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オランダ人が1624年台南に上陸し、赤崁楼(ツーカンロー。プロビデンシア城)(写真)や安平古堡(アンピン・クウパオ。ジーランディア城)を城塞として、ここから台湾の見張りをしていました。これがどうしても見ておきたかったのです。台南は出島みたいな場所なのかなと思ったり、オランダ風の建物はどんなものだろうか、風車とかチューリップとかあったりして…など(ミーハー要素たっぷり)と想像していました。
オランダ人は赤レンガでオランダ式のお城を作ったのですが、今はその面影はありませんでした。地震や戦争により何度も壊れて、オランダの後は日本が占領して基地として利用し、現在は中国式のお城になっていました。石碑には片方にオランダ語もう片方には日本語というものもありました。つまりそれなりに歴史を語ることのできる建物だったのです。
また赤崁楼も安平古堡にも鄭成功(ていせいこう)が神様のように祭られていました。
「鄭成功」って、清朝に抵抗した人で、お母さんが日本人だったことは覚えているけど、台湾を拠点にしていたとはすっかり忘れていました。
鄭成功はオランダ人を台南から駆逐して(1661)、台湾を救いました。…でもその後清にやられて中国の領土になっちゃう(1683)。台湾にとってこれがよかったか悪かったかわかりませんが、鄭成功は台湾の英雄、忠臣として絶大な人気が今もあるそうです。
歴史ってどちら側から見るかにより悪者になったり英雄になったりしますね。まっ、今回の鄭成功は日本人の母ということなので、きっと「素晴らしい人物」であったに違いない!…これが差別の根源!
参考資料:
浜島書店 「世界史詳覧」 −鄭成功 『反清復明』の英雄−
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歴史が深く刻まれてる感じですね。立場によって良くも悪くも見えるのは仕方がないかも!?(^^)
2010/5/7(金) 午後 10:16
結局歴史って古いものから新しいものに引き継がれているから、こういった建物があってもいいですよね。私たちは自分たちの都合のいいように、ぶつぶつに切って歴史を勉強してるけど、ほんとうはもっと複雑に絡み合っている!
2010/5/9(日) 午後 3:03 [ Leally Lilly ]
オランダを台湾から撤退させた鄭成功は、日本の平戸で父鄭芝龍と日本人の母田川マツの間に生まれた。
鄭成功の父、鄭芝龍は福建省の人で、平戸老一官と称し、平戸藩主松浦隆信の寵をうけて川内浦(現在の長崎県平戸市川内町字川内浦)に住んで田川マツを娶り鄭成功が産まれた。
幼名を福松(ふくまつ)と言い、幼い頃は平戸で過ごすが、7歳のときに父の故郷福建に移る。鄭一族は厦門島などを根拠地に密貿易を行っており、政府軍や商売敵との抗争のために私兵を擁して武力を持っていた。
倭銃隊と呼ばれた日本式の鎧を身に纏った鉄砲隊や騎馬兵などの武者を巧みに指揮したことでも有名。
2017/5/3(水) 午前 9:36 [ 海洋文化交流・貿易振興 ]