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パリの街角

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ヴェロ・ドダ街のフレスコ画
Galerie Vero Dodat 75001

ギャラリー・ヴェロ・ドダですが、作られた当時は
その頃の最大の盛り場パレロワイヤルからも近く、一世を風靡したようです。
パッサージュというのは、日本でいうアーケード街のようなもの
パリの街の中にいくつかあるパッサージュのうち、そのほとんどがガラス屋根で、
明るい陽光がさしこみ、作られた18世紀末から19世紀前半当時は

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最新流行の散歩道としてその当時の人々に親しまれていたようです。
このギャルリーにも、19世紀の装飾が現在でも残っていて、
天井にはきれいなフレスコ画が描かれています。
それぞれのフレスコ画には、たぶん意味のあるものだとも
思われますがよくわかりません。

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モリエールの生まれた家
Acte de bapteme de Moliere, 15 Janvier 1622
95 Rue St Honore, 75001 Paris

サン・トノレ通りの幹線道路は、12世紀から既に存在しています。
この通りの96番地には、劇作家ルーニャールが1655年に住んでいました。

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さらには、パリの一部の歴史家たちの説によると
モリエールが生まれたとされる家が、1802年までここに建っていました。
また、ここには1839年、ワグナーが住んでいました。

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プチ・パレ(小殿堂)

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プチ・パレ(小殿堂)
Le Petit Palais
75008 Paris

プチ・パレは、1900年のパリ万国博覧会のために建てられました。
ガラス張りの屋根のある、石材と鋼材を用いた建築と、
その装飾とに感嘆しない人はいなかったでしょう。
とはいえ、この建物はパリの風景の中で初めてその地位を
獲得したと言っても良いでしょう。

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現在は、パリ市立美術館になっていてパリ市所蔵の19世紀のコレクションや、
南の大ギャルリーは、歴史と宗教を主題にした傑作に当てられ、
北の大ギャルリーにはカルポーの彫刻が納められています。

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アンリ4世当時の家

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アンリ4世当時の家
Place Dauphine
La Cite, 75004

ドーフィヌ広場の14番地の建物など何軒かが、アンリ4世当時に
建物の面影をわずかに残しています。
1874年に、ヴィオレル・デュックは階段を造るために
広場の東側にあった建物を全て取り払ってしまいました。
後に、大幅に修復されて、1608年の館が2軒残っているだけです。

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アンリ4世の像

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アンリ4世の像
Statue de Henri 4,
Square du Vert Galant, La Cite 75004

ポン・ヌフ橋のちょうど中間に位置する小さな広場には
アンリ4世 Statue de Henti 4 の凛々しい騎馬姿の像があります。
これはポン・ヌフ橋が掛けられる土手を川の中央に築き、
南岸は約6m高くする工事が行われました。
1580年頃に、土地の整備が完了して、後は建物を建てるばかりとなりました。
像のある、少し高台のテラスからは下の美しい並木に囲まれた
ヴェール・ギャラン小広場が眺められます。
美しい「ヴェール・ギャラン」はアンリ4世のあだ名で「女たらし」の意味です。

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