天才数学者は幼い娘の死を乗り越えて研究に没頭していた――。鎖国時代、欧米の影響を受けずに 方程式の解き方や行列式を編みだし「算聖」と称されながら、その暮らしぶりなどが謎に包まれてきた 関孝和(1708年没)の横顔の一端が明らかになった。 数学史を専攻する前橋工科大の小林龍彦教授らが、東京・新宿にある関の菩提(ぼだい)寺・浄輪寺 所蔵の過去帳などの資料を調べた。 関については、関の養子が不祥事を起こして家が断絶したことなどから生まれ年さえよくわかっていな かったが、今回の調査で、(1)2人の娘が関の生前に死んでいた(2)その1人は1686年に10歳前 くらいで、もう1人は1698年に20歳前くらいでそれぞれ死去していたことなどが判明した。 |
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