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> 歴史的假名遣で大抵合理的だから、下手に改變しない方が良いと思
> つてゐる。
> 少數の人間が作つた「現代仮名遣い」よりも、無數の人々が育んだ
> 歴史的かなづかひの方が合理的になるのは理の當然。
それが根本的な勘違ひだよね。無数の人々が育むのは「表記のゆらぎ」、それを何
とかしようといふのが假名遣ひでせう。表記の規範は誰かが作らなければ、自然
にはできない(馬鹿念ですが)。
> 少數の人間が權力で「現代仮名遣い」を押附けた事に俺は反對して
> ゐるわけ。
別に押し付けてないよ。野嵜さんも(私も)平気で、(なんちゃって)歴史的假
名遣ひを使ってゐるではないですか。
> 狸は「野嵜も権力を握って歴史的かなづかひを押しつければいいだ
> ろう」と言つたが、「少數の人間が權力を握つて特定の言葉遣ひを
> 押しつける」事に俺なんかは反對してゐるわけ。それが狸には理解
> できなかつた。
うん、ならば、現状はどうしやうもない訣だ。大勢が決まってしまっゐて、なお
かつ強制もされてゐないのだから、勝手に歴史的假名遣ひを使ってゐれば良いだ
けの話だしね。
> 俺は、言葉が特定の少數の人間に支配される事に反對してゐる。だ
> から、自然に成立し、或は學問的に定められた歴史的かなづかひを
> 支持してゐるわけだ。歴史的かなづかひは特定の少數の人間によつ
> て押附けられたものではない。それは自然に存在するものだ。
> 斯う言ふと、歴史的かなづかひ「も」明治政府が押附けたものだ、
> なんて言出す人が出てくるのだが、明治政府は歴史的かなづかひを
> 採用したに過ぎない。明治政府が歴史的かなづかひを創作した事實
> はない。
明治政府が決めたのではないでせうが、同時に「自然に成立する」訣もなくて、
学問的に定められたのですよ。で、それを採用しようと決めた人が明治政府の中
に居た訣だ。
しかも、文部省は、後にそれを表音的に改変しようといふ急先鋒だった。それを
押し止めたのは貴族院だったやうです。
> なぜかかなづかひの話でも憲法の話でも、敗戰直後の問題に目をつ
> ぶり、明治政府の惡口を言つて、話を逸らさうと必死になる人が續
> 出する。
話を逸らさうとしてゐるのではなくて、貴方の論旨が反駁されてゐるだけ。必死
になってゐるのは野嵜さんの方だよ。
> にっちも@nitchimo
> ここで立場が別れると思うのですが、僕は「創作でも上手ければい
> い」という立場なのです。ただ、現代仮名遣いは決して上手い創作
> ではなく、歴史的仮名遣の方が優れていると考えます。
さうですね、至極妥当は判断だと思ひます。が、
> 言葉なんかでは、自然に成立した約束事の方が増しなものになるに
> 決つてゐる。
って決め付けてお仕舞……
> 何しろ、正義は相對的で、一人一人「正しい」と思ふものは違ふの
> だから、少數の人が自分の正しさを信じて「新しい言葉」を提言し
> たところで、誰からの反對もなく贊同を得られるなんて事があるわ
> けがない。
> しかし、自然に成立した言語なら、賛成するも反對するもない、そ
> れを使ふしかない。
> だから俺は、創作された言葉の約束事なんてダメに決つてゐる、自
> 然に成立した言葉の約束事にみんな默つて從ふしかない、つて思つ
> てゐる。
まあ、何といふか、話のわからん人だねぇ。自然に成立するのは話言葉で、どん
どん変化するし方言もできる。歴史的假名遣ひはそれとは遠いでせう。
> 英語やフランス語を勉強した人なら全員知つてゐるんだが、動詞の
> 活用の仕方には規則變化と不規則變化がある。全部規則變化にして
> しまへば合理的なんだらうが、結局そんな事はされてゐない。
> みんな約束事だからそのままそつとして置いてゐるわけだ。難かし
> くても覺えるしかない。
いや、話言葉の不規則変化が変はらないから、書き言葉も変はる必要が無いだ
け。ったく味噌も糞も……の議論だからね
> なら、日本語で「合理化」だの「体系化」だのをしようだなんて、
> 考へる事もないわけだ。全部約束事なんだから、そのままそつとし
> ておけばいい。
あらま、学問的(科学的)に決まったものじゃなかったの?この変がふらふら
しながら、
> となると、「現代仮名遣い」なんかを「作った」のは言葉の本質を
> 知らないただのバカ、と云ふ事になる。
など言ふのは、まったくのアホと言ふ事ですな。
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