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律令国家を形成する目的の半分は、戸籍をちゃんと作って、人数分税金を納めさせることです。
人間を支配階級と一般民衆(良民)と奴隷同然の人たち(賤民)に分けました。税金は支配階級と賤民は払わなくてよいのです。
貴族は金持ちなのに税金を納めるのではなくもらう側。これじゃますます一般人とのギャップが広がっちゃう。これを考えると今の税金システムの方がある程度納得がいきます。
また貴族であるだけで、大学に行かなくても、人の上に立って指導ができるという特典もありました。農民はやってられないですよ。私の祖先もきっと農家だろうから苦労しただろうな。いや、賤民だったかもしれん。いや、なんか以前父から「海賊やっとった」と、聞いたこともあります…。私は誰?ここはどこ?
一般の人たちは口分田が与えられる代わりに、稲、特産物、製品の数パーセントを常に国や地方に納めました。また労働力として京へ行って城造りに携わるという税金もありました。
それ以外に兵役がありました。
訓練を受け、その後九州の太宰府に行ってお国のために戦うのです。白村江の戦い(633)で唐に負けちゃって以来大きな戦争はしていないから、実際に戦うことはなかったんじゃないかとは思いますが、九州まで行くのがつらかった。
途中は船を使ったりして、みんな歩いて九州まで行ったんだろうな。いったい何日かかったことやら。旅費も出してはくれませんでした。兵役は成人男性のみだったため、一家の担い手を連れて行かれることになるから、残された妻や子供も食べていくのに大変でした。一応3年で帰ってくることになっていたのですが、その保障はなく、帰る途中で亡くなってしまうケースも多くありました。
1200年以上も前の制度ですが、今も基本構造は変わってないかもしれない。
写真:太宰府天満宮
参考文献:
山川出版社「詳説 日本史研究」−民衆の負担−
山川出版社「詳説 日本史学習ノート上」−班田農民の負担−
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兵役で九州へ・・・今では行くのは簡単ですが昔は簡単ではないですよね(>_<)かなりの道のり・・・今の税金の方がましだとは思いますがなかなか平等にはいきませんね〜f(^^;
2010/3/27(土) 午後 11:06
歩いて行ったのでしょうか。過酷な税金です。
たいせつなお金、大事に上手に使ってほしいですよね。
2010/3/31(水) 午後 8:01 [ Leally Lilly ]