ガハハピアニスト かしうの部屋

2012年、いよいよ幕あけです。今年もよろしくお願いします<(_ _)>

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好奇心ありすぎな音楽家・かしうはいかにして生まれたか?
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なんとか某県立普通科高校に入った私。
私がいた学校は自由な校風を売りにしているところ。整容規定というものがあり、それに沿っていればどんな服でもOKという学校でした。標準服というものはありましたが、もちろんそれを着なくてもいいわけです。

この学校に入ったら、絶対に入りたい部活があったのです。
それは軽音楽部。まぁ、バンドですね。
私たちが高校に入ったのは、ちょうどバンドブームが始まりかけた頃。入学式直後の新入生歓迎会では、BOOWYのLast Gigsの話で盛り上がったものです。
こういう話をするとだいたい年がばれる(^^;1回仕事で某バンドのサポートとして入った時、やっぱりこの話をして年がばれました(見破った人も私と同い年だったのですが)。

私たちはPrincess Princessのコピーを中心にやっていました。練習の成果は夏のコンサートや文化祭で発表していました。1回は高校があった地元・K市の某地区の体育祭でやったことも。でも、うちのバンドにはK市民は1人もいなかったんですけどね(^^;
プリプリのコピー以外のものもたくさんやりました。COMPLEX、さらにはT-REX(「20th century boy」)もやったなぁ。それと「Twist and Shout」をやったのも覚えてます。
それからみんなで楽器を好感して演奏したり…。どうやら私はこの頃から実験工房的なところにいるのが好きだったみたいです。

ここでバンドを経験したおかげで、キーボードに対する抵抗が無くなったような気がします。学生の時に某団体のミュージカルで演奏をやった時に、「ピアノ科の人って、キーボードを嫌がる人が多いんだけど…」と言われたことがあります。おそらくこういう経験があったからじゃないかと勝手に思ってます。

高校の時は図書委員会に入り(しかも常連の1人だった)、友人の影響で放送委員会にも顔を出し、バンドをやり、さらに音大受験のために教室に通う日々。いったいどういう高校生だよ(^^;

でも、高校を卒業した直後から“またバンドをやりたいなぁ(^^”という思いがむくむくとわきあがってきていたのです。

音大受験・その1

私が音大を受ける準備を始めたのは、中学2年生の時です。“そんな時期から!?”と思う方もいらっしゃるかもしれません。でも私の場合は、そのくらいからやらないと間に合わなかったのですよ(^^;

そのために、自宅から電車で40分ほどのところにあるS市のピアノ教室に行き始めました。そこの教室に行って初めて楽典の本を渡されました。ペラペラッとめくってみましたが、何が書いてあるかなんてさっぱり分からない…。
え、これ全部やるの…?ちょっとあせりました。

受験でのピアノの課題は、ショパンのエチュードとバッハの平均率、それとモーツァルトやベートーヴェンのソナタ。そんなのやるの?弾けるようになるのかなぁ…?先生には「今のままじゃ受験には間に合わない」と言われるし、どうすりゃいいわけ?でも、決めた以上やるしかないp(^^)q

というわけで、私の音大受験は始まりました。始めは週1回、中3の途中からは週2回教室に通いました。始めのうちは、合唱をやっていたこともあって歌のレッスンも平行して受けていました。ですが、“せっかくここまでやってきたんだから”と思い、ピアノで受験することにしました。

でも、今になってみるとこの決断は正しかったかな、と。
音楽って、どこかで楽しんでできる部分がないと絶対に無理だなぁと私は考えています。それを歌というところで残しておけて本当に良かった、と今になって思っています。今は歌も半分仕事みたいになってるけど(^^;

で、高校時代にまた新しい音楽に出会うことになるのですが、それはまた、別の、話…(ちょっと前のドラマだけど、「王様のレストラン」風)。

吹奏部に入るつもりで中学校に入ったかしう。ですが、そうはいきませんでした。

部活見学が解禁になり、さっそく吹奏部に行きました。
でも…やっていませんでした。
うちの中学校は“下校時刻を守れない部員がいたところは、3日間活動停止”という決まりがありました。吹奏部はどうやらそれに引っかかってしまっていたらしいです。

その隣で活動していたのが音楽部でした。そちらを覗いてみて迷ったのですが、歌も好きだったし、もしかしたらピアノも弾けるかもしれない♪そう思って入部することにしました。

当時指導されていたのは、先生になったばかりのY先生(現在は埼玉県合唱連盟の理事)。私たちの代が中心になっていたこともあって、いろいろなことにチャレンジさせてくださいました。
文化祭では毎年オペレッタを発表していました。2年生の時はチャイコフスキーの「くるみ割り人形」で、初めて連弾の伴奏を経験しました。
そして3年生の時は「CATS」に挑戦!ちゃんとオーディションをして役を決めたんですよ(^^
私は長老猫・オールドデュトロノミーをやりました。この役はずっとステージの真ん中で座っていればいいのですが、座りつづけて身体がなまりかけた最後の最後で1曲丸々ソロを歌う(しかも音域がすごく低い)、という結構気を使う役なのです(^^;今思えばよくやったよなぁ、あの役…。

こうして、合唱に頭までどっぷりと浸かった私の中学時代はあっという間に過ぎていきました。

P.S.今、五反田で「CATS」やってるんですよね。見に行きた〜〜〜いo(^^)o

私かしうが音楽を始めたきっかけ…なんだったんでしょうねぇ?いまだにはっきりとしません。
うちの妹が言うには、「昔あまりしゃべらなかったので、ちょっと心配になった母が幼稚園にできた音楽教室に連れていった」。でも、これも本当なのかよく分かりません。私が分かっているのは、幼稚園の時に○ワイの幼児科の集団レッスンを受けていた、ということだけ。

両親からピアノを買ってもらったのは5歳の時でした。ちょうど幼児科に通っていた頃。周りの親戚たちには“どうせ続くわけがないから”と反対されたらしいのですが、それを押し切って買ってくれた両親には今でも感謝ですm(__)m
幼児科を卒業してもピアノが続けたかったので、始めは●マハの教室に、少し後になってからは母の知り合いがやっているピアノ教室に通いました。

小学校ではいろいろな場面で伴奏を頼まれることが多かったですね。特に高学年になってからは学年全体で合唱に取り組んでいたこともあって、自分のクラスだけではなく、他のクラスの伴奏もやったことがあります。学校全体の児童集会で“今月の歌”の伴奏もやっていました。

ですが、そんな私が小学校時代に何より夢中になったものは…
トランペットでした。

トランペットと出会ったのは4年生の時。クラブ活動で鼓笛隊に入り、トランペット担当になったのがきっかけでした。たった3本のピストンで音を変えていくおもしろさ、そしてどこまで高い音が出るのか―限界に挑戦するおもしろさにどんどんハマっていきました。1〜2回くらいは最高音(3点c)を出せたことがあったんじゃないかなぁ?

そんな状態だったので、小学校を卒業する頃は“中学に行ったら絶対吹奏部に入るんだ♪”と心に決めていたのです。
新たな音楽との出会いがあることも知らずに…。(中学校編へつづく)

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