ザル脳

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やってみました、1人旅

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イタリアへ行く前にみんなから「スリやぼったくりに合うから気を付けて」と言われました。子供を使ったりすることもあるし、ミサンガを突然腕につけられて高額なお金を払わされたという人の話も聞きました。それにイタリア人は女性に異常にやさしいでしょ。下心がみえみえで…。
イタリアでは英語は全然通じないとも言われました。イタリアへ行く前にちょっと勉強したけれど、なんかイタリアに行く前からイタリア人が怖かった。
 
実際ミラノのスフォルツァ城に着くと、ミサンガ売ってる人がいっぱいいる。でも彼らはイタリア人ではない感じです。黒人ばかりだった。
でも私は一度も「ミサンガ買って」と、呼び止められもしなかったし、「お姉ちゃん、一緒に遊ぼ」と声もかけられませんでした。…これは安心でしたが、別の見方もある。
 
それどころか、地図が全く読めない私は、自分からイタリア人に寄って行き、分けの分からないイタリア語とジェスチャーで聞きまくる毎日でした。
 
ホテルがミラノ郊外だったので、ダウンタウンまではバスと地下鉄に乗るのですが、切符の買い方も乗り方もわからない。そんな時こまっている顔をしているだけで、誰かが助けてくれました。
クレモナでは郵便配達をしている女性に「バイオリン博物館」がどこにあるか聞くと、その人はわからなかったみたいだけれど、郵便を配達した所のうちの人に聞いてくれて、わざわざ私のところまで来て教えてくれました。別の人は博物館まで一緒に行ってくれました。奥さんがバイオリンを弾いていると言った紳士、とてもかっこよかったなあ。
 
ホテル近くのパン屋さんでパンとビールを買いました。パンは測り売り。2つ買ったのだけど、かなりずっしりと重かった。そしてビールを頼むと、ビールの発音を注意されました。「ビ〜ラ」ともっと舌を巻いて元気よく発音しろと言わんばかりなのです。23回発音するとやっとOKと言われました。それからはビール(birra)の発音がしたくてしかたがなくて、毎度ビールを注文しました。日本のビールと同じでとてもおいしかった。
 
イタリア人が大好きになりました。
しかし、ヨーロッパの人ってだいたい2ヶ国語以上しゃべれると思ったけど、イタリア人はどうしてぜんぜん英語しゃべれないの?
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ミラノからクレモナ、フィデンツァ、ボローニャ、フィレンツェへとローカル電車で行く旅をしました。イタリアの電車は時刻表があってないようなもので、乗るのは難しいと友達から聞いていたので、緊張感あふれる冒険でした。
 
ミラノ中央駅の発着掲示板は中部空港のよりでかいです。改札口もないし、どの電車でも乗れてしまうので、まちがったら未知との遭遇です。…なのにどこ行きかわからない。車掌さんもいないし、プラットフォームも突然変更になったり。その上駅の時計が進んでいたのです。間に合わないかと思って最後はダッシュでした。
 
電車に乗っても、止まった駅の名前をアナウンスしてくれないので、必死に駅の看板を見ました。落ち着かない私のところに「乞食」らしき女性が、「私は仕事がない。子供がいる。お金ちょうだい」みたいなことが書いてあるカードを持ってやってきました。
悪いけど、私、そんな余裕ないよ。それにあなた結構太ってるじゃん。いい生活してんじゃないの。
と考えつつ、無視。
 
クレモナまでは予定通り、…というか予定より早くつきました。
 
問題はクレモナからの電車でした。なんかの故障で、電車が出なくなっちゃったのです。
バスで代行することになって、スクールパスみたいなのに乗せられて、高校生たちの中に混ざってしまいました。バスの中はみんな大声で叫んだり歌ったりで、遠足気分でした。みんなマドンナとか聞いてるんだ。
 
フィデンツァについたのが予定より1時間遅れ。
予定していた電車にも乗れなくてこまっていたところ、バスの運転手が心配して、一緒に次の電車を探して、電車に乗せてくれました。無事に暗くなる前にフィレンツェに到着しました。
 
クレモナは静かな美しい街でした。ギターとアコーディオンを弾いている人がいて、それをみんなが気持ちよさそうに聞いていました。
クレモナはストラディバリ(写真)が活動していたバイオリンの町です。心が穏やかになる街でした。
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3月始めにミラノとフィレンツェに行ってきました。イタリア旅行、本当に楽しかった。
 
ずっと見たいと思っていた「最後の晩餐」をこの目で見ることができ、一生の思い出となった旅行でした。教会の隣にある、食堂だった建物の壁一面にその絵は描かれていました。すごく大きかった。食堂と一体化した感じで描かれているため、まるで私はこの絵の一部にいるような気持ちになりました。向こうの方に実際に「イエス・キリスト」がいるようなのです。今からこの「イエス・キリスト」が処刑されると思うと、胸が熱くなりました。
 
神様が神様たちを描いた絵だと思いました。15分間の神様との対面でした。(観覧は15分間隔)
 
レオナルドダビンチの「受胎告知」とティツィアーノ・ヴェチェリオの「ウルビーノのビーナス」は、それぞれ日本に来た時に何時間も並んで遠くから見たのですが、今回は息を吹きかけることが出来るくらい近くでずっと見ることが出来ました。ウフィッツィ美術館の3階をぐるっと回って来ては、「もう一度受胎告知を見よう」と3回も4回も同じ場所に来ては「やっぱり美しい」と何度も感動しました。
 
パスタもピザもすべておいしかった。ゆったりと観光地を散策できました。
 
ところが日本へ帰国する前日の夜、レストランで食事をしているとトップニュースで、「ツナミ、トウキョウ、パニック」が聞こえ(後のイタリア語は不明)、何度も津波の映像が流れました。私の周囲の人は「ジャッポネーゼ?(日本人?)」と私に尋ねては、「かわいそうに」というような表情をしていました。
 
翌日帰国したのですが、イタリア旅行の余韻に浸っている時間はまったくありませんでした。私の職場である中部空港には成田に行けない便でごった返していました。そしてその状態が今でも続いています。いつどんな便が飛んで来るかわかりませんし、海外からの救援物資を乗せた飛行機もきています。
 
日本についた途端、おもいっきり現実に戻り、通常とは異なった仕事でばたばたした毎日です。イタリア旅行のこと、なんかすっかり忘れそう。…でも明日からも仕事がんばるけん。
 
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今回の台湾旅行のためにいろいろ情報をもらい、一緒にプランを立ててもらった、台湾からの留学生の女性に会いました。お礼を言いたかったからです。
 
その時この写真の紙切れを見せて何と書いてあるのか彼女に尋ねました。
これは台北の二二八和平紀念公園で散歩していたときに、記念碑を読んでいる70代くらいの男性に『これは何ですか(これは中国語で言える!言えても答えはいつもわからない。)』と聞いたら、これを書いて私に渡したのです。
 
すると留学生の彼女は「これを書いた人は、国民党を支持する人で、性格はおだやか、中国大陸から蒋介石の後を追ってきた人だよ」と、名探偵コナンのように話してくれました。
 
二二八和平紀念公園は、蒋介石が台湾に来た時に、すでにいた台湾の人たちと争いがあり、多くの台湾人を殺したそのメモリアルパークなのです。そう言えば写真とお花が飾ってあるところもあった。
 
しかしこの内戦の詳細は学校では勉強せず、彼女もよく知らないのだそうです。
 
台湾には国民党と民主党があって、この公園に来る人なら国民党であるだろうということでした。そして国民党の人はみんな性格が穏やかなんだって(政党で性格がわかる!)。またこの字体を見ると中国大陸で使われてる簡体文字だから。
 
彼女いわく、「あなたがこの話を理解できなくてよかった。政治的に微妙な問題なので、へたに自分の考えを話し始めたら大変なことになってたよ。よかったね、無事に日本に帰ってこれて。」だって。
 
結局この写真の内容は「この事件は難しい政治的問題で、ここに書かれていることは全部が正確というわけではない」ということだそうです。
 

台湾です。鄭成功

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オランダ人が1624年台南に上陸し、赤崁楼(ツーカンロー。プロビデンシア城)(写真)や安平古堡(アンピン・クウパオ。ジーランディア城)を城塞として、ここから台湾の見張りをしていました。これがどうしても見ておきたかったのです。台南は出島みたいな場所なのかなと思ったり、オランダ風の建物はどんなものだろうか、風車とかチューリップとかあったりして…など(ミーハー要素たっぷり)と想像していました。
 
オランダ人は赤レンガでオランダ式のお城を作ったのですが、今はその面影はありませんでした。地震や戦争により何度も壊れて、オランダの後は日本が占領して基地として利用し、現在は中国式のお城になっていました。石碑には片方にオランダ語もう片方には日本語というものもありました。つまりそれなりに歴史を語ることのできる建物だったのです。
 
また赤崁楼も安平古堡にも鄭成功(ていせいこう)が神様のように祭られていました。
「鄭成功」って、清朝に抵抗した人で、お母さんが日本人だったことは覚えているけど、台湾を拠点にしていたとはすっかり忘れていました。
 
鄭成功はオランダ人を台南から駆逐して(1661)、台湾を救いました。…でもその後清にやられて中国の領土になっちゃう(1683)。台湾にとってこれがよかったか悪かったかわかりませんが、鄭成功は台湾の英雄、忠臣として絶大な人気が今もあるそうです。
 
歴史ってどちら側から見るかにより悪者になったり英雄になったりしますね。まっ、今回の鄭成功は日本人の母ということなので、きっと「素晴らしい人物」であったに違いない!…これが差別の根源!
 
参考資料:
浜島書店 「世界史詳覧」 −鄭成功 『反清復明』の英雄− 

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