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光州から北へ少し行ったところに潭陽(ダムヤン)という町があります。小さい町なのですが、ここがすごく素敵なところだったのでご紹介します(^^ 潭陽は竹で有名なところ。ということで、お昼ご飯も竹づくしになりました↓ 豚の三枚肉を使った焼肉だったんですが、お肉を焼いている網に注目(^.^)b 竹なんですよ。 燃えないのかなぁと思っていたのですが、もちろん燃えません。それどころか、普通の焼肉よりも煙がずっと少なくて、部屋が煙たくならないのが不思議。 見よ、この肉の分厚さ!お皿のふちの厚さと比べてみてください。 竹づくしその2。竹の子のキムチ。すごくまろやかな味でおいしい(^-^) 竹づくしその3。一番特筆すべきもの!竹の葉っぱで作ったお酒http://img.yahoo.co.kr/blog/emo/32.gifここでしか売っていないものです。これがねぇ、またおいしいんですわ。酒飲みにはたまりません。ちなみにかしう、我が家へのお土産はこれにしました(^^)v さて、焼肉でおなかがいっぱいになった後は運動しましょう! ということで、近くの竹林を歩きました。 入り口から見た風景。いいなぁ、こういう景色のいいところに住みたい。 竹林の中。この日はけっこう外は暑かったはずなのに、竹林の中は涼しかった。これも竹のおかげなんだとか。 右側の竹(真ん中に白い札のようなものがついている方)は、なんと四角い竹。初めて見ましたhttp://img.yahoo.co.kr/blog/emo/11.gif “歩け歩け大会in潭陽”Part2は、瀟灑園(ソセオン)という、朝鮮時代の庭園。 この川は人が作ったものではなく、自然のもの。今は水が少ない時期だそうです。残念(;_;) 日本ではこういう柱は杉で作るイメージがあると思いますが、韓国では松の木を使うそうです。 お話によると韓国では杉は育たないとのこと。杉花粉症なんてありえないのだそうです。 その差は何だ?湿気の問題かなぁ…? ご存知の方、いらしたら教えてくださいm(__)m |
2005年5月・.韓国
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光州事件。それは1980年5月、チョン・ドファン大統領の軍事政権下で起きた市民や学生たちの民主化運動。詳しくはこちら。 光州は全羅南道の中心都市。これはその道庁。道庁の前は広場になっていて、事件の時はここに学生や市民が結集した。道を隔てて向かい側にある建物は死体置き場だったとか。 今回のツアーで、その事件の犠牲者のお墓参りに行ってきました。 入り口にある石碑。書かれている字の意味は“祖国の未来は青年の責任”。 お墓の表玄関“民主の門”。 今回のツアーのメンバーと。バックにあるモニュメントは、両手で卵を持っている様子をかたどったもの。亡くなった方々の遺志を守り、さらに彼らの遺志を継ぐ新しい人たちが生まれてくる、ということを表している。 市民たちの戦いの様子を表した銅像。 歴史の門。ここには事件の資料館もあり、当時の映像を見ることもできる。 歴史の門をくぐると、韓国の歴史上の重要な事件がレリーフになって壁に掘り込まれています。秀吉の朝鮮出兵に始まり、東学党の乱、3・1運動、1929年の光州事件(これは日本の学生が韓国の女学生をいじめたのがきっかけで起こった)…。“イルボン(韓国語で日本のこと)”の文字がいっぱいでした。これ以上日本と韓国の忌まわしい歴史が増えないことを祈ります。 道を隔てて反対側にある望月洞。ここは事件で亡くなった方々の旧墓地で、今でも36人(だったかな?)の方のお墓がある。ここに埋葬されているのは事件の中心になったり、拷問によって亡くなった方々といわれています。彼らは亡くなってからも差別され、さらに親族は6親等まで(日本だと血族全部ですね)罰せられたそうです。彼らの差別は1993年にキム・ヨンサム氏が大統領になるまで続きました。 入り口にある踏み絵(?)。もともとはとある家が“チョン・ドファンが泊まった家”として掲げていた看板。怒った住民がそれを外して、ここに埋め込んでしまったそうな。 ここで前日の本番で一緒になった台湾チームと遭遇。献花をして、一緒に「彼のための行進曲」を演奏する。彼らに私たちの思いがしっかり届いたかな…。 上にある絵の裏側は、労働運動の中で亡くなった方々のお墓になっています。 お墓を出たところで、地元の女子高生と出会いました。 彼女たちも祖国の未来を背負う青年たち。住んでいる国は違うけど、よりよい日韓関係を築けるようにがんばろうね♪ |
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5月23日夜8:45、いよいよ本番開始です。 本当は9時開始の予定でしたが、少し早くなったのです。 韓国は日本よりも日の入りが遅いので(この時期で7時半過ぎても明るいのにはびっくりした)、このくらいの時間にならないとダメなんでしょうね。 まずは“腹が減っては戦はできぬ”ということで、光州市街まで出てご飯♪ サムゲタンです♪ご存じない方のために解説すると、ひな鶏の内臓を取って、中にもち米や栗、ナツメなどを入れて煮込んだスープです。全部を混ぜて食べるとすごくおいしい(^-^) ノンアルコールということでしたが、机の上にはしっかり高麗ニンジン酒が(^^;元気が出そうな香り&味でした! さて、本番。会場は公園にある芝生の広場↓ 日本チームの出番は2番目。曲は「ねがい」と「朝露(“韓国の第2の国家”と言われているくらい有名な曲である)」。参加者全体での練習がリハの時しかできなかったので、それがちょっと響いたかなぁ…?休符のところが徹底できなかったり、分かれるところの音が取れない方がいたり…。もう少しきっちりとした演奏がしたかったなぁ、今考えれば。 トップバッターの韓国のデュオチームは写真が撮れなかったけど、出番が終わってからはちゃんと写真撮れました(^^)v ↑日本チームの次に出演した、韓国のデュオチーム。 ↓台湾の労働者たちのバンド。ここのチームの演奏は本当に楽しかった♪私たちも一緒に踊りまくってしまいました。 ↓そして、トリを飾った韓国の造船労働者たちのチーム。ここのチームはかっこよかった(^^振り付けもばっちり決まってたし、もちろん歌も良かった♪ そして本番が終わってからは、各国のチームが一緒になっての打ち上げ。みんなで交流しあいました↓ さて、その打ち上げに始めの方だけ参加してホテルに戻った私たち。
もちろん、それだけでは飲み足りないのでホテルの部屋にて2時まで宴会(^^)/▽☆▽\(^^) こうして本番の長い1日が終了しました。 |

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途中のドライブインでは、自力でご飯を注文して食べるということに(とはいえ、レジの横には通訳さんがずっと張り付いてくれていたのですが)。そこでかしうが注文したものはこんなもの↓ これにしたのには理由あり。他のメニューは日本語で説明があったんだけど、これだけなかったのよ。だから興味を引かれたわけです。 「そんなもの頼んで、辛くて食べられなくても知らないぞぉhttp://img.yahoo.co.kr/blog/emo/28.gif」とみんなに言われましたが、食べてみると想像していたほど辛くなくて、おいしかった(^^その代わり、ご飯のすぐ横にあるキムチはけっこう辛かった(>_< やっぱり言ってしまいましたね、「ムル ジュセヨ(韓国語で“水をください”)」。2時前に本番の会場に到着♪ ↑会場正面の碑。“自由公園”と書いてある。 ↑上の碑の横にあるモニュメント。韓国の民主化運動に関わった人たちの顔が掘り込まれている。 公園の周辺は、日本でいうと長野の中心部のような感じ。そこそこ栄えてるんだけど、あまり高い建物がなくて、どことなくのんびりとした感じでした。 3時ごろから日本チームのリハーサル開始♪ ↑広島のガミさんと、その一座のチーム。 ↑私たちの後にリハに入った、韓国チームの一つ。 写真を見ると分かるかもしれませんが、この日はとにかく暑かった(^^;陽射しも強くて、日焼け止めをしっかりしていたのにもかかわらず焼けました。 この時期に韓国に行く場合、もう一つ気をつけなければいけないのが保湿対策。 韓国は大陸なので乾燥しているだろうなぁ、とは思ったので、さっぱり系としっとり系の下地を両方持っていったのですが、しっとり系をしていても肌が突っ張る感じが…。 それと、乾燥していると確実にのどに来ます。韓国にいる間はそんなに気にならなかったのですが、日本の帰ってきて数日経ってから声がガサガサなのに気付いた(^^;そこらへんの対策は必要ですね。 さて、本番は夜の9時から。
韓国は日本と比べて陽が長い。夜7時になってもまだ明るいんですよ。韓国と日本は時差がないんだけど、そういうところで時間感覚が狂うかもしれませんね。 本番の様子は、また次の時に報告しましょう。 |
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初日の夕ご飯は、ソウル市内のお店で焼肉♪もちろん、カルビ焼肉(^^ ここでは、地元で活躍するミュージシャンたちも加わってのパーティーになりました。 初めて彼らの公演を見たのは、今から5年くらい前かなぁ…。それ以来ファンになって、東京近辺に来る時は必ず行ってます。去年も実は来日しているのですが、ちょうどその日から仕事で北海道に行ってしまって行けなかったのでした(;_;) そんな彼らの演奏中の写真↓ ぶれてるのは、おそらくお酒のせいでしょう(^^; 写真の中で茶色のシャツを着ている女性は、「ソーラン節」踊るんですよ。なかなか上手(^-^) この時に彼らが歌っているのは「彼のための行進曲」という歌で、1980年に起こった光州事件(チョン・ドファン大統領下の軍事政権に抗議して、学生を中心とした市民が立ち上がった)の犠牲者を追悼する歌。 それを聴いた他の部屋にいたお客さんが、こちらに来てくれました↓ この方は光州の出身だそうで、事件当時のことをお話してくださいました。 その後、白いTシャツを着たギターのおにいさん、ソン・ビョンヒさんが1曲歌ってくださいました。 サビの部分はコードがなんとか分かったので、私はみんなのじゃまにならないように、こっそりピアニカ吹いてたんです。そしたら私に振ってくれて、即興セッション状態に突入(^^)vおもしろかったぁ〜♪ 歌詞の意味は分からないけど、こういうふうに時間を共有できる音楽って本当に素敵だなぁ、と改めて実感。 その後の2次会は、ホテル近くのバーで。 ハーフが入ったピッチャーがあっという間に空になるんだよね。どういうこっちゃ(^^; とうとうビョンヒさんは
翌日のために来てるのに、今死ぬのはちょっと勘弁なんですけど(^^; ということで、ビョンヒさんとかしうのお写真↓
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やっぱり言ってしまいましたね、「ムル ジュセヨ(韓国語で“水をください”)」。






