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景福宮(キョンボックン)の中の千秋殿(チョンチュジョン)。 ここは、世宗(セジョン)大王と宮中に設置した学問研究機関の学者たちが、さまざまな新しいものを生み出したところです。 世宗大王の一番の功績といえば、今も朝鮮半島で使われているハングル文字を生み出したこと(1446年)。 つまり、ハングル文字はここで作られたんです。 千秋殿のところにあった、ハングルについての解説。 子音の字の形の理由については、多少は知っていました。 ですが、母音の字の形(上から7行目に、母音に使われる文字が書いてあります)が、“天・地・人”を表している、というのは今回初めて知りました。 世宗大王が作ったのは、ハングルだけじゃない。 これは何かというと、日時計なんです。 中に目盛りがあるでしょ。 そこに影が来たら○時、というふうに時間を読んだそうです。 ちなみに、今回のタイトル“カナタラマバサ…”とは、日本でいうところの“あかさたな”。 韓国・朝鮮語の辞書は、この順番で言葉が並んでいます。 正確には“カ・ナ・タ・ラ・マ・バ・サ・ア・チャ・チャ(息を強めに出した音。以下同じ)・カ・タ・パ・ハ”だそうです。 ちなみに母音は“ア・ヤ・オ(アとオの中間音)・ヨ(これもヤとヨの中間音)・オ(こっちは日本語のオに近い)・ヨ(日本語のヨに近い)・ウ・ユ・ウ(口を横に引っぱって発音するウ)・イ”。 解説の写真の中でも、母音・子音ともにこの順番で並んでます。 ハングルについてもっと詳しく知りたい方は、こちらをどうぞ♪
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2006年5月・韓国
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飛行機の中で機内食を食べ、さらに仁寺洞でおいしいおそばを食べてしまった私たち。 腹ごなしというわけではないのですが(笑&汗)、景福宮(キョンボックン)に行ってきました。 本当の建物は日帝時代にほとんど壊されてしまったのですが、1996年から復元事業が始まり、現在も復元工事は進行中。 工事が完了するのは2025年だとか。 私たちが行った時、光化門(クァンファムン・上の写真)前では、宮殿を守る武官の交代式が再現されていました。 もう、気分はすっかりチャングム(^^ ここは勤政殿(クンジョンジョン)。 公式な国家の儀式が行なわれたり、外国の使者との接見が行なわれたところです。 勤政殿内部。 この建物は2階建てで、吹き抜けになっています。 天井には竜の絵が描かれているんですよ(^.^)b 建物を見ていくと、煙突があるものがあるんです。 何かと思ったら、なんと床暖房! オンドルの基本は、この時代からもうあったんですね。びっくり(・・;) この建物は慶会楼(キョンフェル)っていうんだけど、きれいでしょう♪ ここは王様が宴会をしたり、外国のお客様を接待したところ。 誰もが自由に入れるところではなかったようです。 ここの床が高いのは、暑さを防ぐためだったようです(事実、韓国は暑い!空気はからっとしてるんだけど、日本よりも日差しが強い)。 景福宮探検は、まだまだ続く…。
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タプゴル公園を出た私たちは、すぐ近くの仁寺洞(インサドン)へ。 去年来た時は、ショッピング&買い食いにかけた私たち。 今回は“オススメの食べ物屋さんがある”ということで、そのお店に行ってみることにしました。 まずはマンドゥー。 これがまぁ、おいしいことおいしいこと(⌒P⌒) じゅるじゅる お酒がめちゃくちゃ欲しくなったんだけど、このお店にはありませんでした(;_;) さて、これがそのお店の目玉、カルグクス(韓国式煮込みうどん)! アサリでだしをとったおつゆが絶品(^^ このままでももちろんおいしいんだけど、キムチを入れても♪ そしてこれがネンコングクス。 豆をすりつぶしたスープに入ったおそうめんで、もちろん冷たいおそばです。 めんもおいしかったんだけど、最高なのはこの汁! 塩やキムチを入れて塩分を足しながら飲むのですが、これがぜんぜん飽きない味でした。 飛行機の中で機内食を食べた後だったし、「夜は焼肉だからね」と言われていたにもかかわらず、食べまくってしまいました(^^; さらにこのお店、キムチがまたおいしかったの♪ 日本では絶対に食べられない、すごくコクがあるキムチでした。 お腹いっぱいになってバスに戻った私たちに、ガイドさんが一言。
ばれてるわ(^-^; ・・・・ |
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5月15日〜18日、昨年に引き続き韓国に行ってきました。 今年は“成田、関空、福岡から出発するメンバーが、ほぼ一緒の時間に到着できるように”との考えから、なんと成田集合が朝の7:30(去年の集合はお昼だった)! 下りの始発に乗っちゃいましたよ。 下りの始発に乗ったのって、30数年生きてきて初めてじゃないかなぁ…? ですが、我孫子駅で成田線20分待ち…ヽ(ー_ー )ノ マイッタ ♪♪♪♪♪ 今回はまず、去年時間の都合で見学できなかったタプゴル公園へ。 ここは1919年に起きた3・1運動の時に、独立宣誓文が読まれたところです。 ↑これが、その独立宣誓文の碑。 公園の中には、3・1運動のレリーフがたくさんありました。 それぞれきちんと説明文がついていたのですが、“1919年○月■日”しか分からなかった(韓国語だったからだよ)。 その中の数枚を↓ ↑この写真の真ん中にいるのは、“韓国のジャンヌ・ダルク”と言われているユ・ガンスンという女性。 この運動にかかわったのが理由で西大門(ソデムン)刑務所に投獄され、17歳で亡くなりました。 この公園は、周囲に住んでいるお年寄りたちの溜まり場。 そんな理由で、数年前まで“日本人はこの公園に入ってはいけない”と言われていたそうです。 レリーフを見ている時も、周りのお年寄りたちがずっと私たちを監視しているような気がしました。 私が考えてる以上に、日本とこの国にある溝が深いことを知りました。 その溝を埋めるために、私たちに何ができるか。 忘れずに考えていきたいなぁ、と思います。
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無事に成田に着きました。 |





