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5年前の古い映画ですがもし時間があれば、レンタルビデオで[KT」を借りてみては?
「KT」とは、キム・テジュン、つまり金大中氏のイニシャルです。1973年8月8日に起きた金大中氏拉致(らち)事件を描いた久々の政治もの映画です。何のために、誰が拉致したのか……。東京で拉致されてから、韓国の自宅近くで解放されるまでの5日間、彼はどこにいたのか。謎の多い事件ですが、自衛隊の関わりがあったという推理で描かれています。
日本からの主人公は、自衛隊三等陸佐・富田満州男。主に朝鮮関係の情報収集をしています。韓国からは、駐日韓国大使館一等書記官・金車雲(キム・チャウン)。主に朝鮮民主主義人民共和国の情報収集をしており、KCIA(韓国中央情報部 Korea Central Intelligence Agency)からの命令で、金大中拉致事件のリーダーとなります。これに失敗すると、彼も家族も命がない……という緊迫した状況の中で、彼は富田に協力を求めます。金大中氏の命を狙う組織、金大中氏を支援する在日韓国人の人々、そして自衛隊。そこに絡む新聞記者。内部密告から一度は失敗に終わりますが、綿密な準備は着々と進められます。緊迫した状況の中で、事件の当事者である金大中氏だけは、いつもおだやかです。彼の人柄がうかがえます。
そして、1973年8月8日、実行の日。
アメリカから日本に戻ってきた金大中氏は、新民党を脱党して新しく統一民主党を作った梁一東党首に会うため、パレスホテルに向かいます。ホテルに入った金氏は、護衛の在日韓国人の青年をロビーに残し、梁氏の部屋で食事をしながら会談し、昼過ぎ、面会を約束していた前外務大臣の木村氏に会うために部屋を出たところで、数名の屈強な男たちに捕らえられます。
目隠しをされ、体を縄でしばられて車、そして船に乗せられ、ついには両手首に30〜40kgの重りをつけられて海に投げ込まれようとします。このときのことを、金大中氏は自伝にこう記しています。これで終わりだという絶望感に襲われた。そのような状況の中でも、その時私が思ったことは「祈り」ではなく、これから何分間かの私の「運命」だった。
「投げ込まれた海の中で、縄から抜けだすことができるか? いや、それは、無理だろう。海に投げ込まれれば何分かで終わりだろう。それで、苦労も終わりだ。いいじゃないか。いや、鮫に下半身は食われても、上半身だけでも生きたい。」そんな時だった。私の目の前に突然イエス様が現れた。私は祈ることさえ思い浮かばなかったのに、実に不思議なことであった。私は思わずイエスの裳裾にすがった。
「助けてください。私にはまだやりのこしたことがたくさんあります。韓国民のためにしなければならないことがあります。私への国民の期待に応えなくてはなりません。救ってください。」
祈りはこれまで何千回もしてきたが、自分を助けて欲しいという祈りは初めてだった。祈りを終えた途端、赤い光がピカッと走った。 「飛行機だ!」
『金大中自伝 ― わが人生、わが道 ― 』2000年、千早書房刊 より
船底で、顔も体もぐるぐるに縛られ、海に投げ込まれようとする金氏を前に、土壇場で「この人を殺してはいけない!」と叫ぶ拉致メンバーの声と飛行機の旋回で、殺人は失敗に終わります。
ご存知とは思いますが、金大中氏は熱心なカトリック信者です。上記の自伝を読むと、韓国民主化と南北統一を、神からいただいた大事な使命として受けとめているということがよく分かります。まさに「信仰の人」です。一般生活では見えてこない裏世界の話で、背筋の寒くなる思いがします。しかし、北朝鮮拉致問題や、有事法制、憲法改正論議が問題になっている今、「KT」は、政治や外交には危険な裏側があることを意識し、視点をしっかり持って現実をみなさいと教えてくれているように思いました。
拉致事件の後、1980年には再び KCIA によって連行され、死刑宣告を受けます。「いくたびか死線を越え」 金大中氏の人生は、まさに韓国民主化の歴史でもあります。決してあきらめることのない金氏は、1997年大統領に就任し、2000年には、統一に向けての一歩である北朝鮮を訪問して南北首脳会談を実現します。この歩みを果たすために、神は、彼を死から守られたのでしょうか?
南アフリカ共和国のマンデラ大統領と同じく、死刑囚が後に、その国の大統領になるという、映画の様な話が実現した韓国、私は今度こそ、韓国社会がドラスティックに変わると信じて、友人に話して回りました。その期待が消え去って、落ち込んでた私に、思いもしなかったノ ムヒョン政権の誕生、前から、ノ サモの会(ノ ムヒョンを慕う会)の数少ない海外会員だった私は「今度の、今度こそ、、、」と期待を胸に韓国社会の動向を注視してました。しかし、政治とは、やはり妥協と裏切りの連続でしかありませんでした。でも、身の丈でも自分が出来る事から少しでも声をあげて、又、一から自分の信じる事に向かって歩き出そうと思っています。今日は早、33年目の8月8日です。
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