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2月も折り返しに入り、今日は週の初めの月曜日。
2月18日です。
前回紹介したのが以下の内容。
では小説「親鸞」(下)
いよいよ今日が最後・・・。
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小説「親鸞」(下)激動編より、心に留まった文面を紹介します・・・?!
前回の続き!
P302・・・
1:「無量寿経」(むりょうじゅきょう) P305・・・ 1:無間の闇(むかんおやみ) 2:無限の光(むげんのひかり) P306・・・ 1:浄土往生(じょうどおうじょう) 2:専修念仏(せんじゅねんぶつ) P310・・・ 1:「では、まず、信があって、そして念仏がうまれるということでございますか」 →「そう思う」と、親鸞はいった。 P314・・・ 1:天変地異(てんぺんちい) 2:加持祈祷(かじきとう) P316・・・ 1:放埒の血(ほうらつのち) 2:愚禿(ぐとく) 3:非僧非俗(ひそうひぞく) 4:半僧半俗(はんそうはんぞく) P318・・・ 1:法然上人の遺教いまあやうし 2:失ってみて、はじめて人の縁というものの大きさに気づいたような気がした。 P319・・・ 1:しかし、自分も、と、親鸞は思う。 おのれを愚とし、智者のふるまいをすて、念仏一筋に生きる信心に本当に徹しているのか。 P322・・・
1:29才の時、その比叡山を下り、吉水の法然上人の草庵にかよった。 そして専修念仏の教えに身を投じ、師、法然上人から「選択本願念仏集」の書写をゆるされた。 その後、上人は四国へ、親鸞は越後に非人として送られた。 そのまま二度と法然上人と会うことはなかった。 「あとがき」
P324・・・ 親鸞の生涯は大まかに三つの時期に分けることができるのでは?! 1:幼児の頃から30代にいたる放浪、勉学の時代。 2:流刑者として越後へ送られ、やがて関東で家族と共に暮らした時代。 3:最後が、京都へ戻ってからの60代から享年90才?までの生涯。 ↓↓
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宗教
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今回の・・・
小説「親鸞」激動編(下)注目の文面は・・・?! ↓↓
P213・・・
われわれの念仏とは、自分がすでにしてすくわれた身だと気づいた時、 思わずしらず口からこぼれでる念仏なのだ。
ああ、このようなわが身がたしかに光に包まれて、浄土へ迎えられる。
なんとうれしいことだ。疑いなくそう信じられたとき、人はああ、ありがたい、とつぶやく。 そして、すべての人々と共に浄土へ行くことを口々によろこびあう。その声こそ、真の念仏なのだ。 P214・・・ 共に念仏する仲間だ。われらわそれを、御同朋(おんどうぼう)とよぶ。 P218・・・
法然上人の念仏についての考えは、 「選択本願念仏集」(せんちゃくほんがんねんぶつしゅう)にはっきりと示されている。
すべての雑行を捨て、念仏一筋に帰する。 P246・・・ 「顕浄土真実教行証文類」(けんじょうどしんじつきょうぎょうしょうもんるい) P276・・・ 1:唯除十悪五逆(ゆいじょじゅうあくごぎゃく) 2:謗法(ほうぼう) 3:誹謗正法(ひぼうしょうぼう) P288・・・
卑しい傀儡女(くぐつめ) P297・・・ 専修賢善(せんじゅけんぜん) P300・・・ 教行信証(きょうぎょうしんしょう) = 「「顕浄土真実教行証文類」(けんじょうどしんじつきょうぎょうしょうもんるい)
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著者:五木寛之作の小説「親鸞」激動編(上下)2冊を読んで・・・
文面のなかの目にとまった文章を紹介しています。
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前回紹介したのは下記!
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今回紹介するのはこちらの文面!
P186・・・
念仏とはなんであろうか
念仏とはナムアミダブツのこと
ナムアミダブツとは、アミダさんの名前となえること
アミダさんとは?! 阿弥陀仏、つまり阿弥陀如来のこと!!
南無、というのは、おませします、心から信じて帰依いたします、ということ。
ですから・・・
ナムアミダブツとは、阿弥陀さま、すべてを信じてお任せします、ということになる。
P189・・・
1:「この親鸞も、阿弥陀さまとお会いしたことは、一度もないのだ」
2:好相行(こうそうぎょう)とは、不眠不休で念仏を繰り返し、
仏のお姿をありありと目にするまでそれを続ける決死の行である。
P191・・・
1:阿弥陀仏という名前は、梵語(ぼんご)、すなわち天竺の言葉で、アミターバとも、
アミターユスともよばれる仏だそうな。
それは漢語になおすと、無量光、無量寿となる。
無量光とは、限りなく天地を照らす光。どんな暗い闇をも明るく照らす光明のこと。
無量寿とは、限りない命のことをいう。
「阿弥陀」さまとは、“明るい光、限りない命”のこと。
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今日はここまでに・・・
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小説「親鸞」激動編の(上)も前回で終了しましたが・・・
今回からは・・・
小説「親鸞」激動編の(下)より注目の文面を紹介します。
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P122〜P123・・・
親鸞の歌声!!
→(比叡山) 「梵歌(ぼんばい)、讃嘆(さんだん)、伽陀(がだ)」
歌声!
ほとけはつなに いませども
うつつならぬぞ あわれなる
ひとのおとせぬあかつきに
ほのかにゆめに みえたまう
P136〜137・・・
はかなきこのよをすぐすとて
うみやまかせぐとせしほどに
よろずのほとけに うとまれて
ごしょう わがみをいかにせん
P149〜150・・・
みだのちかいぞ たのもしき
じゅあくごぎゃくの ひとなれど
ひとたび みなを とうなれば
らいごういんじょう うたがわず
P180・・・
1:法然上人のとなえられた「易行念仏(いぎょうねんぶつ)」は・・・
P182・・・
1:明惠上人の「摧邪輪(ざいじゃりん)」 → “一向仏道”
今回はここまでに・・・
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スタートした今回の小説の文面!
では続きを紹介します。
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P92・・・
1:常行三昧(じょうこうざんまい)とは?!
念仏をとなえ、阿弥陀仏を思い描きつつ、堂内をめぐる行である。
P93・・・
1:善光寺の本尊は、一光三尊(いっこうさんぞん)
P94・・・
1:善光寺に群れつどう人々が、何をもとめてやってきているか?!
「三つの願い」
①:病気平癒
②:商売繁盛
③:家内安全
P131・・・
1:平家、源氏、鎌倉幕府と、世の中が激しく移り変わったこと。
P155・・・〜P156・・・
1:「下人」?!
「奴婢」(ぬた)というのは下人の古い呼び方でございましょうか。
「そうとも言えるだろう。だが、すこしちがう」
奴婢の制度は、古く奈良に都がおかれていた時代に遡るらしい。
奴婢は、「官奴婢と、私奴婢」の二つがあったという。
(一種の奴隷のようなものだな)
朝廷や国の官庁に使われるのが官奴婢である。
貴族や有力者に使えるのを私奴婢という。
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共に性を持てず、平民との結婚は禁じられた。
黒衣がその印であり、売り買いされ、相続や譲渡、寄進することができる。
しかし・・・
奈良から京都に都が移される頃には、次第にすたれていきつつあった。
しかし・・・
奴婢にかわって、下人(げにん)というものが生まれてきたのだ。
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