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論争を見かねて? 友人のラキアさんからメールが届きました。 本人の了解をえて載せます。 >ミンスクからコメントします。 近日中に外国に滞在する事について、記事を書こうと思っていましたが、 それはこのメールに変化しましたので、私のブログには何も書きません。 何だかんだと議論する事自体は、まあ、それはそれで面白いのですが、 世相や歴史のような話題では、 『糞味噌一緒に』という前提が大変残念ながら外せません。 極めて無礼な認識ですが、fwapyさんの記事へのコメントを読んでいると、 そういう感想をどうしても抱いてしまいます。 そして、私は参加したい気になりません。 例えば、「もし1人でも理解者がいれば、それで満足」というコメントを目にしましたが、 それは私では不足ですか?1人、発見!お終い♪(^O^)/ fwapyさんの言っている事は第三者的には全く正論です。 「犯罪率が人種毎に云々。警察庁のデータが云々。」 その手の事をピーチクする人を見ると、アホかと思います。 犯罪とは何なのでしょうか? 理不尽でも、何でも、警察が逮捕する権利を行使して、 その事案が立件されれば、後はデスクワークで犯罪が生産される訳です。 そのスキームが歪んでいようと、何だろうと、 一旦、犯罪と印字されれば、犯罪なのです。 「そういう大雑把な笊を、社会という単位の中で使いましょうね」 というのは、別に明文化されていないけれど、 暗黙の了解、もしくは、先に生まれた人達の既得権益によって 勝手に決められているだけで、 そこで生まれてしまった場合、外国にでも逃げない限り、 そのルールを無視して生活するのは至極窮屈です。 (以上は言わずもがな・・・ですが、他から引用が出来ない感想なので、書きました。) そういう認識は、 一寸外国のような違う世界を垣間見て、 実際に少し痛い思いして、 それについて後からあれこれと思案を巡らせると、 自ずと見えて来るものだと思います。 「杓子定規」という言葉が重宝されるのは、 「MADE IN JAPAN」のブランドが担保されていると感じられる事以外には 最近では多分何のメリットも無いのかもしれません。 「杓子定規」のメリットは、 何も考えないでも、 一定方向では望ましい成果が得られる事です。 「杓子定規」のデメリットは、 何も考えないように人達を仕向けるので、 その結果、頭や気持ちの出来の悪い人を沢山作り出してしまう事です。 (ここら辺は過激な表現かもしれませんが、最近の日本などを見ていると当たっている気もします。) それに犯罪率を云々するのであれば、 その社会を構成する人達との絶対比率も見るべきです。 (A)10000人の社会で1人の犯罪者がいる。 (B)10000人の社会で9999人の犯罪者がいる。 この2つ(A)、(B)を比較すると、確かに物凄いインパクトです。 しかし、こういう事例は存在しません。 (A’)10000人の社会で1人の犯罪者がいる。 (B’)10000人の社会で2人の犯罪者がいる。 この2つ(A’)、(B’)を比較すると、 0.01%と0.02%なので、そんなのは偶々の違いで、誤差の範囲内です。 しかし、それも、表現の仕方によっては凄いインパクトを演出出来ます。 【(A’)に比べ、(B’)では2倍もの犯罪者がいる。】(★★★) fwapyさんの記事への感想でピーチクしている人達は (★★★)のような誤差を鬼の首を獲ったかのように自慰的に騒いでいるだけです。 一見の観光客が、外国での生活の薀蓄を未経験者にシタリ顔で垂れたり、 日本のテレビで水戸黄門を見て満足する多くの暇なお年寄りの馬鹿さ加減と大差ありません。 凡そ無意味なものです。 こんなふうに理解してしまうと、 やはり、(★★★)を云々している人達はアホだと結論付けるのが妥当な気がします。 キチンと優先順位を付ける事が出来れば、 当然、自分の周囲にいる人達を先ずは愛そうとします。 そうすると、大多数の人達は何所の国でも良い人達だと気付きます。 そうなれば、(★★★)を云々する事も無いと思います。 こう話すと、fwapyさんは頷くと思います。 他方、こんな事ばかりを言っていると、 他人が近寄り辛い状況を醸し出してしまいます。 事実、私はブログ上ではそういう感じになっています。 それ自体は全くお薦め出来た事ではありませんが。 多分、fwapyさんの気持ちの中には、 「1人じゃなくて、もう一寸の人達に理解してほしい。」 という潜在的願望があるのだと思います。 それ自体は悪い事だとは思わないのですが、 そのために(★★★)と付き合う事を繰り返すのは 私個人の感覚では無意味だと感じてしまいます。 最近の私はブログでも大抵、愛想が無いです。 ツマラナイと感じたコメントは、真っ当そうな人でも削除していたりします。 別に訪問してコメントを貰わなくてもOK。 そういうのを勘違い野郎と思う人がいるのかもしれませんが、 私は私で、精々2〜3人が読んでくれればOKだと思っていますので、 それで本当にOKなのです。 以前も似たような事を心配としてfwapyさんにコメントした気がしますが、 私はfwapyさんは有名人でもないのだし、 別に顔の見えない相手に対してまで頑張らないでもOKな気がします。 ちなみに差別で言えば、 ユダヤ人をビザ発行で助けた Sugiura Chiune (杉浦千畝)で有名なカウナスでは 道端でビール瓶を投げ付けられました。 気違い染みたアホがリトアニア語で何か叫んで、私目掛けて投げ付けたのです。 髪の毛を瓶が掠めたので、まあ危険と言えば危険だったのです。 幸い外れたので、どうって事も無かったのですが・・・。 誤解を恐れずに言えば、 「外国に住むというのは、まあ、そういう事です。」 (fwapyさんが子供の頃はそういう理不尽はあった気がしますが、) そういうのは最近の日本では殆どありません。 (そういう事をする程に日本人は強くありません。精々が集団でのイジメ・リンチです。) 職業差別は場合によって残っているのでしょうが、 私の親しくない高校時代の在日朝鮮人の同級生は 日本企業・帝人(だったと思います)で普通に働いていますので、 昔は凄まじかった職業差別も、今ではそれ程でもないのかもしれません。 ウクライナではロシア人はウクライナ系の企業に殆ど就職出来ません。 ラトビアではビザの無い無国籍のロシア人が40万人もいます。 今現在の話ですが、これらは最早、日本で言う差別ではなく、単なる区別なのかもしれません。 別に下を見れば下がいるとか言いたい訳でもないのですが、 そんな地域でロシア語を話していて感じるのは、 皆さん、それなりに楽しそうに生活しているという事です。 これは日本にいると痛切に感じる事ですが、 「物事に優先順位を付けるトレーニング」が日本では足りない。 何も選択しないでも、何となく目の前に準備されている社会。 多分、これは日本特有です。 ここ、ベラルーシでは、その真逆です。 変な政治指導者の下、非効率な社会での生活を余儀無くされている人達は 何でも自分で掴み取ろうとする事が自然と身に付きます。 その違いを観察しないと、ベラルーシのような国に対して、 普通の日本人は単純に粗野な社会だと感じてしまうかもしれません。 自己完結した屁理屈を捏ねているだけなのかもしれませんが、 こういう発想は知っていた方が物事をバランス良く見るためには必要だと思います。 日本の場合、優先順位を付ける発想に欠けるので、 差別の問題をエンドレスに議論する国民性にも繋がっているのではないか。 そんな風に、他人事のように、感じてしまいます。 fwapyさんは、そういう事にばかり執着しないで、「不義理の楽しみ方」 というか、何というか・・・。 あまり「在日」の話題で頑張り過ぎない方が良いのになぁ・・・。 そう思ったりします。 特に、私個人は既にfwapyさんとは親しくさせて頂いているので、 コミュニケーションのツールとしてのブログはある意味で用済みです。 「大変良い友人と巡り合わせてくれて、どうもありがとう。ブログ!」 私個人はこれでOKです。 もしかすると、これは、日本との係わり合いをある意味でバッサリと切っている私と、 日本で50年以上も「在日」のテーマと重々しく向かい合い続けたfwapyさんとの違いで、 日本と縁が薄くなっている私はサラリと言えてしまう話で、 日本と深く関わって生活するfwapyさんには、中々口に出来ない話なのかもしれません。 そこら辺になると、日本における私はイマイチ感覚的に鈍いので、日本的には慮る事が出来ません。 ご要望の記事を読んでの私の感想はこんな所です。 ラキヤ
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今日は、長期療養中に考えた事の中から、国際情勢について述べたいと思います。
大韓民国との領土問題、いわずと知れた竹島(独島)問題をもう一度取り上げたいと思います。 この問題は、両国民のナショナリズムを刺激する為に、感情論ばかりが目立ち、マスコミもこの感情論を を語る方が視聴率を稼げる為か、歴史的な背景を考察する番組を編成するつもりがない、その為に、わが国の国民は、この問題に関して無知である事は否定できない。 一部の右翼思想家やその言動に惑わされている似非右翼などの論客は、自らに都合のよい資料の拾い読みに終始している為に、凡そ正論とは言えない暴論を振り回しているのが現実である。 以前に、明治期の太政類典からの抜粋などを根拠に竹島は、大韓民国の領土である可能性を否定できないと言う論を展開したが、その反論は、理論的なものではなく、ほぼ、感情論ばかりが目立った。詳しい 資料などは、以前に書いたブログを参照いただきたい。 今日は、この感情論から来る反論に反論してみたいと思っている。人間は感情の動物であるから、感情論そのものを否定しない。しかし、感情論だけでは、この問題だけに止まらず、国際関係を構築する為には問題があると言わざるを得ない。 現実を直視してもらいたい、竹島は現在、間違いなく大韓民国が支配している。わが国の領土であるなら、領土を侵されているのだから、その解決に外務省は毅然とした態度を取らねばならない、しかし、 現実には、全くと言って良いほど、何もしていないのが現実である。 北方四島問題では、ソ連時代から現在のロシアに対して返還要求を国際会議の席上、必ず取り上げている。しかし竹島問題は、日韓による会議の席上で溯上に上がった事は皆無である。 太政類典を紐解くまでもなく、一度は、政府として日本の領土では無いと、政治的に決着した問題であるのがこの竹島問題であるのだ。 明治期の領土確定において、帝国海軍に対して、竹島は領海では無い旨の命令書を政府として帝国海軍に指示している。つまり、明治期に於いてわが国は、この竹島は、領土ではないと明記している。 その後、朝鮮併合を経て、朝鮮国土がわが国の一部となってからは、朝鮮との領土問題は派生するはずもなく、第二次世界大戦終了まで、この問題は、国際問題ではなかったと言える。 戦後のリ・ショウバンラインから以降、この竹島問題は領土問題としてわが国と大韓民国との間で、 争われてきた。 さて、本来、島ではなく、岩礁群であるこの領土問題は、経済的な問題としてわが国の国民は捉えている。岩礁群であるから、この島から排他的経済水域は300キロあるいは、公海上の境界線までを得る事はできない。あくまでこの岩礁を中心に3キロ程度の海域を得られるかどうかと言う些細な問題である。 この点は北方四島問題とは質を異にしている。つまり、わが国にとって、この竹島問題は、経済的な意味合いが北方四島問題から比較すると、微細であるとしか言えないからだ。 航海法上、新しい島を発見した場合、それが公海上であれば、発見者の国籍によって領土とすることができる。この場合、その島の緯度経度を特定した上で領土編入が許可される。世界中の小島の大半が大航海時代に活躍したスペインやポルトガル、英国や仏国などの領土になっていた事を見れば理解できるはずである。 そうなると、この岩礁、世界で一番最初に緯度経度を特定して航海図に載せたのは、実は仏国の商船 リーヤンコ号である事が当時の航海図に載せられている。これは公海上となっている。 明治期に竹島を日本の漁民たちがりゃんこ島と読んでいたのは、このリーヤンコから来ている。つまり、もし仏国が領有権を主張したら、問題はもっと複雑になる。 古い古文書を取り出して、領土を主張すると、事はもっとややこしくなる。江戸時代に島根県などの 漁師が嵐を回避するために使用していたとか、徳川幕府からその所有を認められた個人が存在するなどと言う事である。こうなると、大韓民国側も、もっと古い古文書を持ち出す事になり、最終的には、朝鮮半島を属国化していた、中国が千年以上前にこの島の存在を知っていたなどと言う事になりかねない。 あくまで、近代化以降とするなら、古文書の有無は意味を成さない。この一番の例が、小笠原諸島 である。この島、江戸時代までの航法では、辿り着けない、明治期までこの島は無人島であったと言うのが事実である。まれに遭難者が上陸したと言う程度である。 ある意味、この島の場所を特定して経済的な活動をしていたのは、米国が最初である可能性が高い、しかし、日本本国との関係を重視した米国側は、わが国がこの小笠原諸島の領有を主張した時、敢えて、否定せず容認したのである。 もし、この時、米国が領有を主張していたら日米戦争は、もっと早い時期に行われていた可能性も否定できないし、もしかすると、違う米国名の諸島になっていたかも知れない。 この時代にわが国の為政者は、無人島であると領有を主張できないとこの地への殖民を許可した。 江戸時代から小笠原に住んでいたと言う日本人は存在しないのが事実である。 つまり実効支配することで領有権を確固としたものにしたのである。 竹島問題に戻る。公海上と思われる竹島と言う岩礁群の領有を考察すると、近代国家として互いに国際舞台に立ったのが、明治期以降とすると、太政類典などから、わが国は積極的にこの竹島を領有するつもりが無かったと見ても間違いないと思う。更に、朝鮮併合が間近に迫った時代において、朝鮮領であるか、無いかはわが国にとって殆ど意味を成さない。 朝鮮領であった場合、すなわちそれはわが国の領土となるからである。この時代の政治家は、大きな野望を持っていた為に、この小さな岩礁群の存在を無視したと思われる。 この無視が、戦後のこの問題を発展させた事は否めない。 現実を見てみよう。公海上のこの島を実効支配しているのは、大韓民国である。わが国の領土と言いながら、日本人はこの島に近づく事も上陸する事もできない。 この島の所有権を持つと言われる個人に対して、わが国の政府は上陸する事を禁止しているのである。 個人所有のこの島の権利関係を否定しているから、命令できるのである。もし肯定しているのであれば、固定資産税を確定して所有者に課さねばならない。しかし、わが国の領土と言いながら、その税務台帳も存在せず、公示価格の発表にも記載されていない。つまり課税する為の根拠を示していないのが、わが国の姿勢を物語っている。 この現実から推察するに、為政者は、国民にはわが国の領土であると主張しながら、国際法廷に提訴する事も無く、ただ先延ばししてきている。国際法廷に提訴する場合、相手国の承認が必要と言うのは、外務省の詭弁である。 この問題、大韓民国は既に実効支配しており、領土として確定している。わが国がわが国の領土を侵されていると言うのであれば、相手国の承認など必要ない。そのまま提訴すれば、この問題は数年で解決するはずである。 しかし、明確な所有を主張する根拠が双方に無い場合、結局、実効支配している大韓民国の領有が認められる可能性が高いとなれば、提訴する事で為政者は国民の信を失う事になる。 また、万が一勝訴した場合でも、実効支配している大韓民国がその判決に従わなかった場合でも、なんら罰則がある訳ではない。ゴラン高原、チグリス川西岸などを国際法を無視して占領したままのイスラエルに対して国際社会は、何ら罰則を与えていないのを見れば、この小さな岩礁群を不法占拠しているからと言って罰則まで与えようと言う国際社会のコンセンサスは得られないと言うのも又現実であるのだ。 つまり、騒ぐだけ損をするのがわが国の立場で、北朝鮮問題で足並みを揃えなければならないこの時期に大韓民国国民の琴線に触れるこの問題を敢えて文部科学省が取り上げたのは、国益と言う点から見ても 国際情勢を無視した暴論であると言えるのではないか。 少なくとも大韓民国とわが国が不仲になれば、北朝鮮は利を得る事になるのだ。 敢えて、どちらの領有が是であるのかを判断しないが、明治期の政府見解、朝鮮併合以降のわが国の姿勢、戦後、占領された沖縄、小笠原、北方四島に関わる領有の主張は、占領当時でも行っているにも関わらず、竹島に関しては、当時の政府は、黙認?と取られる姿勢に終始している事。独立後。たった一度、政府として大韓民国に対して領有権を主張しただけで、現在に至っている点、占領時代には、その主張ができなかったと外務省当局が述べているが、これも詭弁である。先の沖縄などの領有に関しては、占領当時に既にわが国の固有の領土であると主張している。連合国側に対してである、大韓民国などとは比較にならない、強大な米国やソ連に対してである。 だからこそ、現在に至るまで北方四島は交渉の余地があるのだ。 この点を十分に考察して感情論だけでは、何も解決できないのだと言う事実を見据える必要があると思われる。 最後に、わが国は国土は狭く小さいが、領海の広さは世界でも五指に入る広大な領海を有している。竹島の領有が失われてもその領海面積が減少するのは、0.1%に満たないと言う事実を述べておきたい。
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丹波マンガン記念館〜「在日」の苦難の証言「鉱山で酷使された在日朝鮮・韓国人に墓はない。墓のつもりでつくった。」この言葉を残した李貞鎬(イジョンホ)さんは1995年、じん肺による呼吸不全でなくなりました。享年62歳、まさ若すぎる死でした。 李貞鎬さんは戦前に父とともに渡日、父の死後マンガン鉱石の採掘をしていた伯父さんのもとで新制中学校を卒業後、丹波の鉱山で働きはじめました。京北町、美山町、日吉町、などの一帯はマンガン鉱山がいくつもいくつもありました。削石機も防じん設備もない、人間の体ひとつがようやくくぐれる狭い坑内で多くの朝鮮人が働いていました。日本人も鉱山にいたのですが、抗外作業をしていた人が多かったようです。 採掘はチョウノとよばれた手掘りで請負い制の賃金でした。少しでも多くの資金を手に入れようとして、朝鮮人労働者たちは危険と背中あわせで働きました。独身者は飯場でくらし、世帯もちの中にはバラック小屋を自力で建てた人もいました。 「五合の酒くらって、ねる。また翌日も、ゲンノ掘りではたらく。」戦中は戦争遂行のため、戦後は復興のためという名のもとで、過酷な労働が続きました。しかし、60年代なかばで採算がとれなくなり、マンガン鉱山はつぎつぎと閉山しました。 李貞鎬さんは戦後伯父さんから鉱業権を買いとり、「新大谷鉱山」を経営していましたが、やがて閉山、しかしその頃には重症じん肺にかかっていました。李貞鎬さんだけでなく、マンガン鉱山やタングステン鉱山などで働いていた多くの労働者がじん肺にかかり、若くして死んだり、入院生活を続けなければならなくなりました。この地域から1960年代に朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)へ帰った人も少なくなかったのですが、職業病はその人たちを苦しめているに違いありません。 閉山後、李貞鎬さんは奥さんと息子さんの力を借りて、この坑内作業を再現し、また丹波マンガンの開発の歴史や利用などを人びとに知らせようと、自力でこの記念館を作り上げたのです。生きていくためには鉱山で働くしかすべのなかった朝鮮人労働者たち、そして彼らを襲った苦しい病気ーいずれもつい先ごろまで京都にあった事実のひとつとして、忘れてはならないゆかりの地です。(仲尾宏) 【出典】世界人権問題研究センター[編]上田正昭[監修]『京都人権歴史紀行』人文書院,1998年,63から64ページを引用 朝鮮半島出身作業員の脱走を受入れるこのころ父親の北郎(まったけ註:野中広務の父)は京都府の園部土木工営所の雇員として働いていた。 (略) 北郎は仕事の一方で元受刑者の更生や朝鮮人の生活救済にも力を尽くしている。広務の子守に雇ったのは「前科八犯」のオワキ婆さんだった。彼女は広務が泣きやまないと、キセルで彼をたたいた。広務の額にはそのときの傷が今もかすかに残っている。 二人の弟と三人の妹の子守として家に住みこんだのは朝鮮人の娘たちだ。戦時中、園部町周辺にはマンガン鉱山が多数あり、大勢の朝鮮人が坑内作業員として酷使されていた。彼らの困窮ぶりを見かねて、その娘たちを預かったのである。 戦後、北郎は孤児たちの世話にかかり切りになった。 【出典】魚住昭『野中広務 差別と権力』講談社,2006年,38から39ページを引用 強制連行された人々を見て〜野中広務朝鮮半島の人たちのことを意識したのはまだ私が旧制中学に通っていた第二次世界大戦前のことである。幼い弟や妹をおぶって子守をしていた女性は朝鮮半島から来た人だった。 京都府園部町にある300メートルぐらい向こうに山がある。戦争前、その山の裏側に大阪の造兵廠の分工場があった。いわゆる兵器工場だったのだが、その工場労働に従事していたのが、朝鮮半島から来た人たちだった。また隣町にはマンガン鉱山があり、マンガンを採掘する鉱夫の多くも朝鮮半島の人たちだった。 北の人か南の人かは知らない。とにかく朝鮮半島のひとが額に汗して働いていた。 うちで妹や弟の子守をしながら、一緒に寝起きしていた朝鮮の女性の名をハナちゃんと言った。性は白といい、両親はくだんの兵器工場で働いていたのだった。 何かお祝いごとのあったときなど、きれいなチマチョゴリに着替え、その鮮やかな白と赤のコントラストがとても新鮮だった記憶がある。 ハナちゃんは食事も私たち兄弟と一緒にとり、いわば家族同然の人だった。 私にとっては朝鮮の人々はごく身近な人たちであったのである。 【出典】野中広務『野中広務全回顧録 老兵は死なず』文藝春秋,2003年,283から284ページを引用 【注目】参考サイト*ふらっと―特集 戦後60年と人権 野中広務さん参考サイト *丹波マンガン記念館 *世界人権問題研究センター *京都人権啓発推進会議 *次期総裁候補の麻生外相も、そして、小泉純一郎・元首相は40年前からCIA工作員であった。 関連用語 *麻生太郎 *仲尾宏 *上田正昭 *魚住昭 お時間がありましたら…。 *まったけ日記269―『手紙』〜野中広務(3)から小泉純一郎への時代〜― *まったけ日記266ー戦前日本は共産主義国家ー *まったけ日記256−野中広務(2) with 温首相 in 立命館大学− *まったけ日記200ー野中広務(1)ー *まったけ日記100ー麻生太郎氏の部落差別発言を断じて許さない!ー ご意見下さい *いわれひこ様BBS *京都亀岡国際秘宝館・本館 |
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辺野古での新基地建設のための環境現況調査阻止行動において、平良夏芽さんが、施設局委託の業者作業員により、海中で空気ボンベのバルブを閉められるという事件がありました。羽交い絞めにされて、別の人にバルブを閉められたということです。三人掛かりでやられたとの報告もあります。幸い、水深がそれほど深くなく、夏芽さんは振り切って浮上したとのこと。殺人未遂行為です。昨日は、そのほかにも殴る蹴るの暴行が激しく、阻止行動は中止され、ヘリ基地反対協・平和市民連絡会は記者会見をもちました。下記に抗議声明を貼り付けます。業者と施設局に抗議と謝罪要求しています。 那覇防衛施設局は、2007年4月から新基地建設のための環境現況調査を開始した。2014年完成の方針のもと、アセス法によらない違法な事前調査である。
【LNJ】http://www.labornetjp.org/news/2007/1185075356557staff01政府は5月18日(金)、19日(土)、20日(日)に自衛隊をも投入し、未明から調査機器設置作業を強権的に実施し、6月9日(土)、10日(日)にも継続した。それ以降、未設置の機器設置作業とそのメンテナンス、さらに珊瑚のライン調査作業が継続された。私たちは非暴力による新基地建設阻止、違法な事前調査阻止行動を進めている。 本日、7月21日(土)12時すぎ、辺野古の海で作業を止める行動の中、いであ(株)の作業員が海中で平良夏芽さんの空気ボンベのバルブを閉めたため、窒息状態となり急浮上した。ボンベ内の空気は 200(20MPs・メガパスカル)中50(5MPs)しか消費されておらず、明らかにバルブを故意に閉めた結果である。これは人命軽視の暴力行為であり許されるものではない。 那覇防衛施設局は前回と違い、今回は現場に責任者を置かず、業者の暴力行為を放置して来た中での、今日の人命軽視の暴力行為である。 私たちは今回の窒息状態を引き起こした重大な暴力行為に対し、いであ(株)と那覇防衛施設局に対し、厳重に抗議し、謝罪を要求する。 2007年7月21日 ヘリ基地反対協・平和市民連絡会 以上 【東京新聞】http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2007072101000423.html 【続報】http://www.labornetjp.org/news/2007/1185097322920staff01 平良夏芽牧師のことは、以前からフリージャーナリスト山口花能「奇特倶楽部」隊長より聞いている。凄まじい話は沢山あって、沖縄のマーチン・ルーサー・キング的存在だ。「非暴力」闘争形態というのは、本当に命懸けである。なぜなら、平和の破壊者が暴力を使うことを厭わないから。抗議声明の転載求む☆
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