見トク、知ットク、納得(3+4=7)〜sports blog〜

阪神いきなり「貯金5」を達成!この勢いは本物か!?

Airplane

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]

イメージ 1

 エアバス社の世界最大の旅客機A380型機が19日、飛行テストで成田国際空港に初めて着陸した。空港の見学デッキなどには、超大型機を一目見ようと多くの航空ファンが詰め掛けた。

 同機は全長73メートル、全幅79.8メートル、全高24.1メートル。総2階建てで標準定員555人。これまで最大だったボーイング社のB747−400型機(ジャンボ機、全長70.7メートル、標準定員416人)よりひと回り大きい。

 今回の飛来は、商業運航を前にした最終飛行テストの一環で関係者ら50人が搭乗。給油や整備などを行い、20日午後に仏トゥールーズに向けて離陸する予定。

 ただ、A380は電気系統の故障が原因で、航空会社への納期が大幅に延期され、エアバス社の社長兼最高経営責任者(CEO)が辞任する事態になっている。国内航空会社は、「現時点でA380の導入計画はない」(日本航空)、「次期大型機は、導入の有無を含めて検討中」(全日空)としている。
                       (毎日新聞) - 11月20日10時0分更新

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 うわぁ〜( ̄□ ̄;)!!飛行機好きの僕が知らなかった…見たかったな(T_T)絶対乗ってやるもんね!!

                 いつになることやら…笑

さよなら…YS-11

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

 昨夜、日本の名機と謳われたYS-11が引退をしました。僕も何度かこれに乗ったことがあります。今夜はその引退を偲び、特集記事を掲載します。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 YS-11は、日本航空機製造が製造したターボプロップエンジン方式の双発旅客機。日本が第二次世界大戦後に初めて開発した国産旅客機である。一般には「ワイエスじゅういち」、または「ワイエスイレブン」と呼ばれていた。


<略歴>
1956年(昭和31) 通産省が開発構想発表
1962年(昭和37) ロールアウト、初飛行
1965年(昭和40) 運用を開始
1971年(昭和46) 政府が製造中止を決定
1973年(昭和48) 製造終了
2006年(平成18) 日本の定期路線から撤退


<開発経緯>
*国産旅客機機計画*
 1957年(昭和32)に航空禁止が全面解除になる事を見越し、1956年(昭和31)に通商産業省(現・経済産業省)の主導で国産民間機計画が打ち出された。翌年「財団法人 輸送機設計研究協会」(通称「輸研」)が設立されて、小型旅客輸送機の設計が始まった。

 輸研には、零式艦上戦闘機(ゼロ戦)を設計した新三菱の堀越二郎、中島飛行機で一式戦闘機(隼)を設計した富士重工業の太田稔、川西航空機で二式大艇を設計した新明和の菊原静男、川崎航空機で三式戦闘機(飛燕)を設計した川崎の土井武夫といった、戦前の航空業界を支えた人物が参加、設計に没頭した。航空業界ではこれに航研機を設計した木村教授を加えて「五人のサムライ」と呼んだ。


*名前の由来*
 YS-11の機種名は「輸送機設計研究協会」の輸送機の頭文字「Y」と設計の「S」、エンジン候補番号10案の「1」、機体仕様候補1案の「1」として命名した。

 旅客機製作に理解を求めるため、1958年(昭和33)12月11日に日本飛行機の杉田工場に実物より若干小さめの模擬飛行機(モックアップ)を展示し、一般の人々に紹介したことがあった。そのときのキャッチフレーズが「横浜・杉田で11日に会いましょう」であった。これはYに横浜、Sに杉田、11に合わせて公開日を11日にした洒落であるが、これによって名前の由来を誤解させてしまうこととなった。なお、このモックアップを作るのにかかった費用は5500万円(当時)で、点滅ランプの機構が用意できなかったため、担当者が隠れてスイッチを入れたり切ったりしていた。


*日航製設立*
 モックアップ公開後、日本政府主導で設立された日本航空機製造(NAMC)に開発が引き継がれた。「五人のサムライ」は実機製作には携わらないと宣言したため、1960年(昭和35)からの実機製作は三菱から技術部長として出向してきた東條輝雄に任せられた。東條輝雄は連合国に処刑された東條英機元首相の次男で、父の勧めで軍人ではなく技術者を目指し、かつて堀越の元で「零戦」の設計にも携わった。


*機体製造*
 機体は中型とし、レイアウトに余裕が持てるように真円部分を長く設計した。また、地方航空を結ぶことを目的としたため、1200m級の滑走路で離着陸が可能な性能をもたせることとした。製造は新三菱重工(現三菱重工業)、川崎航空機(現川崎重工業)、富士重工業、新明和工業、日本飛行機、昭和飛行機の6社が分担し、最終組み立てを三菱の小牧工場が担当した。

 エンジンは耐空証明の取得に困難が予想されたため自国での開発を諦めた。形式は当時主流になりつつあったターボプロップ・エンジンを使用し、英ロールスロイス製のダート10を採用、プロペラはダウティ・ロート製、当時の日本に手が出せなかった電子機器もほぼ全て海外製品を輸入した。


*試作機*
 強度試験機0号機は1962年(昭和37年)7月から試験が開始された。1965年(昭和40)4月までに、世界でも例のない20万回を越える疲労試験が行われ、胴体は22万5000時間のうち9万時間まで、主翼は18万9000時間のうち6万4000時間まで全く無傷であり、その後のひび割れも伸びが遅かった。一般の旅客機の強度は2倍から4倍に設定され、合理的かつ効率的に設計・製造が行われるが、耐用3万時間を目標としたYS-11は、そのような合理的設計とは無縁であったゆえに、予想を上回る設計強度を持っていた。


*問題と克服*
 しかし、すでにこのときから操縦性の悪さが露呈していた。12月18日には皇太子(現在の天皇陛下)をお招きしての完成披露式典で試作機2号機(1002)が初飛行、2機による本格的な飛行試験が開始されたが、空気特性が悪いために振動と騒音が発生し、性能にも重大な影響を与えていた。横方向への安定不足は特に深刻で、プロペラ後流によって右方向へ異常な力が働き、全ての舵が効きが悪く、操縦性は最悪の癖を抱え、試験中にきりもみを起こして墜落しそうになることもあった。


*引退*
 機体への衝突防止装置設置を義務づけた航空法改正により、改修経費の関係で2006年9月30日のラストフライトをもって日本国内の民間定期路線より引退した。


<機体>
 YS-11が丈夫な機体だというのは世界的にも認められている。その理由はYS-11は主翼については約19万飛行時間、胴体は約22万5千時間に相当する疲労強度試験を行っているためである。事実、東京調布市にある航空宇宙技術研究所で26ヶ月にわたり大きな水槽の中に胴体を沈め、内圧をかけたり抜いたりを繰り返す胴体の強度試験を行ったが9万時間までどこも損傷することはなかった。航空先進国であった欧米では、すでに耐用年数などを踏まえた合理的な機体開発を行っていたが、YS-11は初めての機体であるため、不合理な製作を行い、かえって頑丈に作られていることが、功を奏している。余談だが、保存機のうちで量産1号機にあたる国立科学博物館によって羽田空港の全日空東京第一格納庫に保存されているJA8610はYS-11の保存機のなかでも唯一の動態保存で、現在展示こそされていないものの、定期的にエンジンを動かし「YSの頑丈さを証明し、100年先も飛べるYSとして保存する」と言ったコメントを出している。

 機齢が40年を経た機体も現れ始めたが、自衛隊をはじめ、海外でも使用され続けている。航空大国アメリカでは「日本製の飛行機」、「ロールスロイス製エンジンを搭載した飛行機」、「ピードモンド航空が使っていた飛行機」という形で知られている。また、同国の航空研究所でも頑丈で長持ちする飛行機だと報告されている。

 総生産数は決して多くはないが無骨な作りや独特のエンジン音などを持つ機体として多くのファンがいる。また、国内の航空専門誌では「日本の名機」「日本初の名国産機」などと評している。


<運用>
 合計182機(国内民間機75機、官庁34機、輸出13カ国76機など)が製造され、日本をはじめとする各国の航空会社や政府で使用された。一方で日本国内だけで4件の事故(うち墜落3件)を起こした。

 日本国内では引退しつつあるが、その頑丈なつくりのため、各国に輸出された機体にはまだ現役にあり続けるものも少なくなく、タイやフィリピンなどではまとまった数の機体が各航空会社で活躍している。またギリシャでは、オナシス氏率いるオリンピック航空への輸出機が転籍を経て、現在もギリシア空軍機として使用されている。政府専用機として国家元首の移動に使用された機体もある。


<運行した航空会社>(一部)
*日本*
・全日空(後にエアーニッポンへ転籍した機体がある)
・日本エアコミューター
・日本航空
・南西航空(現日本トランスオーシャン航空)
・中日本航空(現在は定期旅客輸送業務から撤退)

*アジア*
・大韓航空
・アボイティス航空
・アジアン・スピリット航空
・エアー・フィリピン
・オリエント・フィリピナス航空
・プーケット航空

*ヨーロッパ*
・オリンピック航空

*南北アメリカ*
・クルゼイロ航空
・ヴァリグ・ブラジル航空
・VASP航空
・アルゼンチン航空(en:Aerolineas Argentinas)
・ピードモント航空(en:Piedmont Airlines)
・ハワイアン航空
・リーブ・アリューシャン航空
・エアボーン・エクスプレス航空

*アフリカ*
・エア・アフリカ航空


<記録>
*定時出発率*
 エアーニッポンで使用していたYS-11は、1997年(平成9)に定時離陸率99.6〜99.8パーセント、日本エアコミューターで運航されているYS-11も2004年(平成16)に定時出発率91.8パーセントを達成している。これは世界の最新鋭飛行機でもなかなか達成できないものである。


*フライトタイムとフライトサイクル*
 日本エアコミューターで使用されていた登録番号JA8717(製造番号2092)の機体は、登録されたのが1969年(昭和44)2月で、2005年(平成17)12月6日現在の総フライトタイムは70,315時間、総フライトサイクルは71,226回と世界一の記録となっており、このことからもYS-11の頑丈さがわかる。またこの機体は一時日本航空にリースされて唯一日本航空のフルカラーとなり、福岡〜釜山線の国際線運航経験を持つ。


<屋外展示>
    退役したYS-11の一部は国内各地の博物館などに寄贈され、静態保存され展示されている。
*元エアーニッポン機*
・岐阜県各務原市かかみがはら航空宇宙博物館(展示開始 1996年)
・埼玉県所沢市航空公園駅東口駅前広場(管理は所沢航空発祥記念館)(展示開始 1997年)
・香川県高松市香南町さぬきこどもの国(展示開始 1998年)
・佐賀県佐賀郡川副町佐賀空港 (展示開始 1998年)
・兵庫県豊岡市但馬空港 (展示開始 1999年)

*元日本エアコミューター機*
・青森県青森市みちのく北方漁船博物館(展示開始 2003年)
・青森県立三沢航空科学館(展示開始 2003年)
*みちのく北方漁船博物館展示機は、元日本エアコミューターの機体だったが、日本エアシステムの塗装で展示されている。

*試作1号機*
・1989年8月から成田空港の近くにある航空科学博物館に展示されている
                                         以上。


*引退したYS-11の機体と、そのコックピットです。

開く トラックバック(3)

イメージ 1

 やっと台風迫る福岡から東京に帰ってきました!正直疲れましたね…こんな時に強行スケジュールで福岡に行ったんで自業自得ですが( ̄^ ̄)



 朝、某ブロガーさんからのホークス試合中止メールをいただき、慌てて身仕度して福岡空港へ。そこはすでに大パニックでした!!ホテルを出発前に12:20発の飛行機を予約変更したこともあり、僕が直接パニックに巻き込まれないと思っていたのですが…やっぱりその考えは甘かった(−_−メ)

 待てど暮らせど機内にすら入れない状況…出発時間の12:20を過ぎてもそんな状況に変化はありませんでした(T_T)出発時間から1時間半後、僕が予約した飛行機のcancelが発表されまたまた大慌て…次の14:25出発便が台風フライトになると予告されました。僕は迷わず搭乗することを選択Ψ(`∀´)Ψ意地でも今日中に東京へ帰ると意気込んでいました。



 飛行機が福岡空港を飛び立ったのは14:45。離陸直後台風からの横風にあおられ、機体は激しく揺れます。機内からは悲鳴にも似た声があちこちから聞こえる中飛行機はぐんぐん高度をあげていきました。

 やがて飛行機は、激しい揺れに耐え台風の分厚い雲を抜け、青空や日差しが差し込む窓を覗き込んでみると…そこには台風本体とその目がハッキリ見えました!僕自身、台風フライトは何度も経験がありますが、いずれも夜間飛行だったため、それを上から眺めたのが初めてでした。眼下に広がる光景に、台風の大きさと雲が規則的に流れる様に美しささえ覚えました。ただ、当たり前のごとく機内はベルト着用サインが点灯しており写メやデジカメでそれを記録することはできませんでしたが、非常に印象に残るフライトとなりました!



 今日は何かとバタバタしていたんですが、忘れることのできない貴重な体験ができました(^^)vそして、無事東京に到着した安堵感と、それらに対する満足感に満ちあふれた一日になりました!

 しかし、疲れた…お腹も空いたしなんか食べてからのーんびり帰宅します(^O^)とりあえず、今は何を食べようか喫茶店でコーヒー飲みつつ、作戦会議中です!


画像:あくまでもイメージです。

A380を考える

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

 飛行機大好きラッキー☆セブンが、久しぶりに飛行機記事を掲載します。飛行機の記事を書いてくれ!!という方もいらっしゃいましたので、大変お待たせですm(__)m今回は、就航すれば世界最大の大きさを誇るA380について記事にしておきます。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 エアバスA380(Airbus A380)はエアバス・インダストリー社によって製造される世界初の総2階建て、ターボファン4発の超大型旅客機である。2005年1月17日時点でボーイング747を抜いて世界最大の旅客機となった。2005年4月27日、フランスのトゥールーズで初飛行をした。15ヶ月間のテストなどを行ったのち、2007年中に商業運行が開始される予定である。初期の構想から初飛行まで、16年の歳月を要した。


<コックピット>
 A380型機はLCD(液晶ディスプレイ)を用いたグラスコックピットを備えている。ただし、従来のグラスコックピットと違う点は、LCDが正方形ではなく縦長になったことと、6面が普通だったものが8面へとLCDが増えたことである。これにより、コックピットに持ち込む書類数の削減が可能となる。


<エンジン>
 A380型機は、ロールスロイス社製かエンジン・アライアンス社製のどちらかのターボファン・エンジンの装備を選択できる。


<降着装置>
 A380型機の特徴は、なんと言ってもその大きさである。その巨体を支えるタイヤは、ノーズギア2本、ボディギア12本(6輪ボギー×2)、ウイングギア8本(4輪ボギー×2)、総計は実に22本である。なお、ボーイング747のタイヤは計18本、ボーイング777では計14本である。


<日本企業の参加>
 A380では、エアバスの機体では初めて日本企業の参加が15社となり、下請け生産を行っている。 2002年4月に床下・垂直尾翼の部材担当として東邦テナックス、ジャムコ、住友金属工業、東レの4社が参入、6月に三菱重(前・後部カーゴドア)、富士重(垂直尾翼前縁・翼端、フェアリング)、日本飛行機(水平尾翼端)、10月に新明和工業、横浜ゴム、日機製が、2003年2月に横河電機、カシオ計算機、マキノが、6月にブリヂストン、三菱レイヨンが参加を決定した。特に日本の炭素繊維の技術に目が向けられていて、フレームなどの主要な部分に多用されている。


<発注>
 2005年6月18日の時点で16の航空会社がA380型機を発注しており、その数は27機の貨物機を含む159機にのぼる。エアバス社ではA380型機の損益分岐点を250機から300機と見込んでいて、CEO Noel Forgeard 氏は、この航空機を750機販売するという期待を表明している。
 A380型機の価格は公表されていないものの、おそらくは2億6400万ドル(320億円)程度だろうと見込まれている。

 2005年10月現在では日本の航空会社の発注はないが、全日本空輸が2006年度事業計画ですでに退役計画を発表していたエアバスA320の増備を表明したことが今後何らかの影響を与える可能性もある。
なお、日本の航空会社がこのA380を発注しないのは、アメリカ政府からの圧力をがかかっているという説がある。(航空産業はアメリカの基幹産業であり、その代表的な会社はボーイング社である。日本の航空会社所有の飛行機にボーイング社製が多いのもアメリカ政府が関係していると昔から言われている)


<航空会社と発注数>
・エールフランス 10
・中国南方航空 5
・エミレーツ航空 41
・Etihad航空 4
・フェデックス 10
・ILFC 5
・キングフィッシャー航空 5
・大韓航空 5
・ルフトハンザ航空 15
・マレーシア航空 6
・カンタス航空 12
・カタール航空 2
・シンガポール航空 10
・タイ国際航空 6
・ユナイテッド・パーセル・サービス 10
・ヴァージン・アトランティック航空 6


<引渡し>
 エアバス社は公式には引渡し日を発表していないが、航空会社に対しては引渡しが当初計画より1年遅れると通知している。従って引渡しの一番早いシンガポール航空は、2006年4月のA380型機を受け取り、カンタス航空は2007年10月、エミレーツ航空は2008年より前にA380型機の引渡しを受ける。
 A380型機の最初の路線就航は2007年春のロンドン・ヒースロー空港発シンガポール経由シドニー行シンガポール航空便。続いて同じくシンガポール航空によるシンガポール発香港国際空港経由サンフランシスコ行。シンガポールから成田国際空港経由ロサンゼルス行。パリ、フランクフルトへの直行便が就航する予定である。また、カンタス航空はA380型機をロサンゼルス―シドニー便に投入すると公表している。
 エアバス社は月に4機のペースで引き渡しを行うと表明している。


<仕様 (A380-800型機)>
・操縦士: 2名
・乗客定員: 3クラス555名、モノクラス840名
・貨物(800F型): 38 LD3コンテナまたは13 パレット
・全長: 73 m
・主翼幅: 79.8 m
・全高: 24.1 m
・翼面積: 845 m²
・重量: 280,000 kg
・最大離陸重量: 560,000 kg
・動力:ロールスロイス社製かエンジン・アライアンス製ターボファン 4基


<性能>
・巡航速度: マッハ0.85 (およそ902 km/h)
・最大巡航速度: マッハ0.89 (およそ945 km/h)
・航続距離 15,100 km (9,400マイル)
・巡航高度: 13,100 m (43,000 ft)
                                       以上。


       *次の更新は、24時間以内に滞在先のシアトルから行います。  ではではxxxx


画像:A380です。

☆初!神戸空港☆ ケータイ投稿記事

イメージ 1

 おはようございますm(__)m先程、羽田空港から神戸空港へ移動しました。到着してみると神戸空港は、思ったより小さくてビックリ(T_T)人はたくさんいましたが混雑という程ではなかったです☆こんな小さな空港で本当に休日は大混雑になるのか??疑問です。いろいろターミナルビル内を見て回りたかったんですが、高校野球を見に行かないといけないので断念…また神戸空港を利用した時に探険したいと思います!今は約5年ぶりにポートライナーに乗っていますが、快速が存在することにビックリ!!

*次回の更新は、今夜の予定です。 ではではxxxx

画像:ポートライナー神戸空港駅です。

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]


.
g13**8420*2
g13**8420*2
男性 / O型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

過去の記事一覧

1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
検索 検索

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事