ユウジの雑記

哲学にあこがれています。

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ある人の哲学に関する卒論に関して(どのような卒論かわかりませんが)参考文献を購入したことをブログに書かれていました。
その文献はデューイの本でした。私の粗末な知識ではデューイはやはり教育学なのかとおもうのですが(もちろんプラグマティストではあるのですが・・・)。なぜ、デューイで哲学そのものを研究できるかわからないのです。
だれか、教えていただきたいです。
アメリカのミードやパースと同じぐらいデューイも哲学者なのですか?
 私は教育哲学に違和感を感じてしまうのです(私の勉強不足のせいかだとおもいます。ごめんなさい。)
 私はそのブログを書いている人が「道徳=哲学」と思っているように思うのです。

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積読の秋です。

 積読の秋です。呆れるぐらいに、どれだけ積読できるか、がんばります。

 積読のためにわざわざ買ってしまった本です。
 
1. David Hume A Treatise of Human Nature with an analytical index, by L. A. Selby Bigge. Revised by P. H. Nidditch Oxford Univ. Press on Demand; 2nd. ed. 1978.

2. Hughes and Cresswell A New Introduction to Modal Logic New ed. Routledge 1996.

3. Rod Girle Modal Logics and Philosophy. Mcgill Queens Univ. Pr. 2nd ed. 2010.

4. James W. Garson. Modal Logic for Philosophers. Cambridge University Press 2006.

5.Kenneth Konyndyk Introductory Modal Logic Univ of Notre Dame Pr; Enlarged.版 (1986/5/31)

6. Scott Soames Philosophy of Language (Princeton Foundations of Contemporary Philosophy) Princeton Univ. Pr. 2010.

7. Steven Sloman Casual Models: How People Think About the World and Its Alternatives Oxford University Press, USA. 2009.

8. Ernest Sosa, Michael Tooley ed. Causation (Oxford Readings in Philosophy) Oxford Univ. Pr. 1993.

9.Daniel W. Graham The Texts of Early Greek Philosophy: The Complete Fragments and Selected Testimonies of the Major Presocratics Cambridge University Press 2010.

10.三枝 充悳講座仏教思想〈第2巻〉認識論・論理学 理想社 1975 古書。

11.ゲルハルト・シェーンリッヒ著、 加藤泰史監訳 『カントと討議倫理学の問題』 晃洋書房 2010。

12.日本カント協会編『日本カント研究11 カントと幸福論』理想社 2010。

13.日本科学哲学会編 『科学哲学 43-1』日本科学哲学会 2010。

14.『思想9』岩波書店2010。

15.鈴木照雄著 『パルメニデス哲学研究 「ある」、その主語、「あるmの(こと)をめぐって』東海大学出版会 1999。

16.野家啓一著『科学の解釈学』ちくま学芸文庫 2007。

17.アンリ・ベルグソン著 合田正人・松井久訳 『創造的進化』ちくま学芸文庫 2010。

18.カント著、中村元訳 『純粋理性批判3』光文社古典新訳文庫 2010。

19.長谷川三千子著『日本語の哲学へ』ちくま新書 2010。

20.内田次信・橋本隆夫・平田松吾・佐野好則訳『ギリシア喜劇全集7 群小詩人断片機抓簀判馘后2010。


 1はヒュームの本ですが、いくつかの版で持っています。7、8の因果論ために買いました。因果論を勉強しようと思っています。

 2、3、4、5は様相論理学の本です。これも因果論に関係するかもしれないと思い買いました(わたしの誤解ならゴメンナサイ。)。

 9はソクラテス以前の哲学者の断片集でギリシア語(一部ラテン語)と英訳になっています。これはドイツで出版されたDiels-Kranz版(邦訳は岩波書店があります。)をカヴァーしていると思い購入しました。

 10は仏教哲学の勉強のために買いました。

 15はパルメニデスは西洋哲学の勉強をするなら、避けては通れない学者だと思い買いました。

 17を購入しましたが、以前に岩波文庫、河出書房から出ている訳は持っていますが、新訳ということで買いました。

 みなさんも積読の秋・・・間違いました、読書の秋満喫してください。

 哲学専攻している学生さんのブログを拝読していますと、西洋哲学を勉強しているのに、卒論のテーマにする哲学者の著書を原書はもちろんのこと読まない(読めたら旧制大学、帝国大学レベル!)、あるいは引用するところでも、原文にあたらないでもいいみたいな哲学専攻を置いている大学があるみたいです。

 カントやニーチェならドイツ語、ベルクソンやサルトルならフランス語、ヒュームやラッセルなら英語だと思うのですが・・・。


 これは英文学専攻でシェークスピア、ドイツ文学ならゲーテを卒論のテーマに選んで、原書をみることもなく翻訳だけをたよりにして「卒論」を書き上げることと同じではないでしょうか?(わたしの場合は翻訳でも無理ですが・・・)


 哲学史やある特定の哲学者をテーマにするのではなく、哲学的問題を展開する卒論もあるのかもしれませんが、でも論理学などは勉強していない方もいるみたいです。自分の哲学的思考でもって卒業論文を書いているようです(凄い!)。


 わたしが拝読する方のブログで、日本思想(日本の哲学者)を「研究」し(国学や日本の儒教、仏教ではないです。古語、漢文、サンスクリット語などが対象になるものではありません。)卒論を書いて卒業したことが報告されていました。


 その方が卒論のテーマに選んだのは日本の哲学者だということで、その哲学者が言及する西洋哲学者の原書を参照することなく、また論理学も勉強せずに、哲学的に展開して論文を書いたそうです。


 この「研究」の対象になった日本の哲学者は彼の有名なエッセイで、「・・・どのような翻訳よりも原書がすぐれていることは確かである。・・・翻訳はすでに解釈であるということを知らねばならぬ。ひとは原書で読む困難を避けてはならない。」「哲学に入ろうとするものが論理学の知識もたねばならぬことは当然である。」と書かれていますが、この方にとってはあまりそのことはたいして哲学的に重要でなかったみたいです。


 この方は、現在は専門的哲学の文体よりも、文学や詩の文体がより哲学的だということで、「哲学的」小説や詩を同人誌に投稿されているみたいです。


 あー、このような「哲学の研究方法」があるのだと思いました。わたしも、このような語学訓練や原書講読・演習、論理学のトレーニングを必修としない(必要としない)大学で、哲学専攻したいです。そしてフッサールやレヴィナス、あるいは分析哲学、心の哲学など新書ぐらいでこなして卒論を書きたいです(本当は新書の内容もあまり理解できないのですが。)。ブログで自分の卒論テーマを紹介したりして・・・。

来年度の願書提出考えてみたいです(でも、わたしの場合はそれ以前の学力的問題で拒否されると思います。)。
お酒を我慢して(本当は飲んでいます。)、家族に秘密で買ってしまった本。

1.Husserl Edmund Ideen zu einer reinen Phaenomenologie und phaenomenologishen Philosophie Meiner Felix Verlag 2009.

2.Husserl Edmund Logische Untersuchungen Meiner Felix Verlag 2009.

3.Heidegger Martin Der Ursprung Des Kunstwerkes Reclam.

4.Heidegger Martin  Was Heisst Denken? Philipp Reclam 1992.

5.  井上忠著 『パルメニデス』 青土社 新装版 2004。

6.  ルネ・デカルト著 山田弘明訳 『方法序説』筑摩学芸文庫 2010。

7.  中島義道著 『『純粋理性批判』を噛み砕く』 講談社 2010。

8.  エトムント・フッサール著 谷徹訳 『ブリタニカ草稿』 筑摩学芸文庫 2004。

9.  門脇俊介編・監修 野矢茂樹編・監修 P・F・ストローソン著 ハリー・G・フランクファート著 ピーター・ヴァン・インワーゲン著 ドナルド・デイヴィッドソン 『自由と行為の哲学 現代哲学への招待 Anthology』  著春秋社  2010。

10. 内井惣七著 『空間の謎・時間の謎 宇宙の始まり迫る物理学と哲学 中公新書』 中央公論新社2006。  

11. 三浦俊彦著 『可能世界の哲学 「存在」と「自己」を考える』 日本放送出版協会 1997。

12. 永井均著 『転校生とブラック・ジャック』 岩波現代文庫 2010。

13. 永井均著 『<私>の存在の比類なさ』 講談社学術文庫 2010.

14. 大庭健著 『私はどうして私なのか 分析哲学による自我論入門』 岩波現代文庫 2010。
田島 一郎著 『イプシロン-デルタ (数学ワンポイント双書 20)』 共立出版 1978。

15. 小島寛之著 『確率的発想法 数学を日常に生かす』 日本放送出版協会 2004。

16. C.リード著 彌永健一訳 『ヒルベルト 現代数学の巨峰』 岩波現代文庫 2010。

17. ニールス・ボア著 山本義隆編訳 『ニールス・ボーア論文集2 量子力学の誕生』 岩波文庫 2000。

18. 平川 彰 (編集), 高崎 直道 (編集), 梶山 雄一 (編集) 認識論と論理学 (講座・大乗仏教) 春秋社; 新装版 1996(古書)。

19. 本多恵訳 『ダルマキールティの『認識批判』』 平楽寺書店 2005。

20. 木村泰賢 荻原雲来訳 『國訳大蔵経 論部 第十二巻 國訳阿毘達磨倶舎論 二』 第一書房

21. 『思想 8 ヘイドン・ホワイト的問題と歴史学』 No. 1036 岩波書店  2010。

22. 高津春繁著 『ギリシア語文法』 岩波書店 2008。

23. 新倉俊一 他 著 『改訂版 フランス語ハンドブック』 1996。


1、2は前期・中期のフッサールの主著です。これらの本はすでにNiemeyer版、英訳、邦訳を持っ(『イデーン機戮魯侫奪機璽訌棺姑任盪っています)ていますが、あえて買ってしまいました。
3、4はハイデガーの本でレクラム版の薄くて小さな本です。

5はレヴィナスがよくパルメニデスを議論するので、すこし、勉強したいと思い買いました。パルメニデスの断片集(ギリシア・独語対訳)はレクラム文庫をすでに購入してはあります。

9は人間の自由と因果秩序の両立に興味があり買いました。因果論を勉強したいと思います。

18、19、20は仏教学(仏教哲学)に関する本です。仏教学(仏教哲学)の専門書は高いでーす。これで、好きなお酒を控えないといけない窮地にたたされています!


同じ本を買う言い訳

1、2、6、8、11、12、13、14、22、23はすでにもっている本です。なぜ同じ本を買うのか?それにはいくつかの理由(言い訳)があります。べつに参考になることではありません。

(1) 持っていたのを完全に忘れていて買ってしまった本(ボケています)。今回はこれには該当しません。でも年に何回かはこういうことが起きます。特に高い本を買ってしまい、家に同じ本があったときは情けないです。

(2) 持っていることはわかるのですが、どこにあるのか探せない本(探す気力がない場合もある)。これは8、11の本に該当します。

(3) 新しく改訂版や改訳版出たので、買うことにした本。6の本です。

(4) 文庫本化されたり、携帯に便利という理由で買うことにした本。1,2、12、13、14の本です。

(5) 頻繁に利用するので、家、その他の場所で利用するように二つ購入しました。22、23です。ラテン語の文法書も2冊あります。よく使うドイツ語やフランス語、英語、ギリシア語、ラテン語の辞典類、文法書も2冊は持つようにしています。



<頻繁に利用する>と書いてしまいましたが、実は、「頻繁に利用する予定です、あるいは、そうできたらいいなー、」という希望的予測です。でも利用しないことのほうが確実のような気がします。家族にばれるのが怖いです。

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人生論は哲学ですか。

人生論は哲学ですか。

 皆さんご存知だと思いますが、哲学者の入不二基義先生が著した『哲学の誤読』があります。この本こそわたしのような「哲学愛好者」を戒める本だと思います。もっと恐ろしいのは「『哲学の誤読』を誤読している」のではないかと心配です。

 この本の中に、哲学テキストを人生論的に誤読する例がありました。この誤読はテキストの読み以前の問題であるそうです。あらかじめ人生論的な読みの構え、枠をかたくなに持って、そのスタンスに収めてはいけない文脈にもかかわらず、無理やり自らの人生論的枠に押し込め、自分の構えを維持したまま読んでしまう。人生論的枠で取り扱えないテーマや内容であっても、人生論や生き方の問題へと変質させてしまう、そのような根本的な誤解である。「哲学」とはなにがなんでも「人生論」あるいは「生き方の問題」なのだ、と誤解して、誤読するのかもしれないそうだ。文学青年(中年?)などが、陥りやすいかもしれないということだそうです。

 こういう誤読はわたしの得意(?)するところです。でも、論理学を駆使するような分析哲学や科学哲学ではできません(もちろん、内容そのものが、わたしの能力を超えているからです。これも読み以前の問題)。

 しかし、多いですよね。哲学=人生論(生き方の問題)の公式を信じている人は。ある偉大な思想家であり実践者である人の伝記を読んで、「あぁ!偉大だ!感動した!この人の思想はなんて素晴らしい!!」と感動しながら、偉大な人の崇高な実践=偉大な思想=哲学と思ってしまいます。何でもこの公式通りと思い込むことが、まったく哲学をわかっていないことになるのでしょうか。

 文学青年(中年)は、人生論的哲学が好きなのかしら?文学愛好者(もちろん哲学も愛好している)の中で、自ら「私小説風」の小説ぽいのをブログや同人誌に書いて、己の「深遠な哲学」を表現し、日常性に深いメスをいれていることを告白している方もいますよね。(読む話から書く話になってしまいました。)

 哲学のテキストが精確に読めるのは、いつのことになるのかしら。

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