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東インド会社は1つだと思っていました。イギリスが所有したインドにある貿易会社だと。
ところが、オランダもフランスも東インド会社を持っていたのですね。どうしてどこも同じ名前なのかな?インド(ムガル帝国)がどうぞどうぞとみんなを受け入れたのかな?
また西インド会社もあったのですね。東インドはインドの東=アジアを中心とした貿易。西インド会社はインドの西をずーっと行ったところのヨーロッパの西にある新大陸に設立されました。(地球がまるいから西も東もぐるっと回ればどこも同じ!)
ま、いずれのインド会社も、同じように商社のような会社だったのです。自分たちの国には輸出するぱっとしたものがないので、輸出する国と輸入する国の間に入って関税とか船の貸出とかでもうけていました。(中継貿易)
アジアには香辛料だけではなく、陶磁器や銀・銅もあるし、ヨーロッパからは武器や日用品などの製品を輸出しました。
アジアとヨーロッパの品物の売買は始まったばかりで基準がまだ決められていなかったし、お互い本当に必要なものが異なっただろうから、仲介役に入ったイギリスやオランダは自分たちのいいように値段を決めてたような気がします。だってこれで大儲けをしたんでしょ。悪徳商法でなきゃ、これほどの金は集まりません。
東インド会社というと、パイレッツ・オブ・カリビアンを思いだします。ジャック・スパロウがいたころはこの時代(17世紀)だったんだ。ベケット卿は東インド会社の社長(?)ですが、悪い人ではないかもしれないけど、好かん。
写真:オランダ東インド会社のロゴ
参考文献:
浜島書店 「世界史詳覧」−植民地戦争と世界貿易−
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東インド会社って初の株式会社でしたっけ??オランダ?イギリス?どっちだったかな〜(^^;自分たちに利益があるようにするのが商売ですからね〜致し方ないですね。
2011/6/5(日) 午後 9:45
オランダの東インド会社は世界初の株式会社と教科書に書いてありました。さすがkouさん、すごいです。
2011/6/12(日) 午後 8:57 [ Leally Lilly ]
KI2v8wSy
巨乳すぎだろ…
俺の人生で出会った中で、一番チチがでかい女と、
俺の人生の中で一番エ口い事、してきました
ttp://QT90bl37.z98uw.in/QT90bl37/
2012/7/23(月) 午前 3:36 [ バスト98cm!? ]
えっと、初めてブログに書き込みさせて貰いますヾ(≧∇≦)ゞ
迷ったんですけど、どうしてもありがとうを伝えたくて書き込みしましたo(^∀^*)o
スポーツとかでもそうですが、ブログも小説みたいに書き手のセンスが問われるんだなって。
同じようにブログを書いてる者としては刺激的でもあり、実力の差を知ってちょっとがっかりしたり笑(ノ≧∀≦)ノ
でも純粋に一読者として楽しくブログを拝見させた貰いましたし、あっというまにファンの一人になってました(〃´∀`)
自分のブログでもないのにちょっと書くか迷ったことがあるんです。
というのもちょっと抱え込んでる悩みがあって。
私の悩みにどんなことを、Leally Lillyさんなら言ってくれるんだろうって率直に知りたい気持ちです。
koikaren@i.softbank.jp
時間がある時でもちろん構わないので、もしよかったら連絡を貰えませんか。
2015/2/17(火) 午後 4:48 [ qh8**1uj ]
初期には東インド(インドネシア)の香辛料貿易をめざしてジャワ島のバンテンやインドのスーラトに拠点を置き、マレー半島のパタニ王国やタイのアユタヤ、日本の平戸、台湾の安平にも商館を設けた。アジアの海域の覇権をめぐるスペイン、オランダ、イギリス3国の争いの中で、アンボイナ事件後、活動の重心を東南アジアからインドに移した。
インドにおける会社の大拠点はベンガルのカルカッタ、東海岸のマドラス、西海岸のボンベイである。フランス東インド会社と抗争し、1757年にプラッシーの戦いで、同社の軍隊がフランス東インド会社軍を撃破し、インドの覇権を確立した。以後単なる商事会社のみならず、インド全域における行政機構としての性格をも帯びるようになった。
ナポレオン戦争後は再び東南アジアに進出して海峡植民地を設立、ビルマとも戦った。18世紀以降、中国の広東貿易にも参入してアヘン戦争を引き起こし、香港を獲得した。しかし、同社による統治の失敗からインド大反乱を引き起こし、会社軍は反乱をようやく鎮圧したものの、インドの行政権をヴィクトリア女王に譲渡し、1874年に解散した。
2018/3/17(土) 午後 0:03 [ 安全は大切ですね ]