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大航海時代の後半アフリカをぐるっと回ってアジアに行けることがわかるとヨーロッパは次々とアジア市場に狙いをつけてきます。
ヨーロッパって基本的に寒冷なんだよね。だからアジア(中国より南のアジア)で生産される香辛料がとても魅力的だった。だいたい香辛料はちょこっとしか使わないから、儲けは大きかったことでしょう。
ポルトガルはインドのゴアに拠点を作り、マカオへ。スペインはマニラ。オランダは東インド会社からジャワ島へ。イギリスはインド経営に力を入れます。
この間(1500年中旬から1600年くらいまで)ヨーロッパ人がちょくちょく日本に来てるんですね。1543年種子島(これは流れ着いた)、ザビエルが鹿児島(1549)。平戸や長崎にも。でも日本は貝のように鎖国をしてヨーロッパ人を寄せ付けませんでした。
鎖国は一応の評価はすべきかなと思います。(「キリスト教がいや」という江戸幕府の理由は別として)これにより日本の文化が守られたわけでしょ。アメリカみたいに先住民全部殺しちゃったらどうなってたかしらと思うと、日本人が生きながらえてこれたのも鎖国のおかげかも。もちろん「自分がよければすべてよし」という「島国根性」「非国際的考え」も育っちゃったけどね。
写真:シナモン25g 543円(アマゾンで)。今でも割高だけど、シナモン大好き…これが占領のもと!
参考文献: 山川出版社「世界史B」−アジア市場の攻防−
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鎖国政策もありますが元々が島国という部分が大きいのかも。大航海時代はヨーロッパの人にとっては夢とロマン並みに商売(お金)ですね〜!?
2011/5/22(日) 午後 10:01
島国というのはいい意味でも悪い意味でも孤立していますよね。小さな国でまとまったものですね。
2011/5/29(日) 午前 10:05 [ Leally Lilly ]