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阪神いきなり「貯金5」を達成!この勢いは本物か!?

サッカー日本代表

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 完全なる「にわか」サッカーファンのラッキーが、日本代表戦だけ熱くなる!親善試合・ワールドカップとサムライブルーを追いかける!!そんなラッキーが、サッカー日本代表に関する記事を掲載しています<2006.3.30掲載スタート>
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<日本、3−1でサウジに勝利 我那覇が2得点=サッカー日本代表>
2006年11月15日(水) 21時8分 スポーツナビ

 サッカー日本代表は15日、ホームでのアジアカップ予選最終戦(札幌ドーム)でサウジアラビア代表と対戦し、我那覇の2ゴールなどで3−1と勝利した。日本はサウジアラビアと勝ち点で並んだが、当該対戦の得失点差で上回り、A組1位通過を決めた。

 すでに予選突破を決めている日本は、FWに巻と我那覇の2トップが先発。前半から積極的に攻撃を仕掛け、MF中村憲のパスなどからチャンスを作っていく。すると前半20分、闘莉王がこぼれ球を押し込んで先制に成功。29分にも我那覇のヘディングで追加点を挙げた。31分には、サウジアラビアにPKを与えて1点を返されるが、日本が2−1のリードで前半を折り返した。

 後半5分には、我那覇がこの日自身2点目となるゴールを決めて、3−1とサウジアラビアを突き放す。その後はサウジアラビアに押し込まれる展開が続いたが、何とかしのぎ切ると、ロスタイムに日本がPKを獲得。しかし、これを闘莉王が外してしまい、3−1のまま試合を終えた。

 アジアカップ本大会は来年7月、タイ、マレーシア、ベトナム、インドネシアの4カ国共催で行われ、日本は3連覇の偉業に挑む。

<日本代表 出場メンバー>
GK:23 川口能活(Cap)
DF:14 三都主アレサンドロ→ 60 山岸智(後半20分) 、21 加地亮、31 駒野友一、45 田中マルクス闘莉王
MF:26 今野泰幸、30 阿部勇樹、53 中村憲剛、55 鈴木啓太
FW:36 巻誠一郎→ 51 羽生直剛(後半42分) 、65 我那覇和樹→ 80 高松大樹(後半29分)

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        サッカーにはうといので(;^_^A僕が見た印象だけ書いておきます。

・インターセプトからの攻撃が早かった日本。全体的に動き出しが早く、W杯の代表より強い印象。
・先制点の流れから生まれた完璧な2点目。とても早かったし、みんなが動き出してたから感心した。
・が、その後パスミスから生まれた焦りでファールを犯してPKを決められる。
・味方のトラップからピンチw迎える場面が多く、そこが課題か?
・今年は海外組の召集が無かったオシム監督。このサッカーを海外組と融合できるのかが課題か?


 こんなもんしか感じなかった(;^_^Aでも見ていてとても楽しかった試合だったことに変わりは無い♪




        *次の更新は、24時間以内に滞在先の大阪より行います!   ではではxxxx


画像:今夜の試合の様子。

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前半:
 身体能力を生かして強引に中央突破を図るガーナに対し、日本は中盤から人数をかけて対応。

後半:
 徐々に日本の運動量が落ちると、ガーナが攻撃の圧力を強める。



感想:
 予想通りのガーナ戦敗戦も、個人的にはよく選手たちは頑張ったと思います。特に全員で守備をする意識が高く、FW/MF/DF関係なく守る姿が印象的でした。ボールを支配する時間も長く、日本ペースで進んでるようにも見えましたが、中盤よりも先にはなかなか進ませてくれないガーナ。結局のところ攻撃にあまり印象的なシーンはありませんでした。


 何度かあったチャンス、そしてつながるワンタッチパスもトラップ技術の未熟さがゴールに結びつかなかった原因だと思います。サッカー未経験者の僕ですらわかることなんですから、選手たちは間違いなく気づいているはず。そのあたりの改善を期待したいです。


 それにしても、ガーナ先制のシーンは…すごい早さでした。世界のレベルはまだまだあんなもんじゃないと思うし、そー思えば日本代表の道のりはまだまだ前途多難だと思わざるを得ませんね…


画像:今夜の試合シーンです。

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 明日、日産スタジアムにて「キリンチャレンジカップ2006サッカー日本代表、親善試合」が行われます。相手は「ガーナ」。サッカーで親善する前に、これを機に少しここで「ガーナ」についてお勉強しましょう♪

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 ガーナ共和国は、西アフリカの国。首都はアクラ。コートジボワール、トーゴ、ブルキナファソに隣接し、大西洋に面する。

 サハラ以南の国で、初めて現地人が中心となってイギリスから独立を達成した。初代大統領エンクルマは、アフリカの統一運動を推進したことで有名。かつてゴールドコーストと呼ばれた海岸を持っており、ダイヤモンドや金を産出する。

 日本との関係では、野口英世がガーナで黄熱病の研究中に死去している。英世の故郷である福島県の福島県立医科大学が医師を派遣するなど関係も深い。


・公用語:英語
・面積:239,460km2(世界第77位)
・人口:20,757,032人(世界第50位)
・GDP:103億ドル(世界第100位)
・独立:1957年3月6日(イギリスから)
・通貨:セディ(GHC)


<歴史>
 この地域には13世紀から16世紀に西方からアカン族、モシ族、エウェ族、ガン族が移住し、先住民を圧迫していった。15世紀にはポルトガル人が到来し、エルミナなどに城塞を築き、貿易の拠点とした。その後、金が産出することがわかると「黄金海岸」と呼ばれるようになった。 その後、ドイツ人、デンマーク人、イギリス人、オランダ人が来航し、金と奴隷の貿易を奴隷制が廃止される19世紀まで続けた。

 17世紀にはアシャンティ族のオセイ・トゥ・トゥが王国を建設し、奴隷貿易で大いに繁栄した。しかし、19世紀にはイギリス人がアシャンティ王国を侵略し、激しい抵抗を退け、植民地にした。

 19世紀末から20世紀に民族主義の気運が高まり、ナイジェリア、シエラレオネなど「英領西アフリカ」の各地域が同調した。

 1947年には独立を目的とした「黄金海岸会議」が設立され、エンクルマが1949年には会議人民党を設立した。部族間の争いを越えて独立を標榜する会議自民党は人々の広範な支持を得て、1951年の選挙では圧倒的過半数を占める第1党となった。

 1956年にエンクルマにもとに自治政府が成立。となりのトーゴとあわせて独立を達成した。1960年にはガーナ共和国となり、エンクルマが大統領となった。

 独立後、エンクルマは「パン・アフリカ主義」を掲げ財政強化に努めたりしたが、債務超過など失政を招き1966年にクーデターで失脚した。政権を掌握した国家解放評議会はエンクルマの政策から脱皮し、1969年には選挙を実施。ブシアが大統領に選ばれ民政に移管した。

 だが国情は安定せず、いくどか政変が発生し、ジェリー・ローリングス空軍大尉が政権を掌握し、軍政をしいた。その後ローリングスは1992年の選挙で大統領になり、軍政から民政移管した。

  これを受けて、政治をボイコットしてきた野党も国政に参加を表明し、国情は安定しつつある。


<地理>
 ギニア湾に面しており、ヴォルタ川流域の低地が国土の大半を占めるため、最高標高は885mに過ぎない。気候は熱帯気候を示し、平均気温は25℃以上ある。


<経済>
 経済は農業・鉱業等など一次産業に依存する。特にココアは世界有数の産出量を誇る。独立直後から債務超過に悩んでいたが、1983年以降、構造調整を実施して経済の再建に取り組んだ結果、1980年代後半から平均5%のGDP成長率を達成しアフリカにおける構造調整の優等生として評価されてきた。しかし近年は金やカカオの国際価格の低迷、主要輸入品である原油価格の高騰等により経済は低迷した。2001年3月、拡大HIPC(重債務貧困国)イニシアティブ適用による債務救済申請を行う政策転換を行い、経済再建へ向けた努力を行っている。その結果、マクロ経済状況は改善、安定してきている。


<民族構成>
 アカン族が44%、モシ・ダゴンバ族が16%、エウェ族が13%、ガ族が8%、グルマ族が3%、ヨルバ族が 1%、ヨーロッパ人などが1.5%などとなっている。(1998年時点)


<言語>
 英語が公用語で、学校教育における教授言語は小学校一年生から英語である。その他にアカン語、モシ・ダゴンバ語、エウェ語、ガー語などが使われる。


<宗教>
 キリスト教が63%、現地固有の宗教が21%、イスラム教が16%となっている。


<ガーナサッカー協会>
 ガーナサッカー協会(Ghana Football Association)は、アフリカサッカー連盟(CAF)に加盟するガーナの地域協会。CAFの主催するアフリカネイションズカップを、1963年と1978年に単独開催、2000年にはナイジェリアとの共同開催し、1963年、1965年、1978年、1982年の4回、優勝している。でありながらワールドカップ予選ではことごとく敗退してきた。しかし、2006 FIFAワールドカップ予選では見事勝ち抜き、本大会への出場が決まった。そして本大会では強豪チェコを破るなどの活躍を見せ、決勝トーナメントへ進んだが、決勝トーナメント1回戦でブラジルに3-0で敗れた。

 現代表チームは、2005-2006シーズンにFAプレミアリーグを制したチェルシーFCの中心選手であるマイケル・エッシェンを筆頭に、ヨーロッパ各国で活躍する選手が多くいる。ブラック・スターズという愛称のとおり、次世代を担うであろうアフリカ屈指のタレントが集う。

 歴史的にも、代表としての最多出場記録と最多得点記録を持つアベディ・ペレは、アフリカ年間最優秀選手に2度選ばれた国民的英雄であり(現在は大使として同国のサッカーの普及・宣伝に一役買っている)、ドイツ・ブンデスリーガで2度にわたって得点王に輝いたアンソニー・イエボアなど、世界的な選手を輩出してきた。

 フジテレビの番組「トリビアの泉」ではサッカー協会元会長ニャホ・ニャホ=タマクローが紹介された。


<日本の主な輸入物>
・カカオ豆
                                         以上。

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 この試合のためにはるばる新潟へ昨日やってきたラッキー☆セブンです。こんばんわm(__)m今日は、お盆疲れもあり、新潟観光は散歩程度にしてホテルの部屋でのーんびりしていました♪たまにはこんな日もいいもんです♪しかし、今日の新潟は暑かった(▼▽▼)35℃もあったそうです。夜になっても涼しくならず、暑い中試合は行われました…でも、大阪のように蒸し暑くはなくまだ過ごしやすかったですけどね!そんな今日この頃、いかがお過ごしですか??



               さっそく、試合について書きます!!
前半
 試合開始直後から日本が一方的にボールを保持し攻め続ける展開。しかし、イエメンはまったく攻めに人数をかけずに自陣深くに引いて守るため、日本はなかなかリズムをつかめない。セットプレーや巻の高さを生かした攻撃で何度か決定機をつかんだ日本だが、これを決め切れずに0−0で前半を終えた。

後半
 オシム監督のジェフ千葉時代の教え子、羽生の投入で動きにリズムを作るも、決定的な場面をものにできず、ゴールを奪えない苦しい展開が続いた日本。しかし、後半25分!! 三都主の右CKを、ニアに飛び込んだ阿部がヘディングシュート! たたきつけたボールがゴールに吸い込まれる。日本、待望の先制点。
 後半46分にも!! 右サイドからのFK。三都主が速いボールをゴール前に入れると、佐藤寿がヘディングシュート! GKがはじくが、リバウンドを自ら詰めて左足でシュートを決める。日本、終了間際に追加点を奪う。

           オシム監督就任後初の公式戦を2−0の勝利で飾った。


 僕の感想としては、中央突破が多かったことに驚きサイドからの攻撃が少なかったことに疑問を感じました。後半、サイドからの攻撃が増えたことでリズムを掴んだことがよかったのかな?
 あと、頻繁にシュートを狙っていたこととと、パスもゴールに向かっていくものが多かったような気がします。


   とりあえず、無難に勝った!といいたところでしょうか?見所に欠けた試合でしたね…


         *次の更新は、24時間以内に東京から行います。    ではではxxxx


画像:今日の試合の様子です。

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 明日、新潟スタジアム・ビックスワンにて「AFCアジアカップ2007 予選」が行われます。相手は「イエメン」。サッカーで親善する前に、これを機に少しここで「イエメン」についてお勉強しましょう♪

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 イエメンは、正式名称イエメン共和国で、西アジア・中東の国。首都はサヌア。サウジアラビア、オマーンと国境を接する。


<国名>
 正式名称は、الجمهوريّة اليمنية(ラテン文字転写は、al-Jumhuriya al-Yamaniya)。
公式の英語表記は、Republic of Yemen。通称、Yemen。読み方、イェーメン


・公用語:アラビア語
・首都:サヌア
・面積:(世界第48位)527,970km²
・人口:(世界第51位)20,024,867人
・GDP:(世界第88位)152億ドル
・統一日付:1990年5月22日
・通貨:イエメン・リアル(YER)


<歴史>
1990年5月22日 北イエメン、南イエメンが合併して成立
1994年 旧南側勢力が再独立を求めてイエメン内戦が勃発したが、2ヶ月で鎮圧された
2000年 旧南イエメンのアデン港で、アルカイダによる米艦コール襲撃事件が起こった


<政治>
 イエメンは共和制をとる立憲国家である。現行憲法は1991年に発布され、1994年および2001年に改正されたものである。

 国家元首である大統領は、国民の直接選挙により選出される。任期は7年で、3選禁止。その権限は強大で、形式上も事実上も国家の最高指導者である。副大統領と首相は大統領により任命される。

     内閣に相当する閣僚評議会のメンバーは、首相の助言に基づき大統領が任命する。

 議会は二院制で、諮問評議会(111議席)と人民代表院(301議席)から構成される。諮問評議会議員は全員が大統領による任命制。人民代表院議員は国民の直接選挙で選出され、任期は6年。ただし、諮問評議会に立法権は無く、大統領の政策に対する助言機関に過ぎないことから、イエメン議会は実質的に立法権を行使しうる人民代表院のみの一院制であるとする説もある。

 主要政党には旧北イエメン与党でアリ・アブドラ・サーレハ大統領率いる国民全体会議、旧南イエメンの政権党であったイエメン社会党、そしてイスラム改革連合の3党がある。

                 最高司法機関は最高裁判所。


<地理>
 紅海、アデン湾、アラビア海に面し、サウジアラビアおよびオマーンと国境を接する。面積は約52万8000平方km。

    本土以外にソマリアの沖にあるインド洋のソコトラ島(3625km²)なども領有している。


<経済>
 一人当たりの国内総生産は2003年に800米ドル。周辺アラブ国に比べても著しく低い。石油を産出し、貿易収入は漸増傾向にはあるものの、そのほとんどは食料品や機械類などの輸入で帳消しとなる。コーヒー豆の生産は有名で、モカコーヒーのモカとは、この国の南部にある港湾都市の名称である。しかし国が砂漠地帯に位置するため農業はふるわず、昔ながらの遊牧生活を営むものも多い。漁業も比較的盛ん。失業率は35%(2003年推計)と高い。


<国民>
 人口は1994年で1267万人、アラブ人が98パーセントでアラビア語を話す。国民ほぼ全てがイスラム教信者。
                                         以上。


            *次の更新は24時間以内とします。      ではではxxxx


画像:イエメン国旗・中東におけるイエメンの位置・イエメンの地図です。

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