だから・・・と強調したり、突っ張ってる考えはありません。それだけはご理解ください。
「スポーツは強ければよい、楽しめればよい、」と言いますが、少なくとも、その主人公である人々は
その違いの中で生きてきたのは事実です。そして、又、今も、その中で生きてるのは事実です。

ただ、ここに日本の裏表があると思います。
多くの日本人たちはこここにあげた、力道山、王貞治、張本勲が「日本の」ヒーローであると素朴に思い応援していたに違いありません。もちろんファンの相当数が、「彼らが日本人でない」ことを知っています。しかし、「そんなことは大きな問題ではない」というのが共通の意識ではなかったでしょうか。これが一見、民族・人種問題に寛容な日本社会の一面であるかの様にも思えます。

しかし別の角度で見れば、王貞治に昔、日本人風の名前を使うような圧力があったり、張本がじっさいに通名に変えざるを得なかった社会的な圧力が存在してたのは事実です。(事実、中途で本名(張勲)宣言を球団に申し入れて却下されています。これが民族・人種問題に不寛容な日本社会の一面です。

この一見相反する態度は、日本社会が「まあまあ、そう目くじら立てずに。力道山も王貞治も張本勲も日本人なんだ」という曖昧さの中に犯罪なまでの日本人への同化意識があると少し辛口で言い放てば反発を買うでしょうか?つまり、日本に住む人間には2種類しか存在しない。日本人か外国人です。そして、力道山、王貞治、張本勲は、本人たちがどう思っていようと、日本人が認めた「日本人」である、という強力な同化意識でしょう。


この本に追加された、「補遺 力道山の鞄」として巻末に納められている証言では、「日本のヒーロー」と祖国統一の夢に引き裂かれていった力道山最後の日々が興味を引きました。

おそらく当時、街頭テレビで力道山の空手チョップに熱狂した人々のほとんどは、彼が朝鮮の出身者であることを知らなかったでしょう。(当時の私もそうでした)
その点では、王貞治や張本勲とは事情が違うし、たとえ知っていたとしても、日本人は彼を「日本人」として受け入れ、声援を送ったでしょう。別の言い方をすれば、力道山が自分の出自にかかわらず、「日本人」というアイデンティティーを受け入れる限りにおいて声援を送ったと思います。

力道山コト金信洛の心は、彼が日本で得た名声によって、ズタズタに引き裂かれていたかも。
あくまでも彼を「日本の」ヒーローとして、つまり、悪役「外人」レスラー VS 正義の「日本人」力道山として活躍させようとする日本プロレス興行界、2つめは、彼の実の兄や娘が暮らす北朝鮮と日本でそれに対応する組織である総聯、3つめは、日本と同じ「西側」である韓国と日本でそれに対応する組織である民団。

(ちなみに、力道山はもともと力士として日本に呼ばれたが、相撲をやめて日本のプロレスを起こしたのは、この本によれば角界の人種差別が原因とのことでしょう。たしかに、高見山、小錦、曙の昇格問題はまだ記憶に新しいでしょう。

力道山が刺殺されたのは、東京オリンピックを間近にひかえ、南北合同選手団を要請する国際オリンピック委員会と、南北別々の選手団を主張する2つの朝鮮が対立していた時期です。(結局、参加したのは韓国選手団だけ)

「日本の」ヒーローとして成功すれば成功するほど、自分の出自を隠さなければならない皮肉、しかも冷戦の激化にともない、2つの祖国に引き裂かれる思い。それが、日本人の決して知ることのなかった力道山の苦悩であり、同時に、今なお残る在日コリアンの苦悩の側面であると、この本に書かれています。
韓国人の視点で見た、それも8年前の本なんで、多少の時代のギャップや認識の違いは否めません。

先ほど、ハンク・アーロンの事に触れましたが、まさに力道山の生き方は、在日コリアンの抱える苦悩を凝集していたという意味なのでしょう。力道山の苦悩も又、「過去のこと」ではないということでしょう。

日本社会の同化意識、つまり、日本人と外国人を峻別して、相手が日本人である限りにおいて「寛容」であり、外国人としての違には拒絶するという意識は、非常に根深いのも日本と言う社会の特徴でしょうか。
アメリカの人種差別のように、問題が先鋭化しない分、かえってタチが悪いとも言えるかもしれません。

聖徳太子の唱えた「和をもって尊しとなす」日本人は、日常生活に「違い」を持ち込まれることを本能的に嫌っている様に思えます。だからほんのかけらでも、民族とか人種とかいった「違い」を持ち込まれると、「そう堅いこと言うなよぉ」と、逃げるのかも知れません。

女性差別にしても、民族や人種の差別にしても、日本社会は「違い」がまったく存在しないという居心地の良い「単民族」のなかに生きて、その夢見心地を破られると、異常に違和感を感じるのが日本人的であると、私の目には思えてなりません。。その”違和感”が「排他」という表現にあらわれている。

日本社会で力道山が戦後復興という「夢」のスターである限りにおいて彼を受け入れ、今も彼の功績を称えていると思います。

しかしその影で、多くの在日コリアンたちが力道山と同様の辛酸をなめていたことを、きれいにスルーしてしまっているのは最初の教員のレベルを見ても判る事実です。

力道山も王貞治も張本勲も、日本人の「夢」の中ではあこがれの「日本の」ヒーローでしょう。
ただそれが「夢」である限りにおいて。

在日外国人に対して「あなた日本語お上手ですね」と言い続ける社会、その「夢」にすっかり慣れてしまい、重要な感覚を完全にマヒさせ、人の痛みが判らなくなってしまった社会ですが、このブログが”知ること”の手がかりのきっかけになってくれたらと、思い続けて”在日”を市民として、個人として"語って行く”つもりです。コツコツト・・

年寄り

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/b0/86/parsazttashinil/folder/383589/img_383589_43793320_0?20061210172531

何でおじいさん、おばあさんを「年寄り」というのか?

老人だから年を「取」っているのは分かる

え? 「取る」って何んで年は「取る」のだぁ? 

もしかして「トゥリダ 드리다(上げる、捧げる)」ってこと

まあ、置いておきましょう

むむ、「置いて」「おく」?

なんじゃそれッ!

2回言わなくてもいいだろーに

もしかして「놓아둔다」?

まあいい、置いておこう

先に進まなければ

年寄りの「寄る」ってのが問題だ

「寄る」

そう、もう分った方は多いでしょう

「ヨロ 여러(多く)」が訛った

「ヨロカジ 여러 가지」のヨロ

ついでに、「年寄り」の「年」

「歳」ってことだよね

中国語からきたのであれば、サイやろうがぁ!

ついでに「年」はネンやし〜ぃ

つーことは「トル 돐(誕生日)」とちゃうかぁ?
誕生日がたくさんってこと

ははは、これですっきり

ものの名前は難しい

「名」?

「ナ 나(私、俺、僕、わし)」の「な」?

う〜んありえる。

外国人と2人だけで向かい合う

たった2人だけ、誰もいない

さて、最初に何をするか

自己紹介? 

そうまずはお互いの名前を知り合おう

「私、あいご〜」

でも、相手は私の国の言葉をぜんぜん理解しない

「わ、た、し」といって自分を指差して、「あいご〜」と言います。

私が韓国人だったら?

「ナ〜 나 マッタ 맛다(合う、当たる) エ 에(助詞の〜に)」

で、「なまえ」

あ、また横道にそれた

ものの名前は難しいまで戻ります

でも韓国語を学ぶと、むちゃくちゃ面白い歴史絵巻物や太古のロマンが眼前に生きいきと蘇ります

むちゃ楽しい

大体、日本語の文字は中国から来たの?

そうでしょう。

いっぱい漢字がありますから

でも「名前」は「みょうぜん」やろ、(中国語の)音読みで発音すれば

でも訓読み(日本の独自発音)で読みます

漢字に対して、ひらがながあり、カタカナもある

平仮名はなんで「ひらがな」?

「ぴょらかった 펴라같다」やね、「펴이다(ほぐれる)」「같다(同じ)」。

漢字をほぐして同じ音にしたのが平仮名

じゃ、カタカナは? 

「カッタカッナ 같다같나」か、「같다(同じ)」と「같나(同じか)」

漢字(の一部)と同じで、同じ音で読んだのが片仮名

日本の言葉はいっぱい半島から学んだのですね〜ェ。

日帝時代の建築現場で現場監督の日本人が「ハンバ」や「ドカタ」というような言葉を定着させたのと同じ。

(半島から来られた人々は、もう少し文化的で献身的でインテリだったんじゃないかと推測しますが)

そう、絶対多数の人々にとって言葉は音で継承されていったのです。

(異常なほど高い日本の識字率は、高々ここ数十年のこと)

ははは、単純、単純

「お箸」の「箸」は「パプチプ 밥집」

「パプ (ご飯)」を「チプタ (つまむ)」から

お腹の「へそ」は「ペ 배(腹)」の「ソ 속(中)」

「もごもご」は「モゴモゴ 먹어먹어(食べろ食べろ)」

「もやもや」は「ムォッヤ 뭐야뭐야(なんやなんや)」

「よろず」は「ヨロチッ 여러짓(多くの事)」

ははは、オリジナルな日本語の発音は、みんな半島の外来語。

単純、単純

【おまけ】
ネタはすべて以前紹介しました裴学泰著『日本語の謎 韓国語で日本語にメスを入れる』【写真】から。
あははははッ! また宣伝してしまいました。
広島へ行ったら必ず裴学泰さんを訪ねて、言葉をピンからキリまで習いたいと思いました。

転載元転載元: ■とってもあいごー●

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韓国語が解く日本語

先日(中途半端に)ご紹介した裴学泰さんの『日本語の謎―韓国語で日本語にメスを入れる』。

覚えていらっしゃいますか?
https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/b0/86/parsazttashinil/folder/457787/img_457787_41242387_0?2006-09-04
予想以上の面白さに、シビれてしまいます。

「あとがき(P.226)」から

 韓国語がわかれば本当の日本が見えてきます。ハッケヨイノコッタのような相撲用語は韓国語の赤ちゃん用語であるとか、売る、買う、幾ら、なんぼのような商売用語は物々交換時代の韓国語と同じであるとか、いじめ、威張る、いびきのように「イ」が付く言葉は口と関係する言葉であるということが簡単にわかります。
 また、日本のお祭り用語と侘び寂びの心の本当の意味を繙くことができ、いろいろな視点と角度で日本文化にメスを入れることができます。
 同時に着物とお召し物がどう違うか、色紙、折り紙、千代紙がどう違うか等、似通った言葉の違いがわかります。橋と箸、蕎麦と傍のように同音異語の本当の謂れを解き明かすこともできます。もっと面白いのは自らを指す私、わたくし、わちき等の一人称が相手を誘惑する言葉であったり、放送禁止用語である男女の生殖器の呼び方が地方固有の方言でなく、生殖器の違う部位と場所を表しているということもわかります。
 以外に面白いのは、お父、お母とか兄、兄貴、姉、姉御などの家族関係の呼称が成長過程で変化する男女の生殖器の形を指しているということです。これらは立派な日本語でありながらも本当は韓国語で解き明かすことができます。普通には考えられない大変興味深い話だと思います。このように私にとっては日本語と韓国語の同じ音は同じ意味を表しているように聞こえてきます。それはお互いの言語を同じレベルで同じ言語として見るからです。

ねッ、面白いでしょッ♡

筆者はもとより言語学者でもなければ文科省担当官でもありません。

広島の韓国家庭料理店のおじさんで、チャンゴ奏者で、通訳だそうです。

本を読み始めると、日本人や韓国・朝鮮人である以前の先祖たちの同じ人としての営みが伝わってきます。

漢字をはじめ、さまざまな知識や暮らし方法が半島を往来する人々ともに、ここにやって来たことや、

国という枠組みが今とは違い、もっと牧歌的で分け隔てはなかったんじゃないかと想像の翼が広がりました。

現在、国を隔てて争おうとする人々がいる一方で、分断の経験を融合の知恵にかえようとする人々もいます。

悠久の歴史に裏付けられた言葉の成り立ちと同時に、筆者自身の体験が紡ぎだす英知をビンビン感じました。

楽しく愉快+爽快な久方ぶりの逸品です。

転載元転載元: ■とってもあいごー●

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