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Sucky さんが 御自身の Blog
<http://d.hatena.ne.jp/Sucky/20110829/1314562545>
で仰るには、
> 「「無效である」、「瑕疵がある」と云ふことが理解できてゐない
> 状態で、その後の手段を議論することは何の意味も持たない。」中
> の「理解できてゐない」の主語が何であるかを確認する場合、肝腎
> の述語を簡單に變換してしまふN爺さんの手法は、できるだけ筆者の
> 言葉を活かす手法を採る私にとつて、とても奇妙に思へた。
さうですか。でも、主語を「確認」したのではなくて、意味が曖昧な文章の二つ
の解釈を並べたつもりですが。で、
N爺> 御自分で「理解」した事について他人に「合意」を求める、のが自然
N爺> な日本語だと思ひますが。N爺が、Sucky さんと異る「理解」をしてゐ
N爺> たのでは、Sucky さんの目的を逹してゐないでせうし。
では納得できる説明ではない、と?
N爺> そのおつもりなら、「理解されてゐない状態で」とすべきでしたね。
> 修正したので、御意見があるならどうぞ。
どこを「修正」したのか解りませんが、さうですね、最初からさう書いて頂いて
ゐれば、N爺も「早とちり」しなかったと思ひますよ。でも、まあ、結論は変らな
くて、そんな事を言ってゐたのでは、N爺他の「理解」は進まないでせう、ですね。
> 何がどう混亂してゐると仰つてゐるだらう。"全部の法律について"帝
> 國憲法と檢證するのは當り前のことで、"そんな事してまで、どうして
> 帝國憲法からやりなおす必要があるんかな"とこゝで仰ることは、「過
> ちがあつても、面倒ならば放つておけばよい」と言ふに同じ。
1. で無効に「した」のなら、それまでは有効であった、といふ事でせう。しかる
に 3. では、ずっと無効だった、と言ってゐる。1. の解釈に従ふならば、「帝國
憲法と(ママ)検証」するのが当り前となるかも知れませんが、3. だと、無効な
憲法の下で作られた法律なんだから即無効、とするのが一貫した姿勢だと思ひま
すが。(「誤りは誤り」ですよね。)
あと、「過ちがあったら面倒でも放っておいてはいけない」は至極正しい意見
でせうが、それに「過ちの前まで戻さなければならない」と続くと、首を傾げた
くなります。戻しやうのない過ち(殺人とか)も有りますし、無理に戻さうとし
たら、もういっぺん過ちを犯さざるを得ない場合も有るでせう。
赤信号をみんなで渡らうとした時に、「赤信号だ、渡ってはいけない、戻らう」
といふならともかく、渡り切ってから「赤信号だった、交通違反だ、すぐ元へ戻
らう」といふのは、単に無益なだけ。しかも、Sucky さんは、赤信号で逆に渡れ、
と言ってゐる訣で、不法で、何より大変危険です。
従って、こと憲法などといふ国民全体がかかはる論点について、「誤りは誤り」
と言ひ切ってしまふ「啖呵」は、格好良いかも知れませんが、少々思慮が足りな
いと思へます。
> ところで、「天皇は責を問はれない」と云ふ意味であるので「無答
> 責」でいゝと思ふが、「無問責」と云ふ言葉は無いのだらうか。
「問責決議案」なんて言葉もあるやうですから、あながち間違ひではでないと思
ひますが、絶対君主が誰にも責任を問はれる事が無い、といふ意味では「無答責」
が普通ではないかと思ひます。
N爺> 國民が「決めて」天皇がそれを知らしめるのではなくて、國民の案
N爺> を天皇が裁可する、すなはち、最終的な決定権は天皇にある、とす
N爺> べきでせう。
> では天皇は拒否權を行使したか――そんな事實はない。個人的には、
> 拒否權そのものがなく、天皇におかれては國民の案を裁可すること
> しかできないと思つてゐる。
いえいえ、それは帝國憲法が絶対君主主義的であったにもかかはらず、天皇が立
憲君主であらうとしてゐた、といふ事に過ぎません。
> なほ、憲法義解における第1條の解説中に、"所謂「シラス」トハ即
> チ統治ノ義ニ外ナラス"とある。「シラス」は「知らす」で「知る」
> の未然形+上代の尊敬の助動詞「す」。やはり天皇は「お知らせなさ
> る」のである。
いや、それは誤解だと思ひますね。「義解」の解説は、古来「治める」といふ意
味で使はれてきた「知らす」が憲法の中の「統治ス」に当る、と言ってゐるだけ
でせう。あと、「知らす」は現代語だと「お知りになる」だと思ひますよ。
N爺> 了解。しかしさういふ事であれば、「瑕疵が有るので無効」の段階
N爺> も現在の定説(遥かに偉い人の意見?)にまず当ってみるのが妥当
N爺> な行き方ではないでせうか。
> 現行憲法が無效であるか否かは二者擇一だが、「戻す手段」や「改
> 正案」は複數の選擇肢があり、その中の特定のものでなければなら
> ない――と思つてゐないから。
うーむ、答へになってゐないやうに思へますが、選択肢が二つの場合は、定説に
当ってみるまでもなく、ご自分で判断できる、といふ事でせうか。で、それが三
つ以上になると、偉い人の意見を俟つのだ、と。
ともあれ、「無効であるか否か」については、Sucky さんは確信が有る訣ですね。
で、「戻す手段」の前に、「無効である事態を是正するには、帝国憲法へ戻すし
かない」のステップが有るやうに思へますが、それについては自明なのでせうか。
> 話の流れ上、帝國憲法は民主主義の憲法として運用できることを述
> べてゐるが、假に帝國憲法が惡法であつても、現行憲法が帝國憲法
> の改正であるかぎり、「現行憲法には成立の過程に瑕疵があり無效
> である」と言はざるを得ない。現行憲法が如何に優れた憲法であつ
> た場合にあつても同じ。
なる程。世の中が良くなるかどうかとか、憲法意識がどうとか、民主主義的であ
るべきかどうかとか、そのような事は全てどうでもよい事で、帝國憲法に照らし
て正当な改正であったかどうかだけが問題である、と。
しかし、これでは、Sucky さんの「無効論」を「理解」もしくは同意できる人は
少ないでせうね。大半の人々は、帝國憲法が現在も有効である、もしくは現存し
てゐる、などとは到底思へないでせうから。
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