『為替と40余年』

森羅万象を映す“為替”と四十余年を貿易マンとして共に生きてきたが、定年後は違った観点から眺めたい

為替と一喜一憂

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今朝は九時半から大津まで出かけ、草刈りの作業、昼前には「疑似熱中症」になったようだ。ヤバイと車のクーラーを全開で体を冷やしたが、調子が戻らない。近くのCOCOSで昼食、ハンバーグセット、ドリンクバーでジュース4杯、カルピス二杯、スープ二杯、コーヒー2杯で一服してやっと疑似熱中症も治まったが、午後、義弟宅で二時間ほど昼寝させて貰って、やっと元の体調に戻った。 今日も猛暑は続いているが、明日は区の里山道の作業日で体を動かさないと行けない。
今日は9月11日、色々と想い出す,,,,今は昔

今は昔・9月11日:
定年後に為替の歴史を書き留めた“ボケ防止メモ帳”の一つに9月11日版がある。9年前の夜11:00pm前に「米国で同時多発テロ」が発生し、“その時 歴史は動いた”、、、、、

2001年9月11日夜、同僚のご尊父のお通夜を終わって、夜10時半頃に“久しぶりに早く帰宅”した。<現役時代の帰宅は大体11時半以降で午前様が多く、10時前にでも帰るとカアチャンから「どっか具合でも悪いの?」と言われた会社人間だった。>
01年9月11日、家に帰ると、茶の間のTVは外国映画でも映っていると思っていた。 数分後に、電話が鳴り響き経理担当役員から「テレビ見ているか? アメリカが今、大変な事になっている、明日の為替はどうなるか、 円はどうなると思うか?」との電話で質され、スワー大事件だと、どのチャンネルを回してもマンハッタンの世界貿易センタービル・ツインタワーの北棟が炎上の中継放送中であった。

なすべき手もなく、取り敢えずワシントン近くの米国子会社の代表者自宅に電話をしたが、丁度南棟に二機目が激突した直後であった。 為替がどうなる云々を言っても誰も分からないが、あまりのショックで明日の為替がどうなるかの誰にも分からず、円や為替の動向も知るよしもなく、深夜までTVに釘付けにとなった。一度だけ訪れた事があるマンハッタンの綺麗な都市は瓦礫の山と化す寸前だった。

テロ発生前の9月10日の週はテロ前に米ドル:122.04(高値)であったが、テロ発生後は116.89の最安値を付けた。 "5円もの激円高"だったが、世界を震撼させた大事件の余韻が冷めない中で日銀の介入などもあり、9月4日の月末週の終値は119.43まで回復した。当時のレートは120円前後ではあったので、輸出にとってはComfortableな状況にあったが、テロの恐ろしさもさることながら「円高恐怖」を経験した。

しかし、円高恐怖は杞憂に終わり01年末は131.06で終えた。現在のドル安、円高とは異なる主要国の協調介入だったので、効果もあったのだろう。

911事件は「有事のドル買い」という言葉をぐらつかせたが、米同時多発テロで米国が有事の当事者だった。それまでは、世界で紛争や災害が発生すれば世界一の軍事力と経済力を誇る米国のドルが買われたが、この時ばかりは米国が紛争の当事国であり且つ、米国本土が攻撃されたという衝撃から米ドルが売られた。この時に買われたのが中立国であるスイスの通貨フランだったし、その4年後の2005年7月のロンドンでのテロの直後も、英ポンドは暴落した。

911事件前後(2001−2004年)までドル円のチャートも記録帳にあるが、134円から105円の変動幅だった。この点からすると現下の為替¥84.16は超円高にあり、来週の民主党代表戦でどちらに触れるか興味津々、、、、である。 一方、アメリカではイスラム教のコーランを燃やすと言った物騒なニュースがあるのが気懸かりである。

それにしても、今日は水分を異常にガブガブ飲んだが、「オッシッコ」が余りでないのは摩訶不思議であるし、ハンバーグと10杯飲んで「お代\998」は超安・デフレ時代なのだ!

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『14年ぶり』 “科学技術予算”
今日は三重県・榊原温泉の日帰り湯、紅葉を見ながら帰宅したが、夜7時のTVは、「14年ぶりの円高」だったと久しぶりの為替の話題がトップニュースだ。日経平均は▼58円程度で済んだのは寧ろ驚きだった。この所マーケットは冴えないが、企業業績も一段と円高で厳しくなるのではないかと二番底景気になりやしないか心配である。

田舎の定年オッチャンには為替は直接の影響はないが、我がブログ名の通り為替、それも円高恐怖が体に染みつき、中々消えそうにもない。定年後も旧年の職業病が時折にチクチク痛むようである。

14年ぶりの円高:
念の為に、チャートを点検したが、09/11/26 13:54pm 円最高値\86.30を記録していた。否応なしに、14年前は何をしていたのか為替記録帳を確めたくなるのも「職業ノスタルジア」なのかも知れない。
1995年4月19日、「恐怖の円高\79.75の超円高」があったが、丁度ドイツに駐在中であった。日本の本社ではY70委員会なるものが設置され、ドル70円を想定して海外生産が開始された時代であった。そんな為替も2007年7月20日の定年を迎えたときは¥121.24(関西弁でイニイニヨ=往に、去にヨ)と覚えている。だから、定年後に対$で35円も円高になった訳で、輸出ビジネスは厳しく、後輩達は苦労しているのではないだろうかと心配している。

当時の円高は国際経常収支の大きな黒字などだったが、今は投機要因だ。95/4/19の日本経済新聞夕刊は「円、ついに80円突破」とあるが、まさか80円までは行かないだろうと祈っている。ただ、相場も為替も水物、必ず反転するのが歴史であり、道理で慌てても仕方なさそう! 藤井大臣は口先介入らしきコメントをしているが、100億ドルや200億ドルではMrs.Watanabeなどの活躍で屁の突っ張りにも成らない程、取引の投機比率(90%にも)が高まっている。

科学技術予算:
事業仕分けで、科学技術予算までカットされ大きな問題となっている。大学関係者やノーベル受賞者が記者会見で「事業仕分けの見直し」を訴えられている。民主マニフェストの「何でも無料化バラマキ」の一方で、将来の日本を左右する科学技術予算を箱物・天下り予算などと同列で議論すること自体間違っている。高速道路の無料化を止めてでも、大学の先生方の意見に耳を傾け、科技予算を復活させないと行けない。If not,鳩山さんヨ、明日の日本はありませんゼ!

当面、為替には目が離せないが明日も前場は野暮用で休場となる。

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『ドル円』 “いろんな事も5度、6度”

前回はスイカとゴマのブログを書いたが、株の達人の先輩によると、株は秋頃から年末に上がると言う。

確かに、実りの秋で我が家の柿も色づき初めて試食したがソロソロと言った感じで少し渋いところもあるが随分甘くなってきた。今年の春には丁寧に枝など入念に剪定し、おまけに「当たり年」である。「桃・栗三年、柿八年」と言うが、何事も3年、八年経験しないといけないように思っている。今日はドルとKAKIの話題一つ、、、、

ドル円 7回の山谷:
1972年2月14日に円が変動制になって今年で丸35年になる。(下グラフ)
また比較的最近の1994年の超円高地獄谷から数えて山は3回、地獄谷は4回あったことになるので「だいたい2年ごとの山谷が襲ってくる」とも言える。80円を割った95年4月の地獄谷もあるが、98年には147円、02年には135円、07年6月には124円を付けた“ルンルン気分の山頂”もあった。(過去35年のうちの最近の14年の為替推移: 上グラフ)

為替は「必ず歴史は繰り返す」と信じているので、“あれー!?”と思うような事が2-3年以内に起きても何ら不思議ではない。テレビに出てくるアナリストさんや専門家は「悲観的な事」しか言わないが、森羅万象の為替感、歴史観はシッカリ持って欲しい物だ! 確かに株は百年に一度の暴落だったが、為替はユーロもドルも時間軸を別にすれば、歴史の繰り返しの範囲内と思えば気も楽になろう。

今回は桃、栗の様に「三年の我慢」としても、柿の実がなる8年も待つ必要は無いように思いたい。今週・来週の各企業の決算発表や今後の予測は「超悲観状態」の中で見通しされたものであり、来年3月期の実績は上振れ企業も出てくるように思っている。

KAKI:
KARAOKEは世界の共通語だが、KAKIも世界の共通語みたいである。海外の果物屋で単語が分からず「ウムーーーこれ」と言ったら店主が「KAKIだよ」と教えてくれ、ナンダー世界の共通語かと何度か経験した。ネットで調べたら、矢張り日本原産で学名は「ディオスピロス・カキ(Diospyros Kaki)」とある。

昔の田舎の宴会は飲めよ飲めよで酔っぱらっても、KAKI=柿を食えば酔いが冷めると言われたが、ネット情報には「二日酔いに効用あり」とある。明日は、田舎のお寺のお坊さんの新旧継承披露宴で檀家100人以上の大儀式と宴会で、アルコール漬けの一日となりそうだ。自家産のKAKIは少し渋さもあるが、酔いさましには良さそうだ!

柿の成長年季を考えれば、「今は柿種を拾い、植栽の時期」と思えやしないか?

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『ユーロ急転直下』 “続く苦悩”

庶民にメリットなし:
ユーロが無茶苦茶に急降下している。ベンツ、BMW,シャネル、高級ワインも庶民には縁がなくて対ユーロの「円高メリットは全く関係ない」が、日本の企業に取って拡大した欧州圏との貿易に於ける悪影響は計り知れない。森羅万象を写すのが「為替」ではあるが、円のみ独歩の高進は「投機」以外には説明材料はないと思っている。今朝の新聞は入念に読んだが、銀行や証券会社のストラジストと呼ばれる人達のユーロ安値は100円と、日経平均は5000円とか6500円とか極限の最悪シナリオを予想している。

もっとも高値ではユーロは130-140円、株は12000円の予想で、専門家にしては幅が大き過ぎ素人の「不安と期待値」の様で参考にはならない。

2000年10月の超ユーロ安:
8年前の10月は現役時代であったが、ユーロの月間平均レートは@¥92であった。1999年1月に132円であったユーロが20ヶ月で40円の円高に見舞われ、輸出の仕事で二年もの間「地獄」を見た。しかし、今回は三週間で為替、株、原油も全て暴落である所が過去の円高とは異なる「世界規模の金融地獄」である。

ユーロは2000年10月を境目に円安となり二年で(02年末)125円台までリバウンドしほっこりした。92円の円高で計画した業績計画だったが、33円もの円安となりバッポリ増益の筈だが、世の中は勘定通には行かない。会社からは“円安差額の30円強はどこに消えたか?” と懐を探られ四苦八苦の説明に追われた懐かしい記憶がある。


1999年始め132円だったユーロは2000年10月に瞬間風速88.94円を記録して、定年を迎えた07年7月には169.47円であった。月足のチャートを眺めれば、為替の浮き沈み、後輩貿易マン達の苦悩や苦労が目の当たりに浮かぶ今日この頃である。

週明けで少しは「株為替原油など安過ぎ」の修正と期待するが、(日経新聞・朝刊の)銀行・証券会社のストラジストさん達の来年3月までのユーロ\130-140予想や日経平均12000円のオプテイマム予想の材料や根拠は“ハテナ何だろうか?” 

閣僚の資産公開:
麻生首相の資産は4億5千万、鳩山大臣は7億6千万と資産公開が新聞に載っていたが閣僚の証券保有も結構多い。さて、この公開の資産の“土地家屋は標準課税価格”とあるが、「株式の価格」は“どのような評価額”なのだろうか? 親代々からの相続遺産だろうと思うが、人ごとながら(簿価か時価か)気になる。

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終値はドル121.24円だった:
現役を引退して丸一年になる。“為替と40余年“のブログ・タイトルの通り、駆け出しの時の1米ドルは¥360円、95年4月19日には瞬間風速79円75銭の超円高を経て、為替に翻弄されながらも、無事定年を迎えた一年前の07年7月20日(金)のレートは121円24銭であった。その1年後の、週明けの”海の日“の今日の海外での為替は106円後半台で推移している。http://blogs.yahoo.co.jp/fx40years/9171150.html

「イニイニヨ」:
「イヌ・往ぬ・去ぬ」は広辞苑では<自ナ変>、関西方言で“行く、行ってしまう、過ぎ去る、帰る”などの意味とある。私の田舎では、“もう遅いから往ぬワ”とか言う。現役オサラバの昨年7月20日の為替終値は対ドルで¥121.24、数字の語呂合わせで「イニイニヨ=帰れ、かえれヨ!」と生涯忘れることのないようにと記憶に留めている数字だ。

円高の恐怖ともおさらば:
自分自身の備忘録として、現役時代のことを認知症になる前に記録しようと「為替との出会い」などを日記代わりに徒然メモっている。サラリーマン時代は「為替と一喜一憂」と言うより、正確には常に「円高の恐怖」と隣り合わせて40年過ごしたと言っても過言でない。人間の弱さがあり、円安への期待が大きく、株・為替でも左様に期待する職業病から半年ほど抜け出せなかったと言える。これが邪魔になって為替で損(円安期待に賭ける癖)を重ねて、最近では米国の強いドルの為の口先介入も意に介さず「円高」方向(トレンド)に重きを置いている。円安に振れる局面はあっても、サブプライムの波及は深刻で、新たな信用問題も起こる可能性があるので、基調は円高にFOCUSされると読んでいるので、円安リバウンドでは円売りと思っている。

日本の産業界にとっての一番心地よい(コンフォータブル)レート・レンジを現役時代は115円と置いてきたが、最近は105円ぐらいと“気楽に”考え方を変更しているが、そもそも円ドル・レートだけで円の実力を判断するのは相当無理もある。欧州(ユーロ)、中国、太平洋・アジアなど通貨が元気で、貿易取引も増大しており下記の実質実効為替で円の実力を見ることが肝要だろう。

実質実効レート:
円高になると新聞に良く引き合いに出されるのが、気休めの「実質実効為替レート」のグラフである。普通のグラフとは逆のチャートであるが、1973年3月を100として、主要輸出相手国通貨(15通貨・29ヶ国)に対する為替相場を物価指数で実質化し、各国・地域への輸出金額で加重平均されたものが「実質実効為替レート」となる。1995年4月が165円で超円高、昨年7月は90円、現在(08/7月)は97円であり、2006年以降は100円を割っているので「円高」とは言えない。寧ろグラフを見れば「今は円安時代」とも言える。仕事を離れて「生活者の立場」からは強い円のほうが国益に適ってやしないか?と能天気に思考している今日この頃だ! 

ただ、基準(=100)となっている指数は1973年2月の円が「変動制に移行」した時で35年も前の話なので、それと比べて90だ97だと言っても若い方々にはピントこない所もありそうだが、、、、、、第一次石油危機(73年10月)でOPECが原油を平均21%引き上げた頃の話で、その一寸後の1975年の物価は:ビール大瓶¥180、ガソリン(リッター)¥98,都バス¥70,散髪代¥1,400,コーヒー¥250,江戸前寿司(並)¥450,駅弁¥400,新聞購読料¥1,700,や銀行マン・上級公務員の初任給¥85,000の時代(昭和50年)であったし、(データ:『日本の物価と風俗』同盟出版サービス(株))為替は@¥297時代でした。

出典:日銀実質実効為替レート表
実質実効為替レートに付いては、日銀HPで詳しい内容が紹介されているが、経済を読む上で必要なチャートだろう。

http://www.boj.or.jp/type/exp/stat/exrate.htm 

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