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始めに言っておきます。
今回は、写真が1枚しかありません。 この日はそれだけ忙しかった(^^; まずこの日の午前中に向かったのは、光州市内にある新光中学校(신광중학교)。 ここは去年名古屋でお会いした、ペ・ジュヨン(배주영)先生が仕事をしている学校です。 先生が担当している1年生の授業の中で演奏するのです。 韓国ドラマを見ていると、韓国の中学・高校は制服があるというイメージがあったのですが、 この学校は私服で、けっこう自由な雰囲気。 1年生なので、まだどことなくあどけない感じがします。 ペ・ジュヨン先生の授業は、私が考えていた通り元気で歯切れがいい。 生徒たちも、先生の授業に引き込まれて行っているような感じでした。 授業は5・18(光州事件)についてのものだったのですが、 12〜13歳の生徒たちがみんな、この事件を本当に真剣に考えていることが分かりました。 私たち、12〜13歳の頃、何を考えて生きてたかなぁ…。 そして私たちが日本語で演奏すると、生徒たちも一生懸命聴いてくれました。 韓国の童謡「故郷の春(고향의 봄)」を歌うと、一緒に口ずさんでくれる子もいました。 途中で生徒たちが私たちに質問する時間があったのですが、 ここでも生徒たちの一番の興味は、地震のことと原発事故のこと。 メッセージを書いてもらうと、本当にたくさんの言葉が集まりました 授業の最後、生徒たちと一緒に 光州事件の中で作られた曲「彼のための行進曲(님을 위한 행진곡)」を歌いました。 事件に対する思いを、生徒たちと共有できた気がしました。 そして次に向かったところは、光州文化財団(광주문화재단)。 私たち日本からの代表団と、公式会談をしました。 この光州文化財団は光州市が出資してできた組織で、 北海道から市民劇団を呼んで公演をやったこともあるんだそうな。 今回の会談には、私たちがずっと交流を持っているミュージシャン、 キム・ウォンジュン(김원중)さんも同席してくださいました。 ソウルでコンサートがあるということで、つかの間の再会になりましたが、 このような方々に支えられて、私たちの交流は10年以上続いているのです。 お昼は、文化財団の方々とのお食事会 財団の建物の近くにあるホテルの食堂で、めっちゃおいしい韓定食をいただきました ここでなんと、久々にホンオフェ(홍어회・エイのお刺身)にお目にかかる 実はわたくし、ホンオフェにはいい思い出がないのですよ〜 ホンオフェというのは普通のお刺身ではなく、発酵食品。 けっこう強烈なアンモニアの匂いがするんです。 食べ方を知らなかったというのもあるんですが、初めて食べた時、この匂いにまいっちゃったんですよね…。 さて、久々に対面したホンオフェ。 今回はえごまの葉っぱにホンオフェを乗っけ、 さらにその上にコチュジャンやらねぎやら、薬味をたっぷり乗っけて食す。 そしたらなんと、アンモニアのにおいが和らいだじゃないですか!! そっか!これは単独で食べるものじゃないわけね。 念のため、もう1回言っておきます。 ホンオフェを単独で食べてはいけません。 そして、夜の本番のリハに向かいます。 会場はいつもの大通り、錦南路(クンナムノ・금남로)。 道のど真ん中には、おっきいステージが組まれていました。 そして、ここで明らかになる事実。 このイベントの様子、MBC(韓国のテレビ局)を通じて 韓国全土に生中継。 しかも、代表者へのインタビューまであるらしい…。 なんか今回、こういうのばっかりだ…(^^; さてさて、リハと本番の合間を縫って、私たちは全南大学(전남대학교)へ。 ここの日本語学科に、昨日案内してくださったユ先生がいらっしゃるのですが、 今回はこの学校の中にある、518研究所(518연구소)を見学します。 案内してくださった方が、できるだけ分かりやすい言葉で説明してくださったので、 事件当時の状況がよく分かりました(ユ先生が通訳してくださった)。 この日は518の前日ということもあり、学校の中も少し静かな雰囲気でした(イベントの準備はしていたけど)。 全南大学では、光州事件後も事件のことを訴えながら自殺する学生が何人かいたそうです。 この日、校内には“事件の最後の犠牲者”といわれている学生が焼身自殺した場所に、献花台がありました。 亡くなった学生さんの生涯が書かれていたのですが、 よく読んでみたら彼女、私と同い年だったんです。 亡くなったのが1991年で、18歳か19歳。 大学に入ってすぐに亡くなったんですね…。 その頃、あたしは何を考えて生きてたんだろうね…。 なんか、今回はそう考えることも多い旅になりました。 さて皆さま。 ここでこの日唯一の写真が登場です 夕ごはん 韓国では“食は光州にあり”と言われるほど、光州は食べ物がおいしいんで有名な場所なんですが、 その光州でも一番おいしいといわれてるお店のサムゲタンだぜぇ〜〜〜 中でまだぐつぐつ煮たってる状態で登場。 ちょっとおはしやスプーンを入れると、ホロホロ崩れるくらいにやわらかいお肉 鶏のだしがたっぷり出たスープ そして、そのだしをたっぷり吸った中のお米 最高でございました いつの間にか夜になり、本番でございます。 この演奏が、韓国での最後の演奏。 自然と戦闘モードになりますわぁ。 ステージ前のお客さんたちは、すでにかなりノリノリの様子。 大歓声に迎えられて、ステージに上がりました。 最後の曲は、聴いている方にも一緒に歌っていただくように、韓国語で演奏します。 途中で伴奏が全部抜けるところがあったのですが、 客席からの声、ばっちり聞こえましたたよぉ 充実感満点の演奏になって、本当に良かったです その後は、キム・ウォンジュンさんのファンクラブの方たちがいろいろ準備してくださり、 ユ先生が教えてらっしゃる学生さんも一緒に交流会 学生さんたちはみんな日本語が上手で、ホントびっくり〜 「今度は日本で会おうねぇ〜 そして、このお店にもあるんですねぇ、ピアノが 結局、ここでもミニライブになっちゃった(笑)。 このお店で弾いてたピアニストさんがねぇ、なかなかかっこいいプレイをするお方で、 1曲、飛び込みで演奏に参加してくださいました。 私はピアニカでからんで、最高に楽しかった こんな感じで、韓国最後の夜は更けていったのでした…。 |
2011년 5월・한국
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先日、ほぼ毎年韓国ツアーでご一緒している方にお会いしました。
「今回の旅行記楽しみにしてるんだけど、最近更新してないね〜」って言われちゃいましたよ あたしだってしたいんだけど、今月けっこう忙しくてね〜(^^; てなわけで、今日はちゃんと更新しますよ(笑)。 さて、3日目は仁川から光州へ移動です 近くの駅から仁川メトロに乗り、プピョン(富平・부평)で京仁線の急行に乗り換え、ヨンサン(龍山・용산)駅へ そこから韓国の新幹線・KTXに乗って、光州へ向かいます JR東日本某線の運転手でもある今回の事務局長・Y氏によると… このKTXという電車は、フランスの技術を導入して作られたもので、 車両も今までずっと、フランス製の車両を使っていたんだそうです。 ですが最近、韓国製の車両の運行が始まったらしく、 上の写真の車両は、その韓国産のものだそうです。 龍山〜光州は、約3時間。 快適な旅を楽しみました この日のメインは、光州事件(5.18광주 민주화 운동)の犠牲者のお墓にお参りすること。 この日は国会議員が弔問に来るということで、少し物々しい雰囲気でした。 まずは事件の中心になった方が埋葬されている望月洞(망월동)へ ここにもまだまだ多くの人が訪れて、お墓参りをしています。 私たちもここで献花し、献奏をしました。 そしてここで、初めて見る光景に出合います 望月洞の後ろ側の様子です。 後ろにも、こんなにお墓があったなんて…。 7回ここには来ていますが、初めて見る光景ですねぇ…。 韓国の学生運動の中で流行した「朝露(아침이슬)」という歌があります。 긴 밤 지세우고 풀 잎마다 맺힌 長い夜が明け、草の葉ごとに結ぶこの詞を思い出さずにはいられませんでしたね。 今度は公営墓地にお参りに行きました。 これも7回来て初めての事態だったのですが、 公式参拝になってしまいました(^^; 献花をするところまではいつも通りだったのですが、 その後で国歌が流れ、それに合わせて黙とう。 そして、日本では「お直りください」というところ、流れてきた言葉は 「なおれ」 “なおれ”って(^^; 今日は移動日ということで、演奏はここだけ。 夜は光州市内に行って、お食事会です 全南大学(전남대학교)で日本語を教えていらっしゃるユ先生のご案内で、 テグタン(대구탕・タラ鍋です)がおいしいお店に行きましたよぉ これおいしかったわぁ さらに、この後にテグタン登場 私はお腹がいっぱいで、スープしか飲めなかったのですが、 タラのだしがしっかりきいてて、めっちゃおいしかったです ちなみに、タラのスープはヘジャングク(해장국)といわれ、 二日酔いの後の定番メニューなのです(ちなみに“ヘジャン”は、漢字で書くと“解腸”)。 ちなみに、ここで今回仕入れた豆知識 韓国語では、タラを表す単語が2つあります。 1つはミョンテ(명태)というのですが、これは漢字表記だと“明太”。 2つ目が、テグタンのテグ(대구)ですね わたくし、これは韓国の固有語だと思っていたのですが、実はこれも漢字語だったことが今回判明。 テグは、漢字で書くと“大口”。 確かに、タラって口が大きい。 なるほどねぇ…。 お店を出た私たちは、ホテルの近くにあるポジャンマチャ(포장마차・屋台のことです)へ。 またしっかり飲み直してしまいましたとさ |
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韓国2日目は、1日中ソウルで過ごしました。 ホテル近くの地下鉄の駅から、独立門(독립문)駅へ。 駅の階段のところには、3・1運動の時に読まれた独立宣言文がありました。 この近くにある、西大門刑務所歴史館(서대문형무소역사관)を見学しました。 昨年リニューアルされたという館内を、日本語が話せるガイドさんに案内していただきました。 このガイドさんのお話が、すごく分かりやすくて良かった!! 私が分からなかった部分が、彼女の話で一気に解決してしまいました。 館内には、牢獄もそのままの状態で残されていました。 4畳半ほどのスペースに、多い時では40人ほどを詰め込んでいたとのこと。 もちろん、寝るスペースもありません。 収容されていた人たちは、交代で寝たのだとか。 刑務所で犠牲になった方々の写真が展示されている部屋もあり、心が痛みました。 「朝鮮のジャンヌダルク」と言われている柳寛順(ユ・ガンスン 유관순)がいたという牢獄も展示されていました。 その牢獄の高さは、1メートル48センチ。 大人の女性でも立っていられないほどのスペース。 その中で亡くなった彼女の遺体は、拷問のために頭のてっぺんの骨がなく、片手もない状態だったとのこと。 彼女が通っていた学校の先生が「遺体を提出するように」と言ったそうですが、 戻ってきた遺体は、3つに切断された状態だったそうです。 悲しいことですが、すべて日本人がやったことです。 この碑の前で、献花と献奏をしました。 さて、お昼ごはんは近くのお店でプルコギ。 そのお店で、嵐の二宮くんにそっくりのイケメン店員さん発見 女性陣は、みんな大喜びでした そのお店で、おもしろいものを飲みました スジョンガ(水正果 수정과)という伝統茶です。 しょうがやニッキ、干し柿で作るのだそうです。 ニッキの香りが、食後の気持ちをさっぱりさせてくれます。 韓国に行ったら、おススメですよぉ この後、前日にも行った弘大(ホンデ 홍대)に移動 この日はここで、ストリートパフォーマンスをしながら被災地へのメッセージを集めます。 大宮とかでは路上やったことはあるけど、まさか韓国でやることになるとは思わなかったわぁ…。 歌い始めると、足を止めて聴いてくれる人もいたのですが、 向かいにあるオープンカフェから聴いてくれる人もいました。 たくさんの人が聴いてくれ、メッセージもたくさん集まりました 昨年の夏、仕事場の合唱団がジョイントコンサートをやった“平和の木合唱団(평화의 나무 합창단)”のメンバーも駆け付けてくれて、 メッセージ集めなどを手伝ってくれました。 そして夜は、プロのミュージシャン集団“サム・トゥッ・ソリ(삶・뜻・소리。「生・志・声」の意味)”のメンバー、ソン・ビョンフィ(손병휘)氏の案内で、 彼の友人(ソン・ビョンフィ氏いわく「アルコール・フレンド」)が経営しているお店へ。 このお店は、慶尚道(キョンサンド 경상도)の料理とマッコルリ(막걸리)の専門店 おいしい料理にお酒もすすみ、みんな赤い顔になってしまいましたとさ(^^; そしてこのタイミングでミニライブが始まってしまったから、さぁ大変。 まず一緒に来てくれたムン・ジノ(字を忘れちゃった… 「日本のメンバーも何かやれ」ということに。 実は飲み会の前の自由時間で、広島のY氏、岡山のパパとその奥さんでもあるCママ、私の4人は、 毎年立ち寄る仁寺洞(インサドン 인사동)の楽器屋さんへ行きました。 2Fと3Fが丸ごと楽器屋さん、というところなのですが、 日曜にも関わらず、2Fは全フロア休み 3Fも開いてるお店はわずかという状態でしたが、 その中の1件で、岡山のパパは新しいギターを買ったのでした。 パパはミニライブで、そのニューギターのお披露目 これがねぇ、ホントいい音するのよぉ このギターと合わせられる時が、本当に楽しみだわぁ 最後はみんなで歌って、お開きとなりました。 さぁ、次からは光州での話になります |
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今回成田から出発したのは、埼玉から私を含む3人と、東京から2人。
成田9:25発、KE706便で、一路仁川空港へ向かいます 12:00ちょっと前に仁川到着し、先に着いていたメンバーと合流。 これで今回のメンバー、全13人(東京3人、埼玉3人、岡山3人、広島4人)がそろいました(^^ 仁川市民合唱団“平和の風”(인천시민합창단 “평화의 바람”)のメンバーが迎えに来てくれていました でも、私たちには彼らとの再会を喜んでいる時間はない。 実は、ソウルで演奏が入っているので、すぐに移動しなきゃいけなかったんです。 空港鉄道(코레일공항철도)に乗って、弘大(ホンデ・홍대)に向かいます 弘大は、ソウル市内にある弘益大学(홍익대학교)の周辺に広がる学生街。 この学校には美術科があることで有名で、 おしゃれなカフェや服屋さんがたくさんある地域です。 ここにある公園で、この日フリーマーケットが行われていて、 その中にあるステージで演奏できることになっていたのです。 今回は演奏をしながら、地震の被災者へのメッセージを書いてもらうお願いをすることになっています。 もちろん韓国の人たちも、地震のことにとても感心を持っています。 私たちの演奏もしっかり聴いてくれたし、メッセージもたくさん集まりました 中には、日本語で書かれたメッセージも… よく考えたら、地震の後、一番最初に救助隊を出してくれたのは韓国なんだよね…。 この人たちの思いに私たちも応えて、お礼をしていかないといけないねぇ。 演奏後、バスで仁川へとんぼ返り 今度は仁川で開かれる、市民芸術祭に出演です。 ホテルにチェックインしてから、タクシーで会場へ 会場では、空港にお迎えに来てくれたメンバーを含め、 合唱団員が総出でお迎えしてくれました このステージでは4曲演奏しましたが、そのうち1曲は埼玉チーム独自の演奏。 合唱団の愛唱歌をやったのですが、 サビを韓国語に変えたりしているので、ちょっと大変だったのです。 なんとか言葉も通じたようだし、演奏自体もうまくいきましたよぉ イベントのフィナーレの合同演奏では、ピアニカを持って客席に降りてみました。 韓国ではよく知られた曲でしたが、お客さんもみんな歌ってくれたので良かったです 終わった後の交流会は、カムジャタン(감자탕 じゃがいもと骨付きの牛肉を煮込んだお鍋)のお店で お鍋もお酒もおいしかったですぅ〜〜 今回の韓国ツアーも、初日から順調ですぅ〜〜 ☆おまけ この日、弘大の街で見つけた看板↓ なぜ“さいたま屋”…!? これ以降、私たち埼玉組3人は“さいたま屋”と呼ばれることになります…(^^; |
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さて、いよいよ韓国の話になるわけですが。
この楽しい韓国ツアーの話でさえ、愚痴から始まるわけです いや、ツアー自体はめっちゃ楽しかったんですよ。 山のようにいい思いをさせていただいたし、演奏もいいものができたしね。 でも、これだけはどうしても言わないと我慢ならないのです。 去年の7月、首都圏から成田へ行く新しい路線ができました せっかくできた電車だし、今回はその路線を使って行ってみることにしました。 地元から下りの始発に乗って、柏で乗り換え、そこから15分。 新路線への乗り換え駅に到着しました。 改札を出て、新路線の駅に到着。 改札を抜けて、ホームに上がろうとした瞬間に、その怒りはやってきた! エスカレーターが動いてないだろう、というのは想定してました。 だがしかし、 エレベーターも動いてない"く(""0"")> てか、これってさぁ、成田に直通する電車でしょ? 当然、キャリーバッグ持った人が乗り降りするわけじゃん。 それなのに、エレベーターもエスカレーターも動かさないっていうのはどういうことかなぁ??? しょうがないから、1週間旅行用のでっかいキャリーバッグを持って、階段上りましたよ おかげで筋肉痛に悩まされるハメに… もちろん、帰りはそんな気力が残っているはずがなく、 いつも通り、京成本線を使って帰りましたよ。 お願いです。 エレベーターとエスカレーター、両方動かせとは言いません。 片方でいいから動かしてくださいm(_ _)m ただ、時間だけはめっちゃ早かった。 今まではどうやっても2時間以上かかっていた我が家〜成田が、1時間半ちょっと。 驚異の2時間切り達成w(*゚o゚*)w 早く着きすぎて、空港でコーヒー飲んじゃいました(^^; そんなところから、今回の韓国の旅は始まります。 |
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