もう随分前の話ですが、日本にいる友人が、長い闘病生活を続けた母君の看病の末、終に最期を見送られた時の話です。 キリスト教徒であった友人は、、信者ではなかった母君のお葬式もキリスト教式で挙げたそうです。 通っていた教会の牧師さんに葬儀礼拝司式を頼み、友人達の聖歌隊が讃美歌を合唱してくれたのだそうです。 いよいよの出棺時、聖歌隊が、この黒人霊歌『深い河』を歌う中、母君のお棺を見送りながら、不覚にも大声を上げて路上に泣き崩れてしまった... ...と当時スウェーデンにいた私に電話をしてきてくれました。 三人兄弟の末っ子の彼は、既に独立して所帯を持っていた兄上、姉上に代わって自宅で付きっ切りで母君の看病した末の事でした。 『不覚にも、人前で自分を支えて立っていられず、大声を上げて崩れ泣きしてしまった・・』 情く、恥ずかしそうに白状していた友人に 『そりゃ人間、人前で堂々と声を揚げて泣けるほどの度胸も勇気も無くてどうするの?』 母一人見送って、路上でおいおい声をあげて泣いていた背の高い大の男は勇敢でした。 実際の歌詞は、英文とその下の和訳文の意味ですが、この当時、彼の友人達の聖歌隊が歌った歌詞は、キリスト教会の讃美歌用に訳された、この歌詞でした。 深い河を越えて、さぁ 行こうよ 懐かしい、心のふるさと指して み恵みの主の、救いと平和を 友よ、さあ、受けよおよ 深い河を超えて、さぁ行こうよ 懐かしい、心のふるさと指して 母君の長く苦しい闘病生活を見守ってきた彼にとって、この歌は、心から母君に捧げたかった気持ちそのものだったのでしょう。 実際の歌詞は 『Deep River』 Deep river, my home is over Jordan. Deep river, Lord, I want to cross over into camp ground. O don't you want to go to that gospel feast. That promised Land, where all is peace? O deep river, Lord, I want to cross over into camp ground. 『深い川』 深い川よ、私の故郷(カナン)はヨルダン川のむこうにある。 深い川よ、主よ、私は川を渡って集いの地へ行きたい。 ああ、あの祝福された宴へ行きたくないか? あの約束の地、穏やかな安住の地へ。 ああ、深い川よ、主よ、私は川を渡って集いの地へ行きたい。 この『ディープ リバー/ 深い河』は黒人霊歌ですが、歌詞の中での『深い河』は、パレスチナ=カナンの地とヨルダンを分ける、ヨルダン川を示していますが、アメリカ黒人奴隷達が、この歌を唄っていた当時、彼らにとっての『深い河』は、奴隷制度の盛んなアメリカの南部と、産業革命盛りで安価な労働力の必要性から、奴隷解放を説いていた北部を分けるミシシッピー川であったと言われています。 広く長く、深いミシシッピー川を越えた向こう側には、奴隷解放の地、北部があり、その川を渡れば自由になれる事への羨望と哀願の気持ちを表した霊歌が『深い河』であったと言われています。 黒人霊歌については、お気に入りブロガーのぼすさんの記事『黒人霊歌の歴史』 http://blogs.yahoo.co.jp/bosshead303/trackback/1696471/25100882 をご覧ください。 |

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