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【平和憲法を守るのは在日の使命=故 金敬得弁護士の遺言】 在日を見れば日本の今が見える!

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ニュースで流されていますが、私達の世代の人間には有名な反戦のシンボル、べ平連(ベトナムに平和を市民連合)の生みの親、小田実氏がガンで亡くなられました。 (黙祷)
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私は小田実さんの「同行人」と言われた奥さんで画家の在日korean=玄順恵(ヒョン・スンへ)さんを紹介しようと思います。

   「時代や空間の連続性を無視し、都合の良い事象だけを取り出すのは “つまみ食い。"」
     
玄順恵(ヒョン・スンヒエ)さんは1953年神戸市生まれ。戦前、済州島から来た両親の下、7人姉妹の末っ子として育ち、生粋の神戸っ子。民族学校を卒業。小田実氏とは1970年代「韓国の反体制詩人「金芝河釈放活動国際支援交流」の集まりでの出会いでした。1982年結婚する当時だけでも在日朝鮮人と日本人の結婚は「驚愕」すべきことでした。当事、この結婚はマスコミでも賑やかな話題だっと記憶してます。

昨年、京都の同志社大学、浅野ゼミでの講演会に参加した時の講演内容の一部に、
安倍晋三首相が提唱する「美しい国」について、「権力者が『日本は特別な国』と強調するのはなぜか」と 問いかけた。例として、白村江の戦い(663年)で唐・新羅に負けた後、国内体制を整備する必要があり、 国号を8世紀初めに「倭」から「日本」に替えたことを指摘。「ナショナリズムは社会が重大な変化を迎えたり 人々が不安に思っている時に現れ、権力者が恣(し)意的に利用する。冷静になって」と警鐘を鳴らしていました。

 韓国籍を取得する以前は朝鮮籍だったためパスポートがなく、渡航に苦労した体験を語った順恵さんは 「自国史は世界史と一体。時代や空間の連続性を無視し、都合の良い事象だけを取り出すのは“つまみ食い。」
歴史の全体像を知り、よく考えてほしい」と結んでました。


            「私の祖国は世界」 岩波新書より 
「私は日本で生まれ育ち、日本人と結婚し、娘を生み、人生を噛みしめるあいだにそういった努力を自分なりに少しずつではあるが実践してきたのではないかと思う。その実践の過程は読者がこの本を読み進めていくうちにおのずと明らかにされるであろう。そしてこの本の中で出会うことになる数多くのまっとうな市民たちの『喜怒哀楽』を私とともに共有できたら、この上なくうれしく思う。なぜなら、その共有こそが新しい時代精神を探しあてるカギとなってくれることを予感するからである。新しい時代を生きよ、という」

1996年第一回個展(東京)。水墨画の作品の他に、1977年より始めた数多くの装丁、挿画、挿絵の仕事とポスター作品がある。共著に『われ=われの旅』(岩波書店)『おはなしハルマンさま』(新幹社)『韓国食生活史』(藤原書店、翻訳)『私の祖国は世界です』(玄岩社、韓国ソウル)など。同書は2007年に日本語版が岩波書店から出版。

この本に対する夫、小田実のコメントは、
「新しい時代を生きよ」という玄順恵のことばは韓国人だけにむけられたことばではない。日本人にも、世界のどこの国の人間にもむけられたことばだ。そう私も認識し、同じことばを言う。


 最後に、小田実氏が1999年7月から、一月に一度、書いてた「西雷東騒」の最後での言葉が小田実氏自身が、この世との別れの言葉かもしれません。

連載を支えてくれた毎日新聞の方々、そして、読んでくれた読者諸氏に感謝したい

大阪生まれ、大阪育ちの私らしく、
別れのことばを大阪流にひと言― 「―ホナ、サイナラ、お元気で。」

                    小田実HP

<----ここから転載歓迎---->


緊急声明「バルブ事件に関して」

 被害を訴えている平良夏芽です。多くの方々にご心配をいただいておりますが元気です。様々な情報が飛び交っておりますので、事実と、私の思いを公にしたいと思います。

 ことは、7月21日(土)午後12時30分頃に起きました。順を追って説明します。

パッシブ・ソナーという機材を海底に固定するための台座の杭の打ち直し作業が行われようとしていました。作業ダイバーたちがタンクを背負って海に入ったので、私もタンクを背負って潜りました。14リットルのタンクに満タン(200)を確認し、バルブを全開にしてから半回転戻すという基本操作をして潜りました。
   
 皆さんに知っていただきたいのは、作業ダイバーが作業を強行する時もお互いの安全確認がなされていたということです。この日もダイバーのリーダーは、海底で何度も何度も私の安否を問うてきました。私が押しつぶされるたびに、私の目の前にOKサインを出して確認して来たのです。私のタンクがはずれた時に背負い直す手伝いをしてくれたのもダイバーのリーダーであり、急浮上した私を介助してくれたのもダイバーのリーダーです。
 
 それゆえにエアーが止まって急浮上した時、私はバルブが閉められたとは夢にも思いませんでした。船上にあがって落ち着いた私は、作業ダイバーが乗っている船に阻止船を近づけてもらって「助けてくれてありがとう。エアーがゼロになってしまったみたい」と告げているぐらいです。
 
 ダイバーがそんなことするはずがないという思いと、海底でかなり息が荒れていたのでエアーの消費が激しかったのだと判断した私は、原因を確かめることもせずにお礼を言いに行ったのです。
 
 しかし一緒にいた仲間たちから「バルブをさわっていたようだが閉められていないか」と確認され、改めて確認してみたらバルブが閉まっており、エアーの残量も150もあったのです。船上の仲間たちはもちろんバルブをさわっていません。状況として作業ダイバーがさわったとしか言えないというのがはっきりと言える事実です。更にこれを補完する資料として映像があります。前日に購入したばかりの防水ビデオカメラに現場の映像が映っていますが、じっくりと見ないと分かりにくい映像です。
 
 現在、ブログ等で出回ってしまっているくっきり写っている写真は、バルブが閉められて瞬間のものではありません。確かにバルブに手が伸びており、半回転ほど回っているようですが、閉めたとも言えますが開いているのを確認したとも言える映像です。ですから、この部分の映像や写真を現場写真として使用することは止めてください。関係のないダイバーを巻き込むことになります。
 
 もう一つ大切なことは、辺野古の闘いは「相手との関係性を大事にして来た」ということです。基地建設計画が白紙撤回されたとき、作業をしていた人たちと酒を飲めるような、そんな阻止行動を目指してきました。現実は厳しいもので、なかなかそのようにはいきませんが、目指していたのはそのような関係性です。バルブを閉めた本人は、その責任を負わなければなりません。しかし、必要以上にその個人を責めるのではなく、現場の作業員をそのような精神状態に追い込んでしまった権力にこそ、その矛先を向けて欲しいのです。
 
 施設局は、これまで多くの怪我人を出してきました。気を失って救急搬送された仲間もいました。どんなに危険な状況が生じても、一切の責任を負わず、ノルマだけを業者に押しつけ続ける施設局こそが糾弾されるべきです。これが「防衛」という言葉を使っている人々の実態です。現在は現場に責任者もおかず、すべての責任を業者だけに負わせる体制をとっています。全国の皆様、このことをこそ問うてください。絶対に許してはならないことです。お願いします。
 
 壊れてしまった信頼関係を回復することは非常に困難です。しかし、この困難を克服しない限り本当の平和を創り出して行くことは不可能だと思っています。
 
 基地建設に繋がる作業の強行がなされないように厳しく対峙しながら、個々人を追い込まない方法を模索しています。どうぞ現場の思いを理解し、ご協力をよろしくお願いいたします。

              2007年7月26日

            うふざと教会牧師
            平和市民連絡会共同代表  平良夏芽


<----ここまで転載歓迎---->

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調査報告/原子力発電所における秘密
          エル・ムンド[EL MUNDO:スペインの新聞 ]2003.6.8

                 日本の原発奴隷〔下〕

広島と長崎
 企業は、他の業者を通してホームレスと下請け契約をする。労働者の生まれや健康状態などを追跡する義務を企業が負わずにすむシステムの中で、それは行われている。日本で起こっている事態の最大の矛盾は、原子力を誤って用いた結果について世界中で最も良く知っている社会の中で、ほとんど何の抗議も受けずに、この悪習が生じているということである。1945年8月6日、アメリカ合衆国は、その時まで無名であった広島市に原子爆弾を投下し、一瞬にして5万人の命が失なわれた。さらに15万人が、翌5年間に、放射線が原因で亡くなった。数日後、長崎への第二の爆弾投下により、ヒロシマが繰り返された。
 あの原子爆弾の影響と、原発の下請け労働者が浴びた放射線に基づいて、ある研究が明らかにしたところによると、日本の原発に雇用された路上の労働者1万人につき17人は、“100%”癌で亡くなる可能性がある。さらに多くが、同じ運命をたどる“可能性が大いにあり”、さらに数百人が、癌にかかる可能性がある。70年代以来、30万人以上の一時雇用労働者が日本の原発に募られてきたことを考えると、藤田教授と樋口氏は同じ質問をせざるをえない。「何人の犠牲者がこの間亡くなっただろうか。どれだけの人が、抗議もできずに死に瀕しているだろうか。裕福な日本社会が消費するエネルギーが、貧困者の犠牲に依存しているということが、いつまで許されるのだろうか」。
 政府と企業は、誰も原発で働くことを義務付けてはおらず、また、どの雇用者も好きな時に立ち去ることができる、と確認することで、自己弁護をする。日本の労働省の広報官は、ついに次のように言った。「人々を放射線にさらす仕事があるが、電力供給を維持するには必要な仕事である」。
 ホームレスは、間違いなく、そのような仕事に就く覚悟ができている。原子炉の掃除や、放射能漏れが起こった地域の汚染除去の仕事をすれば、一日で、建築作業の日当の倍が支払われる。いずれにせよ、建築作業には、彼らの働き口はめったにない。大部分が、新しい職のおかげで、社会に復帰し、さらには家族のもとに帰ることを夢見る。一旦原発に入るとすぐ、数日後には使い捨てられる運命にあることに気づくのである。
 多くの犠牲者の証言によると、通常、危険地帯には放射線測定器を持って近づくが、測定器は常に監督によって操作されている。時には、大量の放射線を浴びたことを知られ、他の労働者に替えられることを怖れて、ホームレス自身がその状況を隠すことがあっても不思議ではない。「放射線量が高くても、働けなくなることを怖れて、誰も口を開かないよ」。斉藤さんはそう話す。彼は、「原発でいろんな仕事」をしたことを認める、東京、上野公園のホームレスの一人である。
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原子炉の内部。下請け労働者のグループが日本の原子炉内部で働く。彼らのうち何名かは原発奴隷である。彼らは、何らかの技術的知識が与えられることはなく、国際協定で認めら れた最大値の1万7000倍の放射線を浴びている/撮影:樋口健二

 原発で働く訓練と知識が欠如しているため、頻繁に事故が起きる。そのような事故は、従業員が適切な指導をうけていれば防げたであろう。「誰も気にしていないようです。彼らが選ばれたのは、もしある日仕事から戻らなくても、彼らのことを尋ねる人など誰もいないからなのです。」と樋口氏は言う。一時雇用者が、原発の医療施設や近くの病院に病気を相談すれば、医者は組織的に、患者が浴びた放射線量を隠し、“適性”の保証つきで患者を再び仕事に送り出す。絶望したホームレスたちは、昼はある原発で、夜は別の原発で働くようになる。
 この2年間、ほとんど常に藤田、樋口両氏のおかげで、病人の中には説明を求め始めた者達もいる。それは抗議ではないが、多くの者にとっての選択肢である。村居国雄さんと梅田隆介さん、何度も契約した末重病にかかった二人の原発奴隷は、雇用補助の会社を経営するヤクザのグループから、おそらく、殺すと脅されたために、それぞれの訴訟を取り下げざるをえなかった。

毎日の輸血
 大内久さんは、1999年、日本に警告を放った放射線漏れが起きた時、東海村原発の燃料処理施設にいた3人の労働者の一人である。その従業員は、許容値の1万7000倍の放射線を浴びた。毎日輸血をし、皮膚移植を行ったが、83日後に病院で亡くなった。
 労働省は、国内すべての施設について大規模な調査を行ったが、原発の責任者はその24時間前に警告を受けており、多くの施設は不正を隠すことが可能であった。そうであっても、国内17の原発のうち、検査を通ったのはたったの2つであった。残りについては、最大25の違反が検出された。その中には、労働者の知識不足、従業員を放射線にさらすことについての管理体制の欠如、法定最低限の医師による検査の不履行なども含まれた。その時からも、ホームレスの募集は続いている。
 松下さんと他10名のホームレスが連れて行かれた福島原発は、路上の労働者と契約する組織的方法について、何度も告発されている。慶応大学の藤田祐幸教授は、1999年、原発の責任者が、原子炉の一つを覆っていたシュラウドを交換するために、1000人を募集したことを確認している。福島原発での経験から3年後、松下さんは、「さらに2、3の仕事」を受けたことを認めている。その代わり、彼に残っていた唯一のものを失った。健康である。2、3ヶ月前から髪が抜け始めた。それから吐き気、それから、退廃的な病気の兆候が現れ始めた。「ゆっくりした死が待っているそうだ。」と彼は言う。

                         * * * * *
 この新聞は、インタビューを受けられた樋口健二氏より提供された。記事の訳内容の一部は、樋口氏によって訂正されている。なお、原文では、写真は全てカラーで掲載。
                           訳責:美浜の会
調査報告/原子力発電所における秘密
          エル・ムンド[EL MUNDO:スペインの新聞 ]2003.6.8

                 日本の原発奴隷〔上〕

 日本の企業は、原子力発電所の清掃のために生活困窮者を募っている。 多くが癌で亡くなっている。クロニカ〔本紙〕は、このとんでもないスキャンダルの主人公達から話を聞いた。

DAVID JIMENEZ 東京特派員
 福島第一原発には、常に、もう失うものを何も持たない者達のための仕事がある。松下さんが、東京公園で、住居としていた4つのダンボールの間で眠っていた時、二人の男が彼に近づき、その仕事の話を持ちかけた。特別な能力は何も必要なく、前回の工場労働者の仕事の倍額が支払われ、48時間で戻って来られる。2日後、この破産した元重役と、他10名のホームレスは、首都から北へ200kmに位置する発電所に運ばれ、清掃人として登録された。
 「何の清掃人だ?」誰かが尋ねた。監督が、特別な服を配り、円筒状の巨大な鉄の部屋に彼らを連れて行った。30度から50度の間で変化する内部の温度と、湿気のせいで、労働者達は、3分ごとに外へ息をしに出なければならなかった。放射線測定器は最大値をはるかに超えていたため、故障しているに違いないと彼らは考えた。一人、また一人と、男達は顔を覆っていたマスクを外した。「めがねのガラスが曇って、視界が悪かったんだ。時間内に仕事を終えないと、支払いはされないことになっていた」。53歳の松下さんは回想する。「仲間の一人が近づいてきて言ったんだ。俺達は原子炉の中にいるって」。
 この福島原発訪問の3年後、東京の新宿公園のホームレスたちに対して、黄ばんだ張り紙が、原子力発電所に行かないようにと警告を発している。“仕事を受けるな。殺されるぞ”。彼らの多くにとっては、この警告は遅すぎる。日本の原子力発電所における最も危険な仕事のために、下請け労働者、ホームレス、非行少年、放浪者や貧困者を募ることは、30年以上もの間、習慣的に行われてきた。そして、今日も続いている。慶応大学の物理学教授、藤田祐幸氏の調査によると、この間、700人から1000人の下請け労働者が亡くなり、さらに何千人もが癌にかかっている。

完全な秘密
 原発奴隷は、日本で最も良く守られている秘密の一つである。いくつかの国内最大企業と、おそるべきマフィア、やくざが拘わる慣行について知る人はほとんどいない。やくざは、電力会社のために労働者を探し、選抜し、契約することを請負っている。「やくざが原発親方となるケースが相当数あります。日当は約3万円が相場なのに、彼等がそのうちの2万円をピンハネしている。労働者は危険作業とピンハネの二重の差別に泣いている」と写真家樋口健二氏は説明する。彼は、30年間、日本の下請け労働者を調査し、写真で記録している。
 樋口氏と藤田教授は、下請け労働者が常に出入りする場所を何度も訪れて回り、彼らに危険を警告し、彼らの問題を裁判所に持ち込むよう促している。樋口氏はカメラによって―彼は当レポートの写真の撮影者である―、藤田氏は、彼の放射能研究によって、日本政府、エネルギーの多国籍企業、そして、人材募集網に挑んでいる。彼らの意図は、70年代に静かに始まり、原発が、その操業のために、生活困窮者との契約に完全に依存するに至るまで拡大した悪習にブレーキをかけることである。「日本は近代化の進んだ、日の昇る場所です。しかし、この人々にとっては地獄であるということも、世界は知るべきなのです。」と樋口氏は語る。
 日本は、第二次世界大戦後の廃墟の中から、世界で最も発達した先進技術社会へと移るにあたって、20世紀で最も目覚しい変革をとげた。その変化は、かなりの電力需要をもたらし、日本の国を、世界有数の原子力エネルギー依存国に変えた。
 常に7万人以上が、全国9電力の発電所と52の原子炉で働いている。発電所は、技術職には自社の従業員を雇用しているが、従業員の90%以上が、社会で最も恵まれない層に属する、一時雇用の、知識を持たない労働者である。下請け労働者は、最も危険な仕事のために別に分けられる。原子炉の清掃から、漏出が起きた時の汚染の除去、つまり、技術者が決して近づかない、そこでの修理の仕事まで。
 嶋橋伸之さんは、1994年に亡くなるまでの8年近くの間、そのような仕事に使われていた。その若者は横須賀の生まれで、高校を卒業して静岡浜岡原発での仕事をもちかけられた。「何年もの間、私には何も見えておらず、自分の息子がどこで働いているのか知りませんでした。今、あの子の死は殺人であると分かっています」。彼の母、美智子さんはそう嘆く。
 嶋橋夫妻は、伸之さんを消耗させ、2年の間病床で衰弱させ、耐え難い痛みの中で命を終えさせた、その血液と骨の癌の責任を、発電所に負わせるための労災認定の闘いに勝った、最初の家族である。彼は29歳で亡くなった。
 原子力産業における初期の悪習の発覚後も、貧困者の募集が止むことはなかった。誰の代行か分からない男達が、頻繁に、東京、横浜などの都市を巡って、働き口を提供して回る。そこに潜む危険を隠し、ホームレスたちを騙している。発電所は、少なくとも、毎年5000人の一時雇用労働者を必要としており、藤田教授は、少なくともその半分は下請け労働者であると考える。
 最近まで、日本の街では生活困窮者は珍しかった。今日、彼らを見かけないことはほとんどない。原発は余剰労働力を当てにしている。日本は、12年間経済不況の中にあり、何千人もの給与所得者を路上に送り出し、一人あたり所得において、世界3大富裕国の一つに位置付けたその経済的奇跡のモデルを疑わしいものにしている。多くの失業者が、家族を養えない屈辱に耐え兼ねて、毎年自ら命を絶つ3万人の一員となる。そうでない者はホームレスとなり、公園をさまよい、自分を捨てた社会の輪との接触を失う。

原発ジプシー
 原発で働くことを受け入れた労働者たちは、原発ジプシーとして知られるようになる。その名は、原発から原発へと、病気になるまで、さらにひどい場合、見捨てられて死ぬまで、仕事を求めて回る放浪生活を指している。「貧困者の契約は、政府の黙認があるからこそ可能になります」。人権に関する海外の賞の受賞者である樋口健二氏は嘆く。
 日本の当局は、一人の人間が一年に受けることが可能である放射線の量を50mSvと定めている。大部分の国が定めている、5年間で100 mSvの値を大きく超えている。理論上、原子力発電所を運営する会社は、最大値の放射線を浴びるまでホームレスを雇用し、その後、「彼らの健康のために」解雇し、ふたたび彼らを路上へ送り出す。現実は、その同じ労働者が、数日後、もしくは数ヵ月後、偽名でふたたび契約されている。そういうわけで、約10年間、雇用者の多くが、許容値の何百倍もの放射線にさらされている説明がつくのである。
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長尾光明、78歳、多発性骨髄腫に罹患。東電・福島第一原発で働いた自分の写真を抱える/ 撮影:樋口健二

 長尾光明さんは、雇用先での仕事の際に撮られた写真をまだ持っている。写真では、彼は、常に着用するわけではなかった防護服を着ている。病気になる前、5年間働いた東電・福島第一原発で、汚染除去の作業を始める数分前にとった写真である。78歳、原発ジプシーの間で最も多い病気である骨の癌の克服に励んで5年を経た今、長尾さんは、原発を運営する会社と日本政府を訴えることに決めた。興味深いことに、彼は、契約されたホームレスの一人ではなく、監督として彼らを指揮する立場にあった。「大企業が拘わる仕事では、何も悪い事態が起こるはずはないと考えられてきました。しかし、これらの企業が、その威信を利用し、人々を騙し、人が毒される危険な仕事に人々を募っているのです」と長尾さんは痛烈に批判する。彼は、許容値を超える大量の放射線にさらされてきたため、歩行が困難となっている。
 30年以上の間、樋口健二氏は、何十人もの原発の犠牲者の話を聞き、彼らの病を記録してきた。彼らの多くが瀕死の状態で、死ぬ前に病床で衰弱していく様子を見てきた。おそらくそれ故、不幸な人々の苦しみを間近で見てきたが故に、調査員となった写真家は、間接的にホームレスと契約している多国籍企業の名を挙げることに労を感じないのだ。東京の自宅の事務所に座り、紙を取り出し、書き始める。「パナソニック、日立、東芝…」。
年金をむさぼり食った天下り102法人に天下り663人


見ての通り自民党と役人の慣れ合いである。こいつらがタッグを組んで国民の財産をかすめ取ったのである。

年金福祉還元事業は(1)グリーンピア(2)年金住宅融資(3)社会保険健康センター「ペアーレ」、健康福祉センター「サンピア」など年金福祉施設――の3事業。05年度までに年金保険料6兆4000億円が、これらの給付以外の事業に使われた。年金財政が苦しくなる中、元厚労省幹部の地元への施設誘致や放漫経営による赤字などが指摘され、政府は01年12月、グリーンピア、年金住宅融資の廃止を決定。年金福祉施設の売却も与党合意で04年3月に決定した。

私はどのような事情があるにせよ、自民党に投票行為をしている人間に重大な責任があると思う。

ところが昨年4月時点で、これらの事業にかかわる両省庁所管の14法人と、各地の社会保険事務局所管の88法人に663人の元国家公務員が在籍していたことが分かった。ほとんどが両省庁のOBとみられる。

こいつらは、給料と退職金を貰うだけの目的で天下った。やったことは、(下っ端が天下っている)関連企業に法外な値段で箱物工事をやらせたことくらいである。日本の赤字1800兆円の原風景がここにあるのだ。

全国13カ所のグリーンピアは当初、特殊法人「年金福祉事業団」が運営。後に特殊法人「年金資金運用基金」と改称、さらに「年金積立金管理運用独立行政法人」に移行した。独立行政法人では元社保庁総務課長が理事、同次長が監事を務め、前身の2法人は歴代6理事長が元厚生事務次官だった。

建設?修繕に3727億円を投じながら、廃止後の全売却額はわずか約48億円にとどまった。独立行政法人は現在、年金積立金の運用のみを行っている。

民間がこれをやれば悪質な詐欺罪が適用されるだろうが、お上がやれば当然の措置なのである。自民党に投票している人は納得しなさい。


サンピアなど89カ所を運営する財団法人「厚生年金事業振興団」は、
理事長の吉原健二?元社保庁長官ら全常勤役員4人が両省庁のOBだった。
常務理事は
▽元厚生省児童家庭局長
▽元国立医療?病院管理研究所長
▽元社保庁地方課長。歴代理事長に4000万円前後の退職金が出ている。

34カ所のペアーレを運営する財団法人「社会保険健康事業財団」は、常務理事が元社保庁保険指導課長で、元厚労省健康局長と元社保庁参事官が理事と監事。全一般職員の1割に当たる125人が元国家公務員だ。

地方所管法人では、各地の財団法人「社会保険協会」に、元国家公務員が役員に81人、職員に125人在籍。各地の財団法人「国民年金福祉協会」にも82人が役員に再就職していた。

「義理が廃れりゃこの世は闇だ」
以上の関係者の方、今回は自民党大苦戦だ。必死になって応援してあげなさい。

(記事)

<年金福祉還元事業>102法人に天下り663人
http://www.excite.co.jp/News/society/20070716030000/20070716M40.111.html

経営破綻(はたん)した大規模保養施設「グリーンピア」など年金の福祉還元事業にかかわる102法人に、事業廃止決定後の昨年4月時点で、社会保険庁や厚生労働省などのOBが役員218人、一般職員445人の計663人在籍していたことが分かった。
中央所管法人では役員155人中47人と3割を占める。年金記録のずさんな管理実態が表面化する中、保険料の無駄遣いが批判された法人がOBの受け皿となっている実態が浮き彫りになった。

(関連)

「天下り」基準違反の公益法人、38倍に 公益法人白書
http://blogs.yahoo.co.jp/warabidani/48295646.html

社会保険庁 天下りの実態暴露
http://blogs.yahoo.co.jp/warabidani/48295637.html


【憂国通信414号転載】

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