『為替と40余年』

森羅万象を映す“為替”と四十余年を貿易マンとして共に生きてきたが、定年後は違った観点から眺めたい

全体表示

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

イメージ 1

菅新内閣が発足した。 TVや新聞で色々な評価はあるが、有言実行でシッカリ国政を担って欲しいものだ。 元会社の社長が「計画5%、実行95%」と言ったが、計画(マニフェスト)は5%の値打ちしかなく、実行する事が95%の値打ちの意味に通じる。 有言実行内閣と言うので期待をしたい。

地元出身の前原さんには地に落ちた外交で頑張って欲しいが、早速、尖閣諸島で中国問題が小波立っている。 近隣諸国の韓国や中国との関係は竹島や尖閣諸島問題に限らず、真の友好促進は前進&後退の紆余曲折もあって難しいが、そこには「被害者と加害者」の関係(歴史)を見つめる必要があろう。

9月18日:
日本では今日は“三連休初日“以外の意味のない日である。が、中国では9月18日は特別な日であり、5−6年前にある有名な日本のメーカーが新製品発表会を9月18日に開催したが、非難囂々だったことがあった。 2006年に中国の友人と一緒に遼寧省・瀋陽市にある「918記念館」を見学した事があるが、1931(昭和6)年の9月18日、満洲事変が起った。満洲支配をねらう関東軍が、奉天郊外・柳條湖の南満洲鉄道(満鉄)の線路を爆破した。関東軍は、それが中国国民政府軍の犯行であると報告し、満鉄沿線で行動を起こして数日のうちに満洲南部の要地を占拠した。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BA%80%E5%B7%9E%E4%BA%8B%E5%A4%89

918記念館には当時の歴史を写す展示品が克明に記録され、数々の展示がされている。入口から出口に至る展示品、説明書など見ると非常に“重苦しい気持ち”になり、如何に日本軍がむごい事をしたか胸が痛む思いであった。 記念館の出口ホールに橋本元首相のメッセージが記されているが、確か「歴史を鏡に、未来志向の日中友好、、、」とあった。記念館内の重苦しい気持ちも、このメッセージでやっと拭われた気分になった。駐在当時、瀋陽では張作霖記念館も参観したが、南京(大虐殺)記念館は参観予定日が休館となって行く機会はなかったのが今でも残念である。

日本人なら8月6日はだれでも忘れない「広島原爆の日」が、12月7日となると何んの日だったかなと思う。同様に、今日9月18日は中国に取っては忘れられない日でもある。 被害者と加害者ではメモリーが違うことを認識する必要があろうと思う、9月18日である。

日中間は政治・経済に加えて観光などの交流も益々盛んになってきているが、中国を訪問の時には人気観光スポットだけでなく918記念館などにも足を運んで貰いたいものである。

マーケットも三連休だが、平和ボケに陥らないための真面目ブログ考にした。

イメージ 1

イメージ 2

今朝はチョッピリ寒く、布団をくるまって寝ていたそうだが、今日は昔の敬老の日である。 我々の世代は「敬老」を受ける立場なのか、敬老の表敬をする立場なのか微妙な境地になってきた。

為替介入:
民主党のガタガタ政治で、錆び付き、抜くに抜けない「伝家の宝刀」と思いきや、やっと円高対策の為替介入が行われた。小沢一朗は介入積極派と見られていたが、菅代表の勝利で昨日は円高も加速した。
今朝11時前、5年ぶりの為替介入があり、ボケ防止の為替備忘録になりそうだ。昨日の民主党・菅代表の再選後は円高が進み、83円を割ったドルは介入後85円を超え、一定のサプライズ効果はあったのだろう。日経も9500台を回復し、先ずはメデタシ・メデタシだろう。 今夜の欧米時間にはECBやNYに介入委託される段取りらしいが、本当に円安が定着するかは「?」だ。

今後、どの程度の頻度と規模で為替が行われるか「菅新代表のやる気と本気度」が試されると言うが、2001年のNY同時多発テロの時の介入は1ヶ月間、10回程度行われたとのメモが残っているが、今回はどの程度のレベルまで為替介入が行われるのか興味津々である。

日本銀行のHP:
http://www.boj.or.jp/type/exp/seisaku/expkainyu.htm  
には日銀の介入関連の情報が詳しく記載されているが、介入額の公表は確か1ヶ月後の公表である。

今日は昼寝もタップリ、夜は12時頃まではマーケットを見たい気持ちである。

イメージ 1

今日はチョッピリ過ごしやすく、昼寝も扇風機は不要だったし、夕方には小雨。 涼しくて安眠できそう! と思いきや,,,,

元気なI君:
世界中をチャリンコで旅行しているI君がアラスカから帰国したとメールが来た。日本は猛暑でクタクタだったが、氏のメールには:
“寒いアラスカから無事帰ってきました。10日間の旅行でした。毎日小雨で10度前後。朝は吐く息も白く、白樺が黄色く色づき、山々は美しく輝いてました。風邪を引きそうでブルブル震えてました”と“超贅沢な話”である。今週末の飲み会に“特産のサーモンのおみやげ”を買ってきてくれたそうだが、京都市内での夜の飲み会には出にくく不参加となりそう。

アラスカには北極海から太平洋岸まで1200kmの石油パイプラインが走っていたそうだが、巨大な油送管のつなぎ目の溶接部を検査するシステムをI君が40年前に設計していたらしい。 我が友人も技術で世界に貢献していたと言うことになり大いに自慢して欲しい。 I君は最近、作曲もしっているらしいが、何より我々の同期会の「万年幹事役」を引き受けてくれている“粋なヤツ”である。有り難うヨ、I君。 所で飲み会も、暇人仲間なので昼時間にしないかい?

モグラ廃墟:
今週のNHKの野菜作り講座は「大根作り」だったが、そろそろ種まき・植え時らしく床を準備した。
他愛のない話だが、畑にモグラ駆除兵器を設置後はモグラ君も大人しく退散したようだ。 大根床の準備で畑を掘り起こしたら、何米ものモグラ居住区に出会った。そのモグラ廃墟は実に見事なもので、3−4の畝(ウネ)を最短距離で連結、無駄のない地下回廊を構築していた。

そう言えば、東京で夜、多くの若者達が大声を上げて集まり近所迷惑となる対策として、「特殊音波発生装置」の設置で若者達を退散させているとのニュースを見たことがある。若者と成人・老人では音波の感受性が異なるらしいが、モグラも同様。 I君の発明は磁力を利用したもの、モグラ駆除は音波と言うことになるが、どちらも目には見えない点が共通である。

イメージ 1

今朝は九時半から大津まで出かけ、草刈りの作業、昼前には「疑似熱中症」になったようだ。ヤバイと車のクーラーを全開で体を冷やしたが、調子が戻らない。近くのCOCOSで昼食、ハンバーグセット、ドリンクバーでジュース4杯、カルピス二杯、スープ二杯、コーヒー2杯で一服してやっと疑似熱中症も治まったが、午後、義弟宅で二時間ほど昼寝させて貰って、やっと元の体調に戻った。 今日も猛暑は続いているが、明日は区の里山道の作業日で体を動かさないと行けない。
今日は9月11日、色々と想い出す,,,,今は昔

今は昔・9月11日:
定年後に為替の歴史を書き留めた“ボケ防止メモ帳”の一つに9月11日版がある。9年前の夜11:00pm前に「米国で同時多発テロ」が発生し、“その時 歴史は動いた”、、、、、

2001年9月11日夜、同僚のご尊父のお通夜を終わって、夜10時半頃に“久しぶりに早く帰宅”した。<現役時代の帰宅は大体11時半以降で午前様が多く、10時前にでも帰るとカアチャンから「どっか具合でも悪いの?」と言われた会社人間だった。>
01年9月11日、家に帰ると、茶の間のTVは外国映画でも映っていると思っていた。 数分後に、電話が鳴り響き経理担当役員から「テレビ見ているか? アメリカが今、大変な事になっている、明日の為替はどうなるか、 円はどうなると思うか?」との電話で質され、スワー大事件だと、どのチャンネルを回してもマンハッタンの世界貿易センタービル・ツインタワーの北棟が炎上の中継放送中であった。

なすべき手もなく、取り敢えずワシントン近くの米国子会社の代表者自宅に電話をしたが、丁度南棟に二機目が激突した直後であった。 為替がどうなる云々を言っても誰も分からないが、あまりのショックで明日の為替がどうなるかの誰にも分からず、円や為替の動向も知るよしもなく、深夜までTVに釘付けにとなった。一度だけ訪れた事があるマンハッタンの綺麗な都市は瓦礫の山と化す寸前だった。

テロ発生前の9月10日の週はテロ前に米ドル:122.04(高値)であったが、テロ発生後は116.89の最安値を付けた。 "5円もの激円高"だったが、世界を震撼させた大事件の余韻が冷めない中で日銀の介入などもあり、9月4日の月末週の終値は119.43まで回復した。当時のレートは120円前後ではあったので、輸出にとってはComfortableな状況にあったが、テロの恐ろしさもさることながら「円高恐怖」を経験した。

しかし、円高恐怖は杞憂に終わり01年末は131.06で終えた。現在のドル安、円高とは異なる主要国の協調介入だったので、効果もあったのだろう。

911事件は「有事のドル買い」という言葉をぐらつかせたが、米同時多発テロで米国が有事の当事者だった。それまでは、世界で紛争や災害が発生すれば世界一の軍事力と経済力を誇る米国のドルが買われたが、この時ばかりは米国が紛争の当事国であり且つ、米国本土が攻撃されたという衝撃から米ドルが売られた。この時に買われたのが中立国であるスイスの通貨フランだったし、その4年後の2005年7月のロンドンでのテロの直後も、英ポンドは暴落した。

911事件前後(2001−2004年)までドル円のチャートも記録帳にあるが、134円から105円の変動幅だった。この点からすると現下の為替¥84.16は超円高にあり、来週の民主党代表戦でどちらに触れるか興味津々、、、、である。 一方、アメリカではイスラム教のコーランを燃やすと言った物騒なニュースがあるのが気懸かりである。

それにしても、今日は水分を異常にガブガブ飲んだが、「オッシッコ」が余りでないのは摩訶不思議であるし、ハンバーグと10杯飲んで「お代\998」は超安・デフレ時代なのだ!

開く トラックバック(1)

イメージ 1

今日は台風接近で「大雨」を期待していたが、乾いた大地をしっぽり濡らすほどの雨にはならなかった。秋野菜の植え付けには少々物足りない雨だったが、大雨で被害の出ているところもあり腹八分が何でも良かろう。 

宗男案件:
現役時代に主としてODAビジネスで「宗男案件と語られたプロジェクト」が幾つもあった。 主としてアフリカやロシア案件だったが、シッカリした宗男政治哲学(フィロソヒー)のあるODA案件で結構と「国益に適った」ものであったように記憶している。 我々はメーカーで良い製品を安く、また良いサービスを提供だけで政治や金銭に関与する立場でなかったが、各プロジェクトは「日本の国益」にマッチしていたと思うし、官僚では出来ない力仕事だったに違いないと思っていた。

今のアフガン支援は米国に110%追従の海外支援だが、宗男案件は日本の国旗を振った、筋道のシッカリしたものではなかったかと今日の最高裁判決のTVニュースを見ていた。

今年の6月27日、奈良駅前での参院選街頭演説で鈴木宗男先生がお出ましの所に出くわしたが、実に精力的に民主党候補を応援していた。選挙カーを降りるやいなや、聴衆に握手を求めて走り回っていたが、私も何となく憎めず「宗男さん,,,頑張ってや!」と声を掛け、握手をした次第だった。

だが、今日の最高裁判所は鈴木議員の上告を棄却する決定し、懲役2年の実刑が確定することとなり、宗男ちゃんは確定後に議員資格を失い、ブタ箱に収監される。 一方で、ダム工事や土地売買で何億もの不明な金のある民主党代表選挙の打って出た小沢一朗は選挙戦で優勢と言う。 “何か世の中は間違ってやいませんか?“ と言いたい。

円高は留まらずドルは¥84.30台を付けたが、政府も日銀も手も足も出せない不甲斐なさ! 口先の小沢、資金疑惑の一朗と比べて、宗男ちゃんはチョッピリ可愛そうな感じもする。 所で、宗男さんの収監は網走だろうか? まー、62才と若いので再起はできるだろう。


.
FX40Years
FX40Years
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

過去の記事一覧

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!
数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事