|
野嵜さんが囀って曰く
> 「私は生まれて以来現代仮名遣いで教育され、現代仮名遣いが当た
> り前でした。現代の日本が私にとっての日本なのです」と云ふ意見
> のをかしさは、「私は生まれてこの方、首都圏を出たことがありま
> せん。だから首都圏が私にとっては日本なのです」と云ふ意見のを
> かしさと同じ性質のものだ。
ふーむ、論理に弱い人は比喩にも弱いと見える。(どこが同じなんだか。)
> 「勘違ひによる幸福」に對して、「勘違ひしないで得られる幸福」
> を提案する、と云ふ事の問題を、よくよく考へる必要がある。
……を「提案する、と云ふ事の問題」ねぇ。まず日本語を良く吟味した方が良い
んぢゃないの?
> 「私は勘違いしたままで十分幸せなのだから、余計なお節介を焼い
> てくれるな」と云ふ反論に、如何に再反論するか。
> 「私の正しさ」を主張するだけなら、「勘違ひは良くない」の一言
> でいいけれども、それでは相手の心に屆かないわけだ。
へー、他人に勘違ひに気付かせようとした事が有るのか、野嵜さんは。でも、野
嵜さんには、爺の「勘違ひはよくない」はちっとも届かないね。すぐ「粘着だ」
とか言って嫌がるし :-)
> 相手を從はせるだけなら權力で出來るけれども、相手を心から從は
> せるためには權力以外のものを必要とする。
さうねぇ、客観性に、熱意に、共通の価値観。どれか一つでも御持ちですか?野
嵜さん。
> 歴史・文化の問題も歴史的かなづかひの問題も俺は幸福の問題と見
> てゐて、結局は心の問題と見てゐる。
ほう、心に問題が有るって?なかなかの慧眼(笑)
|
ふーむ、論理に弱い人は比喩にも弱いと見える。どこが違ふんだか。
「へー、他人に勘違ひに気付かせようとした事が有るのか、野嵜さんは。でも、野嵜さんには、爺の「勘違ひはよくない」はちっとも届かないね。」呆れてものも言へない。これつつこみになつてないぜ。N爺、自分がバカだつて宣言してゐるだけぢやん。
「ほう、心に問題が有るって?なかなかの慧眼(笑)」ほう、ほう、心に問題がないって?
客観性だけは持つてゐないN爺さん。熱意だけは御持ちだ。休まない馬鹿と云ふ奴だ。
2013/5/4(土) 午後 3:07 [ nozakitakehide ]