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阪神いきなり「貯金5」を達成!この勢いは本物か!?

大震災からの教え

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 1995年1月17日。未曾有の被害をもたらした阪神大震災が発生しました。ラッキーはその時神戸市民だったので、被災者の1人となりました。その時の体験と経験。そして教訓をご紹介し、少しでもみなさんのお役に立てればと思っています。
 この書庫をクリックして、いまこの文章を読んでいるアナタ!必ず記事を読んでください!!尚、掲載頻度は超不定期です(;^_^A<2006.4.4掲載スタート>
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震災の記憶。

 こんちにわm(__)m昨夜、日本テレビで震災シュミレーションドラマが放送されたようですね。僕はその頃友人と飲んでいましたので見ていません。しかし、いろんな方のブログに書き込みが多く見られるので僕も記事にしようと思い書きます。

 僕は、阪神大震災を経験しています。当時小6だった僕は地震が起こった時何が起きたのかさっぱりわかりませんでした…下から強烈に突き上げられるタテ揺れ。それが一度収まってから訪れるさらに猛烈なヨコ揺れ。今でも忘れません。幸い、家族や住んでいた家屋に負傷者や被害はなかったのですが、僕が神戸に引っ越す前に住んでいた西宮市は壊滅的な状況…僕の友人も20名ほどが命を落としました…僕が西宮市で住んでいた家も、震災後に訪れたのですが、古民家だったため全壊…僕たちが引っ越した後に居住された4人家族は全員亡くなられたそうです…だから僕は、もし神戸に引っ越していなければもうこの世にはいないのだと11年経った今でも考えてしまいます。

 地震が発生したら火を消し、避難路の確保!!なんて最近よくテレビなどで耳にしますが、それは経験者の僕から言わせれば不可能です。地震発生時たまたま起きていて、コタツでボーッと座っていたにも関わらず僕は、コタツの中にもぐりこむことすら困難でした。大震災クラスになると全く立てません。そして頭が真っ白になりパニックします。隠れることすらできない…つまり、何もできないのです。

 阪神大震災が発生したのは早朝の6時前。早い家ではもう起きて一日が始まっている時間でした。火を使っている家もみなさんが思っているよりも多く、朝食の準備で火を使って調理をしていた多くの主婦の方が地震で調理中のやかんが体にあたり大やけどを負ったようです。さらに、就寝していた僕の友人は、足元にあった大型テレビ(たしか20型だったと伺いましたが…)が、震災で2M以上飛び頭に直撃して死亡しました…テレビが地震により空を飛び、つながっているはずの配線さえもすべて切って頭への直撃です…震災が発生するとなにが凶器になるかわからないのです。日ごろから頭上を気にして生活することも大切です。まだまだ、信じられないような話はたくさんあります。しかし、キリがないのでやめときます。

 地震発生後、僕は小学校の生徒会会長をしていたこともあり、火災の発生した神戸市板宿(いたやど)の避難所にボランティアとして先生と一緒に向かいました。その時見た状況も最悪でした…体育館の中では、怒号と悲鳴が常にこだまし、食料・トイレ・衣類・防寒具の取り合いが頻繁に発生していました。さらに、体育館に避難している被災者が、体育館に避難している被災者に対して窃盗や強姦を行う不届き者も多数いました。すべてが想像を絶する世界なのです。

 そして、避難所でのボランティア活動を終え、帰宅途中、地震火災により焼け野原になった町並みや商店街を通りました。すごいです…すべてが燃えてなくなっているのに、まだ肉親の捜索をあきらめようとしない家族の姿。ご遺族の骨だけでも探そうと拾っているものの、激しい火災のためどれが骨すら区別できないような惨状に泣き叫んでいる大人…帰宅しているだけで涙が止まらなかったことを今でも鮮明に覚えています…

 当初は必要だった援助物資も、4日も経てば潤沢に供給されます。しかし、それ以降も多く援助物資を全国各地から神戸へと送られ、必要以上のものが集まるようになります。援助物資を支給しきれず倉庫に管理することがありました。保管するものの中には食料も多く含まれており、支給しきれないものについては廃棄せざるを得えないのが被災地の現状です。ですから、地震が発生したら物資の援助ではなく、お金の援助が一番いい援助の仕方だと思います。援助物資を送ることもまた被災地を苦しめるという現実を知っておかなければいけない事実です。


 みなさんにお伝えしたいことはまだまだたくさんあります。しかし、書ききれません…事実、このニガイ経験を話したくない経験者の方も多くいます。しかし、僕は震災を経験した神戸市民としてできることは、一人でも多くの人に被災地神戸の惨状と防災意識の重要性を伝えることだと思います。それは神戸市民の義務だと勝手に考えています。それは僕が話すことにより、一人でも多くの命を大震災から救える可能性があるからです。
 1995年1月17日の記憶。忘れないで欲しい。そして、この瞬間にも大震災が発生するという危機感を未経験者の方にはもっと強く持って欲しいと思う。

 地震に常識は通用しない。地震に絶対はない。地震に悪はない。だからこそ、準備できる時に出来る限りの準備と確認作業を続けて欲しいのです。それは、地震大国日本に住む私たちの義務なのです。肝に銘じて欲しい。

 阪神大震災のことや、防災関係、又心構えなど聞きたいことがあれば質問してください。出来る限りお答えしたいと思います。お待ちしていますm(__)m          書:ラッキー☆セブンxxxx

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