『為替と40余年』

森羅万象を映す“為替”と四十余年を貿易マンとして共に生きてきたが、定年後は違った観点から眺めたい

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仕事は輸入から輸出に変っていたが、固定相場時代であるので今から思えば気楽なものであった。海外との取引であっても為替リスクが存在しない時代、信用リスクやカウントリーリスクも取引商社に「負んぶに、だっこ」で大変お世話になった時代でありました。したがって、メーカーは格好良く言えば輸出と言ってもマーケテイングに専念すれば良く、為替や代金回収で損することはなかった。

1970年初め米国向けの輸出担当に配属され、諸先輩の指導の下で仕事を教わったが、米国大手企業の視察団の観光案内、接待係、お酒を飲ませる役目、京都の花街の豪遊にもご相伴に預かるなど実に楽しい思い出が残っている。
ニッカの赤ラベルしか飲めない貧乏生活時代に、アメリカ人からジョニ黒ウイスキー、クロスの金ボールペンなど非常に貴重な土産を貰って気を良くしていた。 アメリカから据え付け研修などで技師が来日し、親しくなって「給与とボーナスは幾らか?」とを聞いたことがある。普通の技術者であったが、月給は1500ドル、ボーナスは歩合入れて1万ドル、こちらの月給は7万円前後の時代で換算すれば約200ドル、アメリカは実に豊かな国だなとびっくり仰天した。アメリカンドリームの時代と言われていたが、実態の米国経済は大変な事になっていた。

昔はお盆も夏休みもゆっくり年休を取れたが、休み明けで会社に行くと大事件が起こった。時は1971(昭和46)年8月15日(日本時間16日朝)、ニクソン米大統領はドルの金交換停止などを柱とするドル防衝と景気刺激及びインフレ抑制を目的として総合経済政策を電撃的に発表する大事件であった。日本ではドル防衛策及びその余波、加えて突然の中国訪問の発表を総称して,「ニクソン・ショック」と呼んでいる。ショックな事であったが、若い時代で、仕事の責任もなく悩みも苦労も覚えていない。多分、上司や取引商社の方々はご苦労なさったのではなかろうかと、その立場になって為替の厳しさを思うようになった。(新聞切り抜きは『日本経済新聞社』、国立国会図書館関西館)

当時、為替原論を勉強していたが、金本位が為替変動の基本理論の一つになっていたが、ドルの金交換停止でどんなことが起きるのであろうかと思っていた。8月15日のドル防衛策の発表から71年末まで水面下の各国の調整など続くことになる。

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こんにちは

心の隙間を埋めてくれるホームページです。

よかったら見てください。

2008/5/9(金) 午後 3:01 [ フィーバー ]

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こんにちは〜! お邪魔します。

良かったら、コチラのも見てくださいね。。。

2008/5/9(金) 午後 4:12 [ taku ]

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はじめまして

あちら、こちらと回っていて足跡を付けました。

失礼でしたらごめんなさい。

良かったら私のページものぞいて見て下さいね。

2008/5/9(金) 午後 5:26 [ ☆ありがとうさん♪ ]

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こんにちは^^ 気になったのでコメント残しました^^
よろしければ私のブログに遊びに来てください^^:

2008/5/9(金) 午後 7:43 [ サッカ−小僧 ]


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